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再会編
04:他人の不幸は面白い
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美代子は絶句した。自分と加奈は、あまりにも境遇が似すぎている。
「......知らなかった」
美代子はうっすらと涙を浮かべた。
「ごめん。私、加奈が本当は私の事が嫌いで、手紙をくれなかったと思ってた」
「まあ、普通はそう思うだろうねー。別に恨んじゃいないよ。本当に恨むべき人間が分かったし。......それよりさ」
加奈はスマホを取り出した。
「LINE教えて。今度飲みに行こう。あんたとは友達にーー」
その時だ。楽器搬入口が勢い良く開いた。
「危ねぇ!!」
加奈は反射的に美代子の腕を引っ張った。物凄い轟音を立てて、銅鑼が転がり落ちて来た。
「すみません!!」
中から気の弱そうなスーツ姿の男が、頭を掻きながら現れた。
「ごめんなさい!! 止めたんですけど!!」
「は?」
加奈は首を伸ばして、大ホールの袖を覗き込んだ。蛍光色の袴を着た、リーゼントの男達が走り回っている。
「マジかー。こんな田舎にもいるんだー」
加奈は引き気味に笑った。美代子は、トランペットを片手に困った顔をしている男を凝視していた。
「......あんた、楽器始めたの?」
「え? ......あ?! 美代子ちゃん?!」
男はようやく頭の整理がついたらしく、目を丸くした。
「誰? 知り合い?」
加奈は、美代子の袖を軽く引っ張った。美代子は、なんとも言えない、むず痒い気持ちで口を開いた。
「安西だよ。安西徹。下校班、一緒だったでしょ?」
「毎日溝に落ちる男!!」
「加奈って、人の覚え方が、さりげなく失礼だよね」
美代子は苦笑し、安西に目を戻した。
「取り敢えず、銅鑼を戻そっか。中、どうなってるの?」
「......清が暴れてる」
「清?! 清って、杉浦清?! あんた友達でしょう?!」
「うん」
「うんじゃない!! 友達なら、止めろよ!!」
美代子は厳しく叱責し、直径1mはある銅鑼を、独りで持ち上げ、搬入口に置いた。
「うわぁ......怪力は健在かー」
加奈はニヤニヤ笑っていた。この状況を楽しんでいるらしい。
会場からは、ひたすら静粛を求める男の声が響いている。徹は、困り果てた表情でボヤく。
「指揮者が逃げちゃったんだよ......。燕尾服の後ろをもぎ取られちゃって」
「犯罪だよね、それ!」
「そうだ!! 美代子ちゃん、吹部だったよね?! パーカッション!!」
「嫌! やだからね! 指揮なんてやらないよ!」
先回りして釘を刺したが、徹は首を横に振った。
「違う違う! バスドラ叩いてくれない? バスドラがいれば、指揮者不在でもなんとかなるし」
「はぁ?! 意味わかんない!! なんで?!」
「打楽器独りしかいないんだよ。九十歳のおじいちゃんが、スネア叩いてる」
「大丈夫かお前のオケ!!」
美代子は頭を抱えた。いや、オーケストラ以前に、主役の新成人に問題がある。
確かに美代子の代は、かなり荒れていたが、それでも大人になれば、皆落ち着くのでは無いかと、どこかで期待していた。駄目だった。
「な! 頼む! ビール奢るから!」
徹は手を合わせて頭を下げた。美代子は嘆息し、明後日の方向を眺めた。
「......分かった。協力する。“見て見ぬフリ”は最低だから」
彼女は搬入口によじ登り、スカートの汚れを払った。徹はヘラヘラと笑いながら歩き出す。
「助かった! 実は、最近、東部地区に大きな交響楽団が出来ちゃって、団員が引き抜かれちゃったんだよ」
「知らねぇよ。その状況で、よく演奏引き受けたな」
「ホント、ホント。馬鹿じゃねえ?」
さりげなく着いて来た加奈の声に、美代子と徹は飛び上がって振り返った。
「なんで、着いてきたの?!」
美代子が訊ねると、加奈は器用に片方の唇の端を吊り上げた。
「人の不幸は面白い!」
「あんたの親の病気が悪化して、同居せざるをえなくなる事を祈っておくよ」
美代子は最悪の文句を良い、舞台袖に置かれていたマレットを手に取った。
「すげぇボロボロ」
「一万五千円だってよ。......十年前に」
徹の言葉を聞いて、美代子は彼の腹をマレットの先でどついて、大きく息を吸った。
(大丈夫。私は虐められっ子の美代子じゃない。東京では、普通に、友達も沢山できた。オーディションも受けた。大勢の前で顔が残念とか言われても、平気なんだから!! だから......だから、大丈夫!!)
