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第二章
【十二話】扶翼と反抗。(1)
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生まれにアタリとハズレがあるのなら、アタシは大ハズレ。
貧乏な夫婦の間に生まれ、小さいころから倹約生活を強いられてきた。
学校には行けたけど、正直嫌だった。
周りの子たちは健康的で、華やかな服を着ていて、お腹を満たすだけのお弁当を持ってきて。
アタシは違った。
痩せていて、伸びてしわの多い服を着て、お弁当は食事と言うより死なないための栄養補給。
勉強が嫌だったんじゃない。
自分と対照的で、生まれの運に恵まれた子たちを見るのが辛かった。眩しかった。
——うらやましかった。
どうしてアタシの家は貧乏なの?
なんでそんな家に生まれたの?
いったいどうして……?
アタシが何をしたって言うの?
逃げたかった。こんなものが現実なら、死んだほうがマシ。
それでもアタシが生きているのは、パパとママがこう言うから。
「上級騎士になって、王都で公務をしなさい」って。
そうすれば沢山のお金がもらえて、家族みんな幸せになるんだよって。
健康になって、綺麗な服を着て、美味しいご飯をいっぱい食べられる。
眩しかったものに、遠かったものに、手が届く。それはまさに、夢にまで見た事。
だからアタシは耐え続けた。
見下す視線に。
環境に。
パパとママからの重圧に。
耐えて、耐えて。必死に勉強して。剣の修行をして。
耐え続けたアタシは、中等学校の卒業後、数少ない友達をみんな捨てて騎士校に入学した。
入学から半年くらい。自分で学費を払いながら寮生活でなんとかやってる。
幸い、騎士の育成が最優先事項らしくて、王都の援助が大きいみたい。
簡単な手伝いみたいなバイトでも、費用は賄えた。
「ごめん、ノエル。私お手洗い行くから、先に行ってて?」
「うん、分かった」
「いい席、期待してるよ~」
「まっかせなさ~い」
今の時間、一緒に講義を受けていた友達のマイ。
次の時間も同じのを受けてるから、先に行っていい席をとる約束をした。
「えっと、次は確か……」
次に行くべき教室を確認して向かう。
「やば、次、人が多いやつじゃん!」
講義には、内容や講師によって人気度がある。
それに応じて混み具合が変わるんだけど……次受けるのはトップクラスで人気な講義。
いい席をとるのは至難の業なんだよね。急がなきゃ!
前の時間が数分早く終わったおかげで、席取り合戦に参加する権利はある。
最短ルートを進む。自然と足が速くなって、もはや軽く走ってる。
「あそこを曲がって……」
早足のまま、まがり角へ。
急いでたアタシは、ろくに前を確認せずに——
「きゃ……っ!」
——人にぶつかっちゃった。
「ゴメン、大丈夫?」
ぶつかった人が、しりもちをついたアタシに手を差し伸べてくれていた。
けど、アタシはそれどころじゃなかった。
急いでるからじゃなくって。
「あ……」
「……? も、もしかして、どこか打った?」
——かっこいいっ!
去年まで、恋なんてしたことは無かった。する余裕がなかった。
同学年の子が彼氏を連れている現場は何度か見てた。いいな~とは思ったけど。
「ご、ごめんなさい。大丈夫です。」
手を借りて立ち上がった。
「顔が赤いけど……」
——アタシすぐ顔に出るタイプだ⁈
「え、ああ、いや、これは違うんです!」
「そう?まあ、大丈夫なら良かった。もし痛みとか出たら無理せず医務室行ってな?」
「はい!」
……冷静に周囲を見ると、その人の横に女の人が立っていた。
なーんだ、彼女いるんじゃん。
「じゃあ。気を付けて。」
「はい、すみませんでした。」
手を振ってその人たちと別れた。
振り返ってみると、二人はとても仲良さそうに話してる。
「いいなぁ……あの人……。」
——あ、席取らなきゃ‼
教室で座って待っていると、人ごみをかき分けてマイが現れた。
「マイ~こっちこっち!」
「ノエル、ここ……」
——喜んでくれるかな?
