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第一章
【十話】憤怒と運命。(2)
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「予言」は深夜。女性陣はアイシャの家、俺とリーフさんは俺の家でそれまで休んでおくことになった。
一人でベッドに転がるのも随分久しぶりだ。何とも恥ずかしいことに、腕が少し寂しい。
「落ち着かないな……。」
懐かしの我が家。気が安らぐだろうと思っていたのだが、どうしてもそうはならなかった。
……。
…………。
………………。
目を瞑り、羊を数えても。一本のロウソクを想像して心を落ち着かせても。だめだ、眠れない。特に疲れることをしていないというのもあるが、それ以上に、心が必死に眠気を抑えつけていた。「予言」まではまだ時間がある。どうしても、行きたい場所があった。
「……。」
布団から出て、上着を羽織る。物音を立てないように部屋から出て、階段を降りる。
玄関を開けて外へ。流石に夜ともなれば、この騒がしい街も静まり返っている。
「冷えるな……。」
震える体に無理を言って住宅街の奥へ。アイシャの家を右に見ながら進み、その向かい側から三軒先。
「ここだ……。」
もう十年も空き家になっているその建物。クモの巣が張り、雨風にさらされた壁や屋根は傷んでいる。
その家の前のスペースを見ると、あの雨の日を思い出す。人ごみも、憲兵もいない。
それでも、絶望は確かに俺の中で蠢く。
「……サラ」
幼馴染の名前をつぶやくと、ここが彼女の家であり、あの事件の発生地だと実感する。ボロボロの木扉に手をかけ、ゆっくりと引く。
サラの部屋には何度かお邪魔した経験がある。記憶を頼りに、二階奥の部屋へ向かった。
階段を上がった先の廊下。その最奥がサラの使っていた部屋だ。見ると、その扉は腐り、隙間が数多くある。
「……ん?」
扉に生まれた間隙から、光が見えた。
青白い、見慣れた光だ。ゆっくりと扉を開く。
部屋の中には、幼馴染の少女が立っていた。
「アイシャ、来てたんだ」
「ユウ。うん。なんだか寝ていられなくて」
「同じく。」
「……」
「……やっぱり、ダメそう?」
さっきの光は、アイシャの能力によるものだろう。そう考えた俺は、結果を聞いてみた。
ダメであったという返事を聞く前提で。これを試すのは、今回が初ではない。
アイシャに霊魂に干渉できる能力があるらしいと分かった時、すぐに試した。
それから何度か、こうしてサラとの接触を試みたが、しかし、未だにそれは果たされていない。
「……うん。」
「そっか。」
部屋を見渡すと、寝具は外されていたが、ベッド自体は残されたままだった。
それと、勉強机や椅子も放置されていた。座面の埃を払い、なんとなく腰かけた。
「……低い」
「ふふっ、ちょっと、笑わせないでよ」
「いや、どこに笑うポイントが……?」
「椅子のサイズと合ってなさ過ぎて、かわいいんだもん」
「そりゃあ、ね……。」
十年前に同い年の少女が座っていた椅子。
今の俺が座れば、無論、小さい。なんだか恥ずかしくなって、軋む椅子を元に戻した。
「ねえ、ユウ。」
「ん?」
「サラは、さ。」
「……」
「あの日、何を考えてたんだろうね。」
集合し、図書館へ行き、商店街に寄り。それは、少なくとも俺とアイシャにとってはいつも通りの日常だった。
帰り際のサラの異変以外は。そもそも、彼女の浮かない表情が事件と関係あるのかどうかさえ、もう誰にもわからないのだが。
「——何が出来たんだろうね。」
俺たちの行動次第で、結末を変えることは出来たのだろうか。
三人で、バカな話で笑い合える世界線はあったのだろうか。
あの日々を続けることは、出来たのだろうか。
「私ね、ずっと考えてたんだ。私は、どうしたいのかなって。でも、分からなかった。」
