明敏犀利の蒸気歯車機関(めいびんさいりのスチーム・ギア)Ⅱ シャーウッド・ローズと萌木のロビンフッド

野村だんだら

文字の大きさ
47 / 52

6その4

しおりを挟む
 マギエラが居なくなった・・・・・・。窓外へと出て行ったのである。二階から。
「身体が頑丈だから、って……無茶をするなぁ」
 あれで「普通の女の子」でありたい、などとのたまうのだから……本当に、分からない。
 一応、窓から身を乗り出して階下を確認すれば、無事ブルーワー街に着地しているマギエラの姿を確認できた。グラント警部が乗って来ただろう車の、幌が破れていたが、たぶん……いや、マギエラのせいではないはずだ。
 しかしながら……である。
 居ないと言え、だって? どういうつもりなんだか……。
 とはいえマギエラとて淑女なわけで、窓から出て行ったなどと馬鹿正直に説明するのが躊躇われるのも事実だ。
 と、すぐそこでノックの音がした。今度はトン、トン、トン、と軽い音で、ミリアだろうと分かる。メイドとしての仕事をしているわけだ。
「どうぞ」
 ドアがそっと開かれれば、やはりと言うべきかミリアに連れられてグラント警部が立っていた。ピッケルハウベを脱いでいて、仕事といった風情では無いように見受けられる。すると、インメルマン巡査は伴っていないのだろう。
「失礼するぞ。うん? 少年ひとりか」
「ええ、気付いたら居なくなってまして」
「むう、それは困ったな……」
「何か用があったんですか?」
「うむ。件のロビンフッドだが、身長が五フィート七インチ百七十センチメートルはあったのだ。ロンドンでの目撃証言にあった『小柄な』という条件と合わないのが、少々気になって、だな……」
 なるほど。ノッティンガムシャーで犯人の遺体が挙がったことで、倫敦のロビンフッドとの相違点が明らかになった、というわけか。
「とはいえ、大柄と言うわけでもないようですけど……?」
「それを言われると判断に困るところではあるのだが、な。小柄と言って想像する少年として我々は、五フィート百五十センチメートル強の身長を想定していたのだよ。実際、アーサー氏が『小柄な少年ないし青年』と言っていたわけで、それを無視するわけにもいくまい?」
 ふむ、なるほど。
「それで、エリーに相談をしに来た、というわけですか」
「うむ、そういうわけだ」
「生憎ですけど、いつ帰って来るか分かりませんよ」
 なにせ、先程飛び出していったばかりなのである。当分は戻らないだろう。
「なに、待たせてもらうよ。こう見えて今日は非番だからな」
 非番にもかかわらず警察車両を繰ってここまで来たとなれば、熱心なことである。マギエラやミリアに言わせれば、倫敦の警察官でこれほどの漢はそうそう居ないのだそうだ。
「じゃあ、お紅茶を用意しますね」
 ニコリとしたミリアが階下へと降りていく。聞こえてくる足音は、こころなしか軽やかである。
 して、しばらく後に軽やかな足音が戻って来て、グラント警部の前にティーセットが広げられる。小皿にはクッキーが載せられていて、即席にしてはなかなかの歓待だ。
「あ、コーヒーの方がお好みだった、とかはありましたか?」
「いや、紅茶で大丈夫だよ。ありがとう」
 カップに口を付けて、ひと息をつく警部だ。「キミも、ここでの仕事はどうだね? イースト・エンドの暮らしは大変だったろうが……ましになったかね?」
「え? あ、はい。とはいっても、お給金はそこまで良くも無くて、ですね……今でも前の仕事を時々してはいるんですけれど」
「む、そうなのか……」
 しかつめらしい顔になる警部である。
「まあ、わたし、リバプールに妹達が居るので、メイド稼業だけではちょっと足りないんですよ。でも、この仕事のおかげで身体への負担はだいぶ減ったんですよ?」
「そうか……いや、しかし何か、困ったことがあれば言ってくれたまえよ」
「じゃあ、警部さんがわたしの副業のお客さんになってくれると、とっても助かるんですけど……どうですか?」
 頬を染めて言うミリアだ。分かり易い。
 グラント警部が目をパチクリさせた。
「副業、というと……?」
 そうか、警部は知らないのか。
「警部、ミリアは元街娼ですよ。今もやっているとは、僕も知りませんでしたが……」
「ううむ……ミリア嬢を咎める気は無いが、警察が児童買春は……ちとマズいな」
 苦笑で返したグラント警部には、肩を落とすミリアである。
「そうですか……あの、キスだけとかでも良いんですよ? 格安にしますし、なんなら一緒にお食事に行くだけでも……」
 後半はもうデートに誘っているようにしか聞こえない。
「イースト・エンドを巡回するついでに食事をする……くらいなら、まあ出来なくもないか。いや、しかし金銭の授受が発生しては、やはりマズいか。警察の嫌われている貧民街でミリア嬢と行動を共に出来るという点においては、こちらにも相応のメリットはあるようには思うのだが……ううむ」
 ミリアの提案を、真剣になって考えているグラント警部は、強面のわりに存外優しいところがある。とはいえ、流石に法を犯すわけにもいくまいのだろう。しばらく考えるそぶりを見せた末に彼は、「すまないね」と言って断っていた。
「ところで、倫敦のロビンフッドが捕まっていないとなると、アーサー・ウォルコット氏の警護をした方が良い気もするのですが、その辺はどうなっているんですか?」
 先日まで警護に携わっていた身としては、アーサー氏の無事が気になる点であった。
「その辺りは……なんだ、その……問題ない。一応の目星はついている。とはいえ、自分でも信じられん結論で、だな。ちょっとマギエラ嬢の意見を伺いたかったのだ。しかし、居ないとなると、そうだな……待つ間に少しミス・キャロリンと話をさせてもらってもいいかな?」
「……キャリーと、ですか?」
 ミリアが不安そうに眉を寄せた。「ええと、ちょうど紅茶もありますし、ここに呼んだ方が良いですか?」
「うむ、よろしくたのむ」
 そう口にしたグラント警部は、なにやら厳かな雰囲気だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

村長奇譚 ~夏祭りの惨劇と少女の亡霊~

水無月礼人
ミステリー
 子供達は独立し、長年連れ添った妻は病で死去した。  故郷の田舎町で余生を過ごそうと帰省した主人公(60代・男)は、住民の同調圧力で強引に自治会長(村長)に選ばれてしまう。  嫌々ながらも最大のイベント・夏祭りの準備を始める主人公であるが、彼は様々な怪奇に遭遇することになる。  不運な村長とお気楽青年のバディが事件を華麗に解決!……するかも。 ※表紙イラストはフリー素材を組み合わせて作りました。  【アルファポリス】でも公開しています。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...