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episode3.過去の話
3話-⑥
綾香さんがこれまでたくさん苦労してきたことは、話しぶりから察するによく分かった。
しかし、それと綾香さんが腐女子であることに関係あるかどうか、まだよく結びつかない。
一体、腐女子を隠してきたこと以上にまだどんなことがあるのだろうか。
「どうやら美咲はお肉よりも先に私の話を聞きたいようね」
これまで頑としても話を聞く体勢に出なかった美咲くんが、ついに話を聞く体勢に入った。
彼なりに覚悟を決めたのかもしれない。きっと今の彼女の発言により、彼女にも隠したい過去があるのだと察したからであろう。まるでかつての自分と重ね合わせるかのように…。
「俺はお前が腐女子であることを隠していたこと自体は別にどうだっていい。でも、俺に対して向けられた言葉は一生許さない。絶対にな…」
「いいよ。一生絶対に許さなくても。許されたいなんて思ってないし、自分でも自分が許せないから…」
ずっと自分を恨み、責め続けてきたのかと思うと、彼女も彼女なりにずっと苦しんできたに違いない。
美咲くんも彼女が許せないし、彼女も自分が許せない。だって過去は取り返しがつかないから。
だからこそ今、彼女が美咲くんに謝罪したいと思ったのかもしれない。この苦しみから解放されるために…。
「綾香…。お前もずっと忘れてなかったってことなのか?」
「忘れるわけないじゃん。あんな人生最悪な日を…」
傷つけられた方もそうだが、傷つけた方も決して忘れられない。それはきっと心にもない言葉を言ってしまったからであろう。
私だって綾香さんと同じ立場だったらきっと忘れられないと思う。だって好きな人を傷つけてしまった罪は絶対に消えないから。
「まぁ、彼氏の家に行ってBL本置いてあったら最悪な日にもなるよな」
まさか美咲くんが自ら進んで自虐ネタを披露するなんて思わなかった。
これも美咲くんなりの優しさだ。綾香さんが覚えていてくれたから、美咲くんも少しだけ綾香さんに心を開こうとしたのかもしれない。
「ううん。それは違う。私が美咲に対して酷い言葉を言ったからだよ。BLに罪はないし、美咲がBL本を所持していたことにも罪はない。私が美咲の好きなものを否定する言葉を言ったのがいけないの…。だから、ごめんなさい」
彼女の言う通り、BLに罪はない。
でも、私はその言葉を言った彼女が完全な悪には思えなかった。
「言われた側はずっと心の中で消えないんだ。でも、ずっと引きずってるほど、俺は女々しくない。それにお前にされたこと以上にもっと酷いことをされたこともあるから、今更お前を責める気にもなれない。だから、お前が話したいことを話してくれ。何か事情があるんだろ?」
綾香さんの目から一筋の涙が零れ落ちた。今まで我慢して閉じ込めていた想いが溢れ出たみたいだ。
「ありがとう…。今からちゃんと話します。まだお肉は運ばれてきていないから、運ばれるまでの間になるべく簡潔に話すね」
綾香さんはゆっくりと昔話をし始めた…。
「私、絵を描くのが好きで、昔はよく絵を描いてたの。って言ってもド下手だから、完全に趣味なんだけど」
私も昔、絵を描いていた時期がある。就職を機に辞めてしまったが…。
「へー。綾香って絵描くの好きだったんだ。知らなかった」
「美咲と出会った頃は周りにヲタクだってことを隠して生きてたからね」
どうやら美咲くんも綾香さんが絵を描くことは知らなかったみたいだ。
それに綾香さんも美咲くんと出会う前に何やら色々あったような口振りだ。
「どうして綾香さんはヲタクであることを隠すようになったんですか?」
私が踏み込んでいいのか分からなかったが、思い切って土足で踏み込んでみた。
これで嫌そうな顔をされたら、これ以上深くは踏み込まないようにしようと決めた。
「中学時代によく休み時間に一人で絵を描いてたの。その頃は平気でヲタクであることをオープンにしてて、クラスメイトにも一人で絵を描くのが好きな女の子として認知されてた」
美咲くんと同様、綾香さんの周りにもヲタクへの理解者がいない環境にいたみたいだ。
改めて自分の環境がとても恵まれていたのだと思い知った。
「だけど、中学二年生のクラスの時、カースト上位の子達と同じクラスになっちゃって…。私はその子達の弄りの対象になってしまったの」
