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秘密
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羊子が右目の応急処置をされた青を連れてパラサイト課の宵ヶ沼支部(支部は今は使われていない廃ビルの中にある)に到着したのは午後10時前だった。
あれから近くのタクシー会社にすぐに連絡をいれたものの、なかなか中学校の校門前に車が来ずにしばらく待つことになったからだ。羊子は運転手から代金をもらわないうちにタクシーを下車して青の手を引いて下ろし、急いで支部の入り口に駆けこむ。
「……到着が遅くなりすみません、怪我人を連れてきました‼︎」
「あ~! 柴崎さんおかえりなさい。今か今かといろいろ準備して待ってたんですよ。すぐに医務室に行きましょう!」
支部の奥の通路から霧原と同じような白衣を着て左上腕のあたりに緑の腕章をし、茶色がかった髪を七三分けにした青年が小走りにやってきて羊子と青をにこやかに出迎える。白衣の青年は羊子の隣にいる青に気づくとそう言って、またあわてて奥に向かって走り出す。
「医務室はこちらです! そちらの子の目の応急処置は済んでいると聞きましたが、一応うちの医療スタッフにも診てもらいましょう」
医務室に着くと羊子は処置が済むまで外で待機するように言われたので、そばにあるクッションが3つ横一列に並んだ椅子に腰をおろす。数分くらいすると先ほど羊子たちを案内してくれた青年……浅木啓太が出てきて、羊子のひとつ隣に座る。
「……あの、青くんの右目の傷……大丈夫でしょうか?なんだか心配で」
「ああ。えっと……それについてなんですが右目の両瞼についた切り傷は今縫合中ですし、目の角膜や虹彩に多少の傷はあるんですが、それも抗生物質の入った目薬をしばらくの間続ければ回復するとのことでした」
「それってつまり……また見えるようになるってこと?」
「はい~、簡単に言うとそういうことですね。いや~よかったです」
羊子は浅木の言葉を聞いて内心ほっとした。霧原の頼みで同行した調査でパラサイトを見つける前に、一般人に怪我をさせてしまったなんてとても上に報告できないからだ。
「あれ~?そういえば柴崎さんって、霧原さんと一緒に夕方から宵ヶ沼中学校の調査に出かけてたんですよね。霧原さんはどうしたんですか?」
「ああ、えっと霧原さんは……なんか旧校舎に残って調査対象のパラサイトを保護してから帰るって言ってたわ。きっとそのうち戻ってくるんじゃない?」
羊子は会話の最後のほうを適当に言ってごまかしたものの、別れ際にああ言った霧原がすぐに戻ってくるかなんてわからない。
(無事に戻ってくるといいけど、やっぱり……)
うつむいて下を向いていた羊子が突然椅子から立ち上がったので、浅木が何事かと驚いて目を見開く。
「し、柴崎さん……どうしました⁇」
「すみません浅木さん、私やっぱり霧原さんのこと放っておけません!もう一度あの中学校に行ってきます‼︎」
*
(さて。応急処置に使ったものの片付けも終えたし、そろそろ旧校舎の調査に戻るとするか……)
羊子と別行動になった霧原は、宵ヶ沼中学校の新校舎の保健室の外にある水道で、手を石鹸で丹念に洗いながら消毒液の匂いがまだ残る指先をしげしげと眺める。
長くて細い指は節が目立ち、骨が浮いて見える。肌は白すぎて内側の血管が青く透けて見えるほどだ。手洗い場にかけられた鏡に映る姿は不健康そのものだが、霧原は気にしなかった。そういえば最近全くあの作業をやっていない気がする。
