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第一章
【十話】憤怒と運命。(1)
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すべての事象は、事前に決められているのだろうか。そんな疑問を、幾度となく呈したことがある。
明日の天気なんて言う日常的なものから、人の死などの非日常まで。毎日毎日、無限大と言って良い程の何かが起きている。
それらは全て、予め決まっていることなのだろうか。「運命」ってやつは実在するのか。
ずっと考えていた。
彼女は……サラは、死ななければならなかったのか。決まっていたことなのか。あの時、疲労だなんて決めつけなければ。寂しげな彼女に、もっときちんと寄り添っていれば。救うことは出来たのだろうか。この思考に陥ると、俺は決まって、オレに対する怒りが湧く。誰にあたったところで解決する問題ではないから、すぐに冷静になるが。
——とにかく、俺たちには何か出来たのだろうか。
あの出来事が「運命」なら、その結果を覆すことは可能だったのだろうか。
今となっては、もう分からない。昔から、それが悔しくて堪らなかった。
新生・リビング。「予言」についての会議をしている。
「紙は重なってないし、裏面もないわね。」
「つまり、次がラストなんだな」
次の予言は、リストの一番下。リーフさんが言った通り、最後だ。
「これで、何かが変わるんですかね」
「どうなんでしょう……。少なくとも、何か有益な情報は得たいところですね。」
魔物については、未だに分からないことだらけだ。五百年前の人魔大戦は、一応人類の勝利とされている。しかし、文献によれば、戦いは魔物の消失によって突然終わったらしい。それから現代に至るまでの間、どこで何をしていたのか。それに、「魔物の長」って奴も気になる。エリナさんの言うように、情報の一つや二つは欲しいところだ。
「そうよね。それで、場所は——」
地図とリストに書かれた座標を見比べる。
何だか見覚えのある座標で、俺とアイシャは前のめりになって確認する。
「これ、ストロングホールドですね」
「それも、私たちの実家からそう遠くないところです……。」
「えーっと、この辺りね」
お姉ちゃんが指で丸く囲った部分を見る。
「ストロングホールド北東居住区……!」
「俺たちの実家は北西部なので、隣町って感じですね」
「おいおい、そんなところに魔物が出るっていうのか?」
「しかも深夜じゃない……」
次の日の昼過ぎからアルプトラオムへの遠征がある。今回は色々と面倒だな……。
「ねえ、ここら辺ってホテルとかある?」
「ホテル……」
「……」
北東居住区の街並みを必死に思い返し——
「「ありません」」
「そう……どうしましょう」
インゼル島の時のように泊りがけ任務の計画を考えていたのだろう。
「それなら任せてください。実家が本当に近くなので」
「言えば泊めてくれると思います」
「いいの?大勢で迷惑じゃないかしら?」
「大丈夫ですよ、きっと。」
「俺たちもしばらく帰ってませんし。喜んでくれる……と思います」
「そう?近いならお世話になりたいところだけれど……。」
「まあ最悪、空き家がありますよ」
「それは……本当に最悪の場合ね」
——冗談はさておき、まあ父さんや母さんなら歓迎してくれるだろうな。
翌日。昼前にストロングホールド北西部の中心地に到着。
馬車を降りると、懐かしい景色が飛び込んでくる。
「そうそう、この騒がしさ。」
「帰ってきた、って感じだね」
「ああ。」
「ストロングホールドねえ。居住区まで入ったのは初めてだわ」
「とりあえず、実家に声かけてみます」