女性社会には暗黙のルールとしてあるカースト競走。自分の知らないうちにランク付けされており、いつの間にか自分の順位が決まっている。きっと私も知らないうちにランク付けされていたのだと思う。
今まで自分自身が気にしたことはなかったので、それにより苦しまされたことや虐めを受けたことは幸いなかった。
「女子って怖えーな。そんなことまであんのかよ…」
男性には本当の女性の社会なんて知るはずがない。表面上は可愛くニコニコしていても、腹の中では何を考えているのか全く分からないのが女性なのであった。
「よくあることだよ。二次元の女の子達は皆、心が綺麗だけど、三次元なんて男絡みで人間関係崩壊していくものだからね」
私の話を聞き、美咲くんはまるでこの世の終わりみたいな顔をしていた。
「茜ちゃん…やりすぎ。美咲がもうキャパオーバーだわ」
少しやりすぎてしまったみたいだ。すまない美咲くん…。
「ごめん。美咲くん。まさかここまでショックを受けるとは思ってもみなかった…」
「いや、大丈夫。俺ももう女性に夢は見てないから」
彼も彼なりに苦しんできた過去がある。そんな彼が今更、夢なんて見るはずもないか。まぁ、傷を抉ってしまったかもしれないが…。
「それはごめん。私のせい…だよね?」
「いや、お前のせいではないよ。お前は自分のせいだと思い込んでる節があるけどさ、お前よりもっと酷い言葉を浴びせてきた奴とかいたぞ」
私には計り知れないが、彼が女性から浴びせられてきた言葉はきっと心に大きな傷を残すほどの言葉だったのだと思う。
わざわざSNSのアカウントを女性だと思わせるようにするほどまでに…。
「え?美咲も訳ありなの?あんたも色々あったのね…」
「そりゃ色々ありますよ。俺だって伊達に二十六年生きてませんから」
どうやら美咲くんは、私の一つ歳上だということが今更、発覚したのであった。
「美咲くんって私より一つ上だったんだね。知らなかったよ」
「そういえば俺達、年齢とか教え合ってなかったんもんな」
年齢を気にする余裕すらなかった。だって女性が来るのだとばかり思い込んでいたら、実際目の前に現れたのは男性だったのだから。
「あんたたちずっと知らないで仲良くしてたの?」
「えっと…それには色々事情がありまして…。ま、それもこれも美咲くんの名前のせいというか、偽りの姿でSNSをやっていたからというか…」
「そういえばさっき自己紹介で言ってたわね。SNSで知り合ったのよね。それにしてもよく会う気になったわね。男とオフ会なんて怖くない?SNSって下世話な男も混ざってるし」
確かに最初は怖かった。それでも私は美咲くんに対して不思議とそう感じたことは今まで一度もなかった。
「そういった方達もいるかもしれないですが、美咲くんはやり取りしててそういった不安を感じたことはなかったです。寧ろ性別が男性だったと教えてもらえた時、嬉しかったんです。心を開いてもらえたような気がして…」
「それはよかったと言いたいところだけども、あんたネカマしてたの?信じらんない。こんな良い子を騙すなんて…」
「騙してはいない。名前を美咲で登録してるから、よく女性だと勘違いされることが多くて。性別を明記せずにSNSをやってるだけだ」
美咲くんの開き直り方があまりにも潔かった。今思えば、色々アウトのような気がするが…。
「…まぁ、嘘はついてないからセーフっちゃセーフだけども。明記しないのは詐欺ね」
「ご最もすぎて反論できねー……」
「それなのに、よく今も仲良くやっているわね。私ならその時点で即逃げるわ」
普通ならそうだと私もそう思う。
でも、何故か私は美咲くんを放ってはおけなかった。
「茜ちゃんは良い子だから、俺の良さを分かってくれたんだよ」
「ふーん。あっそ。それよりも私の話に戻すわね」
相変わらず綾香さんは自分のペースを崩さない人だなと思った。
美咲くんも何かを諦めたような表情をしていた。
「いつも通り休み時間にイラストを描いていたんだけど、その時の私は何も考えずに絵を描いていたから、思わず男同士の絡みの絵を学校で描いてしまったのよ」
何ともヘビーな挑戦なのだろうか…。私でもさすがにそれはできない。周りに理解者しかいなかったとしても…だ。
「綾香さん…それはさすがにかなりの勇者ですね」
「今思えば自分でもそう思うわ。あの頃は純粋だったから、自分の好きなものに対して恥ずかしいって感情がなかったのよね」