「アイシャ……」
「ユウは、どう?」
「俺は……」
あの子が居なくなって。閉じこもって。アイシャに目を覚まさせられて。誓った。俺は確かに、何かの感情を魔物への怒りに置換した。だから騎士になり、今こうして魔物と戦う日々に身を投じている。でも未だに、自分でも何がしたいのかは分からなかった。「何か」が何なのか、判断を下せないでいる。
「……俺も、分かんないや。」
「……そっか。」
ふと、思い出す。言い争うオレとアイシャを、優しい笑顔で見守る少女を。目頭が熱くなってくる。
窓から星を見るふりをして誤魔化した。
「行こう、アイシャ。」
「……うん。」
サラは笑っていた。うるさい二人の幼馴染を見て。きっと、こんな俺たちの姿は望んじゃいない。だから、ここで泣いているわけにはいかないんだ。そう心に言い聞かせ、二人で部屋を出た。
実家の部屋に戻って横になったが、結局休むことは出来なかった。
もう時間だ。装備を着けて「予言」に向かう。リーフさんと共に実家から出ると、女性陣も集合していた。
「さあ、行くわよ」
「最後ですね」
「ああ。」
「何か、変わるんですかね」
「……。」
何が起こるのかは分からない。仮に「運命」と言う奴が存在していたとしても、基本的にはそれを予め知ることなど出来ない。
大事なことに気付くのは、いつだって何かが起きてからだ。
座標に到着。
住宅地からほど近い。お姉ちゃんが憲兵に話し、住民は避難指示がない限り家から出ないように言ってもらったらしい。
そうならないようにするのが俺たちの役割なのだが、念には念を、ってことで。
「もう間もなくです」
剣を抜き、構える。最後だというのに、相も変わらず魔物が出るときに感じる圧には慣れないな。
空間の歪みから無気味な色の気体が流れ出る。黒というのか、紫というのか。それでいて黄色も混じった色。
それがやがて溶岩のようなドロドロの液体となり地面へ。歪みが消えると、魔物を模っていく。
これはもう見慣れたものだが、やはり今回もヒト型らしい。重厚な鎧に身を包み、大盾と大剣を装備している。遠目からでは人間の騎士と区別がつかないかもしれない。体格も、ちょっと大きい人くらいだ。
これまでの「予言」とは一味違う、なんと言うのだろう……「強そう」な、魔王の一番の部下という感じがある。
《ニンゲン……。コンドコソ……ワレワレガ……コウカツナ……キサマラヲ……ホロボス……!》
インゼル島の奴らと言い、こいつと言い、やはり人間を「卑怯者」と認識している様子だ。
「はいはい、卑怯者はもう分かったわ。各自散開!」
「「「「了解‼」」」」
そいつを囲むように散り、様子を見る。魔物はキョロキョロと周りを見回している。
《……ッ‼》
一瞬力を込めたそいつは、肩に担いでいた大剣を地面に刺した。
直後、その地点を中心とし、巨大な魔法陣のようなものが現れた。
俺たちの立っている場所もその範囲だ。
「なんのつもりだ?」
そんな疑問を呈している一瞬の間に魔法陣は消えた。
いったい何だったんだ?特にダメージはないし、体に違和感もない。攻撃ではなさそうだ。
「俺が行く!」
体格の大きい魔物と、真っ先に勝負に出たのはリーフさん。
だが、当然一人で勝てるような相手ではない。俺含む四人も、距離を詰める。
あまり近寄りすぎても、瞬間移動の邪魔だ。十メートルほどの距離まで近付いた。
「ぐっ、見た目通りガードが堅いな……!」
リーフさんの攻撃をもたやすく防ぐ盾。あれは厄介そうだ。
「俺も参戦します!」
魔物は、リーフさんの攻撃を防ぐのでいっぱいいっぱい……に見える。
走って近付き、背後から脇腹に斬りかかった。
しかし——
「か、かってぇ……!」
いとも簡単に弾かれてしまった。
体勢を立て直すと、魔物の剣が地面に対して水平に回ってくるのが見えた。
「避けて、ユウ‼」
——くそ!
