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屋上にて
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赤頭巾の噂は漁っても漁ってもつきない。動画はほとんど羊子と一緒にチェック済みだが、インターネットの広大な海の上に広かったものまでを全て拾い上げるのは無理がある。
(……全く、キリがないな)
霧原はパソコンの画面を見るためにかけていた黒いフレームの眼鏡を外して、眉と眉の間あたりを指先で軽く揉む。
『大丈夫?もしかしてキリハラも疲れたの?ヨーコみたいに仮眠する?』
「いや……私はまだいい」
『本当に?』
そう言うとパラサイトくんがキーボードの上から霧原の手から腕をつたって肩によじ登ってくる。
『キリハラが嘘ついたっておいら、ニオイでわかるよ』
「……」
左肩に乗ったパラサイトくんにじっと見つめられ、視線に耐えきれなくなった霧原はワーキングチェアから腰をあげる。
「わかった、わかったから。なら……少しだけ外の風にあたってくるとしよう」
『そうこなくっちゃ。ねえ、おいらもついてっていい?』
「……好きにしろ」
霧原は素っ気なくいい、ベッドで仮眠している羊子を起こさないようにそっと研究室の外へ出る。廊下はすっかり消灯され、夜の闇が広がっている。
霧原はエレベーターホールに真っ直ぐ向かい、このビルの4階……すなわち屋上のボタンを押して待機する。数分もかからないうちに階数表示が下がってきて、霧原のいる1階に止まった。
エレベーターが屋上に到着しドアが開くと、外から吹きつける風が霧原の長い髪を揺らして後ろへなびかせる。普段は常に前髪で隠されている右目があらわになった。肩にそのまま乗っていたパラサイトくんがその目と視線が合ってしまい、一瞬かたまった。
『……キリハラ、そっちの目どうしたの』
「これか?最初にパラサイトに寄生された時からずっと、右目だけ戻らないままなんだ……気味悪がられるのが嫌だから普段は前髪で隠してる」
霧原の右目は白目の部分が緑色に充血し、瞳の色も明るい黄緑色のままだったのである。
『そっか……。おいらもそれは知らなかった、さっき一瞬目が合った時に気持ち悪いって思ったのは謝る』
「いや、別にいい。……それが普通の反応だろう」
『普通の?』
「そう、普通の反応。だいたいそうだろう。人は自分と見た目が異なるモノを嫌うし、気味悪がって近寄ったりしない……パラサイトだってそうだ」
『……そうかな?でもヨーコは普通にキリハラに話しかけてくれるじゃない。パラサイトだって知ってるけど、嫌がったりしてないよ?』
パラサイトくんのその言葉に霧原はハッとする。
「……それは、たんに柴崎くんが他と少し感覚が変わっているだけだろう」
『またそうやって否定するんだ?それ、おいらキリハラの悪い癖だと思うよ~』
霧原はパラサイトくんの顔を正視できなくなり、顔をそむける。正論だ。そうだ、私は誰かから自分が嫌われるのが怖いのだ。
「……たしかに、そうかもしれないな」
それ以上、返す言葉が見つからない霧原は屋上の落下防止用の柵を両手でつかんで空を見上げる。雲の間に浮かぶ三日月はまだ赤くなかった。
*
「もう一度聞くけど、今日の昼間にそこの廃ビル……いえ宵ヶ沼支部に入って行った中学生のどっちかがパラサイトってことね?」
『そうだ。俺がモニターをずっと見てたから間違いない』
宵ヶ沼支部から少し離れた位置にあるビジネスホテルの一室で、倉橋由利香は自分のスマートフォンに黒色のイヤホンを繋ぎ、黒森支部にいる麻田と会話を続ける。