私達の時代は今よりヲタクに対して偏見がまだある時代だった。それでもヲタクであることを恥だと思わず、オープンな人もいた。
私もどちらかといえばオープンな方ではあったが、さすがにBLに関しては本当に信頼できる仲間内にしか明かしていなかった。
あとは家族くらいだ。とはいえども、姉とお母さんくらいだが…。
父には明かしていないが、察していると思う。いや、そもそもBLについて知らないという可能性もあるので、多分バレていないはず…。そうだと思いたい。
「恥ずかしいって思う観点は人それぞれですもんね。子供の観点って時に恐ろしいですし」
「本当それよ。当時の私は堂々と男の子同士が絡む絵を描くことができた。しかもただイケメン同士が仲睦まじくしている絵だったらなんとか免れることができたかもしれない。まさかの…そう、裸で絡み合う絵を描いていたのよ……。穴があったら入りたいわ。あー…マジ黒歴史だわ」
それは確かに穴があったら入りたいくらい、黒歴史のレベルの中でもマックスだと思う。
「お前…それすごい過去だな。それでよく俺に腐男子は嫌い、生理的に無理とか言えたな」
「その件に関しては本当にごめん…。寧ろその出来事がトラウマになっちゃって。あれから暫くの間は私の中でBLは地雷だったの。だから思わず、心にもないことを言ってしまいました…」
地雷になるほどトラウマになったということは、つまり…。
「えっと…それって先程仰っていた絵のことが関連しているんですか?」
「そうよ。前置きで話した通り、クラスでカースト上位の女子達に私が席を立っていない間に勝手にノートを見られてしまって。クラス中に広めてバカにされたの。それから私はこう呼ばれるようになったわ。男の裸が好きな変態女…ってね」
人の趣味は他人にとやかく言われる筋合いなんてない。それでも学校という狭い社会において、人と少しでも違うところがあれば、粗を探して人を虐げる。
そうやって自分が優位に立つ方法しか知らない人達もいて。その裏で涙を流している人がいるなんて誰も知らない。
「それまで仲良くしてくれていた友達も離れていき、それから私はずっとクラスでぼっちで苦しかった。中三になってクラス替えをして、虐めっ子達とはクラスも離れたお陰で、バカにされることもなくなって、なんとか平穏に暮らしてたけど、あれから怖くて、専門学校に通うくらいまでBLからは離れてた…」
相当深い傷を負ったみたいだ。そして、それはきっと中学時代のことだけではなく、美咲くんを傷つけたことも含めてなのだと悟った。
「そうだったのか…。そりゃ俺ん家に来てBL本見つけたらさぞ辛かっただろうな」
少し美咲くんの声に優しさが含まれているように感じた。きっと美咲くんは当時の自分が彼女の痛みを分かってあげられなかったことが悔しいのだと思う。
「ごめんな。俺も気づいてあげられなくて。まずはお前の事情を聞くべきだったな」
「いや、さすがにあの状況でそれは無理でしょ。私、あんたに酷い言葉浴びせて逃げちゃったし…」
せっかくの初めてのお家デートが悲惨な日になってしまったのだと思うと、男子高校生にとっては精神的にかなり厳しい状況なはず…。
それなのに、自分のことより好きな人を優先しようとするところが美咲くんらしいなと思った。
「ふふ…」
思わず微笑んでしまった。だってこの二人、あまりにも似たもの同士過ぎるから。
「な、なんで笑うの?何かおかしかった?」
「さすがに今のは笑うところではないと俺もそう思うが…」
「だって二人共凄く似ているから。見ていて微笑ましい気持ちになっちゃって。そしたら思わず笑ってしまいました…すみません……えへへ……」
すると二人が同時に、「はぁ…」と溜息を零し始めた。
私は何故、二人が呆れているのか、その理由が分からなかった。
「なんだか段々バカらしくなってきたわ。とりあえず、今までのことはごめんなさい。そして、不躾なお願いだと分かっているわ。それでもよかったら、これからもよろしくお願いします……」
美咲くんは笑顔でこう答えた。
「お前が過去にやったことはこれからも一生俺は忘れることはできない。でも、過去のことを洗いざらい正直に話してくれたから、とりあえず一旦水に流す。もう次はねーからな。覚悟しておけよ?」
綾香さんの目から一筋の涙が零れ落ちた。
しかし、笑っていた。どうやら嬉しさのあまり、感動して泣いてしまったみたいだ。
