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本編1

16話

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「フィー!」


 だから、その声が聞こえた時、まるで片割れが揺らいだ自分を叱咤しに来たのかと思ったのだ。まったく似ているところのない声なのに、呼び名が同じというだけで。

 鈍く重い音がして、女性の気配が背後から消える。昏倒させられたのか、そのまま拘束されているらしき音が聞こえて、フィオラは誰かに抱き起こされた。


「……ルカ」

「フィー、無事……じゃないよね。とりあえず拘束を解こう」


 懐剣を取り出して器用にフィオラの手足を縛る縄を切っていくルカを呆然と見る。

 視界の隅で意識を失った状態で連行されていく女性が見える。連行しているのは騎士だ。
 そして目の前にルカがいる、この状況。


(助かった……?)


 縄が切られ、手足が自由になる。慎重にフィオラの体の具合を確認していたルカは、しばらくして、ほっとしたような溜息をついた。


「骨とかに異常はなさそうだ。擦過傷や痣なんかはしばらく残りそうだけど、……よかった」


 「よかった、大事無くて」と小さく呟いて、ルカにそっと抱きしめられる。

 それに身を任せながら、フィオラは疑問を口にする。


「私は、どれくらい行方不明だったんだ?」

「丸一日は経ってる。遅くなってごめん」

「あやまらせたかったわけじゃない。……私が気が付いたのはついさっきだったから。ずいぶん早くたすけが来たんだなと思ったんだ」


 一日で誘拐|(……でいいのだろうか)の実行犯を突き止めて捕縛、被害者も保護、となるととんでもなく早い方だろう。目的からして、犯行声明や要求などが行ったわけでもないだろうし。


「私がいなくなったのには、ルカがきづいてくれたんだろう。ありがとう」

「食事の時間になっても部屋に戻ってこなかったから、何かあったんだと思って。犯人にすぐ目星がついてよかった」


 あの女性について、普段見かけない女官を見たので覚えていた者がいたらしい。その後、彼女の最近の様子がおかしいとの仕事仲間からの証言もあって、疑わしいと判断されたとのこと。
 そこから足取りを追って、ここを突き止めたらしい。ちなみにこの場所は、街にある曰くつきの空き家の一室だとか。

 フィオラは少し考えて、ルカの耳元に口を寄せた。


「……この件には『黒の聖衣の魔法使い』――ディゼット・ヴァレーリオが絡んでいたようだ」


 彼の名は刺激が強い。ひとまずはこの場の責任者だろうルカに伝えて、判断を仰ぐべきだと考えたのだ。

 ルカは小さく息を呑んで、声を潜めて訊ねてきた。


「……本人は?」

「あらわれなかった。じっこうはんのかのじょは、彼にかんじょうをそうさされたかのうせいもある」

「最近は『悪い魔法使い』への支援以外で名前を聞くことはなかったのに――……もしかして、フィーを狙って?」

「おそらく、だが。……『悪い魔法使い』にできそうなきかいがめぐってきたとかんがえたんだろう。ほんかくてきにかかわってきたわけじゃないから、だいじょうぶだったが――だから、彼女のなしたことについてのさいていでは、そこのあたりもかみしてもらいたい」

「了解。…………本格的だったら、危なかった?」


 悩むような間の後に続けられた問いに、フィオラは目を瞬いた。
 こんなふうに、ルカが『悪い魔法使い』のことについてフィオラに訊いてきたのは初めてだった。


「だいじょうぶだ。私は、――……ちかって、いるから」


 ディーダ・ローシェ魔法士長のような制約はないけれど。
 自分に、そしていなくなった片割れに。絶対に自分の不幸の元凶と同じところに堕ちないと誓っている。

 復讐はする。どんな理由があれ『悪い魔法使い』は許せない。
 直接の元凶は、フィオラが逃げ出した後にシュターメイア王国に身柄を押さえられ、裁かれたけれど、黒幕ともいえるディゼット・ヴァレーリオは、いまだ『悪い魔法使い』として暗躍している。今回のように。

 自分のように『悪い魔法使い』による被害で何かを失ったり、悲しむような人を出さない。そのためにできることをする。

 復讐をしたいその気持ちと同じ強さで、そう思ってもいるから、フィオラは『善い魔法使い』でいられるのだ。


「そうか。――そうか、そうだね。フィーは大丈夫か」


 ルカはほっとしたように笑みを浮かべた。


「友人が『悪い魔法使い』になった、なんて心の傷を、おまえに抱えさせるわけにはいかないからな」


 空気を変えようと冗談めかして言うと、ルカは「そうだね、もうこれ以上は勘弁かな」と苦笑した。


(ルカの故郷は『善い魔法使い』から『悪い魔法使い』になった者に滅ぼされたんだったな……少し不用意だったか)


 もしかしたら、その『悪い魔法使い』になった人間は、ルカとそれなりに親しい人間だったのかもしれない。それもいつか、ルカ自身から話を聞くことがあるだろうか。

 危機が去ったことで、体の痛みが鮮明になっていくのを感じながら、フィオラは未来に思いを馳せたのだった。

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