「もし違ったら、そっちに帰った後アンタのこと殴るからね」
『ええ⁈なんでいきなりそうなるんだよ君は。はあ……まあいいや、とにかく明日も朝から監視してもらえるかな?』
『見つけたらすぐに連絡いれるから、イヤホンとスマホは常にONにしておいて』
「了解。じゃ、私そろそろ寝るから。おやすみ。あ、そうだ最後にこれだけ聞くけど明日って月は赤くなる?」
『え?あ、ああ……まだ半月にもなってないが明日は……うん、一応赤くなる予定だ』
パラパラとスマートフォンのスピーカーごしの由利香の耳に本のページをめくるような音が入る。麻田は何かを調べながら話しているようだ。
「そう、ありがとう。じゃ」
それだけ言うと由利香は通話を切り、部屋のベッドマットに寝転がった。明日はパラサイトが出やすいといわれている赤い月が出る、つまりパラサイト狩りができる……由利香はそれを考えると次第に気分が高揚してきた。絶対に仕留めてやる。
*
翌日。午後に昨日と同じように青と朱莉が宵ヶ沼支部を訪ねてきた。2人は入り口を入るやいなや、奥にある霧原の研究室に駆け足で向かう。
「こんにちは、霧原さん!昨日言ってたパラサイトの手がかりっぽいものを見つけてきました‼︎」
そう言って朱莉が手にした何枚かの紙を霧原に手渡してくる。それは多少ぼやけているが、刃物で切りつけられた傷が体に複数あるパラサイトらしき死体の写真の画像とSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)上の書き込みがコピーされたものだった。
・ねえこれ、例の赤頭巾の仕業じゃない?
・最近こうゆうの多いよね……帰り遅くならないようにしなきゃ
・なにこれ死体?ホンモノっぽい
などなど、画像と赤頭巾にに関するコメントがほとんどだった。
「昨日の夜、家に帰ってからYoitter(ヨイッター)でのつぶやきとかオカルト情報専門の掲示板とかいろいろ調べてみたんですけど……このくらいしか出てこなくて」
「……ふむ、死体の画像はどうやら本物のパラサイトのようだね。体の刀傷はやはり赤頭巾の仕業か」
「あ、あの……どうしてその死体がパラサイトだって、言えるんですか?」
霧原が紙から顔をあげると、青が疑問を口にする。
「髪と肌の色、不自然に歪んで変形した腕。それからほら、刀で斬られた傷から流れた血の色が緑色だ……。人ではまずありえない」
「へ、へえ……なるほど」
「じゃあ……なんで赤頭巾はパラサイトを殺すんですか?」
「……わからない。その理由は私が逆に彼女に聞きたいくらいだよ」
そう言う霧原の表情が少しずつ険しくなる。
「……いくら相手がパラサイトだからって、誰彼構わずに殺すのは殺人と同じだ。そうは思わないか?」
「そうですよね……それは思います。アタシも……今は一応パラサイトだから。ね、青もそう思わない?」
「僕は、いえ僕も…黒河と同じ気持ちです」
青はそこで中学校の旧校舎でパラサイトと化した朱莉の異様な姿に遭遇した時を思い出してしまい、頭をふってイメージをかき消す。パラサイトだからって……必ずしも悪意がある者ばかりではない、はずだ。
*
一方その頃。
「ったくもう、麻田のやつ。こんなことならもっと寝ててもよかったのに!」
宵ヶ沼支部の入る廃ビルを監視するため、朝から近くの公園のベンチで待機していた由利香は、舌打ちしながらスマートフォンに手を伸ばして支部の麻田に電話する。
『はい、こちらパラサイト課の黒森支部ですが……』
「倉橋だけど。ちょっと麻田、アンタちゃんとモニターしてるの? 全然あいつらこないじゃない‼︎」
由利香は麻田が出た瞬間、開口一番に不満を爆発させた。