「うん。空いててよかったよ、いい席。」
「よくないよ……。一番前の、しかも真ん中ってあんた」
「え~、黒板は見やすいし声は聞きやすいし。完璧じゃん?」
「……まあいっか。ノエルって、チャラチャラした見た目に反してマジメよね」
中等学校を出た時、明るくなりたかったアタシは、
ムリして明るい子の容姿を真似た。アタシっていう一人称もその一環。
……周囲の反応を見るに、やりすぎたかもしれない。
去年まで見てたクラスメイトっぽく意識してるんだけど、
もしかしてあれ、ギャルって言われる人たち……?
講義が終わって、マイとご飯を食べる。
食堂の席が取れず、中庭のベンチに座って、売店で買ったサンドイッチを次々と口へ運ぶ。
「——それでさ、アタシその人の事、好きになっちゃったかも」
「ブフゥ——ッ!」
廊下での出来事を話すと、マイはお茶を噴き出した。
「……きたない」
「ごめんごめん。あんたがそんなにチョロいとは思わなかったからさ」
……カチン。
「廊下でぶつかって助けられて、ねぇ。今更そんな事でオチるもんなんだね」
「今更?」
「そうよ。だってノエル、今まで何人食ってきたのよ」
「食うって……」
表現の是非はおいといて。
毎日の食事すら貧相だったのに、男の子なんて食ったことあるわけがないでしょ。
「ゼロだけど」
「ブフゥ——ッ!」
「……きたない」
あと、お茶がもったいない。
「い、いやいや。その嘘はムリがあるって」
「え?」
「……え?」
「……?」
「え、マジ?」
「うん」
未確認生物でも見たかのような表情のマイ。
「へえ、意外。」
マイには過去の事は言ってない。知られたくないから。
だから多分、マイはアタシが何年も前からこんな感じだと思ってるんだろうなあ。
「意外、かな?」
「そりゃそうよ。」
アタシの顔を直視して続ける。
「あんた、顔かわいいし」
「そんなこと……」
「まあまあ、謙遜なさらず。それに」
視線を少し落として。
「それ……に……!」
「マイ?どうしたの?」
何だか震えているように見える。
「その宝玉!何よそれ!」
「ちょっ、マイ⁈な、なにして……っ!」
何故か涙目でアタシの胸を掴んでくるマイ。
まともな栄養を摂るようになったからか、たしかに最近成長し始めたよ。
だからって何で——
「初対面からどんどん成長しやがって!ずるいよ!」
マイにそう言われ、視線を少し下に。
……「ない」ことで苦しんでいたアタシが、
「ある」ことで羨望の眼差しを浴びるなんて。
いや、これはなんか違う気がするけど。
「……誰にでもある物じゃないんだから……大事にしなよ……」
「う、うん……。」
「っと、私情が入ったけど。顔はかわいい、スタイルはいい、脚もきれい。そんなノエルが経験なしなんて考えられないよって話。」
「そういうもの?」
「そういうものよ。ノエルから声をかければ、いくらでも釣れるでしょ」
「そ、そんなの良くないよ……。」
「……まあ、ノエルがいいって言うならいいんだけど。」
なんだか恥ずかしい気分の昼休みが終わり、午後の講義が始まった。
アタシは、あの人の事を忘れられないでいた。
こんなの、初めての経験だった。
それから三か月くらい経ったある日の昼休み。
相変わらず中庭でマイとお昼ご飯を食べている。
「その人、二年生のユウ先輩って言うんだって」
「へえ……てか、何で知ってんの?」
「色んな人に聞いてみた」
「……なんか怖いよ、ノエル。」
アタシの「調査」になんてこと言うのさ。
「でね、常にアイシャ先輩っていう人と一緒にいるの」
アタシが転んだ時、横にいた女の人がそう。
「彼女居るんだ。残念だね。」
「それがね!」
「わ、びっくりした!」
つい大きい声を出してしまった。
「二人は付き合ってないんだって」
「え、常に一緒にいるんでしょ?」
「うん。でも、カップルじゃないんだって」
「……どういう事?」
「どうやら二人は、幼馴染らしいのよ」
「幼馴染?」
「そう。恋人じゃなくて。」
「ええ、でも、どうせその内付き合うんじゃない?」
