プシュケ【8/22完結】

草刈絢衣

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Nine(3)★

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 ユーリはあれから下流階層街にある建物に移送された。

 監視付きだがシャワーを浴びる。着ていた服はどうも洗濯に回されたらしい。脱衣所に出たら、バスケットの中にバスローブとガウンが置いてあった。しゃがみ込んで、手に取ってみる。ふわふわしている。かなり肌触りの良いそれに感動していると、アレクシスからはよ体ふけと詰られた。

 いつまで監視をしているつもりなのか。一応傷がないかの確認なのだろう。じろじろと身体を見られたあとで、後ろを向くように言われる。あまり気が進まないけれど、致し方がない。後ろを向いたら、アレクシスが息をのむのが分かった。

「あー……、もういい。その火傷のことは、ミカには言うな」

「お坊ちゃんには刺激が強いって?」

 バスローブを羽織りながら、揶揄するように言ってやる。アレクシスが眉間にしわを寄せて、軽くホールドアップした。

「故郷が滅ぼされるのを見たくなけりゃ、言うなっつってんだ」

 あいつは怒ると見境がなくなると、アレクシス。

「そんな怒るようなこと? 女性じゃあるまいし」

 キアーラにこんな傷をつけられたら、さすがに自分も怒る。そう言ってみると、アレクシスがなんとも言えないような表情で、がりがりと頭を掻いた。

「あんたはこっちを煽っていいように動かしたつもりかもしれないが、そのせいでオレガノが動かざるを得なくなり、ミカをオレガノに帰せなくなった。責任は取ってもらうぞ」

「は? 命を助けてやった以上の礼なんてある?」

 身体を拭き終えて、ローブに着替える。靴の代わりに用意されているふわふわのスリッパに履き替えて、アレクシスの身体を押しのけた。

「どけよ、そんなに気に入らなけりゃ、地下街で殺していればよかったんだ」

 アレクシスが止めるのを無視して、最初に自分が案内された部屋に戻る。スリッパを脱ぎ捨て、仰向けにベッドに寝転がった。なかなかに寝心地がいい。アレクシスが部屋に入ってくるのが聞こえたが、ユーリはまた現実逃避のために思考回路を遮断した。

 「少し遅いけれど19時に夕食を」と言われ、むず痒くなる。チェリオはどうしているだろうか。ロレンも、キルシェも、パメラたちも、乱暴なことはされていないだろうか。

 大きいベッドと自分が言ったが、落ち着かない。ごそごそと羽毛布団の中に入り込む。顔を見たくないと言ったからか、ミカエラはあれから姿を見せていない。事後処理や報告に追われているのか、監視に着いているのはアレクシスだ。いまも部屋の入り口に待機している。

「なあ、Sig.オルヴェ」

 間延びした声で話しかけてくる。

「こちらになにか隠していることがあるだろう」

 敢えて無視をする。肯定しているようなものだが、自分からしゃべりたくない。

「ピエタが言っていたのを聞いたんだが、ミカの手術はただの手術じゃなかったんじゃないのか?
 東側の診療所では打つ手がないと、ほかの連中のように暴れ出すことを懸念して殺したほうがいいと言われた。でもそのときにSig.naディアンジェロがドン・アリオスティとともにやってきて、大学に彼を助けられるかもしれない人がいるって。こちらもミカに死なれると困るんで、彼女の判断にゆだねた。
 結果的に助かったし、それには感謝をしているが、あのカルテも本当は、半分以上偽造なんじゃないのか?」

 「証拠隠滅罪等でしょっ引いても良かったんだが」とアレクシスが言う。鋭いなと思う。オレガノの軍人は総じて医学的知識が豊富だとアンナが言っていたが、彼もその一人のようだ。

 確かにカルテは偽造した。それを見て、アンナとフレオはユーリが二度と戻らないつもりだと悟っただろう。サシャが亡くなっただけならまだしも、遺体の検分をした際に学長にはバレただろうけれど、思いの外騒ぎ立てられなかったのは、ある種配慮だったのかもしれないと思う。