アイシャの声を聞き、間一髪で屈んで回避。空気を割く低い音が聞こえ、頭に風を感じた。
その重厚感に反し、攻撃速度はすさまじい。一度後退し、お姉ちゃんたちのいる方へ。
「まさか、あんた達の攻撃が通らないとはね」
「ああ。押すくらいはできると思ったんだがな。」
「あの重さじゃ、俺のカウンターも効かなそうです」
「そう、厄介ね」
「ここは私にお任せを」
「エリナちゃん」
そうか。いくら防具が堅いとはいえ、エリナさんの光剣なら貫通できる。
エリナさんは、切先を左に向け、剣身を左手でなぞる——が。
「……えっ?」
「どうしたの?」
「……どうしてか、剣に熱を与えられないんです……。もう一度やってみます。」
そういって、さっきと同じ行動を繰り返す。しかし、ついに彼女の剣が光を帯びることは無かった。
「すみません、出来そうにないです……。」
「体の不調とかありませんか?」
「ええ。それは大丈夫なのですが……。溜めておいた熱が足りなかったのでしょうか……?お役に立てず申し訳ございません。」
——こうしている間にも、魔物はじりじりと近付いてきている。
「このままじゃ防戦一方になっちまうぞ」
「それは避けたいところね」
「一つ、可能性が——っ!」
アイシャが言いかけたところで、魔物の攻撃が横槍を入れる。
彼女が言おうとしたのは、おそらく鎧の弱点だ。
どんなに堅く、どんなに重厚な鎧でも、防御力の低い場所が必ず存在する。
「関節を狙いましょう!」
この魔物を倒す近道となりうる、関節への攻撃。
膝や肘を曲げられないと困る故、関節部分は柔らかい材質でできているはず。そこを狙えば攻撃は通る。
「任せろ!」
後ろに回り込んで膝裏を狙う。それはリーフさんに任せよう。
「足止めは任せてください!」
コイツが相手でも、反射を使えば剣を止めるくらいはできるだろう。
「でやあっ‼」
魔物の注意を引くため、わざと正面から攻撃を仕掛けた。
案の定、俺にヘイトが向く。魔物は剣を振り上げ、そして、振り下ろす。
それを剣で受けて能力を——
「な、なにっ⁈」
いつも通りに能力を使ったはずだが、なぜか全ての力を受けてしまった。
必死に抑えながら能力の発動を何度も試みたが、効果がない。
インゼル島の魔物のように押しきられているわけではない。発動しないんだ。
「このままじゃ……」
剣がしなっているのが分かる。
「今行く‼」
リーフさんが瞬間移動で魔物の背後に——
「くっ、何でだ⁈瞬間移動できない!」
仕方ないと、リーフさんは走って魔物の背後へ。
「もらった‼」
——左膝をやられ、一瞬怯んだ。その隙を見て魔物の攻撃を流し、退避。
腕がしびれている。自由になった魔物の剣は、今度はリーフさんに向く。
瞬間移動を封じられ、戦いにくそうだ。
俺も反射が使えず困っているし、エリナさんの能力も発動しなかった。
これはもしや——
「はあ……こいつはキツいな……」
「ユウ、腕大丈夫?反射しなかったの?」
「アイシャ、ちょっと霊視を使ってみてくれないか?」
「え?うん、分かった。」
俺に剣を預け、胸の前で合掌。いつもならば、間もなく青白い光が彼女を包む。
だが——
「あれ?出来ない……。」
「やっぱりそうか」
「もしかして、あの魔法陣って……」
「ああ。確証はないけど。多分そうだな。」
最初に俺たち全員を包んだ魔法陣。
あれが、能力を使えなくなる現象と関係しそうだ。
魔物にも能力があるのだろうか。
静寂に包まれるはずの夜の街。そこに響き渡る、異様な金属音。
「ぐあぁ‼」
「リーフさん‼」
右腕の肘付近を抑えている。出血も見られた。その上、剣を落としてしまっている。
「く、くそっ、剣が……持てねえ……‼」
「リーフ、とりあえず下がって!」
「ああ、悪ぃ!」
これはまずい。おそらくお姉ちゃんの能力も使えない。
そうなると、リーフさんのケガを治すことができない。
しかも患部は利き腕。戦うのは厳しいか?念のためお姉ちゃんがリーフさんのもとへ。
その間、俺、アイシャ、エリナさんで魔物を引きつける必要がある。
「アイシャ、エリナさん。俺が奴を止めておきます。その間に奴の脚を。」
「かしこまりました」
「うん、任せて」
「ただ、脚を斬ったらすぐに退避で。リーフさんにケガを負わせるほどの反撃ですからね。じゃ、行きますよ!」
合図をし、俺は再び魔物の前へ。
正直、能力が使えない状態でこいつを止めておくのは厳しい。
「ほら、こっちだ‼」
斬りかかると、盾で防がれた。
怯んだ俺を刺そうと、剣で突いてきた。これを何とか左に回避し、剣を振り上げて魔物の手首に攻撃。
だが効果は見られず、魔物が反撃に転じる。
——まずい!