「うん。でも、まだ付き合ってない」
「……すごい執念。でもまあ、恋人じゃないなら希望はあるかもね?」
「でしょ? けどね……」
たった一つ。
大きな懸念事項がある。
「その二人、おしどり夫婦って呼ばれてるんだって。」
「ふ、夫婦……?」
「そう。夫婦。」
希望を希望と言い張れない理由がそれ。
なによ、夫婦って。
「……厳しそうじゃん?」
「でもアタシ、頑張るよ」
「何をよ……」
その翌々月。アタシは決心した。
このモヤモヤを抱えたままじゃ、やっていけない。
せめて想いを伝えようって思う。
「え、マジで⁈」
「うん。覚悟決めたよ。」
「へえ、勇敢。頑張ってね、応援してるから。」
「うん、ありがとう、マイ。」
騎士校の門。そこで、その日の最終講義が終って出てきた先輩に声をかける。
「緊張するなぁ……」
ついさっきまで何ともなかったのに、直前になって心臓が暴れだす。
さて、先輩は——
「——っ!」
来た!
予想してたけど、やっぱりアイシャ先輩と一緒じゃん。
それじゃ言いにくい……ううん、言うって決めたこと。
だから勇気を振り絞るの!
「あ、あの!」
声をかけた。
「ん?あれ、君は確か……」
「知ってる子?」
「前に廊下でぶつかった子だよ」
「ああ、そんなこともあったね」
覚えていてくれたらしい。嬉しいな。
「あの、アタシ一年のノエルって言います!」
「えっと、二年のユウ」
——存じ上げております!
「あの……えっと……」
人付き合い経験の薄さがここで響く。
「……?」
「以前、助けていただいた時から……その……先輩の事……」
「……」
聞いてくれてるのかな……引かれてないといいな……。
「好きです!お、お付き合いしていただけないでしょうか⁈」
——言ってしまった。
頭を下げているから、先輩の表情は分からない。
「え、え~っと……」
アイシャ先輩がいる手前、返答に困っているのかな……。
「ノエルちゃん、頭を上げてよ」
言われて先輩の方を見た。
「ノエルちゃん。君の気持は、俺としてもうれしい。けど、応えることは出来ないんだ。ごめんね。」
「そう……ですか。その、引き留めて……すみませんでした……。」
——やっぱね。
「友達でよければ、またいつでも話しかけてよ」
——分かってた。アタシが告白しても、「おしどり夫婦」を割けないことくらい。
「じゃあ、またね。」
——だから、言う。
寮方面へ歩みだすユウ先輩とアイシャ先輩。
——アタシの「覚悟」は、ここからだから‼
「あの!」
十メートルくらい離れたところから、先輩を呼んだ。
「どうしたの?」
「アタシと、模擬戦してください!」
——昔の友達相手には出来なかった行動も、騎士校でなら出来る。
「アイシャ先輩!」
「……私?」
——お互いに剣の心得があるならば、戦って勝ち取ることは悪じゃない‼
その一週間後。
アタシ、マイ、ユウ先輩、アイシャ先輩、それと先輩たちの友達二人が訓練場に集まった。
恥ずかしいからマイは来なくていいって言ったのに来てるし……。
「おいユウ。なんでこうなった?」
「俺に告白してくれた子がアイシャに決闘を挑んだ。アイシャは快諾。俺は勝った方のモノになる。以上。」
「なにそれ、ウケる」
「そんなことは分かってんじゃい!俺が訊きたいのは、なんでユウばっかりそういう話に恵まれてんだってことだよ!お前、なんかずるいぞ!」
「知らん!俺が一番聞きたいわ。」
ここで勝てば、アタシもあの輪に入れる。
そう思うと、闘志が湧いてきた。
昔から剣は習ってた。でも、これまで何の役にも立ってこなかった。
服が欲しかろうと、食べ物が欲しかろうと、お金が欲しかろうと。
剣を握れるアタシがやれば、それは強奪になる。でも、今は違う。
アタシは今初めて、剣で戦って欲しいものを勝ち取ろうとしている。
「ねえクリス。審判やってよ」
「え、何で俺が」
「じゃあいいです」
「うそです、やります」
緊張してる。何度も何度も模造剣を握りなおす自分を見て気付いた。
