天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

文字の大きさ
127 / 140
第8章:終幕

英雄の姿

しおりを挟む
◇◇◇

 ──同刻、ニューラグーン王国

 空が割れるという奇怪千万な出来事を目の当たりにした人々は、月の固定が起きた際と同様に恐怖した。バケモノの出現も同時に起こっており、民は二重の絶望に襲われたのである。

「落ち着いて! 冷静に、押し合わず城方面へ避難してください!」

 慌てふためくニューラグーン国民を守り、街に侵入するバケモノを殲滅せよ。そう命じられたニューラグーン騎士団の面々は、想像を絶する混乱具合に手を焼いていた。

 特に大きな戦力である四班の一部は最前線へと駆り出され、国民の保護とバケモノの討伐で板挟みになっている。

「ブラント班長~これヤバイっすよ! さすがに我々だけじゃどうにもならないですって!」

「弱音を吐くな……と言いたいところだが、これは確かになかなか厳しい状況だな」

 斬っても斬ってもバケモノが現れる。空の穴から漏れ出る黒い瘴気は、今にも空を覆い太陽を隠そうとしている。班長のブラントと彼の補佐を務めるケスラーでも、その場は手一杯になりつつあった。

「ブラント班長!」

 そこへ、彼らと同じく四班に所属する女性騎士が駆けつけた。

「おお、ユリアか。そちらはどうだ?」

「ミュラーさんとヴィンターさんがお城周りの避難誘導にあたっています。国王陛下より、ブラント班長を呼ぶように言われているのですが……」

 この忙しいのにと彼は内心で毒を吐いた。実際のところ、彼らが死守している場所をケスラーのみに担当させる事は望ましくない。

「ええい、分かった。俺は王の元へ向かう。ユリアはここに残って、死守してくれ」

「はっ!」

 命令を受けたユリアは携えていた鎖鎌を手に取り、戦闘態勢に移る。

「んじゃ、よろしくねユリアちゃん。おわったら二人でご飯──」

「無駄口叩いてないで、黙って手を動かしてください」

「おお、こりゃ班長より手厳しいや……」

 次々と襲い来るバケモノの対処を二人に任せ、ブラントは城へと引き返した。彼らならば大丈夫だと、同班の仲間を信頼しての行動であった。

◇◇◇

 ──ニューラグーン王国、城前

 城の前は、街中よりも更に混乱していた。逃げ集まった人々でごった返し、それぞれが恐怖によって煽られた不満を叫んでいる。

 まさに混沌と表現するに相応しく、警備や誘導など無いに等しい。そんな中に、懸命に国民へ呼びかける高貴な格好の男が居た。

「陛下! ここは危険です、城内へお戻り下さい!」

 豪華な飾りのある鎧を身に付けた側近の騎士がそう求めるも、ニューラグーン国王は首を横に振った。

「国が混乱しているというのに、指導者たる私が率先して隠居など出来るものか!」

「しかし!」

 そこへ、人の波をかき分けてブラントが現れた。大柄な彼は荒波の中に在っても目立ち、すぐに国王の目に入った。

「陛下、お呼びでしょうか」

「おおブラント。見ての通り、城前は酷い状況だ。中には、クライヤマに対する恐怖を吐露するものも居る」

 耳を澄ますと、確かにブラントの耳にそういった声が聞こえてきた。

 国王と四班、そして一部の国民はユウキの力を目の当たりにしている。しかし、大部分は未だにクライヤマや巫女に対しての不安を払拭していないのだ。

「そこでだ。お前の口から、彼らに説明をしてやって欲しい」

「私から、ですか? しかし──」

「今や、国民は私よりも四班を敬愛している」

 初期の鎖調査で班から犠牲を出さなかった事と、鎖の破壊に貢献した事。その二つの表面的な話題だけが国中に広まり、四班はもはや英雄視されているのだ。

「英雄を率いているお前からの説明であれば、彼らは耳を貸すかもしれん」

「……分かりました。やってみましょう」

 渋々納得し、ブラントは何を話すべきなのか数秒ほど考えた。その瞬間も国民は我先に進もうと押しあっている。

「国民よ!」

 ブラントが大声で呼びかけると、彼らの動きは僅かに小さくなった。恐怖を口にする者も、突然響いた異質な呼び掛けに耳を傾ける。

「私は、ニューラグーン騎士団第四班班長、ブラントである!」

 彼が名乗ると、その場の人々は声の主が崇拝する英雄のものであると知って歓喜の声を上げた。

「四班だ!」

「四班! 頼む、あの忌々しい集落を打ち倒してくれ!」

「そうだ! 邪神を討てるのは四班だけだ!」

 そう騒ぎ立てる人々の姿を見た事で、ブラントは僅かな怒りを抱いた。

 何も知らずに決めつける様子が、以前の自分と全く同じであったからだ。過去の自分を見て、その愚かさに対して腹が立ったのである。

「国民よ、聞いて欲しい! 我々四班は鎖を断つ任務にて、とある話を耳にした。皆が憎むクライヤマは、既に滅んでいるのだ!」

 ブラントが告げた途端、騒ぎは一瞬のみ静かになった。やがて一人の男が沈黙を破壊する。

「そ、そんなはずない! 空を見てくれ、穴はクライヤマの方から拡がってるじゃないか!」

 少しすると彼の指摘に賛同する声が聞こえだした。ブラントはユウキの姿や温かさをを思い出し、意を決して言葉を紡ぐ。

「以前このニューラグーン近郊に刺さっていた巨大な鎖。アレを破壊したのは、我々四班ではない!」

 あの忌々しい物体を破壊したのは、我らが英雄。そう思っていた人々は、ブラントの言葉に困惑した。では誰が壊したのだと問う声が、無数に飛び交う。

「我らが敬愛すべき真の英雄はクラ──」

 真実を告げようとしたブラント。しかし、彼の言葉は一際大きな破砕音によって遮られてしまう。空の穴は先程までよりも更に大きくなり、今度は黒い瘴気とは異なる何かが溢れてきた。