 ミカエラがもう助からないということが軍部に知れ渡っていたこともあり、助かったのはなにか違法なことをしたのではないかという疑念につながったことは確かだけれど、アンナにもフレオにも口止めをしている。あの二人は口が堅い。二コラとは違って馬鹿正直ではない。だからこそアレクシスが試すような口調で尋ねてきたのだろうと思う。

「ミカが助かったのは、偶然か、偶然じゃないのかはわからない。あんたは大したことがないと言うのだろうけど、オレガノにしてみれば、あんたは国賓クラスだ。それをみすみすピエタの下部組織なんぞに渡せもしないし、かといって胡散くせえミクシアの軍部にも任せておけない。
 『敵の懐に飛び込むつもり』なんて、こっちが動かざるを得ないような餌を撒いてきやがって。このクソガキ」

 どんと尻のあたりを蹴られた。敢えて反応しない。

 アレクシスは国賓クラスと言った。ただの准将で、特使を救ったくらいで、そんな大げさなことをするだろうかと思う。

「あー……でもまあ、オレガノでも数人しかできないって言われている術式を、こんなガキができるわけねえか」

 概念上無理だろうと言わんばかりの声色で、アレクシスが忘れてくれと続けた。

 オレガノでも数人しかできないのだとしたら、“ユーリ"はなぜそれができたのだろうか。なぜオレガノではなくフォルスで、それも医療施設の整った場所ではない地下室で手術をしていたのだろうか。術式として確立する前の契約手術、あるいは古来イル・セーラの技術提供をオレガノにすることと引き換えにアルマに関する研究をさせてもらっていたか。

 可能性を模索する。もし、仮に、“ユーリ"がフィッチにも取引を持ちかけていたのだとしたら、ユーリがフィッチに売られるルートと理由ができる。本人が死んだとしても、その息子ーーユーリとサシャなら、当時よりもさらに発達した医療技術や物品を用いることでよりその術式を確立させられる可能性が高くなる。術式だけでなく、薬草や香木に関する知識も併せて手に入れたいと考えているのだとしたら、どの国にしっぽを振るのが正解か、バカでもわかる。だからユリウスはピエタやコーサと組んでユーリとサシャの研究を盗み出そうとしたのだろうか?

 ミクシアに留まるよりもオレガノに行く方が安全で、且つ立場に物を言わせてしまえば好きに研究ができる。当然あちらの知識や技術が上回っている部分もあるだろうが、両方の知識を総動員すればこのパンデミアを落ち着かせることも十分可能だ。それがオレガノはともかくとして、軍医団やピエタと協力してパドヴァンへの拡大を食い止めたとなれば、必然的にドン・クリステンの評価も上がる。これを引き合いに出してみるか、それともそれを加味した上でドン・クリステンが今回の茶番を仕組んだか。いずれにせよ静観するに限る。

「そろそろ夕食の時間だが、起きれるか?」

 返事をしない。そもそも誰も食べないだなんて言っていないし、一服盛られている可能性もあるものに誰が口をつけるかと内心する。ばさりと羽毛布団が捲られた。

「好みもあるだろうから、提供するのはミクシア料理だ。それに毒なんて入れていない」

 早よ起きてこっちに来いと促される。ユーリはアレクシスが掴んでいる羽毛布団を乱暴に引っ張って頭まで覆った。アレクシスの溜息が聞こえてくる。

「こーのガッティーナめ。拗ねたら面倒なところまでミカと同じかよ」

 旧王朝の国王陛下と王弟陛下は、見た目も性格もそっくりって歴史書にあるものなとアレクシスがつぐ。詳しく聞きたかったが、ユーリは敢えて好奇心を抑えて無視を決め込んだ。

「Sig.オルヴェ、あんたが食べてくれないと食材が無駄になる。それとも、あんたの連れに食わせるか?」

 連れというのはチェリオのことだろうか? あれは無限に食べるから、それならそれで構わない。ユーリがあまりにも取り合わないからだろう。アレクシスは情けない声で「だめだこりゃ」と言った。足音が遠のいていく。ドアが開閉する音、それに廊下を歩いていく足音が続く。第二言語でアレクシスが誰かになにかを言っているのが聞こえてくる。

 ユーリはがばっと体を起こして、この隙に逃げてやろうと部屋の窓の外を覗いた。嵌め込み格子だ。逃げられるわけがないと思い一人にしたか、それとも逃げ切れるわけがないと思っているのか。

