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6その4
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マギエラが居なくなった。窓外へと出て行ったのである。二階から。
「身体が頑丈だから、って……無茶をするなぁ」
あれで「普通の女の子」でありたい、などとのたまうのだから……本当に、分からない。
一応、窓から身を乗り出して階下を確認すれば、無事ブルーワー街に着地しているマギエラの姿を確認できた。グラント警部が乗って来ただろう車の、幌が破れていたが、たぶん……いや、マギエラのせいではないはずだ。
しかしながら……である。
居ないと言え、だって? どういうつもりなんだか……。
とはいえマギエラとて淑女なわけで、窓から出て行ったなどと馬鹿正直に説明するのが躊躇われるのも事実だ。
と、すぐそこでノックの音がした。今度はトン、トン、トン、と軽い音で、ミリアだろうと分かる。メイドとしての仕事をしているわけだ。
「どうぞ」
ドアがそっと開かれれば、やはりと言うべきかミリアに連れられてグラント警部が立っていた。ピッケルハウベを脱いでいて、仕事といった風情では無いように見受けられる。すると、インメルマン巡査は伴っていないのだろう。
「失礼するぞ。うん? 少年ひとりか」
「ええ、気付いたら居なくなってまして」
「むう、それは困ったな……」
「何か用があったんですか?」
「うむ。件のロビンフッドだが、身長が五フィート七インチはあったのだ。ロンドンでの目撃証言にあった『小柄な』という条件と合わないのが、少々気になって、だな……」
なるほど。ノッティンガムシャーで犯人の遺体が挙がったことで、倫敦のロビンフッドとの相違点が明らかになった、というわけか。
「とはいえ、大柄と言うわけでもないようですけど……?」
「それを言われると判断に困るところではあるのだが、な。小柄と言って想像する少年として我々は、五フィート強の身長を想定していたのだよ。実際、アーサー氏が『小柄な少年ないし青年』と言っていたわけで、それを無視するわけにもいくまい?」
ふむ、なるほど。
「それで、エリーに相談をしに来た、というわけですか」
「うむ、そういうわけだ」
「生憎ですけど、いつ帰って来るか分かりませんよ」
なにせ、先程飛び出していったばかりなのである。当分は戻らないだろう。
「なに、待たせてもらうよ。こう見えて今日は非番だからな」
非番にもかかわらず警察車両を繰ってここまで来たとなれば、熱心なことである。マギエラやミリアに言わせれば、倫敦の警察官でこれほどの漢はそうそう居ないのだそうだ。
「じゃあ、お紅茶を用意しますね」
ニコリとしたミリアが階下へと降りていく。聞こえてくる足音は、こころなしか軽やかである。
して、しばらく後に軽やかな足音が戻って来て、グラント警部の前にティーセットが広げられる。小皿にはクッキーが載せられていて、即席にしてはなかなかの歓待だ。
「あ、コーヒーの方がお好みだった、とかはありましたか?」
「いや、紅茶で大丈夫だよ。ありがとう」
カップに口を付けて、ひと息をつく警部だ。「キミも、ここでの仕事はどうだね? イースト・エンドの暮らしは大変だったろうが……ましになったかね?」
「え? あ、はい。とはいっても、お給金はそこまで良くも無くて、ですね……今でも前の仕事を時々してはいるんですけれど」
「む、そうなのか……」
しかつめらしい顔になる警部である。
「まあ、わたし、リバプールに妹達が居るので、メイド稼業だけではちょっと足りないんですよ。でも、この仕事のおかげで身体への負担はだいぶ減ったんですよ?」
「そうか……いや、しかし何か、困ったことがあれば言ってくれたまえよ」
「じゃあ、警部さんがわたしの副業のお客さんになってくれると、とっても助かるんですけど……どうですか?」
頬を染めて言うミリアだ。分かり易い。
グラント警部が目をパチクリさせた。
「副業、というと……?」
そうか、警部は知らないのか。
「警部、ミリアは元街娼ですよ。今もやっているとは、僕も知りませんでしたが……」
「ううむ……ミリア嬢を咎める気は無いが、警察が児童買春は……ちとマズいな」
苦笑で返したグラント警部には、肩を落とすミリアである。
「そうですか……あの、キスだけとかでも良いんですよ? 格安にしますし、なんなら一緒にお食事に行くだけでも……」
後半はもうデートに誘っているようにしか聞こえない。
「イースト・エンドを巡回するついでに食事をする……くらいなら、まあ出来なくもないか。いや、しかし金銭の授受が発生しては、やはりマズいか。警察の嫌われている貧民街でミリア嬢と行動を共に出来るという点においては、こちらにも相応のメリットはあるようには思うのだが……ううむ」
ミリアの提案を、真剣になって考えているグラント警部は、強面のわりに存外優しいところがある。とはいえ、流石に法を犯すわけにもいくまいのだろう。しばらく考えるそぶりを見せた末に彼は、「すまないね」と言って断っていた。
「ところで、倫敦のロビンフッドが捕まっていないとなると、アーサー・ウォルコット氏の警護をした方が良い気もするのですが、その辺はどうなっているんですか?」
先日まで警護に携わっていた身としては、アーサー氏の無事が気になる点であった。
「その辺りは……なんだ、その……問題ない。一応の目星はついている。とはいえ、自分でも信じられん結論で、だな。ちょっとマギエラ嬢の意見を伺いたかったのだ。しかし、居ないとなると、そうだな……待つ間に少しミス・キャロリンと話をさせてもらってもいいかな?」
「……キャリーと、ですか?」
ミリアが不安そうに眉を寄せた。「ええと、ちょうど紅茶もありますし、ここに呼んだ方が良いですか?」