『うわ、由利香⁉︎ 急に大きな声ださないでくれないか、耳が痛い』
「言い訳する暇があるなら、さっさとパラサイト探しなさいよ‼︎」
『モニターはしてるよ。まだ反応がないんだからそんなこと言っても仕方ないだろ?』
麻田は由利香の不満に言い返そうとしてやめる。そんなことをしても、逆にさらに彼女の怒りを買うだけだ。
『じ、じゃあ15時ごろまでそこにいて、俺から連絡がなかったら今日はもういいよ。夜まで休んでていい』
「ふーん……いいわ。15時までね、了解。ならそれまでモニターよろしく」
由利香はそれだけ言うと通話をまた一方的に切った。15時になるまでまだ30分以上ある。暇だ。さすがに監視なので、着なれた赤いフード付きマントはホテルのクローゼットに置いてきた。今、由利香が着ているのは通っている中学の制服だ。スカーフだけワインレッドで花柄のワンピースとセットで揃えたものにしてきた。
(……暇つぶしに投稿用の動画でも編集しておくか)
*
夕方。窓から差し込む光はオレンジ色に部屋の中を染める。青と朱莉が帰った後、霧原の研究室では羊子とパラサイトくんが昨日に引き続いて、赤頭巾の噂について調べものをしていた。霧原は連日の疲れが出たのか白衣を脱いで膝にかけ、隅のベッドの上に仰向けになって寝ている。
(……霧原さん、大丈夫かな)
『キリハラよく寝てるなー、たぶん疲れたんだろうな』
「そうね、しばらくはそっとしておきましょう」
パラサイトくんは羊子が開くパソコンの画面上の情報を見ながらつぶやく。
(せっかくだから、昼に黒河さんたちが持ってきてくれた画像とYoitter(ヨイッター)の書き込みをもう少し調べよう。霧原さんを起こすのはそれからでいい)
研究室の窓の外に見える夕日がオレンジから少しずつ赤や青が混ざった言葉では表現できないような色合いに変わってゆく。
『……うーん、調べても調べても終わらないなあ。おいらなんか疲れてきた気がする』
「ありがとう、あとは私が調べるからパラサイトくんは少し休憩してて」
キーボードから机の上に下りて、羊子がインターネット上からピックアップした記事や文章が印刷された紙をあちこち走り回って目を通していたパラサイトくんがぼそりとひとりごちる。
『……ぅげっ⁉︎』
突然パラサイトくんが悲鳴ともつかないような奇妙な声を出し、紙を読む手を止めて体を硬直させる。羊子はその様子に気づいて声をかけた。
「どうしたの、急に?」
『ヨーコ……こんなこと今言うのもなんだけど、キリハラがそろそろ起きるかも』¥¥
「え?どういうこと?」
『こっ……この部屋すぐに出たほうがいい……‼︎』
羊子がその意味を問い返す前にパラサイトくんは研究室のドアまでダッシュし、早く早くと小さな手で手招いている。
『ヨーコ!早く‼︎』
パラサイトくんのいつになく焦った声に羊子はわけのわからないまま、ドアを開けて外に出る。
『……ドア閉めて。とにかく外から思いっきり押さえてほら早く‼︎』
「ちょっと、ほんとに一体なんなの。霧原さんが起きそうなだけでしょう?」
『だからだよ……‼︎ ヨーコは知らないだろう、キリハラがパラサイトに変わるところ』
パラサイトくんがそこまで言った直後、研究室の中から絶叫が響いた。そのこの世のものとは思えない声に羊子はドアを押さえながら、思わず身を震わせる。
『あ~……始まった。ヨーコおいらがいいって言うまで、絶対にこのドア開けちゃ駄目だからね』
パラサイトくんにそう言われ、ふと目をやった廊下の先。開いた窓から見える空に昇る月が旧校舎で見た日のように赤い色をしている。ああそうか、今夜は月が……。
こんな日はパラサイトが出やすい、といつか霧原が話していたことを思い出す。それはおそらく彼だって例外ではないのだ。