今この状況で剣を振り回されると、せっかく背後に到着した二人が離れざるを得ない。
覚悟を決め、攻撃を剣で受けた。
「くっ、お、重い……っ!」
「ご主人様!」
そんな俺を見て、エリナさんが急接近し、左足を斬った。
さっきリーフさんの攻撃を受けた左脚は今回で限界を迎えたようで、魔物は体勢を崩した。腕の力も抜けている。
——今しかない……っ!
このチャンスを逃すわけにはいかない。
魔物の右肘に、全力の突きを食らわせる。
「そっちの脚も‼」
続いて接近したアイシャが、今度は右足を刺した。
これは深々と刺さり、かなりダメージを与えたようだ。
両ひざから崩れ落ちた魔物。
その隙を見逃さず、リーフさんの落とした剣を拾い——
「食らえぇ‼」
——兜の覗き穴から突き刺した。
《ニン……ゲン……‼》
崩れた姿勢のまま後ろに倒れる魔物。その声には、人間に対するはっきりとした「怒り」が見られる。
なぜそんなにも人間を憎んでいるのだろう。
「卑怯者」とは何なのだろう。
なぜ攻撃してくるのだろう。
疑問はきりがないほど湧いてくる。だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
一度体勢を立て直すのが先決だ。アイシャやエリナさんと、魔物を挟んで反対側。
お姉ちゃんとリーフさんが居る方へ下がった。
「そっちはみんな無事?」
「俺たちは今のところ大丈夫です。リーフさんは?」
「変な体勢で攻撃を受けちゃったみたい。多分折れたか、よくてヒビってところかしら。能力が使えないのが厳しいわね。」
「そうですか……。」
「悪いな……。」
ケガの具合は最悪、といったところだろうか。
お姉ちゃんの能力も封じられている以上、戦闘に復帰するのは無理だろう。
一人でベッドに転がるのも随分久しぶりだ。何とも恥ずかしいことに、腕が少し寂しい。
「落ち着かないな……。」
懐かしの我が家。気が安らぐだろうと思っていたのだが、どうしてもそうはならなかった。
……。
…………。
………………。
目を瞑り、羊を数えても。一本のロウソクを想像して心を落ち着かせても。だめだ、眠れない。特に疲れることをしていないというのもあるが、それ以上に、心が必死に眠気を抑えつけていた。「予言」まではまだ時間がある。どうしても、行きたい場所があった。
「……。」
布団から出て、上着を羽織る。物音を立てないように部屋から出て、階段を降りる。
玄関を開けて外へ。流石に夜ともなれば、この騒がしい街も静まり返っている。
「冷えるな……。」
震える体に無理を言って住宅街の奥へ。アイシャの家を右に見ながら進み、その向かい側から三軒先。
「ここだ……。」
もう十年も空き家になっているその建物。クモの巣が張り、雨風にさらされた壁や屋根は傷んでいる。
その家の前のスペースを見ると、あの雨の日を思い出す。人ごみも、憲兵もいない。
それでも、絶望は確かに俺の中で蠢く。
「……サラ」
幼馴染の名前をつぶやくと、ここが彼女の家であり、あの事件の発生地だと実感する。ボロボロの木扉に手をかけ、ゆっくりと引く。
サラの部屋には何度かお邪魔した経験がある。記憶を頼りに、二階奥の部屋へ向かった。
階段を上がった先の廊下。その最奥がサラの使っていた部屋だ。見ると、その扉は腐り、隙間が数多くある。
「……ん?」
扉に生まれた間隙から、光が見えた。
青白い、見慣れた光だ。ゆっくりと扉を開く。
部屋の中には、幼馴染の少女が立っていた。
「アイシャ、来てたんだ」
「ユウ。うん。なんだか寝ていられなくて」
「同じく。」
「……」
「……やっぱり、ダメそう?」
さっきの光は、アイシャの能力によるものだろう。そう考えた俺は、結果を聞いてみた。
ダメであったという返事を聞く前提で。これを試すのは、今回が初ではない。
アイシャに霊魂に干渉できる能力があるらしいと分かった時、すぐに試した。
それから何度か、こうしてサラとの接触を試みたが、しかし、未だにそれは果たされていない。
「……うん。」
