君に贈る花

番茶

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君に贈る花

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私には愛人がいる。 




何不自由なく貴族として生まれた私が14歳で嫁入りして4年。 
同じ屋敷にいると言うのに夫と呼べる人とはもう最後にいつ会ったかも覚えてはいない。 
聞けば3年前から同じ屋敷に愛人を囲み毎夜会いに行っているそうだ。 
部屋に籠っている私はもちろん遭遇しないし外に出るときにも使用人たちが遭遇しないように配慮してくれている。 




新しい使用人が来ると大抵彼女のことを妻だと思い込む。 
確かに私は相手にされていない。 
毎日主人と愛を確かめ合う彼女が本当の女主人だと思っても仕方のないことだ。 
むしろそうならないことの方が不思議でならない。 






責めるつもりなど私にはない。 







「やぁ、愛しい人…遅くなってしまってごめんね。」 






この人がいるから。 






壁にかかっている大きなタペストリーの裏には秘密の通路があって、毎夜彼は私の元へ訪れてくれる。 
使用人たちに知られぬように私を起こすことなく朝方になると彼は帰っていくから目覚めた時にはいないなとはざらで、何度寂しい朝を迎えたかはわからない。 
けれども夜になると彼は来てくれる。 
それだけが救いだった。 




そもそも何故結婚したかと言われればそれはありがちな政略のためであって愛だの恋だのはこれっぽっちもなかった。 
初めて顔合わせをしたのはどれくらい前だったか。 
ぼんやり思うけれどどうしても思い出せない。幼かったのもあるし、それほど私の中ではどうでもいい出来事だったということである。 



「貴方が来てくれるのならいつまででも待つわアスベル。」 



私は手を広げ、笑みを浮かべて彼の腕の中におさまりにいく。 
なによりも幸せな瞬間。 
ふしだらで不道徳でお互い様な歪な時間。 



貴方が愛人を離さないように、私も彼を離さない。 




秘密の関係が始まった頃は離婚して彼と結婚したいと思った次期もあった。 
でも結婚したいと仄めかすと彼は決まって困ったように笑って黙るのだった。 
私は彼に嫌われたくなかったし、面倒くさい女にもなりたくなくてその話題を出すことをやめた。 
彼に”その意思”はない。 
私に会いに来てくれるだけで良い。 
哀れな私に最後に残された希望。 
絶対に手放したくない。 









温かなアスベルの腕の中で今日も私は眠る。 










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