天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第2章:破壊

両刀使いのバケモノ

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 気が付けば、ポリアの前後に居た人々はもう城に入っていた。彼女だけが列に逆らい、目の前の出来事を観察している。

「城方面にバケモノが向かいました!」

──っ!

 どこからが叫び声が聞こえた。それに続いて奇声がポリアの耳に飛び込んでくる。

《ギェェェェェェェッ!》

「お、おい、止めろ!」

 真っ直ぐ自分の方へ突進してくるバケモノを見て、王は四班に命じた。

 両手が片刃になっているバケモノで、大きさは一般的な人間ほど。

 迎撃を命じられた騎士たちが、そのバケモノの方へ向かう。

 この状況でクライヤマの少年を一人には出来ず、アインズは彼の横に立つ。その間も、バケモノは王に狙いを定めて進む。

「こいつ!」

「俺達には興味無しっすね!」

 前からも後ろからも斬撃を見舞うが、傷を負っても止まらない。少し呻くだけだ。

「ええい、俺が相手だ!」

 四班の中で最も大柄なブラントが、その進路に割り込んだ。

しかし──

「な、なんだと?!」

バケモノは跳躍でもって彼の頭上を越え、空から王へ突っ込む。

「し、しま──」

 垂直の斬撃が彼へ向かう。四班の位置からでは、到底間に合わない。

「──うっ!」

 両脇に立つ側近の騎士は、足がすくんでいた。初めて遭遇したバケモノに、恐怖しているためだ。

 攻撃対象の王も、腰が抜けて尻餅をついている。刃とその主は重力に引かれ、落ちる。

「ユウキくん?」

 アインズの横に立っていた少年の姿がない。

「させるかあああっ!」

彼は王の目の前──刃の落ちる先に立っていた。

──あ、あの人……!

「ぐっ?!」

 ギリギリで剣を抜いて攻撃を防いだが、もはや叩き付けに近いそれは、一撃で少年のガードを破壊した。

 体勢が崩れたのは両者とも同様だが、バケモノの方はもう片方の腕も武器であり──体勢を戻すよりも優先して、残った動力を遠心力へと変換した。

「ぐああぁっ?!」

──そ、そんな!

 少年の身体を、斬撃が直撃する。鎧を着ているとは言え、こうも大きな刃が当たればひとたまりもない。胴鎧は裂け、刃が彼の胴体を正面から襲った……。

──そんな、そんな!

 ポリアの希望は一転、絶望が支配する。舞散った血飛沫の一部がニューラグーン国王の頬へ。

「な、なぜ……君は……何を……」

 命を危険に晒してまで自分を庇ったクライヤマの少年に、彼は心底困惑した。

 何をしているのか。なぜそんな行動に出たのか。何も分からずに、ただ少年の背中を見る。

「貴方は……死ぬべき……人じゃ、ないから!」

《グギギギャァァァァッ!》

バケモノが追撃の構えをとる。

「何を……分からない……なぜ……」

「ぐっ、サン・プロミ……ネンス!」

《グググギィ?!》

 残った力で放たれた決死の攻撃により、バケモノの身体が炎に包まれた。

 陽が落ちて暗くなっていた周辺は、彼の放った太陽の力によって、昼間と錯覚するほど明るくなった。

──あったかい

──これが、太陽の力なの?

──これが、日の巫女様なの?

──こんなの、悪な訳がないよ!

「ブリッツ・ピアス!」

 そこへ、アインズが攻撃を仕掛けた。バケモノは不意討ちで横から刺され、大きく怯んだ。

「離れなさい!」

彼女はすぐに剣を抜き、バケモノを蹴り飛ばした。

「この、バケモノめ!」

 その先には四班の大男が居て、彼によってトドメを刺された。

「無事、です……ね。ははっ、良か──」

 王に怪我などは無く、それに安堵した少年は地面に倒れた。肝心の王は、呆気に取られたままだ。

「ユウキくん!」

 ブライトヒルの女性騎士に続き、四班のメンバーが彼の元へ駆け寄る。

──ああ、血が……っ!

 胸の傷口から流れ出る赤黒い液体が、次第に地面を濡らす。

「ユウキくん! しっかりするのよ、ユウキくん!」

──死んじゃう

──このままじゃ

──このままじゃ!

せっかく会えた。
せっかく声を聞けた。
せっかく名前を知れた。

それなのに、彼の命が消えゆく。

──だめ

──だめだよ!

 彼女は飛び出した。静止する騎士など気にとめず、真っ直ぐと少年──ユウキの元へ。

「死なないで、どうか! 死なないで!」

少年の目から輝きが失われていく。

──っ!

──助けたい!