でも大丈夫。アタシは自分を信じる。勝てる。昔から訓練してきたんだもん。
戦闘技能の成績だって、上位五人には入る。先輩が相手でも、なんとかなるよね。
「では。」
——始まる。
「これより模擬戦、アイシャ対ノエルを開始します。」
——訓練用の兜をかぶって、しっかりとアイシャ先輩の姿をとらえる。
「ノエル、頑張って!」
「三本勝負」
——友達の応援もある。闘志が自信に変わる。
「第一試合、始め!」
合図とともに、まずは先輩の動きを——
「一本!」
「……え?」
一本と言われてから状況を理解した。
先輩の模造剣は、確かにアタシの胴に当てられていた。
「う、うそ……」
「わ、ノエルがこんな簡単に……」
——甘かった。
「第二試合、始め!」
——アタシ、蛙だ
「一本!」
——いや、オタマジャクシかな
「アイシャ二点先取。勝負あり!」
一歩も動けなかった。
「……ありがとう……ございました……」
唖然としたままアイシャ先輩にお礼を言って防具を脱いだ。
何も出来なかった。動くどころか、先輩の動きを捉えることさえ出来ずに負けた。
到底、アタシの敵う相手じゃない。道具を片付けて、先輩たちに言った。
「お騒がせして……すみませんでした……。」
「ノエルちゃん……」
ユウ先輩の声も、今のアタシの心には届かない。
もう、いいや。
「お先に失礼します」
会釈をして、マイと一緒に訓練場を出る——
「——ねえ!」
「……はい?」
アタシを呼び止めたのは、アイシャ先輩だった。
「これでいいの?」
「……」
「ユウを奪いたかったんでしょ?」
「……ええ」
「……あなたは、それでいいの?」
「いいんです。私は……先輩には勝てませんから……。」
そうとだけ言って、今度こそ訓練場を後にした。
何週間後かの昼休み。アタシは、明るいノエルを必死に演じていた。
そんなアタシを、マイは見抜いていたみたい。
「……ねえ、ノエル」
「うん?」
いつものサンドイッチを食べながら、友達の言葉に耳を貸す。
「本当に、諦めちゃったの?」
「何を?」
「先輩のこと」
「……うん。」
「いいの?」
「だって……アタシには届かないもん」
今まで幾度となく、そうやって諦めてきた。
一つ、増えただけ。
「初めてだったんでしょ?」
「うん、あんなの初めてだったよ。まさか初動を見切ることすら——」
「違う!」
マイの大きな声で、アタシの言葉はさえぎられた。
「違うよ、ノエル」
「……」
——分かってるよ
「初めて他人を好きになったんでしょ⁈」
「……」
言葉が出ず、ただただ俯いた。
「そんな簡単に諦めていいの?」
——っ!
「……じゃ……ないよ……」
「ノエル?」
「簡単じゃないよ!」
思わず大きな声が出てしまう。
「諦めたくないよ、アタシだって!悔しくて……悔しくてたまらないよ!」
——アタシ……泣いてる。それでも続けた。
「でも、しょうがないじゃん!「私」じゃあの人には勝てないんだから——っ!」
不意に、身体に温もりを感じた。
「……マイ?」
マイの体温だった。
「ねえ、ノエル。」
抱かれたまま、問いかけられた。
「……本当に、諦めちゃったの?」
さっきと同じ質問だった。けど、アタシの答えは真逆。
「……ううん。やるよ、アタシは。」
もう、手がとどかないなんて理由で諦めるのはたくさん。
とどかないなら手を伸ばす。
眩しいならアタシも光る。
勝ち取りたい。
今度こそアタシは本気で「覚悟」を決めた。
その決心はアタシが打ち上げた、先輩への反撃の狼煙。
貧乏な夫婦の間に生まれ、小さいころから倹約生活を強いられてきた。
学校には行けたけど、正直嫌だった。
周りの子たちは健康的で、華やかな服を着ていて、お腹を満たすだけのお弁当を持ってきて。
アタシは違った。
痩せていて、伸びてしわの多い服を着て、お弁当は食事と言うより死なないための栄養補給。
勉強が嫌だったんじゃない。
自分と対照的で、生まれの運に恵まれた子たちを見るのが辛かった。眩しかった。
——うらやましかった。
どうしてアタシの家は貧乏なの?
