大君の辺にこそ死なめ大丈夫

志波中佐

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第二話 柚子

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 ふと、

――あの人が会う約束をしている人はどんな方なのかしら

そんなことが兼の頭を巡った。先を急がねばならぬというのに、彼女はそれが気になって仕方がない。

何度も頭を振って無心になろうとする。

胸が苦しくなってきたが、走り続けているせいだと無視した。


 野友村まで戻ってきた彼女は走るのを止めた。目立つからである。光次に言われた事を守るつもりだ。

 家に着くと忍び足で裏戸にまわる。扉が多少、きいと音を立てたが気にせず彼女は台所へ向かった。
棚から焼酎と薬用の油を拝借し、今度は庭へ行って干してあった洗濯物から、布やさらしを引っ張る。ついでに替えの着物も箪笥から拝借した。

その布の一枚を風呂敷がわりにして荷物を包んだ。


 その頃兼の父は豪快にも寝ていた。その為娘のこの泥棒まがいのことに気付いてはいない。母は買い出しに行ってしまったようだった。


  ――この家、大丈夫だろうか

兼はばれなかった事に安堵しつつ、少し心配になる。


 彼女は用が済むと足早に退散した。


 もう少しで村から外れるというところで、不幸にも人とぶつかった。
彼女の顔から血の気が失せる。幸いなのは荷が無事だった事ぐらいだった。


 大柄な男であった。

周りの男と比べても頭一つ、いや二つも大きい。髪が縮れていて、何ともまとめにくそうな感じだ。
刀を二本腰に差しているから武士であろう。

特徴的な男だった。


 男は目を細めて兼の方を睨む。兼の肩が上がった。

「すまん」

一言。見た目の割りに妙に声が高かった。
 彼女はがたがた震えるのを意地でも隠して、

「いえ、こちらこそすみませぬ」

と言って深々と頭を下げる。逃げるようにしてその場を去った。


 少したったところで後ろを振り向くと、そこには先程の大男が何かを抱き締める動作をしている。
気のせいか男の頬がほんのり赤く染まっているように見えた。

兼はその動きの意味を考えぬよう、全力で駆けることにする。


 道中、何度もこけそうになったが、その度に荷は死守し、光次の元まで戻ってきた。


 光次は兼が帰ってきたのを確認すると、彼女の方を向いて微笑んだ。

 兼の目に涙が浮かぶ。


 「すまんの、お兼。ありがとう」

「いえ、あなた様が謝る事ではありませぬ。私の方が礼を言わにゃあ」

そう言いつつ、光次に礼を言われて顔が赤くなるのが彼女自身にも分かった。


 ――無理をさせてしまったか

光次は彼女のその様子を見て申し訳なさを感じていた。

普段は鋭い指摘や考察で塾生に尊敬される彼だが、男女の事となれば並み以下になってしまうらしい。


 ともかく、彼の左肩の処置が始まった。
兼は布をくしゃくしゃに丸めて光次に噛ませる。傷口を消毒するため焼酎をかけた。

光次の顔が歪み、声にならない叫びが森に響く。

新しい布をあてがい、油の準備をする。その間にも白い布に血がにじんだ。傷口を押さえる手の力が強くなる。


 さらしを巻き終え、自身の汗を拭う兼。

応急処置が終了したのだった。
さらしなど巻いたことのない兼だったが、不格好ながらも止血できたようだ。


 一気に二人の緊張が溶ける。

互いに目が合うと、意味もなく笑った。しかし、直ぐに兼が真剣な顔になる。

「……あの、この度は助けていただき誠にありがとうこざいます」

「いや、礼を言うのは私のほうじゃ。私にとって大切な事を気づかせてくれた。それに……私の未熟さ故にお兼に心配をかけさせてしまった。改めて、すまなかった」

「そのようなこと!ありませぬ――」

どこまでも謙虚で紳士なその光次の姿勢に、兼は心打たれた。


 沸き上がる感情を紛らわすように、彼女は彼に問う。

「お名前を、お訊きしてもよろしいでしょうか」

「……光次、北川郷の中岡光次じゃ」

「えっ」

刹那、兼の頭は真っ白になってしまった。
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