羊子が押さえる研究室のドアが内側から蹴られるような激しい衝撃でガタガタと大きく揺れる。それ以外にも、隙間から低い獣の唸りに似た声が外まで漏れ聞こえてくる。中で物が倒れ、割れるような音が数回した。
(……き、霧原さん)
「ね、ねえ……君はこうなるって知ってたの?」
『うん……。今までに何回か見てるし知ってた。でも、ヨーコはきっと初めてだから怖がると思った……だからおいら』
「そっか。うん、ありがとう。でもね……私やっぱり霧原さんのそばにいてあげたい」
羊子はパラサイトくんに目線が合うように膝を曲げてしゃがみ、そう言ってからドアノブに手をかけた。
『ちょっ……待ってヨーコ、まだ入っちゃダメだって‼︎』
パラサイトくんは小さな両手で羊子のはいているパンツスーツの端を引っ張って止めるが、マスコットフィギュアの彼では人1人の力にかなうはずがなかった。ずるずると引きずられたまま、ドアの向こう側に行くしかない。
「……霧原さん、霧原さん大丈夫ですか⁈」
羊子が一歩足を踏み出す。履いている革靴がぴしゃりと音をたてた。下を見ると床に緑の血が飛んでいる。本棚の中の本が落ちて散乱し、壁に大きな爪痕がついている。羊子が部屋の中を見回すと、霧原はベッドの上で膝を抱えてうつむいていた。
「霧原さん?」
『……くるな、柴崎くん』
羊子の鼻が、部屋の中に充満するパラサイトの発する異臭をとらえる。霧原のうずくまるベッドに近づいて行くと、動物が威嚇する時に出すぐるる……という唸り声のような音がした。
「霧原さんほら、怪我とかしてないですか?」
ベッドマットも緑色の血で汚れている。今は無視して羊子は霧原に手を差し出す。うー、という低い唸りが大きくなる。霧原がうつむいたまま唸っているのだとその時になって気づいた。頭をかかえている霧原の腕は肘から指先までが緑の爬虫類の鱗に似たもので覆われ、3本に分かれた指先の爪は長く弧を描いて曲がっていた。
「霧原さん……?」
『……さわるな。いいから、ほっといてくれ。それ以上近づいたら君に何をするかわからない』
そう言いながら霧原が伏せていた顔をあげる。顔の左半分は霧原のままだが、右半分は戻らないままの黄緑色の瞳を中心に腕と同じような鱗がびっしり生え、原型をほとんど留めていない。羊子を見ている霧原の左目から涙が一粒、頬をつたって落ちた。
(……全く、キリがないな)
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『大丈夫?もしかしてキリハラも疲れたの?ヨーコみたいに仮眠する?』
「いや……私はまだいい」
『本当に?』
そう言うとパラサイトくんがキーボードの上から霧原の手から腕をつたって肩によじ登ってくる。
『キリハラが嘘ついたっておいら、ニオイでわかるよ』
「……」
左肩に乗ったパラサイトくんにじっと見つめられ、視線に耐えきれなくなった霧原はワーキングチェアから腰をあげる。
「わかった、わかったから。なら……少しだけ外の風にあたってくるとしよう」
『そうこなくっちゃ。ねえ、おいらもついてっていい?』
「……好きにしろ」
霧原は素っ気なくいい、ベッドで仮眠している羊子を起こさないようにそっと研究室の外へ出る。廊下はすっかり消灯され、夜の闇が広がっている。
霧原はエレベーターホールに真っ直ぐ向かい、このビルの4階……すなわち屋上のボタンを押して待機する。数分もかからないうちに階数表示が下がってきて、霧原のいる1階に止まった。
