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笑顔と冷徹
わたくしの最初の夫は笑顔の素敵な伯爵でしたわ。
無知で世間知らずな小娘だった、わたくしに微笑みかけてくださり、笑顔でいられる幸せを教えてくださいましたの。
ですが、すぐに病になり夫は亡くなりましたわ。
私にとってどれだけあの笑顔が重要か、あの笑顔を失ってからどれだけ不幸になったか。
何も知らずに今頃は天国にいるのかしらね。
そう、私は夫に幸せにして頂きましたが不幸にもされましたわ。
あの無償の笑顔亡き後、私に残されたのは寂しい屋敷と孤独だけでしたから。
夫に罪はありませんが、無自覚な詐欺師でしたわね。
私というおバカさんをまんまと笑顔で信頼させ幸せは永遠だと騙せたのですから――
もう簡単に人を信頼したくありませんし、二度と騙されたくもありませんわ。
だから、わたくし、ニコニコして近づいてくる方を警戒しますし、いつも笑顔を絶やさない方の向こうにあるものを思ってしまいますの。
もちろん、悲しみと苦しみのせいとはいえ、こんな風に人を見るようになった自分が嫌ですわ……
夫が亡くなってからしばらくは、わたくしも笑顔でいようと心がけていましたのよ。
笑顔でいれば幸せになれるのなら誰も苦労しませんわ。
だから、だけど、笑顔でいるって難しいですわね。
いつしか、疲れてしまいましたわ……
それからはすっかり。何年も笑顔になった記憶がありません。
そんな時に、結婚を申し込んでくださった侯爵様。
わたくしの笑顔をみせないところに惹かれましたと、
「亡き夫を思って笑顔を失くしているなら無理に笑わなくていい、私も無理に貴女を笑顔にしようとは思わない。今のままの貴女と居ても落ち着くから」
と言ってニコリともしなかった。
こんなわたくしといると落ち着くですって?
貴族の男性には色んな方がいらっしゃるのね。
そんな笑顔を見せない侯爵といわれる貴方と再婚して幸せですわ。
わたくしも、とても落ち着きますの。
最近では社交界で「冷徹侯爵夫妻」なんて囁かれているようですが、悪い気はしませんし、むしろ満足感さえありますわ。
これが本来のわたくしなのかもしれませんわね。
わたくし達、お似合いの夫婦かしら?
貴方もいつ頃からか、こんな様子だったとか。
侯爵家の跡取りとして育つうちに、笑顔をみせることもなく仕事人間になって、令嬢達の笑顔にも心が動かされることがなくなっていた。
そんな中で笑顔をみせない私に惹かれたと――こんな風になった私を、そのまま求めてくださった。
変えようとせず、自然体で隣に寄り添って。
そうやっていつも、冷徹なお顔をなさっていることが、わたくしを安心させてくれますのよ。
ですから、貴方も無闇に笑顔をみせたり無理に笑ったりしなくていいのですわ。
私もそうさせませんから――
「そうだね、たまに笑うくらいにしよう」
ベルモンド様は静かに相槌を打ち、メガネを外して顔を撫でて微かに表情をゆるめた。
独身を謳歌していたおかげか年齢より若く美しくて、不幸疲れの染みついたわたくしのほうが老けて見えそうで怖くなりますわ。
ベルモンド様は生真面目な顔で「美しい」と言ってくれるから信じて安堵していますけども。
静かな庭園が窓から見える書斎。二人で窓辺の椅子に腰掛けて、お茶を飲む穏やかな空気。ベルモンド様が独身の頃とほとんど変わらない日常に溶け込んでいる。どこか似た雰囲気があり妻に選んのも頷けると侯爵家の人々が言ってくださる私の顔を見て、
「冷徹な顔に疲れた時に、少し笑顔になるくらいが、私達には丁度いいかもしれない」
ベルモンド様はそう言って、笑いかけてくれた。
亡き夫の日差しのような明るさとは違う、部屋の灯火のような温かさがある――
ああ、わたくしの欠けた心にぴったり嵌るような、この夫も亡くしたらまた、わたくしの胸は痛むと確信しましたわ。
不安と恐怖に体が竦みますけれど――わたくしだって、いつかは。
わたくしも色々経験して大人になったのでしょうか?
