夜光町四丁目夜間警備求ム。

羊原ユウ

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2話 初めてのアルバイト

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仁礼野が馬宮を案内したのは誰かの誕生日を祝う、いわゆるパーティールームというものだった。なぜわかったのかというと埃で汚れた床や壁に紙の輪でできた飾りや花、色褪せた紙吹雪などが散らばっていたからだ。

仁礼野は黙ったまま着ぐるみたちが整列した舞台ステージの上に階段を使って上がっていく。振り返り、馬宮にそばに来るようにと手招きした。

「仁礼野さんなんですか、これ……?」
「何だと思います馬宮さん」
「ここの工場のマスコットキャラクター……とかですか」
「正解!でもですねこれ、ただのマスコットじゃないんですよ。後ろに下がってまあ……そのまま見ててください」

仁礼野は馬宮に断ってステージ奥に走っていきポチッと何かのボタンを押した。途端にステージの天井付近に設置された2台のスピーカーから聴き慣れたバースデーソングが馬宮が耳をふさぎたくなるような大音量で流れ出す。メロディが狂って音はひずんでいた。

(……え……?)

馬宮は自分の目をこする。ステージの上のマスコットキャラクターたちの着ぐるみが歪んだバースデーソングに合わせてまるで命でも宿ったかのように動き始めたのだ。その中の1体、キツネの姿をしたマスコットが馬宮の姿を見つけて近寄ってきたので馬宮はあわてて後ろに退がる。

「大丈夫ですよ馬宮さん。FOXフォックスはあなたを傷つけたりなんてしませんから」
「で、でも……!」

対処に困った馬宮が仁礼野に視線で助けを求めると仁礼野はFOXの前に進み出て顔をまっすぐに見つめ、やけにはっきりした声でこう言った。

「こんばんはFOX。急に起こしてしまってすまなかったね。その人は新しい担当者だよ。今夜から私と一緒に仕事……いや、君たちと遊んでくれることになったんだ」

FOXはじいっと楕円形にエメラルド色のつぶらな瞳で仁礼野のほうを見て、大きな耳を傾けて声を聴いていたがやがて頭を振って「わかった」というようにこっくりと頷く。

FOXは馬宮のほうに近づいて手触りの良い着ぐるみの生地に包まれた片手で頭をなでてきた。馬宮よりも体が大きいので力の加減をするようにそうっとだ。

「おや、よかったじゃないですか。FOXに気に入られたようですね。では……残りの子たちも紹介しましょうか。奥からクマのBEARベアー、ヒツジのSHEEPシープとオオカミのWOLFウルフです」

仁礼野は馬宮に手で差し示してステージの上で自由に動いているマスコットキャラクターたちを順番に紹介する。仁礼野に名前を呼ばれるたび、各マスコットたちが反応して馬宮たちのほうに手を振る。

仁礼野が全員を紹介し終わると4体のマスコットキャラクターたちは最初に見た時のようにステージに横一列にきちんと並んだ。左端にいるキツネのFOXだけがまだ遊んでほしそうに馬宮を見ている。

「ほらほら、ダメだよFOX。私と彼はそろそろ……帰らなきゃいけないんだ。また遊びに来るよ。さあ、他の子たちと一緒におやすみなさいってしようか。できるかな?」

仁礼野がFOXの前に行って目線を合わせて優しい声で話しかけるとFOXはまた「できるよ」とばかりにこっくりと頷いた。仁礼野は背伸びしてFOXの頭をなでてから、再びステージ奥に向かう。

仁礼野がステージからいなくなるとそれが合図だったかのようにマスコットキャラクターたちは目を閉じて静かになった。仁礼野がボタンを押したのかスピーカーから流れていたバースデーソングは止んでいた。



小部屋に戻ってから馬宮の頭の中はさっきのパーティールームのステージで見た生き生きと動くマスコットキャラクターの着ぐるみたちのことでいっぱいだった。なぜ動けるのかは中身に人が入っているか精巧に造られたロボットなら可能だろう。さらに人工知能が搭載されていればプログラムされていない自律した行動もできるというではないか。

「どうしました馬宮さん。もしかしてお疲れですか?」
「いえ……。さっきのマスコットキャラクターたちのことが気になってしまって。ずっとあそこに放置されたままなんですか?」