(放っておいても死なないのならそれで構わない。パラサイト課の仕事さえ実行できれば……私はそれでいい)
『……おたく、そろそろ危ないんじゃない? 今にも死にそうな顔してるよ。脱皮とか食事とかちゃんとしてる?』
「なんだ、喋れたのか。放っておいてくれ、君には関係ないだろう」
『今までは無理だったけどね。やだなあ。せっかくアンタの体のことを心配してやってるのに、そんな言い方はないだろう』
もしこの状況を見る人がいれば、一人で会話する霧原のことをおそらく頭の変なやつだと思うだろう。だが話し相手は実際にいたのだ。彼の白衣の裾ポケットがごそごそと動き、いつの間に戻っていたのかパラサイト課のマスコットキャラクターのフィギュアがひょいと顔をのぞかせた。
『だっておたく、おいらと同じパラサイトでしょ?』
「……いつから知ってた」
『知ってるもなにもさあ……独特なニオイがするからね。さっき旧校舎で呼び出された時にすぐにわかったよ』
声変わり前の男の子のように高い声で言葉を話すマスコットキャラクターは中身がすっかり同調したのか、霧原を見上げてフィギュアの目や口が動いて表情を作りニヤッと笑った。
「はは……なるほど。そうか、とっくにバレていた訳か。なら……もう遠慮する必要はないな」
霧原は自嘲気味にそう言うとパラサイトくんが見ている前で、白衣と黒いシャツの袖を勢いよく捲り上げて素肌を見せる。植物の葉の裏の葉脈のように、皮膚を押し上げて不気味な緑色の筋が手首あたりまでびっしりと広がっていた。
しばらく脱皮の作業をしていないので、最近は内側から皮膚が圧迫されてつねに針でつつかれるようなヒリヒリとした痛みを感じるようになっていたのだ。
霧原は保健室に戻るとドアの鍵を閉め、どこからか鋏を探し出してきて無造作に緑の筋のういた皮膚に突き立てる。そこから肘のあたりまで一直線に切り裂いて傷をつけると……うっすら緑色の血の浮いた皮膚が傷口からゆっくりと開いてゆき、床にパラパラと剥がれ落ちてゆく。
『うわ……久しぶりに見たけど、やっぱりグロテスクう』
「……仕方ないだろう、ここのところ調査ばかりでまともに脱皮すらできてなかったんだから。嫌なら見るな」
『うーん別にぃ……嫌じゃないけど。アンタがそういうならおいらポケットに戻ってるから、終わったら声かけて』
霧原の鋭い視線に、パラサイトくんはそう言うとあっさりと白衣の裾ポケットに引っこんだ。ドアも窓も締めきった保健室は静かで、さっきまで青を寝かせていた衝立でしきられたベッドのそばの丸椅子に霧原は腰を下ろして脱皮の作業を再開する。
顔のほうも両腕と同じように皮膚を剥がしきると、霧原は普段とはまったくの別の物になっていた。たくし上げた白衣の袖からのぞく皮膚は深い緑色の鱗のようなものにおおわれ、指先には長くて太い獣の鉤爪に似た爪が生えている。彼の肌はいつもの不健康な青白さを通り越して血の気など微塵も感じられないほど白く、腰に届く長い髪は鮮やかすぎるほどの緑色に変化していた。瞳の色も人間ならありえないような明るい黄緑色になっている。
(まだ体と両足の脱皮が残ってるが、それは支部に戻ってからでいいか)
『おい、終わったから顔出していいぞ。今から旧校舎の再調査だ』
『……ん、もういいの?旧校舎の調査ってもしかして……またおいらにあのパラサイトを探させるつもり?やだようおいら、だってアイツら殺気が凄いんだもん』
パラサイトくんのフィギュアに棲みついた寄生生物は霧原の言葉に異をとなえるが、霧原はそれを無視して話し続ける。