ステージに上がると、ライトが顔に辺り、少し温かかった。懐かしい感覚だ。吹奏楽部のコンクール以来。
どうやら暴れているのは、美代子と同じ中学の一部の男子生徒らしく、特攻服の男もいる。杉浦清は、ショッキングピンクの袴を履いて、ステージの上を走り回っていた。トイレットペーパーを持って。
美代子は、ツカツカと楽器の間を通り、物色した後、クラッシュシンバルを持ち上げると、力いっぱい打ち鳴らした。
「......知らなかった」
美代子はうっすらと涙を浮かべた。
「ごめん。私、加奈が本当は私の事が嫌いで、手紙をくれなかったと思ってた」
「まあ、普通はそう思うだろうねー。別に恨んじゃいないよ。本当に恨むべき人間が分かったし。......それよりさ」
加奈はスマホを取り出した。
「LINE教えて。今度飲みに行こう。あんたとは友達にーー」
その時だ。楽器搬入口が勢い良く開いた。
「危ねぇ!!」
加奈は反射的に美代子の腕を引っ張った。物凄い轟音を立てて、銅鑼が転がり落ちて来た。
「すみません!!」
中から気の弱そうなスーツ姿の男が、頭を掻きながら現れた。
「ごめんなさい!! 止めたんですけど!!」
「は?」
加奈は首を伸ばして、大ホールの袖を覗き込んだ。蛍光色の袴を着た、リーゼントの男達が走り回っている。
「マジかー。こんな田舎にもいるんだー」
加奈は引き気味に笑った。美代子は、トランペットを片手に困った顔をしている男を凝視していた。
「......あんた、楽器始めたの?」
「え? ......あ?! 美代子ちゃん?!」
男はようやく頭の整理がついたらしく、目を丸くした。
「誰? 知り合い?」
加奈は、美代子の袖を軽く引っ張った。美代子は、なんとも言えない、むず痒い気持ちで口を開いた。
「安西だよ。安西徹。下校班、一緒だったでしょ?」
「毎日溝に落ちる男!!」
「加奈って、人の覚え方が、さりげなく失礼だよね」
美代子は苦笑し、安西に目を戻した。
「取り敢えず、銅鑼を戻そっか。中、どうなってるの?」
「......清が暴れてる」
「清?! 清って、杉浦清?! あんた友達でしょう?!」
「うん」
「うんじゃない!! 友達なら、止めろよ!!」
美代子は厳しく叱責し、直径1mはある銅鑼を、独りで持ち上げ、搬入口に置いた。
「うわぁ......怪力は健在かー」
加奈はニヤニヤ笑っていた。この状況を楽しんでいるらしい。
会場からは、ひたすら静粛を求める男の声が響いている。徹は、困り果てた表情でボヤく。
「指揮者が逃げちゃったんだよ......。燕尾服の後ろをもぎ取られちゃって」
「犯罪だよね、それ!」
「そうだ!! 美代子ちゃん、吹部だったよね?! パーカッション!!」
「嫌! やだからね! 指揮なんてやらないよ!」
先回りして釘を刺したが、徹は首を横に振った。
「違う違う! バスドラ叩いてくれない? バスドラがいれば、指揮者不在でもなんとかなるし」
「はぁ?! 意味わかんない!! なんで?!」
「打楽器独りしかいないんだよ。九十歳のおじいちゃんが、スネア叩いてる」
「大丈夫かお前のオケ!!」
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確かに美代子の代は、かなり荒れていたが、それでも大人になれば、皆落ち着くのでは無いかと、どこかで期待していた。駄目だった。
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徹は手を合わせて頭を下げた。美代子は嘆息し、明後日の方向を眺めた。
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「知らねぇよ。その状況で、よく演奏引き受けたな」
「ホント、ホント。馬鹿じゃねえ?」
さりげなく着いて来た加奈の声に、美代子と徹は飛び上がって振り返った。
「なんで、着いてきたの?!」
美代子が訊ねると、加奈は器用に片方の唇の端を吊り上げた。
「人の不幸は面白い!」
「あんたの親の病気が悪化して、同居せざるをえなくなる事を祈っておくよ」
美代子は最悪の文句を良い、舞台袖に置かれていたマレットを手に取った。
「すげぇボロボロ」
「一万五千円だってよ。......十年前に」
徹の言葉を聞いて、美代子は彼の腹をマレットの先でどついて、大きく息を吸った。
(大丈夫。私は虐められっ子の美代子じゃない。東京では、普通に、友達も沢山できた。オーディションも受けた。大勢の前で顔が残念とか言われても、平気なんだから!! だから......だから、大丈夫!!)
ステージに上がると、ライトが顔に辺り、少し温かかった。懐かしい感覚だ。吹奏楽部のコンクール以来。
どうやら暴れているのは、美代子と同じ中学の一部の男子生徒らしく、特攻服の男もいる。杉浦清は、ショッキングピンクの袴を履いて、ステージの上を走り回っていた。トイレットペーパーを持って。
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