 室内に武器はない。アレクシスはレッグホルスターを未装着だったし、ハンドガンを携帯していないはずだ。室内には椅子二脚と見るからに殺傷力の高そうなガラス製の花瓶がある。活けられている花には申し訳ないが、洗面台で大人しくしてもらって、アレクシスが部屋に入ってきたら花瓶で頭を殴りつけて逃げる手もある。

 ただ音で人が集まってくる可能性もあるし、そもここにどのくらいの人数が駐在しているかもわからない。大人しくしておくのが無難なのはわかる。暴れるだけ体力と時間の無駄だ。かといってこのまま彼らのペースに乗せられるのも釈然としない。となると、やはり無視を決め込むのが一番だ。ユーリはまた羽毛布団を頭まで被った。

 ドアがノックされる。返事も待たず、誰かが部屋に入ってきた。

「夕食を運んできた。気分が優れないならここで食べればいい。ミカの顔を見たくないんだろ?」

 ふわりと美味しそうなにおいが漂ってくる。食器が丁寧に並べられる音がして、「そろそろ起きてくれ」とアレクシスのいたたまれないような声がした。

 当然ユーリは反応しない。腹の虫が鳴るのを押さえて敢えて無視に徹する。向こうからため息が聞こえてきた。焦れたような足音が聞こえたかと思ったら、勢いよく布団を剥ぎ取られた。素早く両手を拘束され、仰向けにされる。一瞬の出来事に瞠目したが、ユーリはすぐに冷めた表情にすり替えて、アレクシスを睨んだ。

「マジでいい加減にしろよ、てめえ。ミカをなんだと思ってやがる」

 アレクシスの声色にも表情にもあからさまな嫌悪と殺気が乗っている。ユーリはそれに怯みもせずにただアレクシスを睨んだ。目をそらさない。そらしたほうが負ける。腕力では勝てないかもしれないけれど、強情さは負けるつもりがない。

 体感的にはかなり長いこと睨み合っていた。ものの数秒のことなのだろう。アレクシスの視線が泳ぎ、目を逸らされた。ユーリの顔の横にアレクシスが額を押し付け、そのまま溜息を吐く。「ある種ミカよりめんどくせえな」とぼやくように言う。

「そうだ、こうしよう」

 不意にアレクシスが顔をあげた。怯む様子のないユーリを見下ろし、にやりと笑う。

「起きなきゃ犯す」

 ユーリは無表情のままだ。それこそ不敬では? と突っ込みたくなったが、突っ込んだら負けだ。ミカエラの前とそうでない場所では態度が違いすぎる。ユーリ自身が第一王族だというのはあくまでも仮定だし、オレガノ側の意見でしかない。そもそも王族の血筋的なものの資料がそう簡単に手に入るものなのだろうかと思案する。ヴィータの盗難事件からこんな大風呂敷を広げた事態に発展するとは思ってもみなかった。

「ミカも気になるなら試してみろって言ってたし、主人の許可があるから強姦にはならない」

 「おまえも嫌ともなんとも言わないなら和姦だろ」と、アレクシス。ユーリはただ無感情でアレクシスから視線を逸らさない。どうせなにもしないだろと思っていたら、ローブの隙間から手を差し入れて腿に触れられた。体が飛び跳ねるほど驚いた。するとアレクシスが我が意を得たりとばかりに謎めいた笑みを浮かべるのが見えた。

「ははーん、どうせなにもされないと高を括っていたか? 残念だったな、こっちは慣れたもんなんで、王族の嗜みということで」

 失礼と言って、アレクシスがユーリの下着を下げようとする。ユーリは慌てて足をばたつかせて、アレクシスの身体を突っぱねるようにしながら、睨みつけた。

「へえ、いい顔するじゃん。ミカとは違ってやりがいがあるわー」

「それ以上触れたら大声出すぞ。ミクシアではそもそも、イル・セーラに対する性的暴行は収監及び罰金だ」

「ようやくしゃべったな」

 やれやれと言わんばかりにアレクシスが眉を下げるが、手が引かれる様子はない。むしろ下着の中に手が入ってきて、ユーリはアレクシスを蹴り上げようとしたが簡単に抑え込まれた。