それとも、今度はこの夫の影響で、わたくしにも冷徹さが芽生えたのかしら。
わたくしのほうもいつ死んでもいい覚悟ができましたわ。
ですが、ベルモンド様はなるべく泣かせたくありませんわね。
わたくしが死んで泣くかはわかりませんが……
わたくしのほうは、ベルモンド様を亡くしたらまた泣いても構いませんわ。
次は再婚しませんけれど……一生独りでも。
笑顔はいつか戻ることでしょう。そうね、数年に一度くらいで充分ですわ。
「子供が生まれたらどうする?」
ベルモンド様の突然の質問に驚きましたわ。
「やはり、笑顔の絶えない両親のほうが子供も、恐らくだが、笑顔になり幸せではないだろうか」
遠くを見て悩む横顔に首をかしげてしまうわ。
「私との子供を思ってくださるのは嬉しいですけど……」
まだ、ここに居ない誰かの笑顔と幸せの心配なんて。
わたくし達にはまだ……
「わたくしだってまだ笑顔にも幸せにもなっていませんのに、子供の笑顔と幸せなんて考えられませんわ」
わたくしの答えにベルモンド様も驚いていますわ。
「わたくし達まだ結婚したばかり。貴方のことだってまだ、わたくし、幸せにしてあげていませんでしょ? 一度くらい自然に笑顔にしてあげるまでは……」
全て失って途方に暮れていた未亡人のわたくしと結婚してくださった。
貴方を笑顔に、幸せにしたい。
使命感くらいありますのよ。
真剣な瞳を向けると、ベルモンド様は優しい眼差しをくれた。
「そうだな、やはり、私達にはまだ少し笑顔が足りないようだ……」
そう囁くと。
優しく両手で、わたくしの頬を包みキスをくれた。
思わず微笑んでしまうような――
「君の言う通り、子供のことより、まずは私達の幸せについて考えよう」
「そうですわね、そうしましょう」
すぐに冷徹な顔に戻りましたけれどね。
この切り替えの早い夫が頼もしくて、
「好きですわ」
思わず告白してしまうと。
「私も、好きですよ」
相変わらずニコリともしないけど、真摯に応えてくれる。
わたくし、新しい夫婦生活が楽しいですわ――
亡き夫も天国で笑顔になってくれているかしら?
無知で世間知らずな小娘だった、わたくしに微笑みかけてくださり、笑顔でいられる幸せを教えてくださいましたの。
ですが、すぐに病になり夫は亡くなりましたわ。
私にとってどれだけあの笑顔が重要か、あの笑顔を失ってからどれだけ不幸になったか。
何も知らずに今頃は天国にいるのかしらね。
そう、私は夫に幸せにして頂きましたが不幸にもされましたわ。
あの無償の笑顔亡き後、私に残されたのは寂しい屋敷と孤独だけでしたから。
夫に罪はありませんが、無自覚な詐欺師でしたわね。
私というおバカさんをまんまと笑顔で信頼させ幸せは永遠だと騙せたのですから――
もう簡単に人を信頼したくありませんし、二度と騙されたくもありませんわ。
だから、わたくし、ニコニコして近づいてくる方を警戒しますし、いつも笑顔を絶やさない方の向こうにあるものを思ってしまいますの。
もちろん、悲しみと苦しみのせいとはいえ、こんな風に人を見るようになった自分が嫌ですわ……
夫が亡くなってからしばらくは、わたくしも笑顔でいようと心がけていましたのよ。
笑顔でいれば幸せになれるのなら誰も苦労しませんわ。
だから、だけど、笑顔でいるって難しいですわね。
いつしか、疲れてしまいましたわ……
それからはすっかり。何年も笑顔になった記憶がありません。
そんな時に、結婚を申し込んでくださった侯爵様。
わたくしの笑顔をみせないところに惹かれましたと、
「亡き夫を思って笑顔を失くしているなら無理に笑わなくていい、私も無理に貴女を笑顔にしようとは思わない。今のままの貴女と居ても落ち着くから」
と言ってニコリともしなかった。
こんなわたくしといると落ち着くですって?
貴族の男性には色んな方がいらっしゃるのね。
そんな笑顔を見せない侯爵といわれる貴方と再婚して幸せですわ。
わたくしも、とても落ち着きますの。
最近では社交界で「冷徹侯爵夫妻」なんて囁かれているようですが、悪い気はしませんし、むしろ満足感さえありますわ。
これが本来のわたくしなのかもしれませんわね。
わたくし達、お似合いの夫婦かしら?
