恋の微熱に溺れて…

和泉 花奈

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16度:過去と未来と誓いの約束…

64話

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走ってその場を逃げ出したはいいものの、この先彼とどう向き合ったらいいのか分からない。
このままお付き合いを続けていてもいいのだろうか。私と別れたところで慧くんの想いが報われるわけではない。
でも彼の想いを知ってしまった以上、これまで通りに接することはできない。
向き合いたくても向き合えない。ちゃんと彼と向き合った瞬間、私と彼の関係はここで終わってしまう。
それが怖い。彼と別れたくない。今の私には現実逃避をする以外、手段がなかった。
彼との将来についてたくさん考えた。同棲や結婚…など。これから楽しみなことで溢れていたのに。
こんなにも呆気なく終わってしまうなんて思ってもみなかった。
もうお先真っ暗だ…なんて途方に暮れていたら、慧くんから電話がかかってきた。
どうしよう…。電話に出たいけど出たくない。
でもこのまま慧くんからの着信を無視するわけにはいかない。頭では分かっていても、心が追いつかない。
どうしたらいいのか分からず、焦って間違えて応答ボタンを押してしまった。

『もしもし…京香さん……っ、』

電話越しの慧くんの声は息が上がっている。どうやら必死に私を追いかけて探してくれているみたいだ。

『どこにいますか?今から俺がそっちに向かいます…』

ってきりまだあの女性と居るのだとばかり思っていたので、追いかけてきてくれたことにまず安堵した。

「電車に乗って自宅の最寄駅で降りて、もうすぐ自宅に着くところです」

気がついたら自宅近辺にいた。今日はどちらにせよ慧くん家に行く気分ではなかったので、まっすぐ自宅に帰宅していたと思う。

『分かりました。自宅で待っててください。今からそっちへ向かうので』

そう言って慧くんは電話を切った。私は言われるがままに自宅へと帰り、彼が来るのを待った。
彼を待つこと数十分後、玄関のインターフォンのチャイムが鳴った。

「はい…」

カメラには彼の姿が写っていた。必死にここまで追いかけてきた彼の姿が…。

『慧です。京香さん、開けてください』

ここまで追いかけてきてくれた彼を追い返すなんてことはしない。
なので玄関の鍵を開錠した。

「どうぞ。中に入って」

私が玄関の扉を開けると、彼は「お邪魔します」と言ってから家の中へ入ってきた。
そういえば今まで慧くんが家へ来ることはなかった。一応、自宅の住所は何かあった時のために伝えていたが、ずっと慧くん家で過ごしていたことにこのタイミングで気づいた。

「京香さん、先程のことについて俺から説明させてください」

いきなり本題に触れてきた。私は内心焦っている。現実に直面しなくてはならないから。

「分かった。その前にお茶だけは出させて」

一旦、逃げた。それぐらいの猶予は欲しいと思った。
冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに麦茶を注いだ。

「はい、お茶をどうぞ」

私がお茶を差し出すと、慧くんは「ありがとうございます」と言って、お茶を飲んだ。
一呼吸間を置いてから話し始めた。

「俺と先程の女性は元恋人関係でした。とは言ってもお付き合いしていたのは高校生の間だけで。ある日突然、向こうから別れを告げられてお別れすることになったので、実際にお付き合いしていた期間は半年くらいでした」

元恋人…ということは二人が話しているのを盗み聞きしていた時に知ったので、今更驚きはしなかった。
でもまさか高校生の時にお付き合いしていた相手とは思わなかった。もっと直近だと思っていた。

「別れてから数年後、俺の前に兄の彼女として現れたんです。俺としては元恋人が兄の恋人として現れたこと、兄が俺と付き合っていたことを知っているのか知らないのかが分からなくて、兄のことを思うとあまりあの人とは関わりを持ちたくないと思って距離を置いてました」

あの日、慧くんは電話に応じなかった。あの日の言い訳をしてくれているみたいだ。
訳を知れて安心した。それと同時に慧くんがこれまでどれだけ辛い想いをしてきたのかを知り、彼の心の痛みに私も胸を痛めた。

「俺はもうあの人に未練なんて一切ありません。だから電話に応じなかったのは深い関わりを持ちたくなかったからです。京香さんに嫌な思いをさせてしまい、本当にごめんなさい……」