「残念ながらここはオレガノ軍の駐屯地。いわば限定的なオレガノ領だから、ミクシアの法は無効だし、俺のご主人様から言質をとった」

 大声出すとか、かわいいなとアレクシスが笑う。ペニスに触れるか触れないかぎりぎりのところを指で撫でられる。抵抗しようと暴れるがびくともしない。二コラと違い遠慮のない手に、危険を知らせるかのようにざわりとした感覚が背筋を駆け上がっていく。本当に少しも手を動かすことができなくて、ユーリは慌てたようにアレクシスを呼んだ。

「わかった、起きる、起きるからっ」

 手を離せと言ったけれど、アレクシスはやめる気配がない。むしろいままで散々無視をしたことに対してのいい嫌がらせを思いついたとばかりに、するすると下着をずらされる。

「ちょっと待って、ほんとにすんのっ!?」

「遠慮すんなよ、俺はいつもしていることだしさほど抵抗はない。ミカと同じ顔だし、反応が違ってむしろ興奮するわ」

 ひえっと無意識に声が上がった。一体こいつらはどういう関係なんだと思う。自分とサシャですらそんなことをしたことがない。雰囲気的に恋人同士でもなさそうだし、単なる主従にしては身体を預けすぎだろとミカエラに対する庇護欲を懐きそうになる。抵抗する間もなく局部を掴まれ、反応をしていないそこを指で弄ばれる。ユーリが抵抗してもすぐに抑えられるとばかりに、両手を解放された。

「おもしろ。ほとんど変わらんくらいかな。感度は……と」

 言って、指先だけで亀頭を刺激される。親指で先端をすりすりと撫でられ、別の指で裏筋やカリ首を撫でられる。ユーリはアレクシスを突き飛ばそうとしたが、亀頭をぷにぷにと押されて快感を高めようと指が這う。別の手が鼠径部に触れ、指先だけですうと撫でられた。声が上がりそうになり、ユーリは慌てて頭もとの枕を取って顔を埋めた。

 両足の間にアレクシスがいる。アレクシスの両腕に足を掛けられた状態で固定されているせいで暴れることも、身体を捩って逃げることも敵わない。せめてもの抵抗とばかりに踵を背中に叩きつけるが、アレクシスの笑う声が聞こえてくるだけだ。

「お、感じてんのか? ちゃんと濡れてきたな」

 愛液の感触を楽しむかのように亀頭にあてた指を上下される。濡れた音が耳に届き、ユーリは枕で耳元まで覆った。

「っぅ、っん」

「はは、それじゃ窒息すんぞ。どっちが強情か我慢比べだな」

 アレクシスが声を弾ませる。鼠径部をなぞる手が離れたかと思うと、アレクシスがごそごそと態勢を変える。この隙に逃げようと藻掻いたが、やはりびくともしない。先ほどと同じように足を固定され、ぱちんと音がしたあとでペニスになにかを垂らされた。さほど冷たくはないがやや粘度のあるそれを馴染ませるようにペニス全体を触られたかと思うと、また亀頭とカリ首、裏筋をあやすように触られる。ぞくぞくと快感がせりあがってくる。

 少しの間そうやって遊ばれていたが、やがて人差し指と中指でカリのあたりを挟んで扱くような動きに変わる。経験したことのない触れ方をされ、鼻に抜けるような声が上がりそうになり、唇を噛んだ。

「ふっ、ぅ、んっ」

 耳を塞いでいるせいか濡れた音が耳に付く。自分の顔がどんどん熱くなるのを感じながら、ユーリはやめろと言わんばかりに足を動かしてアレクシスを蹴る。

「じゃれつくなよ、ガッティーナ」

 手のひらで亀頭を刺激され、もう片方の手で竿を扱くような触れ方に変わった。苛立ちまぎれに踵を勢いよく振り下ろす。さすがにアレクシスがいてっと声をあげたが、さしてダメージを受けていなさそうだ。

「強情だねえ、やめてくださいって言ったらやめてやるのに」

 絶対にやめそうにない声色だ。ユーリは枕にうずまったままふうふうと息を荒らげる。くちゅくちゅと濡れた音が上がるのに合わせて喘ぎそうになるのを必死でこらえた。腹のあたりや腰のあたりにじわりと快感が広がっていくと同時に、アレクシスが触れているペニスに快感と熱が集約される。びくんと体が跳ね、唇を噛む。