「うむ、よろしくたのむ」
そう口にしたグラント警部は、なにやら厳かな雰囲気だった。
「身体が頑丈だから、って……無茶をするなぁ」
あれで「普通の女の子」でありたい、などとのたまうのだから……本当に、分からない。
一応、窓から身を乗り出して階下を確認すれば、無事ブルーワー街に着地しているマギエラの姿を確認できた。グラント警部が乗って来ただろう車の、幌が破れていたが、たぶん……いや、マギエラのせいではないはずだ。
しかしながら……である。
居ないと言え、だって? どういうつもりなんだか……。
とはいえマギエラとて淑女なわけで、窓から出て行ったなどと馬鹿正直に説明するのが躊躇われるのも事実だ。
と、すぐそこでノックの音がした。今度はトン、トン、トン、と軽い音で、ミリアだろうと分かる。メイドとしての仕事をしているわけだ。
「どうぞ」
ドアがそっと開かれれば、やはりと言うべきかミリアに連れられてグラント警部が立っていた。ピッケルハウベを脱いでいて、仕事といった風情では無いように見受けられる。すると、インメルマン巡査は伴っていないのだろう。
「失礼するぞ。うん? 少年ひとりか」
「ええ、気付いたら居なくなってまして」
「むう、それは困ったな……」
「何か用があったんですか?」
「うむ。件のロビンフッドだが、身長が五フィート七インチはあったのだ。ロンドンでの目撃証言にあった『小柄な』という条件と合わないのが、少々気になって、だな……」
なるほど。ノッティンガムシャーで犯人の遺体が挙がったことで、倫敦のロビンフッドとの相違点が明らかになった、というわけか。
「とはいえ、大柄と言うわけでもないようですけど……?」
「それを言われると判断に困るところではあるのだが、な。小柄と言って想像する少年として我々は、五フィート強の身長を想定していたのだよ。実際、アーサー氏が『小柄な少年ないし青年』と言っていたわけで、それを無視するわけにもいくまい?」
ふむ、なるほど。
「それで、エリーに相談をしに来た、というわけですか」
「うむ、そういうわけだ」
「生憎ですけど、いつ帰って来るか分かりませんよ」
なにせ、先程飛び出していったばかりなのである。当分は戻らないだろう。
「なに、待たせてもらうよ。こう見えて今日は非番だからな」
非番にもかかわらず警察車両を繰ってここまで来たとなれば、熱心なことである。マギエラやミリアに言わせれば、倫敦の警察官でこれほどの漢はそうそう居ないのだそうだ。
「じゃあ、お紅茶を用意しますね」
ニコリとしたミリアが階下へと降りていく。聞こえてくる足音は、こころなしか軽やかである。
して、しばらく後に軽やかな足音が戻って来て、グラント警部の前にティーセットが広げられる。小皿にはクッキーが載せられていて、即席にしてはなかなかの歓待だ。
「あ、コーヒーの方がお好みだった、とかはありましたか?」
「いや、紅茶で大丈夫だよ。ありがとう」
カップに口を付けて、ひと息をつく警部だ。「キミも、ここでの仕事はどうだね? イースト・エンドの暮らしは大変だったろうが……ましになったかね?」
「え? あ、はい。とはいっても、お給金はそこまで良くも無くて、ですね……今でも前の仕事を時々してはいるんですけれど」
「む、そうなのか……」
しかつめらしい顔になる警部である。
「まあ、わたし、リバプールに妹達が居るので、メイド稼業だけではちょっと足りないんですよ。でも、この仕事のおかげで身体への負担はだいぶ減ったんですよ?」
「そうか……いや、しかし何か、困ったことがあれば言ってくれたまえよ」
「じゃあ、警部さんがわたしの副業のお客さんになってくれると、とっても助かるんですけど……どうですか?」
頬を染めて言うミリアだ。分かり易い。
グラント警部が目をパチクリさせた。
「副業、というと……?」
そうか、警部は知らないのか。
「警部、ミリアは元街娼ですよ。今もやっているとは、僕も知りませんでしたが……」
「ううむ……ミリア嬢を咎める気は無いが、警察が児童買春は……ちとマズいな」
苦笑で返したグラント警部には、肩を落とすミリアである。
「そうですか……あの、キスだけとかでも良いんですよ? 格安にしますし、なんなら一緒にお食事に行くだけでも……」
後半はもうデートに誘っているようにしか聞こえない。
「イースト・エンドを巡回するついでに食事をする……くらいなら、まあ出来なくもないか。いや、しかし金銭の授受が発生しては、やはりマズいか。警察の嫌われている貧民街でミリア嬢と行動を共に出来るという点においては、こちらにも相応のメリットはあるようには思うのだが……ううむ」
ミリアの提案を、真剣になって考えているグラント警部は、強面のわりに存外優しいところがある。とはいえ、流石に法を犯すわけにもいくまいのだろう。しばらく考えるそぶりを見せた末に彼は、「すまないね」と言って断っていた。
「ところで、倫敦のロビンフッドが捕まっていないとなると、アーサー・ウォルコット氏の警護をした方が良い気もするのですが、その辺はどうなっているんですか?」
先日まで警護に携わっていた身としては、アーサー氏の無事が気になる点であった。
「その辺りは……なんだ、その……問題ない。一応の目星はついている。とはいえ、自分でも信じられん結論で、だな。ちょっとマギエラ嬢の意見を伺いたかったのだ。しかし、居ないとなると、そうだな……待つ間に少しミス・キャロリンと話をさせてもらってもいいかな?」
「……キャリーと、ですか?」
ミリアが不安そうに眉を寄せた。「ええと、ちょうど紅茶もありますし、ここに呼んだ方が良いですか?」
「うむ、よろしくたのむ」
そう口にしたグラント警部は、なにやら厳かな雰囲気だった。
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