貴方もいつ頃からか、こんな様子だったとか。
侯爵家の跡取りとして育つうちに、笑顔をみせることもなく仕事人間になって、令嬢達の笑顔にも心が動かされることがなくなっていた。
そんな中で笑顔をみせない私に惹かれたと――こんな風になった私を、そのまま求めてくださった。
変えようとせず、自然体で隣に寄り添って。
そうやっていつも、冷徹なお顔をなさっていることが、わたくしを安心させてくれますのよ。
ですから、貴方も無闇に笑顔をみせたり無理に笑ったりしなくていいのですわ。
私もそうさせませんから――
「そうだね、たまに笑うくらいにしよう」
ベルモンド様は静かに相槌を打ち、メガネを外して顔を撫でて微かに表情をゆるめた。
独身を謳歌していたおかげか年齢より若く美しくて、不幸疲れの染みついたわたくしのほうが老けて見えそうで怖くなりますわ。
ベルモンド様は生真面目な顔で「美しい」と言ってくれるから信じて安堵していますけども。
静かな庭園が窓から見える書斎。二人で窓辺の椅子に腰掛けて、お茶を飲む穏やかな空気。ベルモンド様が独身の頃とほとんど変わらない日常に溶け込んでいる。どこか似た雰囲気があり妻に選んのも頷けると侯爵家の人々が言ってくださる私の顔を見て、
「冷徹な顔に疲れた時に、少し笑顔になるくらいが、私達には丁度いいかもしれない」
ベルモンド様はそう言って、笑いかけてくれた。
亡き夫の日差しのような明るさとは違う、部屋の灯火のような温かさがある――
ああ、わたくしの欠けた心にぴったり嵌るような、この夫も亡くしたらまた、わたくしの胸は痛むと確信しましたわ。
不安と恐怖に体が竦みますけれど――わたくしだって、いつかは。
わたくしも色々経験して大人になったのでしょうか?
それとも、今度はこの夫の影響で、わたくしにも冷徹さが芽生えたのかしら。
わたくしのほうもいつ死んでもいい覚悟ができましたわ。
ですが、ベルモンド様はなるべく泣かせたくありませんわね。
わたくしが死んで泣くかはわかりませんが……
わたくしのほうは、ベルモンド様を亡くしたらまた泣いても構いませんわ。
次は再婚しませんけれど……一生独りでも。
笑顔はいつか戻ることでしょう。そうね、数年に一度くらいで充分ですわ。
「子供が生まれたらどうする?」
ベルモンド様の突然の質問に驚きましたわ。
「やはり、笑顔の絶えない両親のほうが子供も、恐らくだが、笑顔になり幸せではないだろうか」
遠くを見て悩む横顔に首をかしげてしまうわ。
「私との子供を思ってくださるのは嬉しいですけど……」
まだ、ここに居ない誰かの笑顔と幸せの心配なんて。
わたくし達にはまだ……
「わたくしだってまだ笑顔にも幸せにもなっていませんのに、子供の笑顔と幸せなんて考えられませんわ」
わたくしの答えにベルモンド様も驚いていますわ。
「わたくし達まだ結婚したばかり。貴方のことだってまだ、わたくし、幸せにしてあげていませんでしょ? 一度くらい自然に笑顔にしてあげるまでは……」
全て失って途方に暮れていた未亡人のわたくしと結婚してくださった。
貴方を笑顔に、幸せにしたい。
使命感くらいありますのよ。
真剣な瞳を向けると、ベルモンド様は優しい眼差しをくれた。
「そうだな、やはり、私達にはまだ少し笑顔が足りないようだ……」
そう囁くと。
優しく両手で、わたくしの頬を包みキスをくれた。
思わず微笑んでしまうような――
「君の言う通り、子供のことより、まずは私達の幸せについて考えよう」
「そうですわね、そうしましょう」
すぐに冷徹な顔に戻りましたけれどね。
この切り替えの早い夫が頼もしくて、
「好きですわ」
思わず告白してしまうと。
「私も、好きですよ」
相変わらずニコリともしないけど、真摯に応えてくれる。
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