「分かってるわよ。もう二度とこんなことはしないわ…」
こうして二人の間にあった蟠りは解消され、仲直りできたのであった。
しかし、それと綾香さんが腐女子であることに関係あるかどうか、まだよく結びつかない。
一体、腐女子を隠してきたこと以上にまだどんなことがあるのだろうか。
「どうやら美咲はお肉よりも先に私の話を聞きたいようね」
これまで頑としても話を聞く体勢に出なかった美咲くんが、ついに話を聞く体勢に入った。
彼なりに覚悟を決めたのかもしれない。きっと今の彼女の発言により、彼女にも隠したい過去があるのだと察したからであろう。まるでかつての自分と重ね合わせるかのように…。
「俺はお前が腐女子であることを隠していたこと自体は別にどうだっていい。でも、俺に対して向けられた言葉は一生許さない。絶対にな…」
「いいよ。一生絶対に許さなくても。許されたいなんて思ってないし、自分でも自分が許せないから…」
ずっと自分を恨み、責め続けてきたのかと思うと、彼女も彼女なりにずっと苦しんできたに違いない。
美咲くんも彼女が許せないし、彼女も自分が許せない。だって過去は取り返しがつかないから。
だからこそ今、彼女が美咲くんに謝罪したいと思ったのかもしれない。この苦しみから解放されるために…。
「綾香…。お前もずっと忘れてなかったってことなのか?」
「忘れるわけないじゃん。あんな人生最悪な日を…」
傷つけられた方もそうだが、傷つけた方も決して忘れられない。それはきっと心にもない言葉を言ってしまったからであろう。
私だって綾香さんと同じ立場だったらきっと忘れられないと思う。だって好きな人を傷つけてしまった罪は絶対に消えないから。
「まぁ、彼氏の家に行ってBL本置いてあったら最悪な日にもなるよな」
まさか美咲くんが自ら進んで自虐ネタを披露するなんて思わなかった。
これも美咲くんなりの優しさだ。綾香さんが覚えていてくれたから、美咲くんも少しだけ綾香さんに心を開こうとしたのかもしれない。
「ううん。それは違う。私が美咲に対して酷い言葉を言ったからだよ。BLに罪はないし、美咲がBL本を所持していたことにも罪はない。私が美咲の好きなものを否定する言葉を言ったのがいけないの…。だから、ごめんなさい」
彼女の言う通り、BLに罪はない。
でも、私はその言葉を言った彼女が完全な悪には思えなかった。
「言われた側はずっと心の中で消えないんだ。でも、ずっと引きずってるほど、俺は女々しくない。それにお前にされたこと以上にもっと酷いことをされたこともあるから、今更お前を責める気にもなれない。だから、お前が話したいことを話してくれ。何か事情があるんだろ?」
綾香さんの目から一筋の涙が零れ落ちた。今まで我慢して閉じ込めていた想いが溢れ出たみたいだ。
「ありがとう…。今からちゃんと話します。まだお肉は運ばれてきていないから、運ばれるまでの間になるべく簡潔に話すね」
綾香さんはゆっくりと昔話をし始めた…。
「私、絵を描くのが好きで、昔はよく絵を描いてたの。って言ってもド下手だから、完全に趣味なんだけど」
私も昔、絵を描いていた時期がある。就職を機に辞めてしまったが…。
「へー。綾香って絵描くの好きだったんだ。知らなかった」
「美咲と出会った頃は周りにヲタクだってことを隠して生きてたからね」
どうやら美咲くんも綾香さんが絵を描くことは知らなかったみたいだ。
それに綾香さんも美咲くんと出会う前に何やら色々あったような口振りだ。
「どうして綾香さんはヲタクであることを隠すようになったんですか?」
私が踏み込んでいいのか分からなかったが、思い切って土足で踏み込んでみた。
これで嫌そうな顔をされたら、これ以上深くは踏み込まないようにしようと決めた。
「中学時代によく休み時間に一人で絵を描いてたの。その頃は平気でヲタクであることをオープンにしてて、クラスメイトにも一人で絵を描くのが好きな女の子として認知されてた」
美咲くんと同様、綾香さんの周りにもヲタクへの理解者がいない環境にいたみたいだ。
改めて自分の環境がとても恵まれていたのだと思い知った。
「だけど、中学二年生のクラスの時、カースト上位の子達と同じクラスになっちゃって…。私はその子達の弄りの対象になってしまったの」
女性社会には暗黙のルールとしてあるカースト競走。自分の知らないうちにランク付けされており、いつの間にか自分の順位が決まっている。きっと私も知らないうちにランク付けされていたのだと思う。