『……君には悪いが、この中学校の旧校舎にいるパラサイトは全員が調査対象でね……うちの支部に本部から保護と収容するように命令が出てるんだよ。そのままにして帰るわけにはいかないだろう』
『むうう……わかったよ、おいらが囮になってアイツらを引きつければいいんだろ』
『素直でよろしい。ほら行くぞ』
文字通りに一肌脱いだ霧原は、白衣の裾ポケットから頭だけ出し、両側のほおをふくらませて不機嫌そうな表情のパラサイトくんの帽子に鉤爪の生えた指先でとんとん、と軽くたたいて合図した。
『あっそうだ。アンタがさっき保健室のゴミ箱に捨ててた脱皮した皮膚、今から食べていい?おいらお腹減ってるんだ』
パラサイトくんが霧原に今度は空腹を訴えてきた。
『それはいいが食事は後にしろ、今は調査が先だ。それから……私には霧原眞一郎って名前がある』
『ふーん……じゃあキリハラってこれから呼ぶけどいい?』
『好きにしろ、少なくともさっきよりはマシだ』
霧原は呆れてため息をつくと保健室から外に出て、夜の廊下を旧校舎に向かって歩き出した。
*
(霧原さん……まだ保健室にいるかな)
あれから支部を飛び出し、タクシーをもう一度呼んで宵ヶ沼中学校まで戻ってきた羊子。彼女は今、数時間前に霧原と別れたあの新校舎の保健室に戻って来ていた。
懐中電灯を持った羊子が保健室にドアを開けて入ると、すでに誰もおらず、きちんと応急処置に使ったものが片付いていた。
(……何、このにおい。生臭い)
衝立で仕切られたベッドのそばに近づいた時、鼻になんともいえない嫌な臭気が届いた。ちょうど捨て忘れて放置してしまった生ゴミのような臭いだ。いったい何だろうか。羊子はスーツの袖で自分の鼻をおおい、衝立の向こう側をのぞいてみる。
ベッドのそばにぽつんと蓋を下部についたレバーで開け閉めできるゴミ箱が置いてある。生臭い臭いはどうもそのあたりからしていると気づいた羊子は、意を決してレバーを足で踏んでゴミ箱の蓋を開けてみた。
(う……っ⁈)
羊子が蓋を開けた瞬間、臭気が一段と強くなり吐き気をもよおす。中に入っていたのは……霧原が使っていたであろう黒くなった血のついた脱脂綿とテーピング用テープの切れ端、それとあちこちに緑色の不気味なひび割れのような線が浮いた……なにか薄くざらざらとしたもの。
羊子がその薄くざらついたものに触れると裏から緑色の粘り気のある液体が、両手にはめたグレーの手袋にべったりとついた。羊子はそれを見てひっ!と息をのんで、ゴミ箱の中に再び薄片を落としてしまう。
何、なんなのこれ……。もしかして霧原さんがパラサイトに襲われたのか?もし仮にそうなら、怪我をしているかもしれない。
(い、急いで探さないと……)
羊子は吐き気をこらえながら、黒いスーツの胸ポケットから携帯を取り出して支部の浅木に電話をかける。
「あ……も、もしもし柴崎です。霧原さんを探しに宵ヶ沼中学校に戻ってきているんですが、もしかすると怪我してるかもしれません。そちらでまた、準備お願いできますか?」
「あっ!柴崎さん、さっきは急に飛び出して行ったから心配してたんですよ?え~霧原さんそこにいないんですか?すぐに伝えたいことがあったんですけど……」
「え、なんですか? 伝言なら私が伝えますけど」
羊子は浅木に続きをうながす。何か嫌な予感がする。
「えっとですね~だいぶ前に本部からこちらに連絡があって、そこの旧校舎にいる調査対象のパラサイトを全員保護から処分に切り替えろって」
「……は?今なんて言ったの」
羊子は一瞬言われた言葉の意味がわからなかった。処分?しかも旧校舎のパラサイトを……全員⁇ 全員処分ってことはあの青くんと友だちの子も殺さなきゃいけないってこと……?
