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加賀美留依の場合
しおりを挟む僕の幼馴染の咲ちゃんは、かわいい。
小さくて、表情がくるくる変わって(みんなはどっちかって言うと無表情じゃないかって言うけど僕にはわかる)、ちょっと世話焼きで。
僕にはいちばんかわいく見えるけど、他のみんなはもっとかわいい子がいるっていう。
雑誌のモデルさんとか見せられたけど、咲ちゃん以外の女の子はみんな同じように見える。髪型が違うと同じ人でも別人かな?と思ってしまうくらいだ。
そう口にしたら、「もうちょっと天ヶ瀬以外に興味を持て」と言われた。別に生きるのに支障はないし、どうでもいいと思うんだけど。
今日は咲ちゃんと一緒に帰れる日だったので、そわそわしながら咲ちゃんを教室まで迎えに行った。
クラスメイトと話してたみたいだけど、帰る準備はしていたみたいで、すぐに教室を出てくる。
咲ちゃんは、中学校の中頃から、ちょっと僕と距離を置こうとするようになった。
その頃には、幼馴染だとかでもちょっと疎遠になる方がふつうだったので、周りの目があったんだろう。
かくいう僕も、小学校で同級生に咲ちゃんといつもいることをからかわれたときは離れようとした。思春期ってそういうものだ。
でも僕は、中学に入って成長期に入るまではちょっと虚弱体質で、喘息とか貧血とか起こしていたから咲ちゃんは心配だったんだろう。
どんなに離れようとしても、「るーくんが倒れた時に、周りに誰もいないのは嫌だから」とか言って追いかけてきた。
結局僕も、咲ちゃんが嫌いになって離れたかったわけじゃなかったから、離れるのはやめた。
その時から、僕と咲ちゃんの関係はそんなに変わってない。
毎日一緒に帰っていたのが、週に1日減り、2日減り、一週間に一度になったけど、『ちょっとこの年頃にしては仲が良すぎる』幼馴染のままだ。
「咲ちゃん、今日は何作るの?」
「久しぶりにオムレツにしようかな。卵買ったし」
「やった。咲ちゃん家のオムレツ好き」
「知ってる」
咲ちゃんがちょっと笑って、僕はそれだけでなんだか嬉しくなってしまう。
僕の母さんと咲ちゃんのお母さんは仲がいい。
小さい頃から、母さんたちの帰りが遅いときはどちらかの家に二人でいる、というのが普通だった。
だから、うちの母さんと咲ちゃんのお母さんが同じ習い事を始めたとき、『咲ちゃんと二人だけでご飯を食べる日』というのが生まれた。今日はその日なのだ。
咲ちゃんのご飯はおいしい。どうもお母さんが「男は胃袋で掴め!」というタイプらしくて、結構小さい頃から料理を仕込まれていた。
初めて僕に食べさせてくれたのはパンケーキだった。ちょっと焦げてたけどおいしかった。
初めて咲ちゃんだけで作ったご飯を食べさせてくれた時のメインはオムレツだった。ちょっと卵がよれていたけど、すごくおいしかった。「るーくんが好きだから」という理由で献立を決めてくれたのが嬉しかった。
咲ちゃんの料理の腕はどんどん上がっていく。普段のご飯では補佐に回っているらしいので、今のところ僕だけが咲ちゃんの手料理を食べていることになる。
……僕の胃袋はがっつり掴んでるんだから、これ以上上手くならなくてもいいのにな。
なんて思ってしまうのは、僕が咲ちゃんを好きだからなんだろう。
咲ちゃんの一番近くにいる異性は、間違いなく僕で。
咲ちゃんが誰かを好きになったら絶対にわかるはずだから、まだ咲ちゃんに好きな人はいないはずだけど。
咲ちゃんにとって、僕は『小さい頃から面倒を見てきた幼馴染』でしかないんだろうな、というのは、ちょっとだけ離れてしまったままの距離でわかってしまう。
昔はあんなに一緒にいてくれたのにな。
まぁ、僕の虚弱体質が治ったというのもあるのだろう。面倒を見る必要がなくなったから、咲ちゃんは僕の手を離そうとしているのだ。
それをわかっていて、わからないふりで咲ちゃんの傍に居続けようとする僕は、卑怯者なのかもしれない。
今の関係を壊したくなくて。咲ちゃんの一番近くに居られる立場を失くしたくなくて。
自分の気持ちを伝えられない、臆病者。
「どうしたの? 咲ちゃん」
咲ちゃんが、ふと、じーっと見つめてきたので、ちょっとだけドキドキしながら訊ねる。
「なんでもないよ。るーくんかっこよくなったなぁと思って」
……咲ちゃんは、たまにこういうことをする。
この心臓の音が聞こえませんようにと祈りながら返事をしたから、自分でも何て答えたかわからなかった。
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