「んんっ、っ、っふ」

 なんとか枕で口元を覆って、よがり声が上がるのを防いだ。そのせいか、射精したものの、快感が消えない。

「よしよし、ちゃんと出せたな」

 行為とは場違いなほど明るい声でアレクシスが言う。下腹部がじんと熱くなる。もぞもぞとユーリが身体を動かしたのが内腿をアレクシスに擦り付けるような動きになったせいか、アレクシスが熱を帯びた声で笑った。

「誘ってんのか? さすがにこれは合意がいる」

 そう言ったあとで、なにかに気付いたようにアレクシスの手がするすると降りてきた。ユーリの後孔に指が揺れる。びくんと体が跳ねたからか、アレクシスが笑った。顔が見えない分恐怖すら誘う笑い声だ。

「へえ、こっち弄らなきゃイケないのか。奴隷ってそういうことね」

 ユーリの後孔をすりすりと指で撫でる。んっとこらえきれない声が出た。アレクシスが辞める気配はない。粘性のある液体の滑りを借りてアレクシスの指が潜り込んでくる。二コラのものとも違う武骨な指が粘膜を這い、まるでユーリの中の感触を確かめるかのように指の腹で何度も入り口をなぞられる。短い喘ぎ声が上がるのに合わせてユーリの身体がびくびくと痙攣するからか、またアレクシスの不気味な笑い声がした。

「っ、ふ、っんう」

「あー、こりゃだいぶ開発されてますな。Sig.オルヴェ、これだけはミカに知られないほうがいいぞ。おまえがこんな目に遭っていたと知ったら、たぶん全権力を駆使してミクシアをつぶしにかかる」

 あいつは怖えぞと、アレクシス。じゃあ指を抜けと言わんばかりに唸りながら踵を叩きつける。感じさせようとする指使いではなく、興味で触れているだけだというのに、久々だからなのか、それとも背徳的な行為のせいか、嫌でも感じてしまう。

「まあ……言ってもわからんか、あいつ。可愛さのあまり躾け方間違ったんだよな」

 言いながらもアレクシスが指を動かす。粘性のある液体の力を借りてぐんと潜り込んできた。

「んぁっ、ぁ、っつ!」

 ユーリから明らかなよがり声が上がった。枕を押し付けて唇を噛んだが、酸素を取り込もうと反射的に開いた口から声が漏れる。枕を使ったのは悪手だった。

「やめてください、だろ?」

 俺は根に持つタイプなんだよねと言って、ユーリの後孔を指で犯す。指を少しだけ入れられた状態で出し入れされる。息を吐くタイミングで指を少しずつ挿入され、ユーリの快感を堪えるような声が漏れる。ごくりと喉が鳴るような音がした。

「えっろい声だな、おまえ。ほれ、さっさと観念しろ」

 言いながらもアレクシスが指を動かすが、意地でも制止するものかと歯を食いしばる。

 アレクシスの指が少し抜けたかと思ったら、二本目が侵入してきた。最初は入り口付近だけを解すような動きだったが、徐々に指が潜り込んでくる。アレクシスの指がもう少しでいいところに触れそうで、そこがどくどくと脈打っているような感覚が生まれ、詰まった声と共にびくびくと体が痙攣する。探るようにアレクシスの指が曲がり、粘膜を押したまま指を引かれる。何度かそのまま指を前後され、ユーリが息を吐いたと同時に指を挿入された際に指先が感じるところに触れた。

「うわっ」

 ユーリの後孔がきゅうと締まったからだろう。背中が反り、反射的に甘い声が漏れる。へえとアレクシスが興味深そうにそこを何度も擦る。擦られるたびにユーリの腰が跳ねる。アレクシスの指から逃げようと腰を動かすが、それはまるで誘っているような動きにしか見えない。

「あー、もう。こりゃやばいな」

 Sig.カンパネッリが執着するもの分かる気がすると呻吟するように言って、ユーリの後孔を責めると同時にペニスを扱き始めた。同時に刺激され、ユーリがばたばたと足を動かして抵抗する。

