天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

文字の大きさ
40 / 140
第3章 : 乖離

家族の仇討ち

しおりを挟む
◇◇◇

 ──それから、半年余りが経過した。

 剣術の指南書と桜華の指導により、荒削りだった大蛇の戦闘能力はそれなりに磨かれた。

 無論、たった半年で防人と同等にはなれないが、各個人が自分の身を守る程度の力は持っている。

「みんな! まずは、お礼を言わせて」

 大蛇の全メンバーを広場に集め、全体に向けて小町が叫ぶ。

「ここまで私達について来てくれて、本当にありがとう!」

「ありがとね」

 大蛇創設者の二人が前に立ち、幹部含む他のメンバーに向かって頭を下げ、礼を言った。

「おかげで、二人だけだった大蛇は、ここまで大きくなった。武器も揃ったし、戦力も上がった。そして──」

 溢れる感情を抑える小町。彼女と心を共にする桜華は、その肩に手を置いた。

「……私たちは遂に、憎きスサノオの拠点を特定した!」

 拍手と歓声があがった。憎しみ一つから生まれた組織が、ついにその理念を叶えようとしている。

「事前に連絡したけど、今日集まって貰ったのは、最終任務のため。今晩、奴らに攻撃を仕掛けるよ!」

 今度は少し控えめな歓声があがる。盗賊集団スサノオを攻撃する。それが何を意味し、何を引き起こすか。小町や桜華含め、それは誰の目にも明らかだ。

「……この中の誰かは、殺されるかもしれない」

 これは遊びでも模擬戦でもない。命が天秤に乗せられた殺し合いである。

「生き残ったとしても、防人に捕まるかもしれない」

死なずとも、安寧の保証は無い。

「ここから先は、本当に何が起きるか分からないの。だから、逃げるなとは言わない。恐ろしければ、武器を置いて帰っても構わないよ。それを恨んだりはしないから」

 小町がそう告げると、五人ほどが刀を置いた。キョロキョロと周りを見ながら、他のメンバーに頭を下げて走り去った。

「……他の皆はいいの? 本当に、死んじゃうかもしれないよ」

 問いかけるも、それ以上去るものはいない。多くの者がスサノオを憎み、同時に二人を信じているようであった。

「……そう、ありがとう」

 再度お礼の言葉を言い、指導者にふさわしい毅然とした表情に戻った小町。

「じゃあ、作戦を説明するよ」

 懐から紙を取り出した。己の筆跡で記された文字列を読み上げ、全体へ知らせる。

「一つ。大蛇を十人と二十人に分ける」

 メンバーたちは皆、小町に注目する。一切を聞き逃さぬよう、しっかりと聞き耳を立てる。中には内容を書き留める者も居た。

「二つ。十人は南西の森拠点へ。二十人はさらに半分に別れて、時間差で西の港拠点を攻撃」

 調査の結果、スサノオは拠点を二つ構えている事が判明した。一つは南西の森。もう一つが西の港である。彼女らが睨んだ通り、盗んだ品を港から外に流しているようだ。

「森の十人には、スサノオの馬を逃がしてもらうよ。無理に奴らと戦う必要はない。ヤバかったら、命最優先で撤退してね」

 これには、スサノオの援軍を阻止する狙いがある。どんな情報網を持っているか分からぬ以上、そもそもの移動手段を封じてしまうのが良い。

「次に港。私の班と桜華の班に別れて攻撃。まずは桜華の班が奇襲して、混乱している間に私の班が馬を逃がすよ」

 一気に人数を減らしつつ、逃走を防ぐ作戦だ。

「三つ。森拠点で馬を逃がしたら、堂々と街中に逃げ込んで。奴らは盗賊だから、騒ぎになる様な事は避けるはずだよ」

 何度か深呼吸をし、小町は作戦の最後、第四項を告げる。

「四つ! ここからは、本当に付き合う必要はない。私と桜華で、スサノオの指導者を討つ!」

 敵は本拠点である港に座している。それを、創設者の二人で討伐しようと言うのだ。剣術に多少の自信がある桜華とは異なり、小町の手は少し震えている。

「作戦決行は今夜。全部終わったら、またここで会おうね」

 スサノオを倒した後、大蛇がどうなるかは分からない。それでも彼女らは、この場所での再会を約束したのであった。

◇◇◇

 ──夜が来た。桜華の率いる班が、スサノオのアジトに侵入。足音をたてぬよう、慎重に進む。