「そっか。」
部屋を見渡すと、寝具は外されていたが、ベッド自体は残されたままだった。
それと、勉強机や椅子も放置されていた。座面の埃を払い、なんとなく腰かけた。
「……低い」
「ふふっ、ちょっと、笑わせないでよ」
「いや、どこに笑うポイントが……?」
「椅子のサイズと合ってなさ過ぎて、かわいいんだもん」
「そりゃあ、ね……。」
十年前に同い年の少女が座っていた椅子。
今の俺が座れば、無論、小さい。なんだか恥ずかしくなって、軋む椅子を元に戻した。
「ねえ、ユウ。」
「ん?」
「サラは、さ。」
「……」
「あの日、何を考えてたんだろうね。」
集合し、図書館へ行き、商店街に寄り。それは、少なくとも俺とアイシャにとってはいつも通りの日常だった。
帰り際のサラの異変以外は。そもそも、彼女の浮かない表情が事件と関係あるのかどうかさえ、もう誰にもわからないのだが。
「——何が出来たんだろうね。」
俺たちの行動次第で、結末を変えることは出来たのだろうか。
三人で、バカな話で笑い合える世界線はあったのだろうか。
あの日々を続けることは、出来たのだろうか。
「私ね、ずっと考えてたんだ。私は、どうしたいのかなって。でも、分からなかった。」
「アイシャ……」
「ユウは、どう?」
「俺は……」
あの子が居なくなって。閉じこもって。アイシャに目を覚まさせられて。誓った。俺は確かに、何かの感情を魔物への怒りに置換した。だから騎士になり、今こうして魔物と戦う日々に身を投じている。でも未だに、自分でも何がしたいのかは分からなかった。「何か」が何なのか、判断を下せないでいる。
「……俺も、分かんないや。」
「……そっか。」
ふと、思い出す。言い争うオレとアイシャを、優しい笑顔で見守る少女を。目頭が熱くなってくる。
窓から星を見るふりをして誤魔化した。
「行こう、アイシャ。」
「……うん。」
サラは笑っていた。うるさい二人の幼馴染を見て。きっと、こんな俺たちの姿は望んじゃいない。だから、ここで泣いているわけにはいかないんだ。そう心に言い聞かせ、二人で部屋を出た。
実家の部屋に戻って横になったが、結局休むことは出来なかった。
もう時間だ。装備を着けて「予言」に向かう。リーフさんと共に実家から出ると、女性陣も集合していた。
「さあ、行くわよ」
「最後ですね」
「ああ。」
「何か、変わるんですかね」
「……。」
何が起こるのかは分からない。仮に「運命」と言う奴が存在していたとしても、基本的にはそれを予め知ることなど出来ない。
大事なことに気付くのは、いつだって何かが起きてからだ。
座標に到着。
住宅地からほど近い。お姉ちゃんが憲兵に話し、住民は避難指示がない限り家から出ないように言ってもらったらしい。
そうならないようにするのが俺たちの役割なのだが、念には念を、ってことで。
「もう間もなくです」
剣を抜き、構える。最後だというのに、相も変わらず魔物が出るときに感じる圧には慣れないな。
空間の歪みから無気味な色の気体が流れ出る。黒というのか、紫というのか。それでいて黄色も混じった色。
それがやがて溶岩のようなドロドロの液体となり地面へ。歪みが消えると、魔物を模っていく。
これはもう見慣れたものだが、やはり今回もヒト型らしい。重厚な鎧に身を包み、大盾と大剣を装備している。遠目からでは人間の騎士と区別がつかないかもしれない。体格も、ちょっと大きい人くらいだ。
これまでの「予言」とは一味違う、なんと言うのだろう……「強そう」な、魔王の一番の部下という感じがある。
《ニンゲン……。コンドコソ……ワレワレガ……コウカツナ……キサマラヲ……ホロボス……!》
インゼル島の奴らと言い、こいつと言い、やはり人間を「卑怯者」と認識している様子だ。
「はいはい、卑怯者はもう分かったわ。各自散開!」
「「「「了解‼」」」」
そいつを囲むように散り、様子を見る。魔物はキョロキョロと周りを見回している。
《……ッ‼》
一瞬力を込めたそいつは、肩に担いでいた大剣を地面に刺した。