仁礼野は監視カメラのモニターを横目に見ながら戻り際に廊下の一角にあった自販機で買ってきた緑茶を飲んで一息ついていた。馬宮には少し前に自分が飲んでいたのと同じレモンの風味がついた天然水のペットボトルを手渡してくる。

「……ええ。私が知るかぎりはずっとですね。ここ10年くらいはあのままです。定期的に修理や点検をするのも仕事のうちなんですが、よく故障する子もいるんですよ。FOXはとにかく走るのが好きな子なんですけど、数日前に勢いあまってステージの壁にぶつかってから片足をダメにしてます」

「ああ。それで左足にだけ包帯を巻いてたんですね」
「ええ。よければ明日、6時を過ぎたらFOXの様子を一緒に見にいきましょうか。馬宮さんのことがかなり気になっていたようですし」
「はい、そうですね」

馬宮は腕のスマートウォッチを確認する。画面の時刻は午前2時を指していた。仁礼野は監視カメラのモニターを眺めて「今夜はまあ初日ですし……来ないとは思うんですけど」とひとりごちる。

「え。仁礼野さん、来るって……何がですか?」
「さっきのマスコットたちですよ。毎日24時を過ぎるとあのステージから勝手に動いてこの部屋まで遊びにやって来るんです」
「そんなことって……いくらなんでも非現実すぎじゃ」

仁礼野は首だけを動かして馬宮を見つめた。その目は「嘘じゃないんですよ」と言っていた。馬宮はすうっと背筋に冷たいものを感じて身震いした。

「警備が終わるのは朝の6時ですから……あと5時間ほどの辛抱です。それでは今から工場の見回りか、ここで彼らを監視するか決めてください」
「で、でも」
「馬宮さん、今決めてください」

穏やかな仁礼野の声にほんの少し怒りが混じった。馬宮は顔を上げ今夜は見回りに行くと宣言すると、仁礼野はいつもの柔らかい表情に戻った。

「じゃあこれ、持っていってください。夜間警備は2人1組が規則ですから。ここのボタンを押せば私と通話ができるので」
「はい。これ、仁礼野さんが作ったんですか?」

馬宮は手渡された茶色の馬の頭部を模したフェルト製のキーホルダーを上着のジャケットの胸ポケットに入れながら尋ねてみる。仁礼野は頷く。

「警備のない日中は基本的に暇ですからね。小さいですが役には立つはずですよ」
「わかりました。行ってきます」
「ええ。工場の中は暗いのでお気をつけて。何かあったらそれで連絡してください」

馬宮は頷き、小部屋のドアを開けて廊下に出る。鼻に届くかび臭い空気に咳きこむ。工場に来る時にマスクをしてこなかったことを悔やんだ。引き返して仁礼野に頼んで余っていた黒いマスクをもらうと再度部屋を出た。

(はあ……。少し不安なところはありますがまあ……しばらく様子を見ましょうかね)

仁礼野は馬宮が出て行ったドアが閉まるとデスクに頬杖をついてペットボトルの中の緑茶を一口飲んだ。監視カメラがランダムに映し出すパーティールームのステージや工場内の様子に異常はない……今のところは。

「あ、まずい」

モニターを見ていた仁礼野の口からかすれた声が出た。ステージの一番左にいたはずのFOXの姿がない。仁礼野は作業着から自分のスマートフォンを取り出すと同僚の烏丸からすまに急いで電話をかける。たしか今日は借りているアパートの部屋にいるはずだ。通話が繋がった。

「こんな時間にすみません烏丸さん。今からこっちに来ることってできますかね」
『へ?今からですか。アタシは別にいいですけど……どうしたんです仁礼野さん。なんかめちゃくちゃ焦ってません?なんかそっちであったんですか』
「……ええ。FOXがまた、逃げ出したみたいで。今新しく入った人に工場の見回りを頼んだんですが……一緒に探してあげてくれませんか」
『見回りの最中に出くわすのはまずいっすよね。ええ、またあのキツネちゃん逃げちゃったんですか。あの子たしか足怪我してましたよね』

仁礼野は電話ごしに頷く。烏丸は『了解です。すぐに向かいますね』と言って電話を切った。
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