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プレイタイム・アフター後編
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仁礼野がパーティールームのステージの上に上がっても、もうマスコットたちは襲ってはこなかった。先ほどの反省会の後だ、彼らもさすがにやりすぎたと逆に反省しているかもしれない。仁礼野は馬宮をステージの奥にある例の部屋に連れていく。
『さあ、開けてみてください』
「え、でも。あれは秘密なんじゃ……」
『確かに秘密でしたが、烏丸さんがあなたにもうっかり話してしまいましたからね。それから馬宮さんも今夜からはここの一員なんですから、実際に……見てもらったほうがいいと思いまして』
仁礼野がドアを開け、馬宮に先に中に入るよう促した。開いたドアからは工場の中と同じ埃っぽい臭いがしてきた。後ろから仁礼野がスマートフォンのライトを点灯させて入ってくる。束になった木材や板、使われなくなったモニターや機材。ライトが部屋の中にあるものを順番に照らしていく。
「……あ」
『ええ、そう。あれが…………私です。長年の劣化でもう形すら残ってないですけどね』
馬宮はライトの光が照らした部屋の奥にあったものを見て声が出せなくなった。おそらく黄色だったであろうキツネの着ぐるみはすっかり汚れて灰色になっていた。生地はぼろぼろで腹のあたりが裂け、中にあるものが丸見えだ。キツネの腹に収まっていたのは白骨化した死体だった。状態からしてどのくらい放置されているのか見当もつかない。
「仁礼野さん……。ひとつ聞いてもいいですか」
「どうして……こんなになってまでこの仕事続けてるんですか」
『それはですね……。彼らと《ずっと遊ぶ》ためですよ。私がいなくなったら誰が一緒に遊んでやるんです?』
仁礼野は当然のことのように即答する。その答えに馬宮は驚き目を見開いた。
「遊ぶって……反省会のことですか。あんなの、一方的な暴力じゃないですか……!ねえ正気なんですか⁈」
『はい。私は正気ですよ。まあ……あなたの常識からすると、狂気の域かもしれませんがね』
仁礼野はそう言うと紺色の作業着のボタンを外しシャツの上、組み上げ直したばかりの殻の左胸から下あたりに片手を差し入れる。殻はまだ脆いのか簡単に砕けた。中身をちょっとひっかき回して仁礼野が再び手を出すと、片手に収まるくらいの黄色い石が握られていた。石は内側からぼんやりと脈を打つように光っている。仁礼野は馬宮の手にそれをのせる。冷たくも熱くもなく、不思議な感触だった。
『これが……魂が砕けないかぎり、私が消えることはありません。安心してください』
『分かって……くれますか』
馬宮はうつむき、ただ泣いていた。こんなのはあんまりだ。哀しすぎる。仁礼野が彼らに何をしたというのだ。
「仁礼野さん……一体何したんですか」
「そうじゃなきゃ、こんなことにならなかったんでしょう?」
『……おや、意外と鋭いんですね。丁度いい機会ですし、話しましょうか。長くなりますが聞いてくれますか』
仁礼野が馬宮の手を引いて自分のほうを向かせた。そうしてゆっくりと自分が犯してしまったある出来事について語り始めた。馬宮は初めてあの着ぐるみたちの中にいるのが仁礼野と同じ魂だけになった、工場がまだ稼働していた頃にこのステージで起きた不慮の事故から救えなかった子どもたちだと知った。
『FOXと私は……仲がとっても良かったんですよ。今回も私の壊された殻の中から魂を拾って持っていてくれましたから。でなければ体の再生にはもっと時間がかかったかもしれません』
『私はずっと、彼らと遊んであげなければいけないんです……永遠に、寂しくないように』
これはきっと私に与えられた罰なのだと言って、自分の魂を片手に仁礼野は悲しげに笑った。馬宮は何もかけられる言葉が見つからなくて立ちつくしていた。