今まで自分自身が気にしたことはなかったので、それにより苦しまされたことや虐めを受けたことは幸いなかった。
「女子って怖えーな。そんなことまであんのかよ…」
男性には本当の女性の社会なんて知るはずがない。表面上は可愛くニコニコしていても、腹の中では何を考えているのか全く分からないのが女性なのであった。
「よくあることだよ。二次元の女の子達は皆、心が綺麗だけど、三次元なんて男絡みで人間関係崩壊していくものだからね」
私の話を聞き、美咲くんはまるでこの世の終わりみたいな顔をしていた。
「茜ちゃん…やりすぎ。美咲がもうキャパオーバーだわ」
少しやりすぎてしまったみたいだ。すまない美咲くん…。
「ごめん。美咲くん。まさかここまでショックを受けるとは思ってもみなかった…」
「いや、大丈夫。俺ももう女性に夢は見てないから」
彼も彼なりに苦しんできた過去がある。そんな彼が今更、夢なんて見るはずもないか。まぁ、傷を抉ってしまったかもしれないが…。
「それはごめん。私のせい…だよね?」
「いや、お前のせいではないよ。お前は自分のせいだと思い込んでる節があるけどさ、お前よりもっと酷い言葉を浴びせてきた奴とかいたぞ」
私には計り知れないが、彼が女性から浴びせられてきた言葉はきっと心に大きな傷を残すほどの言葉だったのだと思う。
わざわざSNSのアカウントを女性だと思わせるようにするほどまでに…。
「え?美咲も訳ありなの?あんたも色々あったのね…」
「そりゃ色々ありますよ。俺だって伊達に二十六年生きてませんから」
どうやら美咲くんは、私の一つ歳上だということが今更、発覚したのであった。
「美咲くんって私より一つ上だったんだね。知らなかったよ」
「そういえば俺達、年齢とか教え合ってなかったんもんな」
年齢を気にする余裕すらなかった。だって女性が来るのだとばかり思い込んでいたら、実際目の前に現れたのは男性だったのだから。
「あんたたちずっと知らないで仲良くしてたの?」
「えっと…それには色々事情がありまして…。ま、それもこれも美咲くんの名前のせいというか、偽りの姿でSNSをやっていたからというか…」
「そういえばさっき自己紹介で言ってたわね。SNSで知り合ったのよね。それにしてもよく会う気になったわね。男とオフ会なんて怖くない?SNSって下世話な男も混ざってるし」
確かに最初は怖かった。それでも私は美咲くんに対して不思議とそう感じたことは今まで一度もなかった。
「そういった方達もいるかもしれないですが、美咲くんはやり取りしててそういった不安を感じたことはなかったです。寧ろ性別が男性だったと教えてもらえた時、嬉しかったんです。心を開いてもらえたような気がして…」
「それはよかったと言いたいところだけども、あんたネカマしてたの?信じらんない。こんな良い子を騙すなんて…」
「騙してはいない。名前を美咲で登録してるから、よく女性だと勘違いされることが多くて。性別を明記せずにSNSをやってるだけだ」
美咲くんの開き直り方があまりにも潔かった。今思えば、色々アウトのような気がするが…。
「…まぁ、嘘はついてないからセーフっちゃセーフだけども。明記しないのは詐欺ね」
「ご最もすぎて反論できねー……」
「それなのに、よく今も仲良くやっているわね。私ならその時点で即逃げるわ」
普通ならそうだと私もそう思う。
でも、何故か私は美咲くんを放ってはおけなかった。
「茜ちゃんは良い子だから、俺の良さを分かってくれたんだよ」
「ふーん。あっそ。それよりも私の話に戻すわね」
相変わらず綾香さんは自分のペースを崩さない人だなと思った。
美咲くんも何かを諦めたような表情をしていた。
「いつも通り休み時間にイラストを描いていたんだけど、その時の私は何も考えずに絵を描いていたから、思わず男同士の絡みの絵を学校で描いてしまったのよ」
何ともヘビーな挑戦なのだろうか…。私でもさすがにそれはできない。周りに理解者しかいなかったとしても…だ。
「綾香さん…それはさすがにかなりの勇者ですね」
「今思えば自分でもそう思うわ。あの頃は純粋だったから、自分の好きなものに対して恥ずかしいって感情がなかったのよね」
私達の時代は今よりヲタクに対して偏見がまだある時代だった。それでもヲタクであることを恥だと思わず、オープンな人もいた。