(急にそんな……そんなこと言われても私には選べない。ある日突然、大切な友だちを殺されてしまったらどうしていいのかわからない。まだ何も知らないあの子のために、それだけは避けたい)
「わかった、霧原さんにも必ず伝えるから。また何かあったら連絡する」
「了解です~。ではお気をつけて」
あれから近くのタクシー会社にすぐに連絡をいれたものの、なかなか中学校の校門前に車が来ずにしばらく待つことになったからだ。羊子は運転手から代金をもらわないうちにタクシーを下車して青の手を引いて下ろし、急いで支部の入り口に駆けこむ。
「……到着が遅くなりすみません、怪我人を連れてきました‼︎」
「あ~! 柴崎さんおかえりなさい。今か今かといろいろ準備して待ってたんですよ。すぐに医務室に行きましょう!」
支部の奥の通路から霧原と同じような白衣を着て左上腕のあたりに緑の腕章をし、茶色がかった髪を七三分けにした青年が小走りにやってきて羊子と青をにこやかに出迎える。白衣の青年は羊子の隣にいる青に気づくとそう言って、またあわてて奥に向かって走り出す。
「医務室はこちらです! そちらの子の目の応急処置は済んでいると聞きましたが、一応うちの医療スタッフにも診てもらいましょう」
医務室に着くと羊子は処置が済むまで外で待機するように言われたので、そばにあるクッションが3つ横一列に並んだ椅子に腰をおろす。数分くらいすると先ほど羊子たちを案内してくれた青年……浅木啓太が出てきて、羊子のひとつ隣に座る。
「……あの、青くんの右目の傷……大丈夫でしょうか?なんだか心配で」
「ああ。えっと……それについてなんですが右目の両瞼についた切り傷は今縫合中ですし、目の角膜や虹彩に多少の傷はあるんですが、それも抗生物質の入った目薬をしばらくの間続ければ回復するとのことでした」
「それってつまり……また見えるようになるってこと?」
「はい~、簡単に言うとそういうことですね。いや~よかったです」
羊子は浅木の言葉を聞いて内心ほっとした。霧原の頼みで同行した調査でパラサイトを見つける前に、一般人に怪我をさせてしまったなんてとても上に報告できないからだ。
「あれ~?そういえば柴崎さんって、霧原さんと一緒に夕方から宵ヶ沼中学校の調査に出かけてたんですよね。霧原さんはどうしたんですか?」
「ああ、えっと霧原さんは……なんか旧校舎に残って調査対象のパラサイトを保護してから帰るって言ってたわ。きっとそのうち戻ってくるんじゃない?」
羊子は会話の最後のほうを適当に言ってごまかしたものの、別れ際にああ言った霧原がすぐに戻ってくるかなんてわからない。
(無事に戻ってくるといいけど、やっぱり……)
うつむいて下を向いていた羊子が突然椅子から立ち上がったので、浅木が何事かと驚いて目を見開く。
「し、柴崎さん……どうしました⁇」
「すみません浅木さん、私やっぱり霧原さんのこと放っておけません!もう一度あの中学校に行ってきます‼︎」
*
(さて。応急処置に使ったものの片付けも終えたし、そろそろ旧校舎の調査に戻るとするか……)
羊子と別行動になった霧原は、宵ヶ沼中学校の新校舎の保健室の外にある水道で、手を石鹸で丹念に洗いながら消毒液の匂いがまだ残る指先をしげしげと眺める。
長くて細い指は節が目立ち、骨が浮いて見える。肌は白すぎて内側の血管が青く透けて見えるほどだ。手洗い場にかけられた鏡に映る姿は不健康そのものだが、霧原は気にしなかった。そういえば最近全くあの作業をやっていない気がする。
(放っておいても死なないのならそれで構わない。パラサイト課の仕事さえ実行できれば……私はそれでいい)
『……おたく、そろそろ危ないんじゃない? 今にも死にそうな顔してるよ。脱皮とか食事とかちゃんとしてる?』