*
馬宮はそれから仁礼野との約束どおり4日間勤めた。2日目の翌朝は前夜にパーティールームで打ち明けられた話がいつまでも頭の中の奥のほうで引っかかり、工場の外には出ずに小部屋に引きこもっていた。
「馬宮さん、24時まで暇でしょう。よかったら工場内の掃除、手伝ってもらえませんか」
そんな馬宮の様子を心配した仁礼野が何度か声をかけてきたが行く気になれず、工場内の掃除以外は全てパスしてしまった。
3日目、4日目、5日目。何日か過ぎても馬宮の心は晴れなかった。ついには閉じこもった小部屋に鍵をかけそうになり、一体自分は何をしてるんだろうと悩んだ。
5日目の朝。馬宮は仁礼野から残りの報酬金50万をもらったが、まったく嬉しくない。目的は達成した。これでやっと実家に帰れるはずなのに……。
「馬宮さん、どうしました?」
「仁礼野さん。俺……どうしたらいいかわかんないんです。あの時ステージ奥で話してくれたあの話がずっと……頭の中から離れてくれなくて」
「ああ……そうでしたか。それでここ数日なんだか様子がおかしかったんですね。すみません。気づかずに重たすぎる話をしてしまって。馬宮さんの心を病ませてしまったのなら……謝ります」
仁礼野は被っているキャップを脱いで馬宮に深く頭を下げた。馬宮は頷く。
「今夜はどうされます?明日は土曜日ですし……一旦仕事から離れてご実家でのんびりと休日を過ごされてはいかがですか。少しは気分転換になるかもしれませんよ?」
「でも……」
「心配しなくても大丈夫ですから。私と烏丸さんに遠慮せずどうぞ行って来てください」
仁礼野が穏やかに微笑む。馬宮は仁礼野に何度も礼を言ってから小部屋を出た。肩の重いトートバッグには5日分の報酬である100万円と仁礼野手作りの連絡用キーホルダーが入っている。現金を持っているのはとにかく不安な上に大金なので、帰宅する前にどこかの銀行によって自分の口座に振りこもうと思った。
「……行ってきます!」
馬宮は工場の奥に向かって大きな声で告げる。シャッターの向こう側には夜が明けていく青い空にやっと日が昇ろうとしていた。
【EXTRA 了】
『さあ、開けてみてください』
「え、でも。あれは秘密なんじゃ……」
『確かに秘密でしたが、烏丸さんがあなたにもうっかり話してしまいましたからね。それから馬宮さんも今夜からはここの一員なんですから、実際に……見てもらったほうがいいと思いまして』
仁礼野がドアを開け、馬宮に先に中に入るよう促した。開いたドアからは工場の中と同じ埃っぽい臭いがしてきた。後ろから仁礼野がスマートフォンのライトを点灯させて入ってくる。束になった木材や板、使われなくなったモニターや機材。ライトが部屋の中にあるものを順番に照らしていく。
「……あ」
『ええ、そう。あれが…………私です。長年の劣化でもう形すら残ってないですけどね』
馬宮はライトの光が照らした部屋の奥にあったものを見て声が出せなくなった。おそらく黄色だったであろうキツネの着ぐるみはすっかり汚れて灰色になっていた。生地はぼろぼろで腹のあたりが裂け、中にあるものが丸見えだ。キツネの腹に収まっていたのは白骨化した死体だった。状態からしてどのくらい放置されているのか見当もつかない。
「仁礼野さん……。ひとつ聞いてもいいですか」
「どうして……こんなになってまでこの仕事続けてるんですか」
『それはですね……。彼らと《ずっと遊ぶ》ためですよ。私がいなくなったら誰が一緒に遊んでやるんです?』
仁礼野は当然のことのように即答する。その答えに馬宮は驚き目を見開いた。
「遊ぶって……反省会のことですか。あんなの、一方的な暴力じゃないですか……!ねえ正気なんですか⁈」
『はい。私は正気ですよ。まあ……あなたの常識からすると、狂気の域かもしれませんがね』
