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第二話 柚子
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「さもなくば奉行所に行ってもらう他あるまい」
「そう言やぁほたえない思っとるか、えぇ?」
悔しいが、こうする他あるまい。刀を扱えないのも致命的だが、無理にここで戦って何かあれば家に迷惑がかかる。
おなご一人助けるのに自分の事情を考慮してしまう自身に怒りを感じつつも、光次は言葉を続けた。
「ほたえるというのならば仕方あるまい。力づくだ」
そういい放ち、その後すぐに彼は左腰の刀を鞘ごと抜いた。
次の瞬間、三人組のうち頭と思われる男の後頭部めがけてそれを打ち付けた。
少し間があった後、足から崩れ落ちるようにして男は倒れた。頭からは血が流れ出ている。
それを見て光次は硬直した。
――俺がやったのだ
そう自覚して、息が荒くなる。足が根を張ったように重かった。
すぐさま逆上した男二人が抜刀して光次へ襲いかかる。
――こうなる覚悟はしていたのではないか
でたらめな剣さばきをなんとか避けて、背後に回った。のっぽな方の男に向けて刀を上から降り下ろす。
すると男はそれに反応し、刀で受け止められた。その刀と己の刀がぶつかり、鈍い音が森中に響き渡る。鳥達は空へと舞うように飛び去った。
体勢を整える前にもう一人の男が光次の顔めがけ突く。
彼はそれを回避しようと体を反るが、間に合わない。鍔が顔に直撃した。その勢いで体が後ろへ飛んだ。
地面を転がる体が途中途中の凸凹で跳ねて、自由が効かなくなる。
気づけばおなごから大分離れた場所にいた。
光次の身体は既に擦り傷だらけで、至るところから土に紛れて赤いものが流れ出る。口の中の感覚はもうない。寒さで全身の痛みが普段ではありえぬほど感じられた。
意識が朦朧としている光次を見て、一人が言った。
「なんじゃあ、こんなもんか。兄貴が倒れちまって焦ったが、大したことねえじゃねぇか」
「兄さん、それよりもあの上玉早く食っちまいましょう。二人でやったほうが楽しめる」
そうだな、と返し、おなごの方へとぶらぶら歩き出す。
――これまでなのか
二人の影が遠のいていき、光次は絶望した。
――人一人救えずに何が村のことを考えねば、だ。人一人として救えず……
だんだんと薄れゆく意識の中、突如として母の顔が浮かんできた。光次が一四のとき、病で他界した母、ウシ。
『光次、よく聞きなさい』
彼の頭に呼び掛けるのは、死の直前の母だった。
『光次、あなたは……この際ですから言いますが、良くできる子です。頭の良い子です』
そこで一度呼吸を整える。
『でも、だからこそ少し考えすぎてしまう時がある。
今ある立場のことで悩みすぎてしまうかもしれない。絶望してしまう時もあることでしょう。だから、今、母から言っておきます。』
うしは光次に、これまでにない程の鋭い眼光を向けた。
『時には一度周りのことを忘れ、自分が何をしたいのかだけを思い出しなさい。……それが不安でも安心しなさい。私が、母がいます。母は息子を信じます。たとえ他がなんと言おうとも。母が近くに居なくとも。自分の思ったことをしなさい。
もしそれができれば大丈夫、あなたは今まで以上に強くなれます』
全てを言い終えると、ウシは息子に対して微笑みかけた。そして光次の前から静かに姿を消した。
――そうか、そうだ。母の言っていた事はまさに今やるべきではないのか
光次は土の塊を手で名一杯握る。
――己が成したいこと。それはなんだ
自身に問いかける。
――俺は今、彼女を助けたい。その為には手段を選んでいる場合では
「ない‼」
今出せるだけの力を振り絞り、光次は立ち上がった。近くに転がる刀を拾い、仁王立ちになる。
中岡は今度こそ、本当の意味で覚悟を決めた。
「そう言やぁほたえない思っとるか、えぇ?」
悔しいが、こうする他あるまい。刀を扱えないのも致命的だが、無理にここで戦って何かあれば家に迷惑がかかる。
おなご一人助けるのに自分の事情を考慮してしまう自身に怒りを感じつつも、光次は言葉を続けた。
「ほたえるというのならば仕方あるまい。力づくだ」
そういい放ち、その後すぐに彼は左腰の刀を鞘ごと抜いた。
次の瞬間、三人組のうち頭と思われる男の後頭部めがけてそれを打ち付けた。
少し間があった後、足から崩れ落ちるようにして男は倒れた。頭からは血が流れ出ている。
それを見て光次は硬直した。
――俺がやったのだ
そう自覚して、息が荒くなる。足が根を張ったように重かった。
すぐさま逆上した男二人が抜刀して光次へ襲いかかる。
――こうなる覚悟はしていたのではないか
でたらめな剣さばきをなんとか避けて、背後に回った。のっぽな方の男に向けて刀を上から降り下ろす。
すると男はそれに反応し、刀で受け止められた。その刀と己の刀がぶつかり、鈍い音が森中に響き渡る。鳥達は空へと舞うように飛び去った。
体勢を整える前にもう一人の男が光次の顔めがけ突く。
彼はそれを回避しようと体を反るが、間に合わない。鍔が顔に直撃した。その勢いで体が後ろへ飛んだ。
地面を転がる体が途中途中の凸凹で跳ねて、自由が効かなくなる。
気づけばおなごから大分離れた場所にいた。
光次の身体は既に擦り傷だらけで、至るところから土に紛れて赤いものが流れ出る。口の中の感覚はもうない。寒さで全身の痛みが普段ではありえぬほど感じられた。
意識が朦朧としている光次を見て、一人が言った。
「なんじゃあ、こんなもんか。兄貴が倒れちまって焦ったが、大したことねえじゃねぇか」
「兄さん、それよりもあの上玉早く食っちまいましょう。二人でやったほうが楽しめる」
そうだな、と返し、おなごの方へとぶらぶら歩き出す。
――これまでなのか
二人の影が遠のいていき、光次は絶望した。
――人一人救えずに何が村のことを考えねば、だ。人一人として救えず……
だんだんと薄れゆく意識の中、突如として母の顔が浮かんできた。光次が一四のとき、病で他界した母、ウシ。
『光次、よく聞きなさい』
彼の頭に呼び掛けるのは、死の直前の母だった。
『光次、あなたは……この際ですから言いますが、良くできる子です。頭の良い子です』
そこで一度呼吸を整える。
『でも、だからこそ少し考えすぎてしまう時がある。
今ある立場のことで悩みすぎてしまうかもしれない。絶望してしまう時もあることでしょう。だから、今、母から言っておきます。』
うしは光次に、これまでにない程の鋭い眼光を向けた。
『時には一度周りのことを忘れ、自分が何をしたいのかだけを思い出しなさい。……それが不安でも安心しなさい。私が、母がいます。母は息子を信じます。たとえ他がなんと言おうとも。母が近くに居なくとも。自分の思ったことをしなさい。
もしそれができれば大丈夫、あなたは今まで以上に強くなれます』
全てを言い終えると、ウシは息子に対して微笑みかけた。そして光次の前から静かに姿を消した。
――そうか、そうだ。母の言っていた事はまさに今やるべきではないのか
光次は土の塊を手で名一杯握る。
――己が成したいこと。それはなんだ
自身に問いかける。
――俺は今、彼女を助けたい。その為には手段を選んでいる場合では
「ない‼」
今出せるだけの力を振り絞り、光次は立ち上がった。近くに転がる刀を拾い、仁王立ちになる。
中岡は今度こそ、本当の意味で覚悟を決めた。
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