「んんっ、ううんっ、っ」

「っとに強情だな、やめてくださいって一言いえばいいんだよ」

 ドンと音がするほどアレクシスに踵を打ち付ける。それは無意味だと分かっているけれど、それ以外に抵抗の方法がない。絶対に言うかという意思表示だ。

「あー、そう。そういう態度ね。言わなきゃこのままイカせるまでだ」

 アレクシスがユーリのペニスと後孔を同時に刺激し、一番反応のいい部分をしつこいくらいに攻めてくる。ただ無遠慮に動かすのではなく、明らかにユーリをイカせるつもりで何度も感じるところをリズミカルに押し込まれる。体を固定されているために快感を逃しきれず、ユーリはがくがくと痙攣しながら達した。

「ふうっ、ぅんんっっ」

 はだけた部分にぼたぼたと精液が飛ぶのが分かる。声を堪えたつもりだが、堪えきれないよがり声が吐息と共に漏れる。アレクシスがずるりと指を抜くその感覚さえ快感に変わり、ユーリの身体が跳ねた。弾んだ呼吸を繰り返す。

「あー、なんか、ごめん」

 マジくそ強情だなと、アレクシス。

 ようやく解放されたユーリは、枕で顔を覆ったままアレクシスに足蹴りを入れた。ずっと顔を埋めていたせいで酸欠状態だ。ふうふうと息をあげていると、飛び散った精液や体に付いた粘性のある液体をアレクシスが拭ってくれた。

「いや、なんでやめてくださいくらい言えないんだよっ?」

 ミカですら自分が悪いときの意思表示はするぞと、アレクシス。短い呼吸によがり声が混じるほど呼吸が整わない。顔も、身体も熱い。意地でも言わないつもりでいたが、本当にここまでされるとは思ってもみなかった。アレクシスには素直に応じるほうが身のためだと悟る。

 枕を剥ぎ取られた。新鮮な酸素が肺に入ってくる。涙と鼻水と唾液で濡れた枕を見て、アレクシスがあーあと残念そうな声をあげた。

「俺の負けだわ」

 すまんとアレクシスの申し訳なさそうな声がした。涙を拭ってぐすぐすを鼻をすする。

「あんたマジで最低っ」

 微妙に快感が残った状態だが、下着を履き、はだけたローブを着なおす。あふれてくる生理的な涙を拭いながらベッドを降り、夕食が用意されたテーブルに向かう。乱暴に椅子を引き、座る。アレクシスの間抜けな声が耳に入ってくるが、無視だ。

 バケット、かぼちゃのポタージュ、ローストチキン、ツナサラダ、デザートに焼きリンゴがある。ユーリがよく食べるものを誰かがリークしたのだとしか思えない。ユーリはまた鼻をすすり、涙を拭った。

「あー、えっと。ごめんって。泣くなよ」

 アレクシスを無視して、スープ用のスプーンを手にする。ポタージュを少しすくい、アレクシスに差し出す。毒見をしろと暗に意味を込めてスプーンを突き出す。アレクシスは意図を察したのかこちらに寄ってきて、ユーリの手からスプーンを取ってぱくりと食べた。

 こういう毒物は即効性から遅効性がある。疑われないようにするためか、きちんと銀製の食器を使ってはいるが、なかにはそれだけではわからないものもある。そう思ってのことだったが、アレクシスはうまいよとあっけらかんとした口調で言ってのける。スープ用のスプーンは大丈夫でも、ほかのカトラリーにはなにか仕込まれている可能性があると踏み、ユーリはアレクシスの手からスプーンを引き取ってそれをナプキンで拭いた。

 5分ほど様子を見たが、アレクシスが苦しみ始める気配がない。本当になにも入っていないようだ。ユーリはすっかり冷めたポタージュをスプーンですくって、一口だけ食べた。確かにおいしい。

「疑り深いなあ。なんも入れてねえって。そもオレガノ王家への面会もしていないのに殺さんっつの」

 言いながら、アレクシスはベッドメイキングをしているようだ。視界の端にせっせと動く姿が映る。もそもそとスープを啜り、アレクシスの様子を見ていると、やがて用事を終えたのかこちらに戻ってきた。ほぼ同時にドアがノックされる。