直後、その地点を中心とし、巨大な魔法陣のようなものが現れた。
俺たちの立っている場所もその範囲だ。
「なんのつもりだ?」
そんな疑問を呈している一瞬の間に魔法陣は消えた。
いったい何だったんだ?特にダメージはないし、体に違和感もない。攻撃ではなさそうだ。
「俺が行く!」
体格の大きい魔物と、真っ先に勝負に出たのはリーフさん。
だが、当然一人で勝てるような相手ではない。俺含む四人も、距離を詰める。
あまり近寄りすぎても、瞬間移動の邪魔だ。十メートルほどの距離まで近付いた。
「ぐっ、見た目通りガードが堅いな……!」
リーフさんの攻撃をもたやすく防ぐ盾。あれは厄介そうだ。
「俺も参戦します!」
魔物は、リーフさんの攻撃を防ぐのでいっぱいいっぱい……に見える。
走って近付き、背後から脇腹に斬りかかった。
しかし——
「か、かってぇ……!」
いとも簡単に弾かれてしまった。
体勢を立て直すと、魔物の剣が地面に対して水平に回ってくるのが見えた。
「避けて、ユウ‼」
——くそ!
アイシャの声を聞き、間一髪で屈んで回避。空気を割く低い音が聞こえ、頭に風を感じた。
その重厚感に反し、攻撃速度はすさまじい。一度後退し、お姉ちゃんたちのいる方へ。
「まさか、あんた達の攻撃が通らないとはね」
「ああ。押すくらいはできると思ったんだがな。」
「あの重さじゃ、俺のカウンターも効かなそうです」
「そう、厄介ね」
「ここは私にお任せを」
「エリナちゃん」
そうか。いくら防具が堅いとはいえ、エリナさんの光剣なら貫通できる。
エリナさんは、切先を左に向け、剣身を左手でなぞる——が。
「……えっ?」
「どうしたの?」
「……どうしてか、剣に熱を与えられないんです……。もう一度やってみます。」
そういって、さっきと同じ行動を繰り返す。しかし、ついに彼女の剣が光を帯びることは無かった。
「すみません、出来そうにないです……。」
「体の不調とかありませんか?」
「ええ。それは大丈夫なのですが……。溜めておいた熱が足りなかったのでしょうか……?お役に立てず申し訳ございません。」
——こうしている間にも、魔物はじりじりと近付いてきている。
「このままじゃ防戦一方になっちまうぞ」
「それは避けたいところね」
「一つ、可能性が——っ!」
アイシャが言いかけたところで、魔物の攻撃が横槍を入れる。
彼女が言おうとしたのは、おそらく鎧の弱点だ。
どんなに堅く、どんなに重厚な鎧でも、防御力の低い場所が必ず存在する。
「関節を狙いましょう!」
この魔物を倒す近道となりうる、関節への攻撃。
膝や肘を曲げられないと困る故、関節部分は柔らかい材質でできているはず。そこを狙えば攻撃は通る。
「任せろ!」
後ろに回り込んで膝裏を狙う。それはリーフさんに任せよう。
「足止めは任せてください!」
コイツが相手でも、反射を使えば剣を止めるくらいはできるだろう。
「でやあっ‼」
魔物の注意を引くため、わざと正面から攻撃を仕掛けた。
案の定、俺にヘイトが向く。魔物は剣を振り上げ、そして、振り下ろす。
それを剣で受けて能力を——
「な、なにっ⁈」
いつも通りに能力を使ったはずだが、なぜか全ての力を受けてしまった。
必死に抑えながら能力の発動を何度も試みたが、効果がない。
インゼル島の魔物のように押しきられているわけではない。発動しないんだ。
「このままじゃ……」
剣がしなっているのが分かる。
「今行く‼」
リーフさんが瞬間移動で魔物の背後に——
「くっ、何でだ⁈瞬間移動できない!」
仕方ないと、リーフさんは走って魔物の背後へ。
「もらった‼」
——左膝をやられ、一瞬怯んだ。その隙を見て魔物の攻撃を流し、退避。
腕がしびれている。自由になった魔物の剣は、今度はリーフさんに向く。
瞬間移動を封じられ、戦いにくそうだ。
俺も反射が使えず困っているし、エリナさんの能力も発動しなかった。
これはもしや——
「はあ……こいつはキツいな……」
「ユウ、腕大丈夫?反射しなかったの?」