「ええ、そうね。挨拶しないとだから、案内してくれる?」
「「了解」」
馬小屋があるのは中央通りから少し外れたところだ。
二区画ほど進めば、北西部の住人が大変お世話になっている商店街に出られる。
「結構人が多いな」
王都での生活に慣れてきた目でも、多いと感じる。
「北西部と北東部は一番王都に近い部分です。砦の中では比較的安全な方なので、人口が集中するんですよね」
「なるほど、賑わうわけだ。」
ストロングホールドは、魔物が王都に来るのを防ぐ砦だ。理由は不明だが、魔物は南から現れることが多い。
その進行を妨げるため、かつての大戦時に建てられた巨大な防壁とその麓に作られた街。まあ、その北端地域に人が集まるのは必然だな。
なんて話しながら進んでいると、商店街に出た。
八百屋も、肉屋も、すべてが懐かしい。
「ちょっと寄り道してもいいですか?」
「ええ。」
並んだ屋台。その中に、特別思い入れの深い店を見つけ、駆け出した。
「すみません、お待たせしました。よかったらどうぞ。」
「このポテト……。懐かしいね」
「いいの?じゃあ、いただくわね」
「うん、変わらない味。」
昔は三人で分けていたポテトを、今は五人でシェアしている。
……異様に少なく感じたのは、人数のせいだけじゃなさそうだ。
「ん、八百屋さん。元気そう。」
「お、ほんとだ。」
八百屋に視線を向けると、これまた昔から店番をしているおじさんとおばさんがいた。
目が合うと、俺たちに気付いて話しかけてきた。
「お、お前ユウか‼」
「おじさん、久しぶり!」
「へえ、あの悪ガキが随分立派になったものだな」
「あら、じゃあそっちはアイシャ?べっぴんさんね~」
「えへへ、ありがと」
「仕事か?」
「まあ、ね。」
「そっか。そんじゃ邪魔できねえな。また近いうち来なよ」
「うん!」
手を振って八百屋の前を通り過ぎた。
「お前、悪ガキだったのか」
「俺はアイシャに付き合ってただけなのに……」
「なんのことでしょうかー」
「幼き頃のご主人様……見てみたいですね。」
「そうね、確かに」
……それはどういう理由でなのだろう。
本人としては、お姉ちゃんとエリナさんにそれを言われると恐怖でしかないのだが。
「べつに、そこら辺の子供と変わりませんよ。それより小さいころのアイシャを見てほしいですね。」
「……何だか想像できないわね」
「今と大して変わりませんよ」
「嘘をつくんじゃないよ。まるで別人のようじゃんか……。下ネタには厳罰が下されましたね。」
「へえ、アイシャがねえ……。」
「時間の経過は残酷だな」
「それ、どういう意味ですか?」
馬車を降りて三十分ほど。やっと住宅街に入った。懐かしの公園を横目に見る。
「……。」
「未だにいるんだな」
「ほんとね。」
嫌いなタイプの騎士たちだ。特に喝を入れに行くとかはしなかった。
さらに一区画進んで、実家前に到着した。
「ここです」
「ありがとう。リーフ、あなたはユウのご両親に挨拶してきてくれる?私たちはアイシャの方に行くから。」
「あいよ。」
いったんアイシャ達と別れた。といっても、アイシャの家は向かいの隣なのだが。
女性陣を見送り、我が家の呼び鈴に手をかけた。しばらくすると、中から足音が聞こえてきた。
「はい……あら、ユウ?おかえりなさい!」
出てきたのは母さんだった。
「ただいま。」
「そちらの方は?」
「先輩の……」
「リーフです。」
「そうですか。立ち話もなんですから、どうぞ中へ」
「すみません、お邪魔します。」
リビングには、昔と同じ木製の机や椅子が置かれていた。
そこに座っていると、母さんから話を聞いた父さんも二階から降りてきた。
「こんにちは、リーフさん。ユウがお世話になっています」
「こんにちは。いえ、ユウ君は私なんかより、よっぽど優秀な騎士ですよ。」