なんでそんな家に生まれたの?
いったいどうして……?
アタシが何をしたって言うの?
逃げたかった。こんなものが現実なら、死んだほうがマシ。
それでもアタシが生きているのは、パパとママがこう言うから。
「上級騎士になって、王都で公務をしなさい」って。
そうすれば沢山のお金がもらえて、家族みんな幸せになるんだよって。
健康になって、綺麗な服を着て、美味しいご飯をいっぱい食べられる。
眩しかったものに、遠かったものに、手が届く。それはまさに、夢にまで見た事。
だからアタシは耐え続けた。
見下す視線に。
環境に。
パパとママからの重圧に。
耐えて、耐えて。必死に勉強して。剣の修行をして。
耐え続けたアタシは、中等学校の卒業後、数少ない友達をみんな捨てて騎士校に入学した。
入学から半年くらい。自分で学費を払いながら寮生活でなんとかやってる。
幸い、騎士の育成が最優先事項らしくて、王都の援助が大きいみたい。
簡単な手伝いみたいなバイトでも、費用は賄えた。
「ごめん、ノエル。私お手洗い行くから、先に行ってて?」
「うん、分かった」
「いい席、期待してるよ~」
「まっかせなさ~い」
今の時間、一緒に講義を受けていた友達のマイ。
次の時間も同じのを受けてるから、先に行っていい席をとる約束をした。
「えっと、次は確か……」
次に行くべき教室を確認して向かう。
「やば、次、人が多いやつじゃん!」
講義には、内容や講師によって人気度がある。
それに応じて混み具合が変わるんだけど……次受けるのはトップクラスで人気な講義。
いい席をとるのは至難の業なんだよね。急がなきゃ!
前の時間が数分早く終わったおかげで、席取り合戦に参加する権利はある。
最短ルートを進む。自然と足が速くなって、もはや軽く走ってる。
「あそこを曲がって……」
早足のまま、まがり角へ。
急いでたアタシは、ろくに前を確認せずに——
「きゃ……っ!」
——人にぶつかっちゃった。
「ゴメン、大丈夫?」
ぶつかった人が、しりもちをついたアタシに手を差し伸べてくれていた。
けど、アタシはそれどころじゃなかった。
急いでるからじゃなくって。
「あ……」
「……? も、もしかして、どこか打った?」
——かっこいいっ!
去年まで、恋なんてしたことは無かった。する余裕がなかった。
同学年の子が彼氏を連れている現場は何度か見てた。いいな~とは思ったけど。
「ご、ごめんなさい。大丈夫です。」
手を借りて立ち上がった。
「顔が赤いけど……」
——アタシすぐ顔に出るタイプだ⁈
「え、ああ、いや、これは違うんです!」
「そう?まあ、大丈夫なら良かった。もし痛みとか出たら無理せず医務室行ってな?」
「はい!」
……冷静に周囲を見ると、その人の横に女の人が立っていた。
なーんだ、彼女いるんじゃん。
「じゃあ。気を付けて。」
「はい、すみませんでした。」
手を振ってその人たちと別れた。
振り返ってみると、二人はとても仲良さそうに話してる。
「いいなぁ……あの人……。」
——あ、席取らなきゃ‼
教室で座って待っていると、人ごみをかき分けてマイが現れた。
「マイ~こっちこっち!」
「ノエル、ここ……」
——喜んでくれるかな?