──助けたいよ!

「私が! 助ける!」

 ポリアの台詞は、願望から覚悟へと変貌した。その瞬間、非常に健康的で大自然の緑を模したような、眩いオーラが彼女から溢れ出た。

「君は……?」

 ブライトヒルの女性が訊くも、必死だったポリアには届かなかった。

「どうか、生きてください」

右手を伸ばし、ユウキの胴に触れた。

「……レパレーション・ヒール」

 目覚めた力の名前を呟く。彼女を包んでいたオーラが右腕に集約し、ユウキへと流れ込んで行った。

次の瞬間──

「あれ……アインズさん……僕は……?」

──驚くべき事に、少年に生気が戻ったのである。

「この子が、君を治したのよ」

「君が……? ありがとう」

「よかった! よかったです! うぅ……」

 ポリアは大粒の涙を流した。大きな安堵もそうだが、自分が他人に何かを施せると分かった事が、何よりも嬉しかったのである。

 しかも今しがた救えたのは、クライヤマの少年であった。彼はアインズに支えられ立ち上がる。

「ユウキ……貴方は本当に……刺客ではないのか……?」

 そこへヨロヨロと近付いた王が、彼に問うた。

「信じろとは言いません。ただ、クライヤマについてもう一歩、深く考えては頂けませんか?」

「私は……わた、しは……」

王はその場に正座をし、額を地につけた。

「申し訳ない。私は、愚かであった」

「そ、そんな、やめてください!」

「いいや、詫びさせてください。貴方のような暖かい人間が、悪の手先などであるはずがない。数々の無礼を、どうか」

 数秒の沈黙が流れたが、少年は王に向けて言った。

「立ってください」

「……え?」

 ユウキが右手を差し伸べた。それを見た彼は再び困惑したが、手を借りて立ち上がった。

「ニューラグーン国の人々は、未だ混乱してます。王である貴方が、こんな所で泣いていてはダメです」

「そう、ですね」

 それを最後に、王の顔はキリッとした一国の統治者に相応しいものとなった。

「四班は街へ下り、住民の避難を支援しろ。場合によっては散開行動でも構わん。その判断はブラント、お前に任せる」

「はっ!」

「お前たちも立たんか!」

横で震える側近の二名にも命じる。

「国民が襲われているのだぞ! それでも我が国の誇り高き騎士か!!」

「は、はい!」

「直ちに向かいます!」

 叱責を受けた彼らは、すぐさま街へと駆け出した。クライヤマに関する考えを改めた王は今、己のやるべきことをやっていた。

 内気な少女——ポリアには、その姿は輝いて見えた。

己の右腕を眺めて問う。

——私のやるべきことは何?

——私に出来ることは何?

——私がやりたいことは何?

目に映るは、クライヤマの少年。裂けた鎧と自身の腕を交互に見た。

——私に、出来ること

目に映るは、ブライトヒルの紋章。車に刻まれた幾何学模様を見つめる。

——私が、やりたいこと

彼女の脳内に、教師の言葉がこだまする。

——進路について、もう一度よく考えてみて下さいね

両掌で左右のこめかみを押さえた。

——うるさい

それでも響く声はやまない。

——うるさい!

——私は世界を知りたいの!

——私は!

「私は……!!」

 思わず思考が声に出てしまった。ブライトヒルから来た二人が、それに反応してポリアを見る。

「……?」

「あ、えっと、その……」

——私、旅に出たいんです

「お二人は……その、鎖を壊して、回られているのですか?」

「ええ、そうよ」

「ここの鎖が初めてだけどね」

「そう……なんですね」

——言いなよ、私

——こんな機会は二度と無いよ

 他者とのコミュニケーションが苦手な性格であることを恨んだ。だが、恨み言ばかりではどうにもなるまいと。

——言うは一時の恥

——言わずは一生の後悔

 知っている言葉を、自分を鼓舞する専用に改変して勇気を出す。

「その……私を……」

手が震え、涙が顔を濡らしても言葉を続けた。

「私を、一緒に——」

 しかし、自身のキャパシティーを大きく超えた活動をしたためか、襲い来る眩暈に耐え切れず、そのまま意識を飛ばしてしまった。

「——おっと!!」

頭を打ってしまわぬよう、ユウキが受けとめた。

「……力を使った反動ね。とりあえず、ゆっくり休ませてあげましょう」

「そうですね」

 つい最近力を手に入れたユウキは、その消耗の激しさを詳細に覚えている。

「城の医務室が空いているはずです。ひとまず、そこへ」

「ありがとうございます」

 眠るポリアを抱え、王に案内されるがまま、ユウキとアインズは城内へ向かった。

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