宣誓のその先へ

ねこかもめ

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第一章

【四話】暗晦と憂虞。(3)

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自らの死因と、未練が何なのか思い出したアーベルさんはずっと俯いている。

《・・・・・・》
「アーベルさん・・・」
「守ったんだね、ハンナさんのこと」
《俺は・・・》

こっちから話しかけても、彼はそれだけ言って肩を震わせるばかり。

何秒か、はたまた数分か。どれくらい時間が経ったかは分からないが、その静寂を破ったのはアーベルさんだった。

《俺は、さ・・・。》

俯いたまま続けた。

《・・・調子に、乗ってたんだな》

嗚咽まじりに、言葉を紡いだ。

《優秀だ、なんて言われて。俺は強いんだ、俺は出来るんだ、ってさ。その傲慢さが態度に現れてたんだ・・・。みんな、それを解ってたんだな。上官も、同僚も、ハンナも。》

俺もアイシャも、黙って彼の話に耳を傾ける。

《本当は、分かってたんだ。このままじゃダメだって、さ。》

その悔いが、握りこぶしに現れる。

《なのに俺は。変な意地を張って・・・!》

抑圧された感情が溢れそうな様子で。

《勝手にイキって、勝手にイラついて・・・!》

更に強くこぶしを握り締めて。

《声をかけてくれたハンナにあたって・・・。だせえよな、本当に。》

彼のイメージからは想像できない程に高ぶる感情。

《俺が腹を立ててたのは上官でも、同僚でも・・・、ハンナでもねえ・・・っ!》

一瞬沈黙し、今度は顔を勢いよくあげ、力強く言った。

《・・・俺なんだよ!》

その眼には、大粒の雫が。

《俺は、俺に腹が立ってたんだ!一匹狼気取りの気持ちわりぃくそ野郎になっ!》

アーベルさんの深層心理を聞き、俺は彼に問うた。

「アーベルさん」
《・・・なんだ?》
「あなたは、どうしたいんですか?」

彼の意思を。彼自身の感情を。 それは、彼にしか分からないことだから。

《お、俺は・・・》

少し間を開けて、ひとつの答えを出した。

《俺は・・・謝りたい。みんなに。ハンナに。それから、お前たちにも》
「私たち?」
《ああ。俺の勝手な都合でこんな夜中に。悪かったな。特にユウ。お前は怖がりっぽいからな》
「こここ、怖がりじゃねえよ!」
《若いカップルの夜を邪魔した罪はでけえよな》
「ほんとよ」
「こら」

余計なお世話だっての・・・。
それに俺たちはただの幼馴染だ。
今は、まだ。

《・・・とにかく、俺はあいつらに謝りたい。》

傲慢であったこと。優しさを無下にし続けたこと。そして。

《何より、死ぬまでそれに気付かなかったことを、な。》

「そう。なら、私にできるのはここまで。」

あとは彼の行動次第だ。俺たちが干渉することじゃない。

《あ、だけど俺・・・》
「大丈夫。もう以前のあなたとは違うよ。見えてるでしょ?あなた自身の姿も、するべきことも。」
《・・・ああ、そうだな。》

アーベルさんを見送りに屋敷の玄関へ。

《世話になった、あんがとな。》
「会えると良いですね、みんなに」
《ああ。それじゃあ》

俺たちに背を向けて歩き出したアーベルさん。
その姿は、最初に彼を見た時のそれとは違い、なんというか、こう・・・たくましく見えた。

「ねえ」
《ん?なんだ、嬢ちゃん》
「ハンナさんには謝罪だけじゃなくて」
《・・・分かってるよ。ありがとうな》

そう言って、アーベルさんはそれ以上振り返ることなく去っていった。

「行ったね」
「ああ」
「・・・言えるかな」
「まあ、大丈夫だろ」

東の空は徐々に明るくなってきている。
寝ないとな・・・。今日は十時ごろに一班と合流して力仕事らしい。

「アイシャ、俺たちもそろそろ・・・」
「・・・うん、そうだね」
「アイシャ?」

アイシャはなにやら遠くの景色を見ていた。

「な、何でもない・・・。」
「?」
「さ、寝よ寝よ」

半ば強引に腕を引かれ、俺たちは屋敷の中へ入った。


怖い、という感情がある。何に対してその感情を抱くのかは、その時次第だ。
見えない、分からない。それ故に怖いと感じる。
その一方で、見えても、分かっても怖いものだって存在する。

俺にとって、悔しいけど幽霊は怖い。見える。居ると分かる。それでもやっぱり、怖いんだ。
それが何故かは分からない。存在を知る以前に身に着いた深層心理なのか、何なのか。とにかく、知っていても怖いんだ。

「死」はどうだろうか。死ぬのは確かに怖い。いつ訪れるか分からないし、経験もないから。しかし、死ぬタイミングが分かることだってある。アーベルさんは魔物の攻撃からハンナさんを庇うと決めた時、自分に迫りくる死が分かったはずだ。それでも彼は、大切な人を護るという行動に何の躊躇いもなかった。おかげでハンナさんの命は守られた。今、彼女がどうなっているかは分からないが・・・。命を賭して大切な命を護る。捉えようによっては騎士の使命ともいえるし、敬われるべき行動のはずだ。俺で例えれば、命を捨ててアイシャを護る、となるのだろう。一見すると美談だ。しかし、俺にはどうしてかそのエピソードが美しく思えなかった。うまく言い表せないが、そこに何かしらの死ぬよりも怖いことがあると感じた。アイシャを護る。それ自体は俺の望みに相違ない。だけど、なぜかずれている気がしてならない。己の死よりも酷く、醜く、恐ろしいような、そんな何かがあった。


もはや自然な流れで、当たり前のように二人で俺の部屋へ。窓から差し込む陽から身を隠すように布団をかぶった。

「おやすみ、アイシャ」
「うん、おやすみ。」

いつも通りの挨拶を交わして。

「・・・ユウ?」
「ん?」
「珍しくそっちから抱きしめてくれるんだ」

俺はアイシャをそっと抱擁した。


——怖いから、な。
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