「うん。空いててよかったよ、いい席。」
「よくないよ……。一番前の、しかも真ん中ってあんた」
「え~、黒板は見やすいし声は聞きやすいし。完璧じゃん?」
「……まあいっか。ノエルって、チャラチャラした見た目に反してマジメよね」
中等学校を出た時、明るくなりたかったアタシは、
ムリして明るい子の容姿を真似た。アタシっていう一人称もその一環。
……周囲の反応を見るに、やりすぎたかもしれない。
去年まで見てたクラスメイトっぽく意識してるんだけど、
もしかしてあれ、ギャルって言われる人たち……?
講義が終わって、マイとご飯を食べる。
食堂の席が取れず、中庭のベンチに座って、売店で買ったサンドイッチを次々と口へ運ぶ。
「——それでさ、アタシその人の事、好きになっちゃったかも」
「ブフゥ——ッ!」
廊下での出来事を話すと、マイはお茶を噴き出した。
「……きたない」
「ごめんごめん。あんたがそんなにチョロいとは思わなかったからさ」
……カチン。
「廊下でぶつかって助けられて、ねぇ。今更そんな事でオチるもんなんだね」
「今更?」
「そうよ。だってノエル、今まで何人食ってきたのよ」
「食うって……」
表現の是非はおいといて。
毎日の食事すら貧相だったのに、男の子なんて食ったことあるわけがないでしょ。
「ゼロだけど」
「ブフゥ——ッ!」
「……きたない」
あと、お茶がもったいない。
「い、いやいや。その嘘はムリがあるって」
「え?」
「……え?」
「……?」
「え、マジ?」
「うん」
未確認生物でも見たかのような表情のマイ。
「へえ、意外。」
マイには過去の事は言ってない。知られたくないから。
だから多分、マイはアタシが何年も前からこんな感じだと思ってるんだろうなあ。
「意外、かな?」
「そりゃそうよ。」
アタシの顔を直視して続ける。
「あんた、顔かわいいし」
「そんなこと……」
「まあまあ、謙遜なさらず。それに」
視線を少し落として。
「それ……に……!」
「マイ?どうしたの?」
何だか震えているように見える。
「その宝玉!何よそれ!」
「ちょっ、マイ⁈な、なにして……っ!」
何故か涙目でアタシの胸を掴んでくるマイ。
まともな栄養を摂るようになったからか、たしかに最近成長し始めたよ。
だからって何で——
「初対面からどんどん成長しやがって!ずるいよ!」
マイにそう言われ、視線を少し下に。
……「ない」ことで苦しんでいたアタシが、
「ある」ことで羨望の眼差しを浴びるなんて。
いや、これはなんか違う気がするけど。
「……誰にでもある物じゃないんだから……大事にしなよ……」
「う、うん……。」
「っと、私情が入ったけど。顔はかわいい、スタイルはいい、脚もきれい。そんなノエルが経験なしなんて考えられないよって話。」
「そういうもの?」
「そういうものよ。ノエルから声をかければ、いくらでも釣れるでしょ」
「そ、そんなの良くないよ……。」
「……まあ、ノエルがいいって言うならいいんだけど。」
なんだか恥ずかしい気分の昼休みが終わり、午後の講義が始まった。
アタシは、あの人の事を忘れられないでいた。
こんなの、初めての経験だった。
それから三か月くらい経ったある日の昼休み。
相変わらず中庭でマイとお昼ご飯を食べている。
「その人、二年生のユウ先輩って言うんだって」
「へえ……てか、何で知ってんの?」
「色んな人に聞いてみた」
「……なんか怖いよ、ノエル。」
アタシの「調査」になんてこと言うのさ。
「でね、常にアイシャ先輩っていう人と一緒にいるの」
アタシが転んだ時、横にいた女の人がそう。
「彼女居るんだ。残念だね。」
「それがね!」
「わ、びっくりした!」
つい大きい声を出してしまった。
「二人は付き合ってないんだって」
「え、常に一緒にいるんでしょ?」
「うん。でも、カップルじゃないんだって」
「……どういう事?」
「どうやら二人は、幼馴染らしいのよ」
「幼馴染?」
「そう。恋人じゃなくて。」
「ええ、でも、どうせその内付き合うんじゃない?」
「うん。でも、まだ付き合ってない」
「……すごい執念。でもまあ、恋人じゃないなら希望はあるかもね?」
「でしょ? けどね……」
たった一つ。
大きな懸念事項がある。
「その二人、おしどり夫婦って呼ばれてるんだって。」
「ふ、夫婦……?」
「そう。夫婦。」
希望を希望と言い張れない理由がそれ。
なによ、夫婦って。
「……厳しそうじゃん?」
「でもアタシ、頑張るよ」
「何をよ……」
その翌々月。アタシは決心した。
このモヤモヤを抱えたままじゃ、やっていけない。
せめて想いを伝えようって思う。
「え、マジで⁈」
「うん。覚悟決めたよ。」
「へえ、勇敢。頑張ってね、応援してるから。」
「うん、ありがとう、マイ。」
騎士校の門。そこで、その日の最終講義が終って出てきた先輩に声をかける。
「緊張するなぁ……」
ついさっきまで何ともなかったのに、直前になって心臓が暴れだす。
さて、先輩は——
「——っ!」
来た!