エレベーターが屋上に到着しドアが開くと、外から吹きつける風が霧原の長い髪を揺らして後ろへなびかせる。普段は常に前髪で隠されている右目があらわになった。肩にそのまま乗っていたパラサイトくんがその目と視線が合ってしまい、一瞬かたまった。
『……キリハラ、そっちの目どうしたの』
「これか?最初にパラサイトに寄生された時からずっと、右目だけ戻らないままなんだ……気味悪がられるのが嫌だから普段は前髪で隠してる」
霧原の右目は白目の部分が緑色に充血し、瞳の色も明るい黄緑色のままだったのである。
『そっか……。おいらもそれは知らなかった、さっき一瞬目が合った時に気持ち悪いって思ったのは謝る』
「いや、別にいい。……それが普通の反応だろう」
『普通の?』
「そう、普通の反応。だいたいそうだろう。人は自分と見た目が異なるモノを嫌うし、気味悪がって近寄ったりしない……パラサイトだってそうだ」
『……そうかな?でもヨーコは普通にキリハラに話しかけてくれるじゃない。パラサイトだって知ってるけど、嫌がったりしてないよ?』
パラサイトくんのその言葉に霧原はハッとする。
「……それは、たんに柴崎くんが他と少し感覚が変わっているだけだろう」
『またそうやって否定するんだ?それ、おいらキリハラの悪い癖だと思うよ~』
霧原はパラサイトくんの顔を正視できなくなり、顔をそむける。正論だ。そうだ、私は誰かから自分が嫌われるのが怖いのだ。
「……たしかに、そうかもしれないな」
それ以上、返す言葉が見つからない霧原は屋上の落下防止用の柵を両手でつかんで空を見上げる。雲の間に浮かぶ三日月はまだ赤くなかった。
*
「もう一度聞くけど、今日の昼間にそこの廃ビル……いえ宵ヶ沼支部に入って行った中学生のどっちかがパラサイトってことね?」
『そうだ。俺がモニターをずっと見てたから間違いない』
宵ヶ沼支部から少し離れた位置にあるビジネスホテルの一室で、倉橋由利香は自分のスマートフォンに黒色のイヤホンを繋ぎ、黒森支部にいる麻田と会話を続ける。
「もし違ったら、そっちに帰った後アンタのこと殴るからね」
『ええ⁈なんでいきなりそうなるんだよ君は。はあ……まあいいや、とにかく明日も朝から監視してもらえるかな?』
『見つけたらすぐに連絡いれるから、イヤホンとスマホは常にONにしておいて』
「了解。じゃ、私そろそろ寝るから。おやすみ。あ、そうだ最後にこれだけ聞くけど明日って月は赤くなる?」
『え?あ、ああ……まだ半月にもなってないが明日は……うん、一応赤くなる予定だ』
パラパラとスマートフォンのスピーカーごしの由利香の耳に本のページをめくるような音が入る。麻田は何かを調べながら話しているようだ。
「そう、ありがとう。じゃ」
それだけ言うと由利香は通話を切り、部屋のベッドマットに寝転がった。明日はパラサイトが出やすいといわれている赤い月が出る、つまりパラサイト狩りができる……由利香はそれを考えると次第に気分が高揚してきた。絶対に仕留めてやる。
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翌日。午後に昨日と同じように青と朱莉が宵ヶ沼支部を訪ねてきた。2人は入り口を入るやいなや、奥にある霧原の研究室に駆け足で向かう。
「こんにちは、霧原さん!昨日言ってたパラサイトの手がかりっぽいものを見つけてきました‼︎」
そう言って朱莉が手にした何枚かの紙を霧原に手渡してくる。それは多少ぼやけているが、刃物で切りつけられた傷が体に複数あるパラサイトらしき死体の写真の画像とSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)上の書き込みがコピーされたものだった。
・ねえこれ、例の赤頭巾の仕業じゃない?