「あれは……ユウキ君の…………!」

 それは、少年が放つ温かさ。世界を覆わんとする闇を払う力であった。その温度はやがてニューラグーンにも届く。そして、穴を通して戦う少年の姿も見られた。

「誰だ、あれ?」

「あの少年が、この温かさを……?」

 先程までとは違う混乱がその場を支配した。恐ろしい瘴気を放つ少女と戦っている少年は、真の英雄として人々の目に映ったのである。

「彼はユウキ。クライヤマより現れた、英雄である! ニューラグーンの鎖を斬ったのも、世界中の鎖を破壊したのも彼なのだ!」

 クライヤマを邪悪な侵略者だと考えていた者たちは、さらに困惑した。ブラントの言葉が正しいのなら、クライヤマの人間がこの温かさを放っている事になるからである。

「我々四班はかつてかの少年と共に戦い、この温かさを受けた。そこで確信したのだ。みなが憎むクライヤマは、憎まれるべき存在ではないと!」

 ブラントの言葉を聞いた人々は戸惑いを隠せずにいた。何も考えず無心でクライヤマに憎悪を向ければ、気が楽であった。今までそうしてきた分、心を変えずに済む。

 しかし、自らが崇拝する英雄はクライヤマを肯定した。加えて彼らは現に、クライヤマの少年の姿と温かさを認知したのである。

「疑う者はそれでも良い。だがせめて、彼の戦いとその行く末だけは見届けて欲しい!」

 根付いた畏怖の念は、簡単には拭いきれないだろう。ブラントはそう思いながらも、国民に呼びかけて下がった。

 恐怖に喘いでいた民は一変、ほとんどが己のとるべき行動を深く考えている。

「良い演説だったぞ、ブラント」

「はっ、恐れ入ります」

 ニューラグーン国王もまた、穴に少年の姿を見た。

「それにしても、少年のあの姿……。神々しいとすら感じるな」

「ええ。ユウキ君なら、やってくれる。そういった安心感がありますね」

 日輪のオーラを全身に纏い、激しいながらも穏やかさを感じさせるユウキの様子は、ニューラグーンの人を変えられると、彼らにそう思わせたのである。

「さて。我々も彼に負けぬよう、戦うとするか」

「そうですね。では、私は現場に戻るといたします」

「ああ、ご苦労だったなブラント」

 国王に一礼し、ブラントは残してきたケスラーとユリアの元へと走った。

 未だ空から流れ続ける温かなオーラを浴びたブラントの心の中では、不安感よりも大きな希望が遥にまさっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。 全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった! ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。 一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。 落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!

 神典日月神示 真実の物語

蔵屋
歴史・時代
私は二人の方々の神憑りについて、今から25年前にその真実を知りました。 この方たちのお名前は 大本開祖•出口なお(でぐちなお)、 神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)です。 この日月神示(ひつきしんじ)または日尽神示(ひつくしんじ)は、神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)に「国常立尊(国之常立神)という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物のことです。 昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に8巻の神示が降りたとされています。 その書物を纏めた書類です。 この書類は神国日本の未来の預言書なのだ。 私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出会い、研究し始めてもう25年になります。 日月神示が降ろされた場所は麻賀多神社(まかたじんじゃ)です。日月神示の最初の第一帖と第二帖は第二次世界大戦中の昭和19年6月10日に、この神社の社務所で岡本天明が神憑りに合い自動書記さされたのです。 殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。 本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻あり、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っています。 日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。 そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。 なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。 縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。 日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。 この小説は真実の物語です。 「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」 どうぞ、お楽しみ下さい。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』

最強のアラサー魔導師はかつての弟子達に迫られる~ただ冒険者を始めようとしただけなのに弟子達がそれを許してくれない~

おやっつ
ファンタジー
王国魔導師団指南役をしていたシューファはある日突然、王様に追放されてしまう。王様曰く、シューファみたいなアラサーが教えていたら魔導師団が衰えるとのことだった。 突然の追放で行く場所を失ったシューファは貴族社会の王国では卑下されていた冒険者での強さが全ての帝都に行くことにした。 シューファが帝都に行ったと報告を受けたかつての弟子達はガクに会いに自分の仕事を放棄して帝都に向かう。 そう、彼女らの仕事は国の重鎮だというのに─── 小説家になろうにも投稿中です! 毎日投稿していこうと思うので、ブクマなどをしていただけると励みになります。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

悪役令嬢は手加減無しに復讐する

田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。 理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。 婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。

処理中です...