——目の前でそういう話をされると困るんですけど……。
「どうぞ、お茶です」
「すみません、お構いなく。」
「それで、今日はどうしたの?いきなり帰ってくるなんて。」
「そうそう、その話をしに来たんだった。今日の深夜に、北東部の方で任務があるんだ。」
「任務って、ここに魔物が出るの?」
「まあ、ちょっと見回りをね。」
はい、そうです。なんて言えばパニックだし、ましてや「予言」のことなど言うわけにはいかない。
「それでね、任務までの間と、明日のお昼くらいまで家に泊まれないかなって。」
「すみません、いきなり押しかけてこんなことを。」
「いいえ。大丈夫ですよ。部屋はありますし、お役に立てるならぜひ。二人だけですか?」
「はい。」
「おね……班長達女性陣はアイシャの家に行ったよ。」
「そうか。……おね?」
「……何でもないよ。」
——癖は怖い。
「じゃあ父さんは空き部屋を片付けてくるよ」
そう言うと父さんは立ち上がった。
「手伝います」
それに続いてリーフさんも立ち上がり、父さんについて行った。
「ユウ、あんたは自分の部屋を掃除しなさいね。」
「……はーい。」
母さんに言われ、なんだか時間までもが戻った気分になった。
「さてと。こんなもんかな?」
掃除といっても、少し埃を払って換気する程度で済んだ。俺が不在の間も、ある程度の掃除をしてくれているみたいだ。
ふと壁を見ると、初等学校、中等学校の卒業証書など、小さいころの思い出が並んでいた。
「これは……初等学校……二年生のか?」
クラスが変わってしまう前にみんなで書いた寄せ書きのようなものだ。あの時は三人とも同じクラスだったな。
「クラスがかわっても、なかよくしようね サラ」
という涙ぐましいメッセージの横には
「おおきくなったらけっこんしようね アイシャ」
と、やたらめったら濃く、デカい字で書かれている。
「クラス替え関係ないじゃんか」
そうツッコみを入れた。次に目に入ったのは、部屋の六分の一くらいを占めるベッド。
そして、その付近の壁。そこに寄り掛かると、怒りと悲しみに震える彼女の顔を思い出してしまい、すぐに離れた。
「掃除は進んでる?」
「あ、母さん。うん、一通り済んだよ。」
「そう。なら急ぎなさい」
「急ぐ?」
「アイシャが迎えに来てるわよ」
「……そっか。分かった。さっきの話、受けてくれてありがとう。助かるよ。」
「いいのよ。それよりほら」
「わかってる。じゃ、また後で」
「ええ、行ってらっしゃい」
玄関から出ると、アイシャが立っていた。
「おっそいよ」
「……すみません」
——もう、何度見た光景か。
——もう、何度聞いたセリフか。
「夕方までは自由にしてていいって、お姉ちゃんが」
「へえ。何する?」
「私ね、行きたいところがあるんだけど良いかな?」
「おう。何処?」
「……結婚式会場の下見」
「あ~……はい。」
ストロングホールドのはずれにある教会の事か。まあ、帰省中の行動としては悪くない。
街を巡回する馬車に乗り、教会へ向かった。席に座る。この狭苦しい感じも懐かしい。
俺の右側に座り、寄り掛かってくる幼馴染の少女。
その姿を確認したのち、つい反対側に視線を送った。
「……何してんだろうな、俺。」
左側の空席を見て、心が締め付けられる。
俺の独り言が聞こえていたのか、はたまた聞こえていなかったのかは分からないが、アイシャは何も言わなかった。
教会前に到着した。何度見ても圧倒的な存在感だ。
「いつ見てもデカいな」
「そうだね。じゃ、お邪魔しまーす」
アイシャが古い木戸を押すと、ギィと音を立てながら中の景色が見えてくる。
儀式が無いときは一般開放されている……と、入り口の看板に書いてあった。