・最近こうゆうの多いよね……帰り遅くならないようにしなきゃ
・なにこれ死体?ホンモノっぽい
などなど、画像と赤頭巾にに関するコメントがほとんどだった。
「昨日の夜、家に帰ってからYoitter(ヨイッター)でのつぶやきとかオカルト情報専門の掲示板とかいろいろ調べてみたんですけど……このくらいしか出てこなくて」
「……ふむ、死体の画像はどうやら本物のパラサイトのようだね。体の刀傷はやはり赤頭巾の仕業か」
「あ、あの……どうしてその死体がパラサイトだって、言えるんですか?」
霧原が紙から顔をあげると、青が疑問を口にする。
「髪と肌の色、不自然に歪んで変形した腕。それからほら、刀で斬られた傷から流れた血の色が緑色だ……。人ではまずありえない」
「へ、へえ……なるほど」
「じゃあ……なんで赤頭巾はパラサイトを殺すんですか?」
「……わからない。その理由は私が逆に彼女に聞きたいくらいだよ」
そう言う霧原の表情が少しずつ険しくなる。
「……いくら相手がパラサイトだからって、誰彼構わずに殺すのは殺人と同じだ。そうは思わないか?」
「そうですよね……それは思います。アタシも……今は一応パラサイトだから。ね、青もそう思わない?」
「僕は、いえ僕も…黒河と同じ気持ちです」
青はそこで中学校の旧校舎でパラサイトと化した朱莉の異様な姿に遭遇した時を思い出してしまい、頭をふってイメージをかき消す。パラサイトだからって……必ずしも悪意がある者ばかりではない、はずだ。
*
一方その頃。
「ったくもう、麻田のやつ。こんなことならもっと寝ててもよかったのに!」
宵ヶ沼支部の入る廃ビルを監視するため、朝から近くの公園のベンチで待機していた由利香は、舌打ちしながらスマートフォンに手を伸ばして支部の麻田に電話する。
『はい、こちらパラサイト課の黒森支部ですが……』
「倉橋だけど。ちょっと麻田、アンタちゃんとモニターしてるの? 全然あいつらこないじゃない‼︎」
由利香は麻田が出た瞬間、開口一番に不満を爆発させた。
『うわ、由利香⁉︎ 急に大きな声ださないでくれないか、耳が痛い』
「言い訳する暇があるなら、さっさとパラサイト探しなさいよ‼︎」
『モニターはしてるよ。まだ反応がないんだからそんなこと言っても仕方ないだろ?』
麻田は由利香の不満に言い返そうとしてやめる。そんなことをしても、逆にさらに彼女の怒りを買うだけだ。
『じ、じゃあ15時ごろまでそこにいて、俺から連絡がなかったら今日はもういいよ。夜まで休んでていい』
「ふーん……いいわ。15時までね、了解。ならそれまでモニターよろしく」
由利香はそれだけ言うと通話をまた一方的に切った。15時になるまでまだ30分以上ある。暇だ。さすがに監視なので、着なれた赤いフード付きマントはホテルのクローゼットに置いてきた。今、由利香が着ているのは通っている中学の制服だ。スカーフだけワインレッドで花柄のワンピースとセットで揃えたものにしてきた。
(……暇つぶしに投稿用の動画でも編集しておくか)
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(……霧原さん、大丈夫かな)
『キリハラよく寝てるなー、たぶん疲れたんだろうな』
「そうね、しばらくはそっとしておきましょう」
パラサイトくんは羊子が開くパソコンの画面上の情報を見ながらつぶやく。
(せっかくだから、昼に黒河さんたちが持ってきてくれた画像とYoitter(ヨイッター)の書き込みをもう少し調べよう。霧原さんを起こすのはそれからでいい)
研究室の窓の外に見える夕日がオレンジから少しずつ赤や青が混ざった言葉では表現できないような色合いに変わってゆく。
『……うーん、調べても調べても終わらないなあ。おいらなんか疲れてきた気がする』
「ありがとう、あとは私が調べるからパラサイトくんは少し休憩してて」