予想してたけど、やっぱりアイシャ先輩と一緒じゃん。
それじゃ言いにくい……ううん、言うって決めたこと。
だから勇気を振り絞るの!
「あ、あの!」
声をかけた。
「ん?あれ、君は確か……」
「知ってる子?」
「前に廊下でぶつかった子だよ」
「ああ、そんなこともあったね」
覚えていてくれたらしい。嬉しいな。
「あの、アタシ一年のノエルって言います!」
「えっと、二年のユウ」
——存じ上げております!
「あの……えっと……」
人付き合い経験の薄さがここで響く。
「……?」
「以前、助けていただいた時から……その……先輩の事……」
「……」
聞いてくれてるのかな……引かれてないといいな……。
「好きです!お、お付き合いしていただけないでしょうか⁈」
——言ってしまった。
頭を下げているから、先輩の表情は分からない。
「え、え~っと……」
アイシャ先輩がいる手前、返答に困っているのかな……。
「ノエルちゃん、頭を上げてよ」
言われて先輩の方を見た。
「ノエルちゃん。君の気持は、俺としてもうれしい。けど、応えることは出来ないんだ。ごめんね。」
「そう……ですか。その、引き留めて……すみませんでした……。」
——やっぱね。
「友達でよければ、またいつでも話しかけてよ」
——分かってた。アタシが告白しても、「おしどり夫婦」を割けないことくらい。
「じゃあ、またね。」
——だから、言う。
寮方面へ歩みだすユウ先輩とアイシャ先輩。
——アタシの「覚悟」は、ここからだから‼
「あの!」
十メートルくらい離れたところから、先輩を呼んだ。
「どうしたの?」
「アタシと、模擬戦してください!」
——昔の友達相手には出来なかった行動も、騎士校でなら出来る。
「アイシャ先輩!」
「……私?」
——お互いに剣の心得があるならば、戦って勝ち取ることは悪じゃない‼
その一週間後。
アタシ、マイ、ユウ先輩、アイシャ先輩、それと先輩たちの友達二人が訓練場に集まった。
恥ずかしいからマイは来なくていいって言ったのに来てるし……。
「おいユウ。なんでこうなった?」
「俺に告白してくれた子がアイシャに決闘を挑んだ。アイシャは快諾。俺は勝った方のモノになる。以上。」
「なにそれ、ウケる」
「そんなことは分かってんじゃい!俺が訊きたいのは、なんでユウばっかりそういう話に恵まれてんだってことだよ!お前、なんかずるいぞ!」
「知らん!俺が一番聞きたいわ。」
ここで勝てば、アタシもあの輪に入れる。
そう思うと、闘志が湧いてきた。
昔から剣は習ってた。でも、これまで何の役にも立ってこなかった。
服が欲しかろうと、食べ物が欲しかろうと、お金が欲しかろうと。
剣を握れるアタシがやれば、それは強奪になる。でも、今は違う。
アタシは今初めて、剣で戦って欲しいものを勝ち取ろうとしている。
「ねえクリス。審判やってよ」
「え、何で俺が」
「じゃあいいです」
「うそです、やります」
緊張してる。何度も何度も模造剣を握りなおす自分を見て気付いた。
でも大丈夫。アタシは自分を信じる。勝てる。昔から訓練してきたんだもん。
戦闘技能の成績だって、上位五人には入る。先輩が相手でも、なんとかなるよね。
「では。」
——始まる。
「これより模擬戦、アイシャ対ノエルを開始します。」