中央の道を進み、空いている長椅子に座った。
ストロングホールドの騒がしい空間とはうって変わって、ここは静かだ。
空気も澄んでいて落ち着く。自然と頭がさえわたるような気分だ。
「……なあ、アイシャ」
周囲の迷惑にならないよう、出来る限り小さな声で語りかける。
「ん?」
「……あのフード男がさ、魔物の長って話をしてたよな?」
「うん。」
「でも俺たちは、そんな奴知らないじゃん?」
「そうね。大昔に討伐されたんでしょ?それで戦争が終わったって話だし。」
「……だよな」
アイシャが話したことは、これと言って特別な情報じゃない。中等教育で誰もが教わる「事実」のはずだ。
魔物の長……皮相な表現だが、仮に魔王としておこう。かつて、その魔王が人類によって討伐され、魔物たちはどこかへ逃げ去った。
だから、魔王はもう居ない。そう思っていたし、こんな戦況でも姿を見せない以上、新たな即位も考えられない……とされている。
「でも、予言の奴らを考えてみるとさ」
「うん」
「今回もそうだけど、人がまったく居ない所に現れた奴は一匹もいないんだよな」
これまでの「予言」のことを思い返す。ヴァルム地方、ヴァイス氷山、ゲルプ砂漠、インゼル島、ストロングホールド。それに、先代の魔特班が戦ったというブラウ海岸にも、そこまで大きくないにしろ、集落がある。
「……確かに。」
世界は広い。人間が住んでいない場所なんて、腐るほどある。それなのに、どの「予言」も、人が居るところの近くに現れている。その証明として、俺たちは毎回近くの集落まで馬車で向かい、そこから少し歩いただけの地点で交戦した。
「うーん、何かの意図を感じるね」
「そう。」
奴らは人のいる場所を狙って現れるのだろうか?そんな戦略感がある。
「ユウの言いたいことは分かったよ。つまり、新たに魔王が誕生しているか、もしくは——」
「——討伐されていないか、だな。」
——魔物は「烏合の衆」ではなかったのだ、と。
——何者かが意図して「予言」の魔物を出現させているのではないか。
「たしか、あいつらは魔王の右腕たちだって言ってたよね」
……フード男と対峙した時のことを思い出す。
「ああ。右腕たちなら、魔王の指示でその場所に現れてるってことも考えられる。」
「う~ん。でも何で不定期に一匹ずつなんだろう?インゼル島のは二匹だったけど……。」
「確かにな……。一気に全部送って来れば、人間は対応できなかっただろうに……。」
——ん?俺は今、「送ってくる」と言ったか……。
——送るって、何処から……?
「考えてみると、分からないことが多すぎるよね。終戦の流れだって、結局は全部推論に過ぎない訳でしょ?魔物に関してもそう。」
「そうだよな……。」
——俺たち騎士は、敵についてほとんど何も知らないまま戦っている。それが現状だった。
「う~ん、わっかんない。」
「ああ、お手上げだな。」
——結局何も分からず終いだ。
「それより今は——」
最後の予言に集中、だな。
「——下見しよう」
……そっちか。
あまりウロチョロしても目障りだろう。それに、中の方は昔、シスターさんに案内してもらったことがある。逆にこの空間の方が、新たな見どころが満載だ。上の方のステンドグラスや、真ん中奥の祭壇を観察した。建設から何百年も経過しているらしいが、全くそれを感じさせない美しさだ。
「あれ、あの絵画……」
何かを発見した様子のアイシャが、壁にたくさん並ぶ絵を左側から順に見ている。
「ん?ああ、サルだ」
「文字はないけど、多分あのお話だよね」
「そうみたいだな……。全然気づかなかったよ」
昔聞かせてもらったサルが出てくる御伽話。未だにあの話が何を言っているのかは分からない。
もしかして、御伽話じゃなかったりするのだろうか……?