キーボードから机の上に下りて、羊子がインターネット上からピックアップした記事や文章が印刷された紙をあちこち走り回って目を通していたパラサイトくんがぼそりとひとりごちる。
『……ぅげっ⁉︎』
突然パラサイトくんが悲鳴ともつかないような奇妙な声を出し、紙を読む手を止めて体を硬直させる。羊子はその様子に気づいて声をかけた。
「どうしたの、急に?」
『ヨーコ……こんなこと今言うのもなんだけど、キリハラがそろそろ起きるかも』¥¥
「え?どういうこと?」
『こっ……この部屋すぐに出たほうがいい……‼︎』
羊子がその意味を問い返す前にパラサイトくんは研究室のドアまでダッシュし、早く早くと小さな手で手招いている。
『ヨーコ!早く‼︎』
パラサイトくんのいつになく焦った声に羊子はわけのわからないまま、ドアを開けて外に出る。
『……ドア閉めて。とにかく外から思いっきり押さえてほら早く‼︎』
「ちょっと、ほんとに一体なんなの。霧原さんが起きそうなだけでしょう?」
『だからだよ……‼︎ ヨーコは知らないだろう、キリハラがパラサイトに変わるところ』
パラサイトくんがそこまで言った直後、研究室の中から絶叫が響いた。そのこの世のものとは思えない声に羊子はドアを押さえながら、思わず身を震わせる。
『あ~……始まった。ヨーコおいらがいいって言うまで、絶対にこのドア開けちゃ駄目だからね』
パラサイトくんにそう言われ、ふと目をやった廊下の先。開いた窓から見える空に昇る月が旧校舎で見た日のように赤い色をしている。ああそうか、今夜は月が……。
こんな日はパラサイトが出やすい、といつか霧原が話していたことを思い出す。それはおそらく彼だって例外ではないのだ。
羊子が押さえる研究室のドアが内側から蹴られるような激しい衝撃でガタガタと大きく揺れる。それ以外にも、隙間から低い獣の唸りに似た声が外まで漏れ聞こえてくる。中で物が倒れ、割れるような音が数回した。
(……き、霧原さん)
「ね、ねえ……君はこうなるって知ってたの?」
『うん……。今までに何回か見てるし知ってた。でも、ヨーコはきっと初めてだから怖がると思った……だからおいら』
「そっか。うん、ありがとう。でもね……私やっぱり霧原さんのそばにいてあげたい」
羊子はパラサイトくんに目線が合うように膝を曲げてしゃがみ、そう言ってからドアノブに手をかけた。
『ちょっ……待ってヨーコ、まだ入っちゃダメだって‼︎』
パラサイトくんは小さな両手で羊子のはいているパンツスーツの端を引っ張って止めるが、マスコットフィギュアの彼では人1人の力にかなうはずがなかった。ずるずると引きずられたまま、ドアの向こう側に行くしかない。
「……霧原さん、霧原さん大丈夫ですか⁈」
羊子が一歩足を踏み出す。履いている革靴がぴしゃりと音をたてた。下を見ると床に緑の血が飛んでいる。本棚の中の本が落ちて散乱し、壁に大きな爪痕がついている。羊子が部屋の中を見回すと、霧原はベッドの上で膝を抱えてうつむいていた。
「霧原さん?」
『……くるな、柴崎くん』
羊子の鼻が、部屋の中に充満するパラサイトの発する異臭をとらえる。霧原のうずくまるベッドに近づいて行くと、動物が威嚇する時に出すぐるる……という唸り声のような音がした。
「霧原さんほら、怪我とかしてないですか?」
ベッドマットも緑色の血で汚れている。今は無視して羊子は霧原に手を差し出す。うー、という低い唸りが大きくなる。霧原がうつむいたまま唸っているのだとその時になって気づいた。頭をかかえている霧原の腕は肘から指先までが緑の爬虫類の鱗に似たもので覆われ、3本に分かれた指先の爪は長く弧を描いて曲がっていた。
「霧原さん……?」
『……さわるな。いいから、ほっといてくれ。それ以上近づいたら君に何をするかわからない』
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