——訓練用の兜をかぶって、しっかりとアイシャ先輩の姿をとらえる。
「ノエル、頑張って!」
「三本勝負」
——友達の応援もある。闘志が自信に変わる。
「第一試合、始め!」
合図とともに、まずは先輩の動きを——
「一本!」
「……え?」
一本と言われてから状況を理解した。
先輩の模造剣は、確かにアタシの胴に当てられていた。
「う、うそ……」
「わ、ノエルがこんな簡単に……」
——甘かった。
「第二試合、始め!」
——アタシ、蛙だ
「一本!」
——いや、オタマジャクシかな
「アイシャ二点先取。勝負あり!」
一歩も動けなかった。
「……ありがとう……ございました……」
唖然としたままアイシャ先輩にお礼を言って防具を脱いだ。
何も出来なかった。動くどころか、先輩の動きを捉えることさえ出来ずに負けた。
到底、アタシの敵う相手じゃない。道具を片付けて、先輩たちに言った。
「お騒がせして……すみませんでした……。」
「ノエルちゃん……」
ユウ先輩の声も、今のアタシの心には届かない。
もう、いいや。
「お先に失礼します」
会釈をして、マイと一緒に訓練場を出る——
「——ねえ!」
「……はい?」
アタシを呼び止めたのは、アイシャ先輩だった。
「これでいいの?」
「……」
「ユウを奪いたかったんでしょ?」
「……ええ」
「……あなたは、それでいいの?」
「いいんです。私は……先輩には勝てませんから……。」
そうとだけ言って、今度こそ訓練場を後にした。
何週間後かの昼休み。アタシは、明るいノエルを必死に演じていた。
そんなアタシを、マイは見抜いていたみたい。
「……ねえ、ノエル」
「うん?」
いつものサンドイッチを食べながら、友達の言葉に耳を貸す。
「本当に、諦めちゃったの?」
「何を?」
「先輩のこと」
「……うん。」
「いいの?」
「だって……アタシには届かないもん」
今まで幾度となく、そうやって諦めてきた。
一つ、増えただけ。
「初めてだったんでしょ?」
「うん、あんなの初めてだったよ。まさか初動を見切ることすら——」
「違う!」
マイの大きな声で、アタシの言葉はさえぎられた。
「違うよ、ノエル」
「……」
——分かってるよ
「初めて他人を好きになったんでしょ⁈」
「……」
言葉が出ず、ただただ俯いた。
「そんな簡単に諦めていいの?」
——っ!
「……じゃ……ないよ……」
「ノエル?」
「簡単じゃないよ!」
思わず大きな声が出てしまう。
「諦めたくないよ、アタシだって!悔しくて……悔しくてたまらないよ!」
——アタシ……泣いてる。それでも続けた。
「でも、しょうがないじゃん!「私」じゃあの人には勝てないんだから——っ!」
不意に、身体に温もりを感じた。
「……マイ?」
マイの体温だった。
「ねえ、ノエル。」
抱かれたまま、問いかけられた。
「……本当に、諦めちゃったの?」
さっきと同じ質問だった。けど、アタシの答えは真逆。
「……ううん。やるよ、アタシは。」
もう、手がとどかないなんて理由で諦めるのはたくさん。
とどかないなら手を伸ばす。
眩しいならアタシも光る。
勝ち取りたい。
今度こそアタシは本気で「覚悟」を決めた。
その決心はアタシが打ち上げた、先輩への反撃の狼煙。
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