「なんだ、喋れたのか。放っておいてくれ、君には関係ないだろう」
『今までは無理だったけどね。やだなあ。せっかくアンタの体のことを心配してやってるのに、そんな言い方はないだろう』
もしこの状況を見る人がいれば、一人で会話する霧原のことをおそらく頭の変なやつだと思うだろう。だが話し相手は実際にいたのだ。彼の白衣の裾ポケットがごそごそと動き、いつの間に戻っていたのかパラサイト課のマスコットキャラクターのフィギュアがひょいと顔をのぞかせた。
『だっておたく、おいらと同じパラサイトでしょ?』
「……いつから知ってた」
『知ってるもなにもさあ……独特なニオイがするからね。さっき旧校舎で呼び出された時にすぐにわかったよ』
声変わり前の男の子のように高い声で言葉を話すマスコットキャラクターは中身がすっかり同調したのか、霧原を見上げてフィギュアの目や口が動いて表情を作りニヤッと笑った。
「はは……なるほど。そうか、とっくにバレていた訳か。なら……もう遠慮する必要はないな」
霧原は自嘲気味にそう言うとパラサイトくんが見ている前で、白衣と黒いシャツの袖を勢いよく捲り上げて素肌を見せる。植物の葉の裏の葉脈のように、皮膚を押し上げて不気味な緑色の筋が手首あたりまでびっしりと広がっていた。
しばらく脱皮の作業をしていないので、最近は内側から皮膚が圧迫されてつねに針でつつかれるようなヒリヒリとした痛みを感じるようになっていたのだ。
霧原は保健室に戻るとドアの鍵を閉め、どこからか鋏を探し出してきて無造作に緑の筋のういた皮膚に突き立てる。そこから肘のあたりまで一直線に切り裂いて傷をつけると……うっすら緑色の血の浮いた皮膚が傷口からゆっくりと開いてゆき、床にパラパラと剥がれ落ちてゆく。
『うわ……久しぶりに見たけど、やっぱりグロテスクう』
「……仕方ないだろう、ここのところ調査ばかりでまともに脱皮すらできてなかったんだから。嫌なら見るな」
『うーん別にぃ……嫌じゃないけど。アンタがそういうならおいらポケットに戻ってるから、終わったら声かけて』
霧原の鋭い視線に、パラサイトくんはそう言うとあっさりと白衣の裾ポケットに引っこんだ。ドアも窓も締めきった保健室は静かで、さっきまで青を寝かせていた衝立でしきられたベッドのそばの丸椅子に霧原は腰を下ろして脱皮の作業を再開する。
顔のほうも両腕と同じように皮膚を剥がしきると、霧原は普段とはまったくの別の物になっていた。たくし上げた白衣の袖からのぞく皮膚は深い緑色の鱗のようなものにおおわれ、指先には長くて太い獣の鉤爪に似た爪が生えている。彼の肌はいつもの不健康な青白さを通り越して血の気など微塵も感じられないほど白く、腰に届く長い髪は鮮やかすぎるほどの緑色に変化していた。瞳の色も人間ならありえないような明るい黄緑色になっている。
(まだ体と両足の脱皮が残ってるが、それは支部に戻ってからでいいか)
『おい、終わったから顔出していいぞ。今から旧校舎の再調査だ』
『……ん、もういいの?旧校舎の調査ってもしかして……またおいらにあのパラサイトを探させるつもり?やだようおいら、だってアイツら殺気が凄いんだもん』
パラサイトくんのフィギュアに棲みついた寄生生物は霧原の言葉に異をとなえるが、霧原はそれを無視して話し続ける。
『……君には悪いが、この中学校の旧校舎にいるパラサイトは全員が調査対象でね……うちの支部に本部から保護と収容するように命令が出てるんだよ。そのままにして帰るわけにはいかないだろう』
『むうう……わかったよ、おいらが囮になってアイツらを引きつければいいんだろ』
『素直でよろしい。ほら行くぞ』