「はいよー」

 アレクシスの間延びした声がする。ドアを開けたのはミカエラだった。失礼いたしますと言って部屋に入ってくる。顔を見たくないと言ったのに、嫌味とも受け取っていないらしい。ユーリはミカエラを見ようともしなかった。

「ちゃんと食べてくださっているようで安心しました」

「そう思う? このお顔を見てみ?」

 明らかにむすっとした、むくれた表情でスープを食べているからだろう。アレクシスが言う。
 
「ひと悶着あったわけですわ」

 アレクシスがまいったまいったと軽い口調で言う。

「どうせなにか無礼なことを言ったのだろう」

 ミカエラはアレクシスの性格をよく把握しているらしい。べつにと語尾を伸ばして言うアレクシスが、反省の色など微塵もないからか、ミカエラがふうと小さく息を吐いた。

「ミカ、性感帯は違ったぞ」

 ミカエラが不思議そうな顔をするのが視界の端に入った。ユーリはむすっとした表情のままでスープのみを食べ終えて、スプーンを置いた。添え付けのナプキンで口を拭き、立ち上がる。

「それだけっ?」

 アレクシスが慌てたように言った。

「いや、おまえ昨日からなにも食ってないだろ?」

 無視をしてアレクシスが整えたばかりのベッドにごそごそと上がり、羽毛布団を頭まで被る。ミカエラの手前食べたくないわけではないが、そうとられたのならそれでもいい。

「なにかしたのか?」

 ミカエラの冷めた声が聞こえてくる。

「べつになにも」

 思いっきりしたじゃないかと言いたかったが、取り合う気力もなかった。前から少し食欲がないと思っていたけれど、想像より重症かもしれない。ローストチキンを見た途端吐きそうになった。布団の中で呼吸を整える。自分は意外に繊細だったらしい。においは平気だけれど、あの質感は見るのも堪える。

「おーい、Sig.オルヴェ。食わないなら俺が食っちまうぞ」

 すぐにいてっとアレクシスの声がした。ミカエラになにかされたのだろう。一人になったら食べられるかもだのなんだのと話している声がする。このまま下げられなかったら、食べられない料理がもったいない。ユーリはベッドサイドに万年筆とメモ用紙が置かれているのを思い出し、布団から顔を出した。

 万年筆のキャップを開け、メモ用紙に『要らないから下げて』と記す。キャップを閉めておいてあった場所に万年筆を戻してまた布団をかぶった。

 足音がする。どちらかがメモを見に来たようだ。ふと自分がいつものようにステラ語――第一言語で書いたことを思い出す。がばっと起き上がり、万年筆を手に取って、ステラ語で書いた部分を照会できないほどぐちゃぐちゃに消してフォルムラ語で書き直す。乱暴に万年筆を置いた後でまた布団をかぶった。

「ほんっとに強情だな。そのくらい口で言えよ」

 アレクシスが呆れたような声色で言ったあとでまた小さな悲鳴が上がった。

「すねを狙うな、すねを」

 おまえの蹴りは重たいんだよと、アレクシス。

「明朝7時にここを発ちます。6時頃にお声掛けをするので、それまでゆっくりお休みください、Sig.オルヴェ」

 食器を片付ける音がする。アレクシスがこれもうまいと言う声が遠ざかっていく。ドアが開く音のあとでミカエラが第二言語でなにかを言った。ニュアンス的におやすみなさいだ。ドアが閉まり、足音が遠ざかる。

 ユーリは顔をあげなかった。どこに連れて行かれるのかは知らないが、逃げるのも抵抗するのも疲れた。こんなふうにダメージを食らうとは思ってもみなくて、ユーリは口の中でサシャの名前を呟いた。涙があふれてくる。ローストチキンも焼きリンゴも、サシャが好きだったものだ。時々作ってくれたあの抜けた味のする料理が懐かしい。

 収容所にいた時は仲間が殺されてもこんなことはなかったというのに、ずいぶんうたれ弱くなったものだなと思う。仲間とサシャとでは血の重みが違うと言われたらそれまでなのかもしれないが、自分の弱さと甘さ、そして偽善的な考えに辟易した。

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