あの場面では勘違いしてもおかしくない。
でもそれ以上にあの女性に対して怒りが湧いた。あの女性を許せないと思った。

「そんなのずっと避けるに決まってるじゃない。慧くんの気持ちをもっと大事にしてよ…。こんなのあんまりだよ……」

怒りが抑え切れなくなり、想いが溢れ出た。
次の瞬間、慧くんに抱きしめられた。

「もういいんです。俺には京香さんがいるので。京香さんに出会えて、俺は充分幸せなんです…」

彼の抱き締める力から想いが伝わってきた。
本当に彼はもう過去に未練はないみたいだ。そして私を大事に想っていることもちゃんと伝わってきた。

「私も慧くんに出会えて幸せだよ。だからさっきはすごい焦った。慧くんを失うんじゃないかって…」

この際、自分の想いをぶつけてみた。今の私達には自分の気持ちを素直に打ち明けることが大事だと気づいたから。

「そんなこと絶対にあり得ません。俺は絶対に京香さんを手放さないので。俺の方こそ京香さんを失うなんてことになったらこの世の終わりです」

彼にそんなことを言われてしまったら、私の方こそ彼を手放せなくなってしまう。
彼がいない人生なんてもう考えられない。彼がいなかったら私は恋愛経験がないまま人生を終えていたと思う。
それぐらい彼の存在は私にとって大きくて。彼にとっても私が同じ存在であったことが本当に嬉しかった。

「それは私の方こそだよ。私だって慧くんしかいないもん。これまでも、そしてこれからも…」

先程までの私はもうこの世の終わりを感じていた。
でも今は違う。また彼との将来について信じることができた。
だからもう何も怖いものなんてない。絶対に彼の隣に居ると誓った。

「京香さん。俺はもう過去から逃げません。なので兄貴の結婚式に参加します。だから京香さんも兄貴の結婚式に参加してください。俺の婚約者として一緒に…」

これはもう彼からプロポーズを受けたということでいいんだよね?
突然のプロポーズに私は驚きと嬉しさが入り混ざり、言葉を失った。

「…京香さん、あの……」

私が何の反応も示さないので、不安になった慧くんが私の答えを確かめてきた。
私の答えはもちろん一つしかなかった。

「私が慧くんの婚約者として、お兄さんの結婚式に参加していいのであれば、是非よろしくお願いします…」

まさか同棲という過程をすっ飛ばして、いきなり婚約者に格上げした。
色々順番が前後左右したが、お互いに将来のことを思えばそんなの大したことではない。
これから私は彼の彼女からお嫁さんになる。未だに信じられない。私が慧くんのお嫁さんになるなんて…。

「もっとちゃんとしたプロポーズがしたかったんですけど、もう何ふり構っていられないと思ったらつい…」

慧くんからしたらプロポーズに向けてプランが色々あったのかもしれないが、私からしたらどんな形であれ慧くんにプロポーズをしてもらえて嬉しかった。

「俺はまだ社会人になりたてなので、まだまだ経済的に頼りないですが、これから頑張って京香さんを支えていくと誓います!絶対に京香さんを幸せにします!俺と結婚してください」

彼が頼りないなんて思ったことは一度もない。寧ろ頼りになると思ったことの方が多い。
慧くんは年下だから色々気にしているみたいだが、私は慧くんと一緒に居られるだけで幸せだ。
それにうちの会社の給料は、経済的にも申し分ない給料だ。これからもっと彼は経済的にも頼りになるに違いない。

「私は慧くんと結婚したい。なのでこれからも末永くよろしくお願いします…」

この日、私達は恋人から婚約者になった。
たったそれだけのことで、私の心は一気に地獄から天国へと変わった。
これからは彼と人生を共に歩んでいく。その覚悟を胸に私は彼の手を掴んだ。彼に永遠の愛を捧げるために…。


           *


私達はまずお兄さんの結婚式に参加するために、婚約者になったことを両家の両親に伝えることにした。
先に慧くんのご家族に…。お義父様もお義母様もお義兄さんも、快く私達の婚約を承諾してくれた。
挨拶をするまで知らなかった。実は慧くんにお姉さんがいたということを…。
慧くんのお姉さんは背が高くて、美人な方で。思わずお姉さんに見惚れてしまうくらい、美しい方だなと思った。
そして慧くんの元恋人であり、現在はお義兄さんの恋人でもある霞美さんにもちゃんと挨拶をした。
慧くん家に挨拶へ伺った時、霞美さんも同席していた。霞美さんはもう羽月家の一員なので、同席しているのは当然だ。
今まで霞美さんに対して蟠りがあった慧くんは、ぎこちないまま霞美さんに挨拶をしたが、徐々に霞美さんと普通に接していた。
私はそんな彼の姿を見て安堵した。もう彼は完全に過去を断ち切ることができたから。

