天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第3章 : 乖離

蕾がなった夜

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「ち、畜生……クソガキがあああああっ!」

 そうと解った桜華。刀を抜きやすいように帯から鞘を抜いて左手に持った。

「こうなったら、あんたも同じだね。下に居たコマ達とさ!」

「ぐおおおおっ!?」

 桜華に斬りかかり、また無数の反撃を貰う男。顔や胴体はもう傷だらけだが、致命傷には至らない。

──居合の熟練が足りないのかな

「くそ、くそ、くそ!」

「しぶといね、ホントに!」

 このままでは埒が明かない。意を決し、桜華はとどめの一撃をあてに行った。

「お終い!」

 納刀したまま走り、敵の目の前で抜いてやろうとした。が、男は両足にオーラを纏わせ、高速で横に回避。

「な──」

「おら!」

「ううっ!」

──し、しまった、刀を!

 そのまま手を蹴られ、思わず刀を放してしまった。飛ばされた刀は、鞘に収まったまま階下へと転げ落ちていく。

「はぁ……はぁ……さあ、今度こそ終ぇだ!」

──や、やばい?!

「死ね!」

 刀を振り上げた。足から左腕にオーラを移し、まさに最後の一撃と言わんばかりの形相で迫る。

「桜華!」

 ふと名を呼ばれ、そちらを見る。小町が自身の帯から抜いた刀を、桜華に向けて放っていた。

「……っ! あんがと、小町!」

ギリギリでキャッチし──

「とどめ!」

 男の攻撃に合わせて抜く。桃色のオーラが、より激しく溢れる。

「うぐ──ぐはっ!」

男はついに、床に倒れた。

「はぁ……お、終わった……?」

 念の為、背中から刀を刺すも反応がない。死んだのだ。スサノオと大蛇の戦いは、大蛇の勝利で幕を閉じ──

「──小町後ろ!」

「……え?」

 小町の背後には、彼女に向けて刀を振り上げる血塗れの男が一人。長ではない、ただの構成員だ。

「や、やめ──」

「小町ーっ!」

 彼女はすぐには立てない。桜華も立てずにいた。能力を覚醒させた反動である。

──そんな

──せっかく勝ったのに

──せっかく終わったのに

 終わりよければ全てよしと言うのなら、その逆もまた然りである。

──嫌だ

──嫌だよ

──誰か……助けて!