文字通りに一肌脱いだ霧原は、白衣の裾ポケットから頭だけ出し、両側のほおをふくらませて不機嫌そうな表情のパラサイトくんの帽子に鉤爪の生えた指先でとんとん、と軽くたたいて合図した。
『あっそうだ。アンタがさっき保健室のゴミ箱に捨ててた脱皮した皮膚、今から食べていい?おいらお腹減ってるんだ』
パラサイトくんが霧原に今度は空腹を訴えてきた。
『それはいいが食事は後にしろ、今は調査が先だ。それから……私には霧原眞一郎って名前がある』
『ふーん……じゃあキリハラってこれから呼ぶけどいい?』
『好きにしろ、少なくともさっきよりはマシだ』
霧原は呆れてため息をつくと保健室から外に出て、夜の廊下を旧校舎に向かって歩き出した。
*
(霧原さん……まだ保健室にいるかな)
あれから支部を飛び出し、タクシーをもう一度呼んで宵ヶ沼中学校まで戻ってきた羊子。彼女は今、数時間前に霧原と別れたあの新校舎の保健室に戻って来ていた。
懐中電灯を持った羊子が保健室にドアを開けて入ると、すでに誰もおらず、きちんと応急処置に使ったものが片付いていた。
(……何、このにおい。生臭い)
衝立で仕切られたベッドのそばに近づいた時、鼻になんともいえない嫌な臭気が届いた。ちょうど捨て忘れて放置してしまった生ゴミのような臭いだ。いったい何だろうか。羊子はスーツの袖で自分の鼻をおおい、衝立の向こう側をのぞいてみる。
ベッドのそばにぽつんと蓋を下部についたレバーで開け閉めできるゴミ箱が置いてある。生臭い臭いはどうもそのあたりからしていると気づいた羊子は、意を決してレバーを足で踏んでゴミ箱の蓋を開けてみた。
(う……っ⁈)
羊子が蓋を開けた瞬間、臭気が一段と強くなり吐き気をもよおす。中に入っていたのは……霧原が使っていたであろう黒くなった血のついた脱脂綿とテーピング用テープの切れ端、それとあちこちに緑色の不気味なひび割れのような線が浮いた……なにか薄くざらざらとしたもの。
羊子がその薄くざらついたものに触れると裏から緑色の粘り気のある液体が、両手にはめたグレーの手袋にべったりとついた。羊子はそれを見てひっ!と息をのんで、ゴミ箱の中に再び薄片を落としてしまう。
何、なんなのこれ……。もしかして霧原さんがパラサイトに襲われたのか?もし仮にそうなら、怪我をしているかもしれない。
(い、急いで探さないと……)
羊子は吐き気をこらえながら、黒いスーツの胸ポケットから携帯を取り出して支部の浅木に電話をかける。
「あ……も、もしもし柴崎です。霧原さんを探しに宵ヶ沼中学校に戻ってきているんですが、もしかすると怪我してるかもしれません。そちらでまた、準備お願いできますか?」
「あっ!柴崎さん、さっきは急に飛び出して行ったから心配してたんですよ?え~霧原さんそこにいないんですか?すぐに伝えたいことがあったんですけど……」
「え、なんですか? 伝言なら私が伝えますけど」
羊子は浅木に続きをうながす。何か嫌な予感がする。
「えっとですね~だいぶ前に本部からこちらに連絡があって、そこの旧校舎にいる調査対象のパラサイトを全員保護から処分に切り替えろって」
「……は?今なんて言ったの」
羊子は一瞬言われた言葉の意味がわからなかった。処分?しかも旧校舎のパラサイトを……全員⁇ 全員処分ってことはあの青くんと友だちの子も殺さなきゃいけないってこと……?
(急にそんな……そんなこと言われても私には選べない。ある日突然、大切な友だちを殺されてしまったらどうしていいのかわからない。まだ何も知らないあの子のために、それだけは避けたい)
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