 空気は冷えているが、彼女らの体は火照っている。上がる息を必死に堪えながら奥へ。

「はっはっは! こりゃあ凄い」

「ああ、暫くは豪遊だな」

 ふすまの向こうから、数人の談笑が聞こえた。盗んだ宝を売り捌き、得た金を見て高笑いしている。

「……っ!」

桜華の拳が強ばる。

──ダメ

──冷静にならないと

 熱くなっては、敵も己も見えなくなる。深呼吸をして心の平静を保つ。

──よし、作戦開始!

 廊下の壁には、まだ蝋燭が煌々と輝いている。部屋の仕切りが障子でなかったことに感謝しながら、その火を使って煙玉に点火。爆発する数秒前にふすまを少し開き、中へ投げ込んだ。

「な、なんだ?!」

「煙玉だ、気を付けろ!」

 ここまでの流れは見た事があった。桜華のアジトが防人に占拠された時と同じパターンだ。経験済みであるが故に、彼女は冷静かつ自信を持って十人の部下に命ずる。

「大蛇、突撃!」

 勢いよくふすまを開き、メンバーが突入する。ここまでも同じだが、一つ、大きく異なる点があった。

「ふんっ、はああっ!」

「ぐおおっ?!」

「そこっ!」

「ぎゃああああっ!」

──許さない

──絶対、許さない!

 それは、桜華の心持ちである。防人には恨みが無い彼女は、以前は無力化に専念した。だが今回は違う。敵は、家族の仇とも言える盗賊だ。

「でやあっ!」

「ぐはっ!」

 躊躇いなど無い。これまで圧縮し続けた憎悪を全て解き放つ。普段のおちゃらけた態度は、その裏返しであったと言う様である。

──よくも!

──よくも、よくも!

 剣の無くなった祭壇を前にして。家族の遺体を前にして。真っ赤に染った育ての親を前にして。幼いながら、小さく小さく凝縮した怒りを、今ここで、全て爆発させる。

 冷静になれと己に聞かせた桜華だが、そんな言霊は無へと帰した。

◇◇◇

「はぁ……はぁ……」

桜華はもう、何人斬ったかさえも忘れ果てた。

「……」

 残る煙玉は一つ。もう目眩しには期待できない。

「桜華さん!」

部下が一人、彼女の元へ。

「二人、やられました」

「そう……」

──ごめん

──ごめんね

──私のせいで

 悲痛な報告は、彼女を少し落ち着かせた。だがもう、小町の言った通りだ。ここまで来たら止まれない。引き下がる事は許されない。亡くした命を無駄にしないため、桜華は更に進撃する。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】私が愛されるのを見ていなさい

芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定) 公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。 絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。 ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。 完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。  立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。

ループ25 ~ 何度も繰り返す25歳、その理由を知る時、主人公は…… ~

藤堂慎人
ライト文芸
主人公新藤肇は何度目かの25歳の誕生日を迎えた。毎回少しだけ違う世界で目覚めるが、今回は前の世界で意中の人だった美由紀と新婚1年目の朝に目覚めた。 戸惑う肇だったが、この世界での情報を集め、徐々に慣れていく。 お互いの両親の問題は前の世界でもあったが、今回は良い方向で解決した。 仕事も順調で、苦労は感じつつも充実した日々を送っている。 しかし、これまでの流れではその暮らしも1年で終わってしまう。今までで最も良い世界だからこそ、次の世界にループすることを恐れている。 そんな時、肇は重大な出来事に遭遇する。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...