もう一度だけ。

しらす

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リリー2

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 私は、貴方にとって、どんな存在なのか、気になっていた。でも、そんなこと聞けるはずがなくて。



 私は、王女様の婚約者として初めて貴方がパーティーに参加する日を過ぎたら、秘書を止めようとした。



 だって元々、秘書なんて必要無かった。秘書なんて無くても仕事は出来ていた。私なんかにもできる仕事として、秘書ができた。だから私はもう、いらなくて。



 でも、貴方は私に、

 いつもお世話になっているからと、初めてのパーティーだから、と。

 貴方は本当に優しい。─残酷なまでに。





 パーティーの当日、私は壁に寄りかかって貴方と王女様を眺めていた。



 王女様と楽しそうに踊る貴方。それを見ている人達は皆、お似合いだと、綺麗だと言っている。



 それをもう、見たくなくて、聞きたくなくて。だから私は早く時間が過ぎないかと、ただ、願っていた。



 すると、とある男性が話し掛けてきた。貴方以外と話す男性なんて少なくて、緊張した。

 彼はユーモアな方だった。思い詰めた顔をしている私を心配して話し掛けてくれたそうで、私も久しぶりに心の底から笑えるようだった。

 彼は私を綺麗だと、婚約もしたいとも言ってくれた。嬉しかったけど、貴方に言われるのと全然違くて。

 でも彼のような人だったら、貴方を忘れることができるのかなと思った。

 でも彼と話していても、貴方と比べてしまう。つい貴方を見てしまう。失礼だと分かっているのに、目が、心が貴方を追ってしまう。





 そんなとき、貴方を睨んでいる人が見えた。その手には、キラリと銀色に光るが。

 貴方は背を向けて、王女様と一緒に誰かと話している。



 その姿を見た瞬間、私は走り出していた。



 私なんかいなくても、強い貴方だったらなんとも無いだろう。ドレスと一緒にプレゼントしてくれた、綺麗なヒールが脱げても、それでも、足は止まらなくて。











「レオン様!」



 そう叫んだ私は、私に振り向こうとしている貴方の背の前に飛び込んだ、その刹那。私の胸、丁度心臓の所に、キラリと光るナイフが





 以外と、長くて鋭かった。そんなことを考えてしまう。



「……リ、リー…?」

 貴方は驚いている。それはそうだろう、離れたところにいたはずの私がこんな所にいるのだから。



「っ、……ぅ……」

 私は足に力が入らなくて崩れ落ちてしまう。だけど、

「っ、リリー!!」

 貴方が名前を呼んで、支えてくれた。

 貴方の腕に抱かれるなんて、初めてで、痛くて、苦しいはずなのに、つい笑みがこぼれてしまう。



 少し離れた場所で、貴方を狙っていた人が近衛に捕まっているのが見える。

 ああ、貴方が刺されなくて、本当に良かった。



「おい、誰か医者を呼べ!……リリー、しっかりしろ、今別の部屋に……!」

 そして貴方は私をさっと横抱きにし、部屋に運んでくれた。

 胸が痛いはずなのに、幼い頃、絵本で読んだ、初めてのお姫様だっこにまた笑みがこぼれてしまう。

 貴方は私のその笑顔に、悲しそうな顔をする。

 部屋に入り、貴方が備え付けのベッドに寝かせてくれると、私は貴方の腕を掴んだ。



「…レオン、さ、ま。」



「っ、リリー?」



「貴方、が、刺され、なくて、本当に、良かったです。」



「っ、ああ……リリーのおかげだ。」



「レオン、様、わた、し……」



「っ、あまり喋るな!……おい、医者はまだなのか!?」



「レオ、ン様、もう大丈夫、です。だから…」



「……っ、リリー、すまない……すまない……俺の、せいだ……俺の、こんなを持ってるのせいだ……」

 そう言って貴方は、私を強く抱き締めてくれた。













 だからこそ、せめて最期に、貴方に──



「……レオン、様。私、最後まで、頑張れましたか…?」



「リリー……?どうして今そんなこと……最後だなんて言うな…!………そんなこと、…当たり前、だろう?」

 貴方は今にも泣きそうな顔で笑う。それがなぜだか嬉しくて。

 でも、自分でも分かる。もう私は永くない。だからせめて、最期まで笑顔で。



「……それなら、良かった、です。……レオン、様、最後に…あの日、みたいに…頭を撫でて、くれませんか…?」



「っ………ああ、もちろんだ。」



 頭を撫でてくれる貴方は、悲しそうな顔のままで。



 でも貴方の腕の中で、あの日のように頭を優しく撫でてくれるのは、凄く嬉しくて、温かくて、幸せです。





 貴方がこんなに心配してくれるなんて、刺されて良かったかもしれない、そんなことを考えてしまう。



 貴方に話したいこと、もっとたくさんあるのに、うまく喋れない。

 視界がだんだん暗くなってきて、呼吸もうまく出来なくなってきて。でも、せめてこれだけは。

「わたしは、ずっと、レオン様のこと……」

 ─愛しています─

 そう、伝えたいのに。



 断られたら。もしかして、私のことが嫌いだったとか、そんな嫌なことを考えてしまう。

 でも、一番は貴方の幸せ。私が愛を伝えたら、優しい貴方はきっと、王女様と結婚しないと思う。これからもずっと誰とも。そんなこと、ダメだから。

 だから、私は。

「……ずっと……、でした。……貴方のように、強くて優しい人になりたくて、だから……げほっ、ごほっ……」

 なるべく、笑顔で。でもそこで血を吐いてしまった。貴方の洋服が、貴方がせっかくくれたドレスを汚してしまった。

 謝りたいのに、あわてているはずの貴方の顔が。私を呼んでくれる声も、だんだん聞こえなくなってきて。



「…リリー……?逝くな、逝かないでくれ!これからも側で、ずっと……!今、医者が……」



 “ずっと…?”……嬉しいです。……私もできることならずっと一緒に居たかったです。







 あぁ、ここで逝けて良かった。だって、これ以上他の女の人と一緒にいる貴方を見たくなかったから。

 両親にも、会いに行ける。元気、してるかなぁ。















 見えないけれど、最後にと、レオン様に必死に手を伸ばそうとする。そうしたら、貴方が手を握ってくれて。





 ─レオン様。貴方に逢えて、貴方に恋して、幸せでした。





 うまく、伝えられたかな。



 うまく、笑えたかな。











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