願いが呪いに変わる時

海風 渚(うみかぜ なぎさ)

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再会編

05:対比

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 美香は、美代子と別れた後、出来るだけ後ろの席に座った。学生時代、友達がいなかったわけでは無いのだが、関係が続かなかったのだ。

 美香自身、人にあまり執着をしない性格で、去るものは追わないので、結局家も近所で、能動的に遊びを企画するタイプの美代子だけが、傍に残ったのだ。

 美代子にとって、美香は大きな助けとなっているが、美香にとっても、美代子は特別の存在だった。だから、美代子を虐めていた人間とは、どんな顔をして会えば良いのか、分からなかった。

 独り者は、独り者同士引かれ合うのか、最初に言葉を交わしたのは、高林百合たかばやし ゆりだった。

「あれ、みかどん。独り?」

 百合の問に、美香は口ごもった。百合と美代子は、小学生時代親友だったが、中学に上がってから仲違いをしている。

「あー......うん。百合は?」

「独りだよ」

 そう答えた百合の顔に、暗さは無かった。美香は意外に思い、ついつい隣の席を勧めていた。

「高校は、どうだったの?」

「殆ど行ってないね。卒業証書だけ貰ってきたけど。そっちは?」

「一緒」

 丁度その時、会式の宣言が始まったが、誰も聞いていない。というか、前の方に座っている何人かは、明らかに暴れる機会を伺っている。

「ヤバいなーアレ。きよちゃんだよね?」

 百合の指す先に、清がいた。もう既に、椅子の上に立っている。

 そして、嫌な予感は的中した。地元の交響楽団が、市歌を演奏するために入場してくると、馬鹿数人が舞台に這い上がり、走始めた。清にいたっては、指揮者の燕尾服の後ろを掴んでいる。

「おいおいおいおい!」

 流石の美香も立ち上がり、声を漏らしていた。明らかに一線を超えている。

 ついに、清は燕尾服の後ろをもぎ取ってしまい、指揮者のじいさんは、袖に引っ込んでしまった。

 もう、何もかもが滅茶苦茶だ。残された楽団員は、呆然としており、司会はマイクに向かって怒鳴り続けている。

「恥ずかしいよ、同世代として。なんで、こんな事するかな?」

 美香は唇を噛んで座り直した。百合も引いている。その場を、誰がどう収めるのか見守っていると......。

 上手からツカツカと、派手な服の女が登場。徐にクラッシュシンバルを持ち上げ、力いっぱい打ち鳴らした。

(美代子!!!)

 美香は立ち上がり、急いで荷物を纏めた。

「え? どうしたの?」

 百合が混乱した様子で問う。美香はとうとう観念して口を割った。

「あれ、美代子。今日、一緒に来てたの。でもなんでーー」

『恥を知れ!!!!』

 ホールに大絶叫が響いた。最後列まで届くのだ。キチンと訓練された人間の発した物だ。

『いい歳こいて、ふざけやがって!!!!! 今すぐおりろや!!!!!!』

 その声を聞いて、大爆笑が起こった。嘲笑がさざ波の様に広がって行く。

(美代子......)

 美香は美代子の勇気に対して、余りにも幼い周囲の反応に失望仕掛けた。

 しかし......。

「そうだそうだ!!」

「頭も中学卒業しろ!!!」

「今すぐ出て行け!!!」

 賛同の声と共に、ゆっくり、ゆっくりと場内に拍手が広がって行った。

 最初に立ち上がったのは、美香も知っている顔......中学の頃の同級生達だ。彼らは彼らなりの勇気を振り絞って、精一杯拍手をした。

 けれど、それだけでは足りない。足りないのだ。悪意の風から人を守るためには、傷付く事を恐れていてはいけない。

(私は大人になった。......自分では何も選べない人生だったけれど......美代子は失いたくない! 美代子は私の親友だ! だから、今必要なのは)

「ちょ......みかどん?!」

 百合の制止も聞かずに、荷物を放り出し、通路を駆け下りていた。

「美代子!!!」

 人目も憚らずに、大声を出した。周囲の人間が、新たな助っ人登場にどよめいたが、一切無視した。驚いた顔の美代子に向かって駆けて行く。

「美代子......美代子!!!!」

「美香?!」

 美代子は手を差し出した。美香はその手を取り、努力して笑った。

「ごめん。カバン、取って来れば良かったね......。薬ーー」

「要らないって言ったじゃん」

 美代子は強く笑った。それが芝居の顔だと美香は分かった。けれど、「強い美代子」を演じている彼女は、無敵だった。

「美香がいるからね」

 そう言って、清を睨み付けた。

「卑怯者。主催者がウチら......客に強く出れないからって、こんな真似しやがって! ちっとも変わってねぇな!!!」

 それから彼女は清に歩み寄り、胸倉を掴んだ。彼にだけ聞こえる声で凄む。

「死ねや」

「っ!!」

 清は、美代子の腕を振り払い、後ずさった。そのままステージを飛び降り、仲間の元へも帰れず、走ってホールを出て行ってしまった。

 瞬間、爆発的な拍手と歓声が巻き起こり、美代子は呆然と立ち尽くした。

「美代子!! 凄いねー!!」

 美香は、彼女に歩み寄り、ホールを見渡した。

「凄い。私には出来ない。こんなに......大勢の空気を変えるなんて。......やっぱり、特別なんだよ」

「え?」

 美代子は、最後の言葉をキチンと聞き取れなかったらしい。振り返って首を傾げたが、美香は肩を竦めるだけにとどめた。

 ふと、彼女が舞台袖に目をやると......

「百合」

 美香の呟きにつられて、美代子も横を向いた。何時ぶりだろう。美代子と百合の視線が交わった。

 百合は、百合なりに出来ることをしたのだ。美香の荷物を抱え、裏手から回って駆け付けた。知らん顔をする事も出来たのに。

 それでも、美代子にとって、百合の行動は偽善でしかなかった。

 美香は、自分が嘲笑や非難の的になることも厭わずに駆け付けた。百合は誰の目にも留まらぬ様にこっそり来た。

「変わらないのは、清だけじゃないか」

 美代子は自嘲気味に呟いた。百合は変わっていない。そして美代子も。故に二人は平行線上に存在している。

 美代子は視線を逸らし、スネアドラムの前に立っている爺さんの所へ行き、譜面を見せて貰った。

 美香は、舞台袖に下がり、そんな彼女を見詰めた。

(あんたは、自覚しないといけない。誰もが、強くあれるわけじゃない。あんたは特別な人間だから、その分辛いことも多いんだ。人より優れている部分が多いから、他人とぶつかるんだ。それは......とても良い事なのに、何故大切な時に、恐れに負けてしまうの?)

 歯がゆい気持ちになった。美香は、美代子自身が美代子をより不幸にしている様に思えて、ならなかった。
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