じゃあ何だ、と訊かれたら答えられないのだが。
——と言うか、覚えていたんだな。
「……そろそろ帰る?」
日が傾き始めている。ここにいると時間を忘れそうになる。
「だな。みんなを待たせるのも悪いし。」
「じゃ、また今度来ようね。」
「教会、結構気に入ってるみたいだな」
「次は新郎新婦として、ね。」
「なるほど、そう言う事ね……。」
古い木戸を開け、外に出る。閉扉と共に、だんだん見えなくなっていく中の景色。
アイシャはそれを、名残惜しそうな瞳で見ていた。
明日の天気なんて言う日常的なものから、人の死などの非日常まで。毎日毎日、無限大と言って良い程の何かが起きている。
それらは全て、予め決まっていることなのだろうか。「運命」ってやつは実在するのか。
ずっと考えていた。
彼女は……サラは、死ななければならなかったのか。決まっていたことなのか。あの時、疲労だなんて決めつけなければ。寂しげな彼女に、もっときちんと寄り添っていれば。救うことは出来たのだろうか。この思考に陥ると、俺は決まって、オレに対する怒りが湧く。誰にあたったところで解決する問題ではないから、すぐに冷静になるが。
——とにかく、俺たちには何か出来たのだろうか。
あの出来事が「運命」なら、その結果を覆すことは可能だったのだろうか。
今となっては、もう分からない。昔から、それが悔しくて堪らなかった。
新生・リビング。「予言」についての会議をしている。
「紙は重なってないし、裏面もないわね。」
「つまり、次がラストなんだな」
次の予言は、リストの一番下。リーフさんが言った通り、最後だ。
「これで、何かが変わるんですかね」
「どうなんでしょう……。少なくとも、何か有益な情報は得たいところですね。」
魔物については、未だに分からないことだらけだ。五百年前の人魔大戦は、一応人類の勝利とされている。しかし、文献によれば、戦いは魔物の消失によって突然終わったらしい。それから現代に至るまでの間、どこで何をしていたのか。それに、「魔物の長」って奴も気になる。エリナさんの言うように、情報の一つや二つは欲しいところだ。
「そうよね。それで、場所は——」
地図とリストに書かれた座標を見比べる。
何だか見覚えのある座標で、俺とアイシャは前のめりになって確認する。
「これ、ストロングホールドですね」
「それも、私たちの実家からそう遠くないところです……。」
「えーっと、この辺りね」
お姉ちゃんが指で丸く囲った部分を見る。
「ストロングホールド北東居住区……!」
「俺たちの実家は北西部なので、隣町って感じですね」
「おいおい、そんなところに魔物が出るっていうのか?」
「しかも深夜じゃない……」
次の日の昼過ぎからアルプトラオムへの遠征がある。今回は色々と面倒だな……。
「ねえ、ここら辺ってホテルとかある?」
「ホテル……」
「……」
北東居住区の街並みを必死に思い返し——
「「ありません」」
「そう……どうしましょう」
インゼル島の時のように泊りがけ任務の計画を考えていたのだろう。
「それなら任せてください。実家が本当に近くなので」
「言えば泊めてくれると思います」
「いいの?大勢で迷惑じゃないかしら?」
「大丈夫ですよ、きっと。」
「俺たちもしばらく帰ってませんし。喜んでくれる……と思います」
「そう?近いならお世話になりたいところだけれど……。」
「まあ最悪、空き家がありますよ」
「それは……本当に最悪の場合ね」
——冗談はさておき、まあ父さんや母さんなら歓迎してくれるだろうな。
翌日。昼前にストロングホールド北西部の中心地に到着。
馬車を降りると、懐かしい景色が飛び込んでくる。
「そうそう、この騒がしさ。」
「帰ってきた、って感じだね」
「ああ。」
「ストロングホールドねえ。居住区まで入ったのは初めてだわ」
「とりあえず、実家に声かけてみます」
「ええ、そうね。挨拶しないとだから、案内してくれる?」
「「了解」」