私もどちらかといえばオープンな方ではあったが、さすがにBLに関しては本当に信頼できる仲間内にしか明かしていなかった。
あとは家族くらいだ。とはいえども、姉とお母さんくらいだが…。
父には明かしていないが、察していると思う。いや、そもそもBLについて知らないという可能性もあるので、多分バレていないはず…。そうだと思いたい。
「恥ずかしいって思う観点は人それぞれですもんね。子供の観点って時に恐ろしいですし」
「本当それよ。当時の私は堂々と男の子同士が絡む絵を描くことができた。しかもただイケメン同士が仲睦まじくしている絵だったらなんとか免れることができたかもしれない。まさかの…そう、裸で絡み合う絵を描いていたのよ……。穴があったら入りたいわ。あー…マジ黒歴史だわ」
それは確かに穴があったら入りたいくらい、黒歴史のレベルの中でもマックスだと思う。
「お前…それすごい過去だな。それでよく俺に腐男子は嫌い、生理的に無理とか言えたな」
「その件に関しては本当にごめん…。寧ろその出来事がトラウマになっちゃって。あれから暫くの間は私の中でBLは地雷だったの。だから思わず、心にもないことを言ってしまいました…」
地雷になるほどトラウマになったということは、つまり…。
「えっと…それって先程仰っていた絵のことが関連しているんですか?」
「そうよ。前置きで話した通り、クラスでカースト上位の女子達に私が席を立っていない間に勝手にノートを見られてしまって。クラス中に広めてバカにされたの。それから私はこう呼ばれるようになったわ。男の裸が好きな変態女…ってね」
人の趣味は他人にとやかく言われる筋合いなんてない。それでも学校という狭い社会において、人と少しでも違うところがあれば、粗を探して人を虐げる。
そうやって自分が優位に立つ方法しか知らない人達もいて。その裏で涙を流している人がいるなんて誰も知らない。
「それまで仲良くしてくれていた友達も離れていき、それから私はずっとクラスでぼっちで苦しかった。中三になってクラス替えをして、虐めっ子達とはクラスも離れたお陰で、バカにされることもなくなって、なんとか平穏に暮らしてたけど、あれから怖くて、専門学校に通うくらいまでBLからは離れてた…」
相当深い傷を負ったみたいだ。そして、それはきっと中学時代のことだけではなく、美咲くんを傷つけたことも含めてなのだと悟った。
「そうだったのか…。そりゃ俺ん家に来てBL本見つけたらさぞ辛かっただろうな」
少し美咲くんの声に優しさが含まれているように感じた。きっと美咲くんは当時の自分が彼女の痛みを分かってあげられなかったことが悔しいのだと思う。
「ごめんな。俺も気づいてあげられなくて。まずはお前の事情を聞くべきだったな」
「いや、さすがにあの状況でそれは無理でしょ。私、あんたに酷い言葉浴びせて逃げちゃったし…」
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それなのに、自分のことより好きな人を優先しようとするところが美咲くんらしいなと思った。
「ふふ…」
思わず微笑んでしまった。だってこの二人、あまりにも似たもの同士過ぎるから。
「な、なんで笑うの?何かおかしかった?」
「さすがに今のは笑うところではないと俺もそう思うが…」
「だって二人共凄く似ているから。見ていて微笑ましい気持ちになっちゃって。そしたら思わず笑ってしまいました…すみません……えへへ……」
すると二人が同時に、「はぁ…」と溜息を零し始めた。
私は何故、二人が呆れているのか、その理由が分からなかった。
「なんだか段々バカらしくなってきたわ。とりあえず、今までのことはごめんなさい。そして、不躾なお願いだと分かっているわ。それでもよかったら、これからもよろしくお願いします……」
美咲くんは笑顔でこう答えた。
「お前が過去にやったことはこれからも一生俺は忘れることはできない。でも、過去のことを洗いざらい正直に話してくれたから、とりあえず一旦水に流す。もう次はねーからな。覚悟しておけよ?」
綾香さんの目から一筋の涙が零れ落ちた。
しかし、笑っていた。どうやら嬉しさのあまり、感動して泣いてしまったみたいだ。
「分かってるわよ。もう二度とこんなことはしないわ…」
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