「アイシャ、ちょっと霊視を使ってみてくれないか?」
「え?うん、分かった。」
俺に剣を預け、胸の前で合掌。いつもならば、間もなく青白い光が彼女を包む。
だが——
「あれ?出来ない……。」
「やっぱりそうか」
「もしかして、あの魔法陣って……」
「ああ。確証はないけど。多分そうだな。」
最初に俺たち全員を包んだ魔法陣。
あれが、能力を使えなくなる現象と関係しそうだ。
魔物にも能力があるのだろうか。
静寂に包まれるはずの夜の街。そこに響き渡る、異様な金属音。
「ぐあぁ‼」
「リーフさん‼」
右腕の肘付近を抑えている。出血も見られた。その上、剣を落としてしまっている。
「く、くそっ、剣が……持てねえ……‼」
「リーフ、とりあえず下がって!」
「ああ、悪ぃ!」
これはまずい。おそらくお姉ちゃんの能力も使えない。
そうなると、リーフさんのケガを治すことができない。
しかも患部は利き腕。戦うのは厳しいか?念のためお姉ちゃんがリーフさんのもとへ。
その間、俺、アイシャ、エリナさんで魔物を引きつける必要がある。
「アイシャ、エリナさん。俺が奴を止めておきます。その間に奴の脚を。」
「かしこまりました」
「うん、任せて」
「ただ、脚を斬ったらすぐに退避で。リーフさんにケガを負わせるほどの反撃ですからね。じゃ、行きますよ!」
合図をし、俺は再び魔物の前へ。
正直、能力が使えない状態でこいつを止めておくのは厳しい。
「ほら、こっちだ‼」
斬りかかると、盾で防がれた。
怯んだ俺を刺そうと、剣で突いてきた。これを何とか左に回避し、剣を振り上げて魔物の手首に攻撃。
だが効果は見られず、魔物が反撃に転じる。
——まずい!
今この状況で剣を振り回されると、せっかく背後に到着した二人が離れざるを得ない。
覚悟を決め、攻撃を剣で受けた。
「くっ、お、重い……っ!」
「ご主人様!」
そんな俺を見て、エリナさんが急接近し、左足を斬った。
さっきリーフさんの攻撃を受けた左脚は今回で限界を迎えたようで、魔物は体勢を崩した。腕の力も抜けている。
——今しかない……っ!
このチャンスを逃すわけにはいかない。
魔物の右肘に、全力の突きを食らわせる。
「そっちの脚も‼」
続いて接近したアイシャが、今度は右足を刺した。
これは深々と刺さり、かなりダメージを与えたようだ。
両ひざから崩れ落ちた魔物。
その隙を見逃さず、リーフさんの落とした剣を拾い——
「食らえぇ‼」
——兜の覗き穴から突き刺した。
《ニン……ゲン……‼》
崩れた姿勢のまま後ろに倒れる魔物。その声には、人間に対するはっきりとした「怒り」が見られる。
なぜそんなにも人間を憎んでいるのだろう。
「卑怯者」とは何なのだろう。
なぜ攻撃してくるのだろう。
疑問はきりがないほど湧いてくる。だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
一度体勢を立て直すのが先決だ。アイシャやエリナさんと、魔物を挟んで反対側。
お姉ちゃんとリーフさんが居る方へ下がった。
「そっちはみんな無事?」
「俺たちは今のところ大丈夫です。リーフさんは?」
「変な体勢で攻撃を受けちゃったみたい。多分折れたか、よくてヒビってところかしら。能力が使えないのが厳しいわね。」
「そうですか……。」
「悪いな……。」
ケガの具合は最悪、といったところだろうか。
お姉ちゃんの能力も封じられている以上、戦闘に復帰するのは無理だろう。
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真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
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「俺、前から思ってたんです。
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