馬小屋があるのは中央通りから少し外れたところだ。
二区画ほど進めば、北西部の住人が大変お世話になっている商店街に出られる。
「結構人が多いな」
王都での生活に慣れてきた目でも、多いと感じる。
「北西部と北東部は一番王都に近い部分です。砦の中では比較的安全な方なので、人口が集中するんですよね」
「なるほど、賑わうわけだ。」
ストロングホールドは、魔物が王都に来るのを防ぐ砦だ。理由は不明だが、魔物は南から現れることが多い。
その進行を妨げるため、かつての大戦時に建てられた巨大な防壁とその麓に作られた街。まあ、その北端地域に人が集まるのは必然だな。
なんて話しながら進んでいると、商店街に出た。
八百屋も、肉屋も、すべてが懐かしい。
「ちょっと寄り道してもいいですか?」
「ええ。」
並んだ屋台。その中に、特別思い入れの深い店を見つけ、駆け出した。
「すみません、お待たせしました。よかったらどうぞ。」
「このポテト……。懐かしいね」
「いいの?じゃあ、いただくわね」
「うん、変わらない味。」
昔は三人で分けていたポテトを、今は五人でシェアしている。
……異様に少なく感じたのは、人数のせいだけじゃなさそうだ。
「ん、八百屋さん。元気そう。」
「お、ほんとだ。」
八百屋に視線を向けると、これまた昔から店番をしているおじさんとおばさんがいた。
目が合うと、俺たちに気付いて話しかけてきた。
「お、お前ユウか‼」
「おじさん、久しぶり!」
「へえ、あの悪ガキが随分立派になったものだな」
「あら、じゃあそっちはアイシャ?べっぴんさんね~」
「えへへ、ありがと」
「仕事か?」
「まあ、ね。」
「そっか。そんじゃ邪魔できねえな。また近いうち来なよ」
「うん!」
手を振って八百屋の前を通り過ぎた。
「お前、悪ガキだったのか」
「俺はアイシャに付き合ってただけなのに……」
「なんのことでしょうかー」
「幼き頃のご主人様……見てみたいですね。」
「そうね、確かに」
……それはどういう理由でなのだろう。
本人としては、お姉ちゃんとエリナさんにそれを言われると恐怖でしかないのだが。
「べつに、そこら辺の子供と変わりませんよ。それより小さいころのアイシャを見てほしいですね。」
「……何だか想像できないわね」
「今と大して変わりませんよ」
「嘘をつくんじゃないよ。まるで別人のようじゃんか……。下ネタには厳罰が下されましたね。」
「へえ、アイシャがねえ……。」
「時間の経過は残酷だな」
「それ、どういう意味ですか?」
馬車を降りて三十分ほど。やっと住宅街に入った。懐かしの公園を横目に見る。
「……。」
「未だにいるんだな」
「ほんとね。」
嫌いなタイプの騎士たちだ。特に喝を入れに行くとかはしなかった。
さらに一区画進んで、実家前に到着した。
「ここです」
「ありがとう。リーフ、あなたはユウのご両親に挨拶してきてくれる?私たちはアイシャの方に行くから。」
「あいよ。」
いったんアイシャ達と別れた。といっても、アイシャの家は向かいの隣なのだが。
女性陣を見送り、我が家の呼び鈴に手をかけた。しばらくすると、中から足音が聞こえてきた。
「はい……あら、ユウ?おかえりなさい!」
出てきたのは母さんだった。
「ただいま。」
「そちらの方は?」
「先輩の……」
「リーフです。」
「そうですか。立ち話もなんですから、どうぞ中へ」
「すみません、お邪魔します。」
リビングには、昔と同じ木製の机や椅子が置かれていた。
そこに座っていると、母さんから話を聞いた父さんも二階から降りてきた。
「こんにちは、リーフさん。ユウがお世話になっています」
「こんにちは。いえ、ユウ君は私なんかより、よっぽど優秀な騎士ですよ。」
——目の前でそういう話をされると困るんですけど……。
「どうぞ、お茶です」
「すみません、お構いなく。」
「それで、今日はどうしたの?いきなり帰ってくるなんて。」