 ただただ祈った。誰でもいいから助けてくれと。神様でもなんでも良いと。

……グシャッという音が、桜華の鼓膜を振るわせた。暫く目を開けられなかった彼女だが、自身に攻撃が来ない事を不思議に思い、前を見た。

「あんた……なんで、ここに……?」

 ハッキリと小町の声でそう聞こえた。彼女が見上げる方を、桜華もまた見る。

「防人……?」

 一年ほど前、桜華のアジトに現れた、高貴な女性の防人が立っていた。スサノオ構成員の血を払い、刀を鞘に収める。

「……まったく、無茶をしおって。五人の子供らが駐屯所に駆け込まなければ、どうなっていた事やら」

「なんで……」

「ん?」

「なんで、助けたの?」

「何故もへちまもあるか」

「悪党にかける情けなど無いって、そう言ってたのに」

「盗賊に襲われる哀れな少女達を助けたつもりじゃったが、違ったかえ?」

「……」

「あっ、私らの仲間たちは?!」

「保護した。何人かは逃げたようじゃがな」

 部下たちには本当に済まない事をしたと、桜華は心で何度も謝罪をする。

「……で、私も小町も捕まると。これだけの事やらかしたら、斬首にでもなる?」

 ふらつきながら立ち上がり、脇腹を押さえる小町に肩を貸す。

「甘ったれるな。死罪になどするものか」

「……え?」

「牢には入ってもらうがな」

「……ま、どうせ帰る所無いし。ね、小町?」

「あんたの前向きも、そこまで行くと引くわね」

「おい」

「ほれ、黙ってお縄に着け」

 桜華らは素直に刀を置き、特に抵抗すること無く縛られた。部下たちの顔を見ることも出来ず、二人は連行。淡く地上を照らす月明かりの下、ウルスリーヴル城へと向かった。

 かくて、大蛇創設メンバーである桜華と小町の復讐劇は閉幕したのであった。

◇◇◇

 ──ウルスリーヴル城、地下牢

 カツカツと、木製の下駄が石の階段を叩く音が響く。申し訳程度の敷物を通して伝わる床の冷たさを感じながら、桜華は気配の主を見やる。

「桜華や」

「……」

──天舞音

言葉は発さず、視線だけを送った。

「お主らの事、少し調べさせてもらった」

「……そう」

 再び視線を落とす桜華に向けて、天舞音は正座し、手の平と額を床につけて続けた。

「すまなかった」

「え……?」

 檻を通した反対側の光景に、桜華はただ唖然とするばかり。

「孤児の集まる神社が襲われた当時から、防人はスサノオを追っていた。しかし……対処的な行動しかしていなかった。慎重すぎたのじゃ」

 ろくに返事もせず、ただ膝を立てて隅に座り、背中を丸めて俯いたまま話を聞く。

「お主らが大蛇を組織してまで成したスサノオの討伐は、本来は、我ら防人が果たすべき責務じゃ」

「……」

「桜華も小町も、防人の不甲斐なさにより生まれた被害者と言える。故に、正々堂々と大義名分をもってお主らを処することは、防人には……妾には出来ぬ」

 数秒の沈黙が訪れた。抑えきれぬ声の震えをそのままに、桜華が問う。

「じゃあ何? 解放してくれるの?」

「かと言うて、それは出来ん。数々の窃盗と傷害が、大蛇の行為として挙がっている。指導者として、やはり何かしらの罰は受けてもらわねばならない」

「まあ……そう、だろうね」

 大蛇として活動しながら、彼女とて、その覚悟はしていた。武器を盗んだ。防人を負傷させた。理由はあれど、ただで許される事ではないのだと。

「前にも伝えたが、死罪にはしない」

──別に、斬首でも切腹でもいいのに

 現在、十七歳半の桜華。人生の半分以上を、大蛇としての活動に費やしてきた。その目的を果たしてしまった今、彼女にはもうやる事が無い。

「お主らには、窃盗と傷害で二年ほど禁錮に入ってもらうことにする」

「……殺しは?」

「……スサノオの拠点に迷い込んでしまった不幸な子供たちが襲われた。そこへたまたま防人が現れて、奴らを斬った」

「え?」

「そういう事にしておけ」

「……なんで、私を助けるの?」

桜華はまた、天舞音に同じ質問をした。

「妾は借りを作るのが嫌いでな」

「借り?」

「気にするな。それはそうと、禁錮を終えた後、どうするつもりじゃ?」

「さあ。また刀でも盗んでやろうかな」

 孤児であるが故に家はない。やることも無い。さてどうしたものかと、天舞音は思案する。

「……ならば、桜華よ。妾の下で防人をやれ」

「は? なんで私が」

「妾がウルスリーヴルの指導者をやりながら、同時に防人をやっているのには訳があってな」

「……訳?」

「近年の防人は、弱体化が目立つ。これでは対外的な抑止力としての機能を果たさんのじゃ」

「……?」

「お主は一度、妾と刃を交えたな。正直驚いたぞ。まさか背後の仲間に気を遣いながら、なお、妾の攻撃を止めるとは」

「それはどーも」

「桜華になら、防人を任せられる。素直にそう思うたわ。妾も国政に注力できて一石二鳥じゃ」

 そう言って、天舞音は立ち上がった。指導者と防人を兼任する彼女には、仕事が山のようにある。

「では、そういう事じゃ。二年後、よろしゅうな」

「ちょっと、私はまだ何も──」

「暇なら、助ける側になれ」

「助ける……側?」

「これ以上、哀れな蛇を増やさぬように、な」

「……小町は?」

「これから話をしに行く。しばし待て」

 天舞音は振り返らずに手を振り、またカツカツと床を鳴らしながら去っていった。

──助ける側、か

──これ以上、増やさないように

──私や小町みたいな

──復讐に駆られた蛇を

──生み出さないように

「まあ……悪くない、かな」

 桜華は久しぶりに笑を浮かべる。自分でも不思議に思っていた。こんな状況で、よく笑えるなと。

 冷たい床にだらしなく胡座をかき、少女はにやりとまた笑った。

 防人共にも世間にも、美少女剣士様の力を見せつけてやる……と。

◇◇◇ ◇◇◇
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