「京香さんと慧はいつ結婚式を挙げるの?」

突然、お義母様から聞かれた。どうやらお義母様は私達がどこまで準備を進めているのか気になっているみたいだ。
しかし残念ながらまだそこまで準備が進んでいない。この間プロポーズをされたばかりなのに、式場が決まっているはずがない。
それにまだ一緒に住む家すら見つかっていない。そんな状態でまだ結婚式まで考える余裕がなかった。これから考えるところだ。

「これから二人でゆっくり決めるよ。俺達はまず一緒に住む家を探すところからだから」

早く一緒に住みたい。そう思いつつも仕事に追われている毎日。
なかなか条件に合う家が見つからないので、思いのほか時間がかかってしまっている。
そろそろ見つけないと、このままでは一緒に住むことすら危うくなってしまう。

「そうなのね。早く見つかるといいわね。そうだ。京香さんさえ良ければうちの土地が余ってるから、そこに家を建てない?」

慧くん家は都内にあるため、ここから職場へ通うことは可能だ。
私は慧くんとご両親さえ良ければ、それでも構わないと思っている。

「母さん、それはまだ気が早いよ。それよりも兄貴達の方が先に家を建てることになるんじゃない?」

どうやら慧くんは私達のことより、お兄さん達のことを気にしているみたいだ。
それに金銭的なことを考えると、今の私達に家を建てるなんてことは無理だ。
まず先に結婚式の資金を貯めることが先だ。それからじゃないと家を建てることを考える余裕すらない。

「慧の言う通りだぞ。俺達の方が順番的に先に確認するところだろ?…まぁ、慧がここに建てたいっていうなら慧に譲るけど、俺は慧がいいならここに家を建てたい。霞美には許可を得てる。だから父さん、母さん、ダメかな?」

どうやらお兄さん達の方が、家を建てることを考えていたみたいだ。
順番から考えて先にご結婚されているので、考えていてもおかしくはない。
私達はまだ家を建てる…といった話の段階には至っていないので、そこはお兄さん達夫婦が優先されるべきであろう。

「慧はいいの?私達は慧が良ければどちらでも構わないわよ」

ご両親からしたら、お兄さんでも慧くんであっても、傍に居てくれるだけで有難い。
あとは慧くん次第だ。でも慧くんの答えは慧くんの口から聞く前に、私は何となく分かっていた。

「兄貴達が建てたいならそれでいいよ。俺はまだ家を建てるなんて考えられるほど経済的余裕はないし、今はまだ家を建てるより先に二人だけで暮らしたい。兄貴達は子供も考えてたりするだろう?そしたらここに家を建てる方がいいと思う」

慧くんの言葉を聞いて、私は納得した。
これならお義母様も納得して、お兄さん達が家を建てることになるであろう。

「慧が納得してるならそれでいいわ。ただ慧達も家を建てたいと思ったら、私達に相談してね。その時は力になるから」

お義母様にそう言ってもらえて心強かった。
この先のことはまだ何も分からないが、もしそうしたいと思った時は相談に乗ってもらおうと思う。

「分かった。その時はちゃんと相談する」

今まで家族と距離を置いていた慧くんが、ようやく家族と距離を置かずに関わることができる。
主にお兄さんに対して遠慮していた慧くんだからこそ、お兄さん達夫婦に対して踏み込んだ発言をするのはとても勇気が必要だったと思う。
たったそれだけのことかもしれないが、私は内心嬉しかった。やっと慧くんが前へ進むことができたから。

「京香さん、慧と結婚することを選んでくれてありがとうございます。これから家族としてよろしくお願い致します」

お義母様が頭を下げてきた。私も慌てて頭を下げた。

「こちらこそこれからよろしくお願い致します…」

無事に挨拶を済ませることができた。快く交際を認めてもらえて安心した。
後日、うちの親にも挨拶をしに実家へ帰省した。地方なため少し遠いが、お休みを取って会いに行った。
うちの親は私が今まで恋人を紹介したことがなかったので、恋人を連れて帰ってきたということが嬉しかったみたいだ。
両家の両親に私達の婚約を認めてもらえたので、これであとは家を探すのみ。早く私達が一緒に住む家が見つかることを願った。
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