「そうそう、その話をしに来たんだった。今日の深夜に、北東部の方で任務があるんだ。」
「任務って、ここに魔物が出るの?」
「まあ、ちょっと見回りをね。」
はい、そうです。なんて言えばパニックだし、ましてや「予言」のことなど言うわけにはいかない。
「それでね、任務までの間と、明日のお昼くらいまで家に泊まれないかなって。」
「すみません、いきなり押しかけてこんなことを。」
「いいえ。大丈夫ですよ。部屋はありますし、お役に立てるならぜひ。二人だけですか?」
「はい。」
「おね……班長達女性陣はアイシャの家に行ったよ。」
「そうか。……おね?」
「……何でもないよ。」
——癖は怖い。
「じゃあ父さんは空き部屋を片付けてくるよ」
そう言うと父さんは立ち上がった。
「手伝います」
それに続いてリーフさんも立ち上がり、父さんについて行った。
「ユウ、あんたは自分の部屋を掃除しなさいね。」
「……はーい。」
母さんに言われ、なんだか時間までもが戻った気分になった。
「さてと。こんなもんかな?」
掃除といっても、少し埃を払って換気する程度で済んだ。俺が不在の間も、ある程度の掃除をしてくれているみたいだ。
ふと壁を見ると、初等学校、中等学校の卒業証書など、小さいころの思い出が並んでいた。
「これは……初等学校……二年生のか?」
クラスが変わってしまう前にみんなで書いた寄せ書きのようなものだ。あの時は三人とも同じクラスだったな。
「クラスがかわっても、なかよくしようね サラ」
という涙ぐましいメッセージの横には
「おおきくなったらけっこんしようね アイシャ」
と、やたらめったら濃く、デカい字で書かれている。
「クラス替え関係ないじゃんか」
そうツッコみを入れた。次に目に入ったのは、部屋の六分の一くらいを占めるベッド。
そして、その付近の壁。そこに寄り掛かると、怒りと悲しみに震える彼女の顔を思い出してしまい、すぐに離れた。
「掃除は進んでる?」
「あ、母さん。うん、一通り済んだよ。」
「そう。なら急ぎなさい」
「急ぐ?」
「アイシャが迎えに来てるわよ」
「……そっか。分かった。さっきの話、受けてくれてありがとう。助かるよ。」
「いいのよ。それよりほら」
「わかってる。じゃ、また後で」
「ええ、行ってらっしゃい」
玄関から出ると、アイシャが立っていた。
「おっそいよ」
「……すみません」
——もう、何度見た光景か。
——もう、何度聞いたセリフか。
「夕方までは自由にしてていいって、お姉ちゃんが」
「へえ。何する?」
「私ね、行きたいところがあるんだけど良いかな?」
「おう。何処?」
「……結婚式会場の下見」
「あ~……はい。」
ストロングホールドのはずれにある教会の事か。まあ、帰省中の行動としては悪くない。
街を巡回する馬車に乗り、教会へ向かった。席に座る。この狭苦しい感じも懐かしい。
俺の右側に座り、寄り掛かってくる幼馴染の少女。
その姿を確認したのち、つい反対側に視線を送った。
「……何してんだろうな、俺。」
左側の空席を見て、心が締め付けられる。
俺の独り言が聞こえていたのか、はたまた聞こえていなかったのかは分からないが、アイシャは何も言わなかった。
教会前に到着した。何度見ても圧倒的な存在感だ。
「いつ見てもデカいな」
「そうだね。じゃ、お邪魔しまーす」
アイシャが古い木戸を押すと、ギィと音を立てながら中の景色が見えてくる。
儀式が無いときは一般開放されている……と、入り口の看板に書いてあった。
中央の道を進み、空いている長椅子に座った。
ストロングホールドの騒がしい空間とはうって変わって、ここは静かだ。
空気も澄んでいて落ち着く。自然と頭がさえわたるような気分だ。
「……なあ、アイシャ」
周囲の迷惑にならないよう、出来る限り小さな声で語りかける。
「ん?」
「……あのフード男がさ、魔物の長って話をしてたよな?」
「うん。」
「でも俺たちは、そんな奴知らないじゃん?」
