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2話
しおりを挟む「もう、用事は残っていないのね?」
「はぁ。それの受け渡しがギリギリになったのだけが予定外だっただけなんで、大丈夫です。お嬢は?」
「用事があったら、あなたをここでじりじり待ってるなんてことしないわ」
「それもそうですね。――それじゃ、行きましょうか。エデルファーレへ」
リクがそう言って、一歩奥へと踏み出した。そうしてどこからか……どこでもない空間から取り出した錫杖の先で、地面にぐるりと円を描く。その軌跡が淡く緑に光り、円の縁から中心に向かって独りでに精緻な模様が描かれていく。その模様が円の中全てを埋め尽くしたのを見届けて、リクがシアに手を差し出した。
「お手をどうぞ、お嬢」
普段とはかけ離れた触れ合いを促された形のシアは、リクの掌を戸惑い気味に見つめる。
「……あなたに触ってないとエデルファーレには行けないとかなの?」
「いや、そういうわけじゃないですが。こういうときのお約束かなと思って」
「つまり、意味はないのね?」
「そうとも言います」
シアは溜息を吐いた。リク本人としては気を遣ったつもりなのかもしれないが、ずれている。
そのやりとりでシアが手を取らないだろうことを察したのだろう、リクが手を引っ込めた。片足を円――〈門〉の中に踏み入れて、「お嬢もどうぞ」と声を掛けてくる。
「〈姫〉と〈騎士〉、二人揃って円の中に入ったら〈門〉が開きますんで」
「……〈門〉が開いたら真っ逆さま、とかじゃないわよね?」
「物質的な代物じゃなくて、転移の座標みたいなもんなんでそれはないです。……ああでも、目ェ開けたままだと感覚に酔うかもなんで、目は閉じた方がいいかもですね」
リクの言葉を聞きながら、シアは〈門〉に足を踏み入れた。何やら模様が浮かび光っているだけで、踏みしめた感触はただの地面と変わりない。助言に従って目を閉じる。
「目、閉じましたね。……じゃ、行きますよ」
こんなときでも平坦極まりない声がそう告げたかと思うと、僅かに耳に届いていた一切の音が消えた。浮かぶような、落ちるような、何とも言い難い感覚がシアを包み――……。
「もういいですよ、お嬢」
とん、と軽く背を押されながら目を開けば、目に映る景色は一変していた。
真っ先に目に飛び込んできたのは、目に鮮やかな色とりどりの花々だった。シアは草花には詳しくないので確証はないが、夢のように綺麗だが覚えのない外見の花ばかりが咲いている。
視線の方向を変えてみても、今度は芸術品のように立派な様相の木々が立ち並んでいる。素人目に見ても種類がばらばらのものが立ち並んでいるが、統一性がないようには見えないのが不思議だった。
「ここ……エデルファーレ、なのよね?」
漠然とした想像しかしていなかったとはいえ、ここまで緑・緑・緑の景色が広がっているとは思っていなかったので、とりあえず確認する。リクはこくりと頷いた。
「間違いなく『神にいと近き御園』エデルファーレですよ。どうやらちょっと出る座標が狂ったみたいですけど。一応建物の中に出るようになってたはずなんですが」
「建物なんて見当たらないわよ?」
「座標が狂ったって言ったでしょう。でも、そう離れたところじゃないはずです。ここ、多分〈緑〉の領域ですし」
「……あなたは多少勝手がわかってるのかもしれないけど、私はエデルファーレについてさっぱり知らないの。もう少し私にもわかるように言ってもらえないかしら?」
シアがそう言うと、リクは言われて初めてそのことに思い至ったように――というかまさしくそのとおりなのだろう――「そういえばそうでしたね」などと何も考えてなさそうな声で呟いた。いつものことなので何を言うこともせず、シアは続く言葉を待つ。
「ええとですね、〈姫〉と〈騎士〉は【青】と【赤】と【緑】がいるでしょう。だからそれぞれ、領域が割り当てられてるんです。各属性の影響が色濃い場所だと思ってください。で、俺とお嬢は【緑】の〈姫〉と〈騎士〉なんで、【緑】の領域にある建物がこれから住む場所になります。そこに出るはずだったんですけど、座標がずれて違うところに出たみたいですね。【緑】の領域は、建物以外の場所は大体緑――この緑は花とか草とか樹木とかのことですけど、そういうのが広がってるんで。ここから建物が見えないってことは、多分温室の中かなと思うんですが」
「温室?」
「過去の【緑】の〈姫〉と〈騎士〉が趣味で作ったらしいんですよね。お嬢の知ってる技術とはかけ離れたあれこれで作ってあるんで、ちょっと想像と違うとは思いますが」
シアは改めて周囲を見回した。シアの知っている温室はこんなに広くもないし、右を見ても左を見ても木々が広がってもないし、もはや森では?という様相を呈してはいない。
そんなシアの心中を察したのだろう。リクは「もっとそれらしい温室は別にあるはずで、これがエデルファーレの温室の通常なわけじゃないですよ」と告げた。
ともあれ、ここで温室(?)を眺めていても仕方ない。シアはここからどうすべきかリクに指示を仰ぐことにした。
「それで、どこへ向かえばいいの?」
「そうですね、まずは温室から出ましょう」
リクは言って、ある一点に向かって歩き出す。近づいてわかったが、そこには緑に埋もれるようにして小さな扉があった。
「はい、どうぞ」
扉を開けたリクが体を斜めにしてそう言った。先に通れということらしい。〈姫〉と〈騎士〉の立場からすれば当然なのだが、こういうことをされると妙に気恥ずかしいし、くすぐったい。
シアが少し背を屈めて通れる高さに、リクはだいぶ屈まないといけないんじゃないだろうかと思いつつ扉を抜ける。
――そこに広がっていたのは、人々が夢見る『楽園』そのものだった。
穏やかな風。透き通るような青空。萌える木々。咲き誇る花々。どこかで鳥が鳴いている。
その光景に、やっとシアは『神にいと近き御園』エデルファーレに来たことを実感した。
つい見惚れていると、後ろからやってきたリクが「実感できました?」としたり顔で言ってくる。シアは半ば陶然としながら頷いた。
「いかにも、って感じでしょう。そんでもって空気が違うからそれらしい気分になる。――よくできてますよね」
「リクはこの景色に、こう……感動とか覚えたりしないの?」
あまりにもいつも通りの様子なので思わず訊いてしまう。リクは肩を竦めた。
「平和そうでいい景色だなーとは思いますよ。でもそれだけですね」
「淡白ね……」
「俺はお嬢と違ってここ来るの初めてじゃないんで」
「じゃあ、初めて来たときは感動した?」
「クソみたいに平和そうだなと思いました」
「さっきより悪くなってない……?」
「まあいいじゃないですか、俺の感想なんて。お嬢が感動したのならそれでいいんですよ。……さ、元々の目的に向かいましょう」
促されて、再び歩き出す。少し前を行くリクの斜め後ろをついていく感じだ。リクの足取りは迷いがない。少し遠くに見える建物に向かっているのだとシアは気づいた。
「あそこに行くの?」
「あれが【緑】の住処――屋敷って言った方がいいですかね、そういうものなんですよ。だからまずはあそこに落ち着こうというわけで」
「――その前に。少しだけボクに付き合ってくれる?」
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