仁礼野はそう言うと紺色の作業着のボタンを外しシャツの上、組み上げ直したばかりの殻の左胸から下あたりに片手を差し入れる。殻はまだ脆いのか簡単に砕けた。中身をちょっとひっかき回して仁礼野が再び手を出すと、片手に収まるくらいの黄色い石が握られていた。石は内側からぼんやりと脈を打つように光っている。仁礼野は馬宮の手にそれをのせる。冷たくも熱くもなく、不思議な感触だった。
『これが……魂が砕けないかぎり、私が消えることはありません。安心してください』
『分かって……くれますか』
馬宮はうつむき、ただ泣いていた。こんなのはあんまりだ。哀しすぎる。仁礼野が彼らに何をしたというのだ。
「仁礼野さん……一体何したんですか」
「そうじゃなきゃ、こんなことにならなかったんでしょう?」
『……おや、意外と鋭いんですね。丁度いい機会ですし、話しましょうか。長くなりますが聞いてくれますか』
仁礼野が馬宮の手を引いて自分のほうを向かせた。そうしてゆっくりと自分が犯してしまったある出来事について語り始めた。馬宮は初めてあの着ぐるみたちの中にいるのが仁礼野と同じ魂だけになった、工場がまだ稼働していた頃にこのステージで起きた不慮の事故から救えなかった子どもたちだと知った。
『FOXと私は……仲がとっても良かったんですよ。今回も私の壊された殻の中から魂を拾って持っていてくれましたから。でなければ体の再生にはもっと時間がかかったかもしれません』
『私はずっと、彼らと遊んであげなければいけないんです……永遠に、寂しくないように』
これはきっと私に与えられた罰なのだと言って、自分の魂を片手に仁礼野は悲しげに笑った。馬宮は何もかけられる言葉が見つからなくて立ちつくしていた。
*
馬宮はそれから仁礼野との約束どおり4日間勤めた。2日目の翌朝は前夜にパーティールームで打ち明けられた話がいつまでも頭の中の奥のほうで引っかかり、工場の外には出ずに小部屋に引きこもっていた。
「馬宮さん、24時まで暇でしょう。よかったら工場内の掃除、手伝ってもらえませんか」
そんな馬宮の様子を心配した仁礼野が何度か声をかけてきたが行く気になれず、工場内の掃除以外は全てパスしてしまった。
3日目、4日目、5日目。何日か過ぎても馬宮の心は晴れなかった。ついには閉じこもった小部屋に鍵をかけそうになり、一体自分は何をしてるんだろうと悩んだ。
5日目の朝。馬宮は仁礼野から残りの報酬金50万をもらったが、まったく嬉しくない。目的は達成した。これでやっと実家に帰れるはずなのに……。
「馬宮さん、どうしました?」
「仁礼野さん。俺……どうしたらいいかわかんないんです。あの時ステージ奥で話してくれたあの話がずっと……頭の中から離れてくれなくて」
「ああ……そうでしたか。それでここ数日なんだか様子がおかしかったんですね。すみません。気づかずに重たすぎる話をしてしまって。馬宮さんの心を病ませてしまったのなら……謝ります」
仁礼野は被っているキャップを脱いで馬宮に深く頭を下げた。馬宮は頷く。
「今夜はどうされます?明日は土曜日ですし……一旦仕事から離れてご実家でのんびりと休日を過ごされてはいかがですか。少しは気分転換になるかもしれませんよ?」
「でも……」
「心配しなくても大丈夫ですから。私と烏丸さんに遠慮せずどうぞ行って来てください」
仁礼野が穏やかに微笑む。馬宮は仁礼野に何度も礼を言ってから小部屋を出た。肩の重いトートバッグには5日分の報酬である100万円と仁礼野手作りの連絡用キーホルダーが入っている。現金を持っているのはとにかく不安な上に大金なので、帰宅する前にどこかの銀行によって自分の口座に振りこもうと思った。
「……行ってきます!」
馬宮は工場の奥に向かって大きな声で告げる。シャッターの向こう側には夜が明けていく青い空にやっと日が昇ろうとしていた。
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