上 下
6 / 6

4話:小さな善行(下)

しおりを挟む
「見事なもんだねぇ。カルロの奴、ここ最近ずっと畑仕事が大変だったみたいだから、感謝してると思うよ。」
 年季を感じる嗄れた声で老婆が話しかけてきた。鉤鼻に鳶色の瞳、ニカリと笑った口元から、抜けてまばらになった歯が覗いている。彼女が、次の患者だろう。

「あたしはパウラ、最近どうも体調が良くなくてねぇ、歳のせいかとも思ったのだけど。せっかくこんな寒村に、珍しくプリースト様がおいでなさったのだから、診てもらおうと思ってね。」
 うーむ…体調不良か、これも話を聞いて、原因を確かめてから『看破ディテクト』を使う必要があるのだろうか。

「なるほど、体調不良ですか。ナツキさん、実は今の段階では病気には『看破ディテクト』を使う事が出来ません。」
…えっ!マジか。

「簡単な話なのですが、知識が無ければ『看破ディテクト』で病原菌を特定出来ないからです。」
 確かに、怪我と違って病原菌は明確に捉えられないもんな。しかし、そうなると病気には手がつけられないんじゃないだろうか。医学的な知識なんて少しも無いぞ。

「勿論、今のナツキさんでは知識から病原菌を特定して対処するなんてことは土台無理な話です。なので病気の場合には、対象の免疫力を強化する、『活性化アクティベーション』や体温を適切に保つ『体温調節サーモレギュレーション』を使用しで下さい。よほど厄介な病気じゃない限りこれで何とかなります。」
 はー、ナルホド。自力で治すのを手助けするわけか。言われた通りにパウラさんに『活性化アクティベーション』をかける。

「はい、これで終わりです!あとはしっかり食事をとって、早めに休んで安静にしで下さい。」
「こんな老いぼれにありがとうねぇ。なんだか元気になって来たみたいだよ。」
 あくまで免疫力を高めただけなので、元気になったというのはプラシーボ効果だろう。

 もう一人の患者も腰の怪我だったので、順当に治療を行い、何はともあれ無事終了した。


 治療の後には、村長宅で食事をご馳走になった。メニューはポトフの様なスープに、独特の酸味がある黒いパン。
 ……ご馳走になっておいて贅沢を言うのも憚られるが、正直あまり美味しく無かった。スープは非常に薄味で、肉などは入っていない。よく言えば素材の味を楽しめる、悪く言えば素材の味しかしない。パンの方は日保ちさせる為か非常に堅いのでスープに浸けてふやかしながら食べる必要があった。
 飽食の国である日本にいた身としては、美味しい食事を自分で用意するという事が急務の課題に感じられるのだった。

 さて、この世界に降り立ってから何かと忙しく、いい加減に気も体も疲れきっていたし明日も朝早いので、食事を終えた後には村長との会話もそこそこに空き家へ案内して貰った。

 案内された空き家は、普段からこまめに管理されて居るのか、はたまた治療中に掃除をして置いてくれたのか埃っぽい事もなく清潔な様子だった。村長に聞くと時折、行商に来た商人やアスナロの様な狩人が泊まっていくのだそうだ。
 室内には簡素な木製の机に椅子が二脚、タンスとベッドが二つ少し離れて置かれていた。ベッドには藁が敷き詰められ、その上から麻のシーツが掛けられている。

「ソレニシテモ、ナツキ殿ノ魔法ハ見事ダッタ!コレマデニサゾ多クノ人々ヲ救ワレテ来タノダロウ。…オット失礼シタ、ナツキ殿モ今日ハオ疲レダロウ、明日ニ備エテモウ休モウ。オレモ死ニカケタカラナ、ヘトヘトダ。」

 アスナロとの軽い雑談を切り上げてベッドに横になる。乾燥した藁の匂いが香った。相当疲れていたのだろう、あまり寝心地の良いベッドでは無かったが、目を瞑るとあっという間に睡魔がやってきた。

「ナツキさん。1日目にしてはなかなか上出来でしたよ。おやすみなさい。」
 微睡みの中、リーディエルが囁く声が微かに聞こえる。ああ、おやすみ………。

 こうして忙しい異世界での1日目を、そこそこの達成感と共に終えたのだった。

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...