「そうね。大昔に討伐されたんでしょ?それで戦争が終わったって話だし。」
「……だよな」
アイシャが話したことは、これと言って特別な情報じゃない。中等教育で誰もが教わる「事実」のはずだ。
魔物の長……皮相な表現だが、仮に魔王としておこう。かつて、その魔王が人類によって討伐され、魔物たちはどこかへ逃げ去った。
だから、魔王はもう居ない。そう思っていたし、こんな戦況でも姿を見せない以上、新たな即位も考えられない……とされている。
「でも、予言の奴らを考えてみるとさ」
「うん」
「今回もそうだけど、人がまったく居ない所に現れた奴は一匹もいないんだよな」
これまでの「予言」のことを思い返す。ヴァルム地方、ヴァイス氷山、ゲルプ砂漠、インゼル島、ストロングホールド。それに、先代の魔特班が戦ったというブラウ海岸にも、そこまで大きくないにしろ、集落がある。
「……確かに。」
世界は広い。人間が住んでいない場所なんて、腐るほどある。それなのに、どの「予言」も、人が居るところの近くに現れている。その証明として、俺たちは毎回近くの集落まで馬車で向かい、そこから少し歩いただけの地点で交戦した。
「うーん、何かの意図を感じるね」
「そう。」
奴らは人のいる場所を狙って現れるのだろうか?そんな戦略感がある。
「ユウの言いたいことは分かったよ。つまり、新たに魔王が誕生しているか、もしくは——」
「——討伐されていないか、だな。」
——魔物は「烏合の衆」ではなかったのだ、と。
——何者かが意図して「予言」の魔物を出現させているのではないか。
「たしか、あいつらは魔王の右腕たちだって言ってたよね」
……フード男と対峙した時のことを思い出す。
「ああ。右腕たちなら、魔王の指示でその場所に現れてるってことも考えられる。」
「う~ん。でも何で不定期に一匹ずつなんだろう?インゼル島のは二匹だったけど……。」
「確かにな……。一気に全部送って来れば、人間は対応できなかっただろうに……。」
——ん?俺は今、「送ってくる」と言ったか……。
——送るって、何処から……?
「考えてみると、分からないことが多すぎるよね。終戦の流れだって、結局は全部推論に過ぎない訳でしょ?魔物に関してもそう。」
「そうだよな……。」
——俺たち騎士は、敵についてほとんど何も知らないまま戦っている。それが現状だった。
「う~ん、わっかんない。」
「ああ、お手上げだな。」
——結局何も分からず終いだ。
「それより今は——」
最後の予言に集中、だな。
「——下見しよう」
……そっちか。
あまりウロチョロしても目障りだろう。それに、中の方は昔、シスターさんに案内してもらったことがある。逆にこの空間の方が、新たな見どころが満載だ。上の方のステンドグラスや、真ん中奥の祭壇を観察した。建設から何百年も経過しているらしいが、全くそれを感じさせない美しさだ。
「あれ、あの絵画……」
何かを発見した様子のアイシャが、壁にたくさん並ぶ絵を左側から順に見ている。
「ん?ああ、サルだ」
「文字はないけど、多分あのお話だよね」
「そうみたいだな……。全然気づかなかったよ」
昔聞かせてもらったサルが出てくる御伽話。未だにあの話が何を言っているのかは分からない。
もしかして、御伽話じゃなかったりするのだろうか……?
じゃあ何だ、と訊かれたら答えられないのだが。
——と言うか、覚えていたんだな。
「……そろそろ帰る?」
日が傾き始めている。ここにいると時間を忘れそうになる。
「だな。みんなを待たせるのも悪いし。」
「じゃ、また今度来ようね。」
「教会、結構気に入ってるみたいだな」
「次は新郎新婦として、ね。」
「なるほど、そう言う事ね……。」
古い木戸を開け、外に出る。閉扉と共に、だんだん見えなくなっていく中の景色。
アイシャはそれを、名残惜しそうな瞳で見ていた。
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