【完結】エゴイスティック・ワルツ ~聖王国セントバレットの新王即位事情~

空月

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18.それぞれの、

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「……はい、お望みのものよ?」

 赤く艶やかな唇が弧を描く。繊手が優雅な仕草で差し出したのは、透明な液体の入った小瓶であった。
 受け取った小瓶を矯めつ眇めつじっくりと観察した男は、満足したように頷き、それを懐にしまう。

「有難う。これは市場になかなか出回らないからな……助かった」
「まぁ、こんなものが簡単に出回る市場がそこら中にあったら問題でしょうしね。もちろん手数料は割増しで取るわよ?」
「わかっている」
「使用用途については追及しないのが商人だけれど、兄妹だからいいわよね。何に使うつもり? よく眠れてなさそうな自分に使うのだったら、私も安心なのだけど」
「残念ながら、自分には使わない。だが、他人を害すためにも使わない。……それで勘弁してもらえないか?」
「ふふ。まぁ、いいわ。私には関係のないことだもの。あんたの事情と、あんたの意思と、あんたの矜持が他人を巻き込むだけ。せいぜい悔いのないように頑張ることね」

 他人事のように――実際他人事ではあるのだろうが――そう言って、女は用は終わったとばかりに踵を返す。

「お前の夢は、世界一の商人になること、だったか」
「ええ、そうよ。それがどうかした?」
「……いや、随分と違う道を歩んだなと思っただけだ」
「長男と長女で?」
「ああ」
「夢を追ってるのは一緒よ。それが違いすぎるのは確かだけれど」
「違いない」

 男が笑う気配を背後に感じる。
 男の夢がその身を破滅させることと同義だと知っていても、女にはどうでもいいことだった。己が自身の夢を誰にも邪魔されず追いかけたいように、男もまた誰にもそれを邪魔されたくないのだと知っていたから。

 止めないし、止まらないことを知っている。
 だから、遠くからその行く末を見守るのがせいぜいだ。それでいいと、彼女は思っていた。それが世間一般的には『情がない』と言われかねないのを承知で、彼女もまたそれを選び取った。

 最後に一度、振り返って、彼女は微笑む。

「――幸運を」

 言い残して、彼女はその場を後にしたのだった。





 中途半端な長さの銀の髪をいじりながら彼はどうでもよさそうに口を開く。

「これで最後だ」
「………………」

 無言のままの相手を一瞥し、問う。
「……本当に、これでいいんだな?」

 偽りなど許さないという強い双眸に射貫かれ、青年は小さく息を呑む。
 自分の中の恐れと――迷いを、見透かされたように思えて。
 それでも、自身の決めたことを覆すつもりはない。

「ああ」

 目を伏せて頷いた青年に、シキは諦めたように溜息をついた。

「ったく、もっと楽に生きりゃいいのに」
「……これが、俺の選んだ、俺の生き方だからな」

 自嘲するように笑んだ彼の顔は、炎に揺られて歪んで見えた。

「お前がその道を選ぶっていうなら、俺は報酬分の仕事をきっちりやるまでだ。その後のことは、……って、訊くまでもねえか」

 自分が成すことによって生じる全ての結果を承知した上で、彼はこの道を選択したのだ。『覚悟は出来ているんだろうな』などと訊くのは今更だった。

「……んじゃ、俺は行くぜ。頼まれたことはきっちりやるから、お前はお前が決めた道を進め。途中で立ち止まるな。振り返るな。後悔なんてするなよ?」
「わかっている」

 幾分か和らいだ表情の彼を見て、シキは踵を返す。もしかしたら姿を見るのは最後になるかもしれないと思いながら、青年はシキの背を見送る。
 ふと、扉を出る寸前でシキが立ち止まった。そして振り返らずに言葉をこぼす。

「血が半分だろうと、一緒に暮らしたことがなかろうと、お前は俺の兄だ。一応曲がりなりにも兄だって自覚があるんなら、…………死ぬなよ」

 血を分けた人が死ぬのは嫌だと、そう告げる異母弟に、彼は珍しくも心からの笑みを浮かべ。

「…………善処しよう」

 どこまでも曖昧な、約束ともいえない言葉を返す。それは、自分が辿り着くだろう行く末をよく分かっているから。―――死なないと確約できない未来を、それでも選び取ったからだ。

「……俺は神なんて信じないが――あいつなら信じられる。あいつは、きっと全てに気付くだろうよ。なんせ俺達四人で選んだんだ。……だから」
「だから、俺は死なない、か?」

 シキの言葉の先を継いだ青年は、哀しげに目を細めた。

「王となったからには、時には非情な決断をせねばならないときもある。俺は『王位を簒奪しようとした反逆者』で、あのじじいどもは哀れにも俺に『唆された可哀想な貴族』だ。真実など、人の言葉と感情で幾らでも捻じ曲げることができるのだから。……だからあいつが全てに気付いても――俺を処刑しないと言うわけにはいかないだろう」

 他人から見える現実と、状況。そして彼らが持つ感情。それらによって作り出される『真実』に、自分が善人として映るはずはないと、善人ではなく、むしろ徹底的に悪人として映るように全てを計画した彼にはわかっていた。そしてそれらを無視して自分を処刑しないなどという選択を、即位間もない聡明な異母弟にできるはずはないとも。

 自分の助かる道などないと、とうの昔に知っていた。
 それでも選び、歩んだ道だ。今更救いなど求めるつもりはない。

 それを感じ取ったのだろう、シキは大きく息をついて、扉の向こうへと消えていった。
 残された青年は、自らの胸の内に広がる感情に、見ないふりをして目を伏せた。

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