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第一章 異世界転生者と神話の暴食姫
第1話:廃棄された転生者
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身体が、鉛のように重かった。
意識の底にへばりついているのは、連日の徹夜とデスマーチの記憶。ああ、そうか。俺はまた会社のデスクで寝落ちしたのか。
納期は明日だというのに、こんなところで寝ている場合じゃ――。
「……ん?」
目を開けた俺の視界に飛び込んできたのは、見慣れた薄汚いオフィスの天井ではなかった。ゴツゴツとした岩肌。湿った空気。そして、鼻をつく腐敗臭。
背中に伝わるのは、オフィスチェアの感触ではなく、硬く冷たい石の感触だ。
「どこだ、ここ……」
起き上がろうとして、激痛に顔をしかめる。身体中がきしむように痛い。
自分の手を見ると、着ていたはずのスーツはボロボロに裂け、皮膚には無数の擦り傷があった。まるで、高いところからゴミのように投げ捨てられたみたいだ。
「まさか、誘拐……いや、それにしては場所がファンタジーすぎるな」
俺はふらつく足で立ち上がり、周囲を見渡した。
薄暗い空間。奇妙な鉱石が光り、辺りを照らしており、思いのほか視界は悪くなかった。どうやら洞窟の底のようだが、上を見上げても空は見えない。
遥か上方に、わずかな光の穴が見えるだけだ。
あそこから落ちてきたのか?普通なら即死レベルの高さだぞ。
状況を整理しようとした、その時だった。
『ギャアアアア……ッ!』
耳障りな鳴き声とともに、岩陰から何かが飛び出してきた。
ゼリー状の半透明な身体。ファンタジーRPGでお馴染みの雑魚モンスター、【スライム】だ。
「うわっ……!?」
俺は咄嗟に身構える。
その瞬間、奇妙な現象が起きた
目の前のスライムの上に、まるでゲームのウィンドウのような半透明の文字が浮かび上がったのだ。
【対象:アシッドスライム】
【強奪可能スキル:酸攻撃、物理耐性】
「なんだ、この文字……強奪可能、だって?」
呆然とする俺に、スライムが飛びかかってくる。
避ける――無理だ。今のボロボロの身体じゃ反応できない。
ジュッ!
「ぐああっ!?」
腕に激痛が走る。スライムの身体が触れた部分の皮膚が、白煙を上げて焼けていた。
文字通り「アシッドスライム」かよ。こいつ、全身が強力な酸でできているのか。 過労死したと思ったら、次はスライムに溶かされて死ぬ?
ふざけるな。俺の人生は、どこまで搾取されれば気が済むんだ。
「……死んで、たまるかよ」
恐怖よりも先に、怒りが湧いた。
視界の端には、依然としてあの文字が浮かんでいる。
【強奪可能】。
もしこの文字が本当なら――俺はこいつから「奪える」のか?
俺は無意識に、襲いかかってくるスライムの核めがけて手を伸ばしていた。武器はない。あるのはこの手だけ。
触れれば溶ける。腕一本くらいくれてやる。
だから――その|能力、よこせ!
俺の手が、スライムのドロドロとした身体に触れた、その瞬間。
『――対象への接触を確認。ユニークスキル【万能強奪】を発動します』
頭の中に、無機質な機械音声が響いた。
直後、ズリュッ、と腕から何かが流れ込んでくる感触があった。
「うっ……すっぱ……」
口の中に、劣化したレモンと電池を一緒に噛み砕いたような、強烈な酸味と鉄の味が広がった。
吐き気を催すような不快感。だが、その不味さと引き換えに、俺の手のひらがカッと熱くなる。
『スキル【酸攻撃】および【物理耐性】の強奪に成功。対象の構成維持が不可能です』
「な……!?」
目の前の現象に、俺は口の中の不味さも忘れて息を飲んだ。
俺の手に触れている部分から、スライムの身体が急速に崩壊し始めたのだ。
いや、崩壊じゃない。「変質」している。
あれほど強力だった酸の粘液が、ただの「水」に変わって地面に零れ落ちていく。
酸という概念そのものを、俺が奪い取ったからか?
アナウンスが終わると同時に、スライムだったものは完全にただの水たまりになり、スライムの中に核として存在していた光石だけが、カランと音を立てて転がった。
「俺が……やったのか?」
俺は自分の手を見つめる。
溶けかかっていた腕の傷が、嘘のように引いていた。いや、それだけじゃない。身体の奥底から、奇妙な力が湧いてくるのを感じる。
さっきまで脅威だった「酸」の使い方も、まるで最初から知っていたかのように理解できていた。
視界には、自分のステータスウィンドウらしきものが浮かんでいる。
【保持スキル:酸攻撃、物理耐性】
「強奪……。奪い取って、自分のものにする能力か」
俺は足元の水たまりを見下ろし、口の端を歪めた。
前世では奪われるばかりだった。時間も、健康も、成果も。だが、この世界では違うらしい。
ここには、俺が奪えるものが溢れている。味は最悪だったが、腹の足しにはなる。
「いいぜ。これからは俺が奪う番だ」
俺、カナメの異世界生活は、最悪の洞窟から幕を開けた。
――――――――――――――
はじめまして。
本作は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載している作者本人による投稿です。
こちらでも連載を開始しました!
別サイトの投稿話に追いつくまでは、複数話投稿を予定しております。
話が追い付いたら、以降は毎日投稿になります。
――――――――――――――
意識の底にへばりついているのは、連日の徹夜とデスマーチの記憶。ああ、そうか。俺はまた会社のデスクで寝落ちしたのか。
納期は明日だというのに、こんなところで寝ている場合じゃ――。
「……ん?」
目を開けた俺の視界に飛び込んできたのは、見慣れた薄汚いオフィスの天井ではなかった。ゴツゴツとした岩肌。湿った空気。そして、鼻をつく腐敗臭。
背中に伝わるのは、オフィスチェアの感触ではなく、硬く冷たい石の感触だ。
「どこだ、ここ……」
起き上がろうとして、激痛に顔をしかめる。身体中がきしむように痛い。
自分の手を見ると、着ていたはずのスーツはボロボロに裂け、皮膚には無数の擦り傷があった。まるで、高いところからゴミのように投げ捨てられたみたいだ。
「まさか、誘拐……いや、それにしては場所がファンタジーすぎるな」
俺はふらつく足で立ち上がり、周囲を見渡した。
薄暗い空間。奇妙な鉱石が光り、辺りを照らしており、思いのほか視界は悪くなかった。どうやら洞窟の底のようだが、上を見上げても空は見えない。
遥か上方に、わずかな光の穴が見えるだけだ。
あそこから落ちてきたのか?普通なら即死レベルの高さだぞ。
状況を整理しようとした、その時だった。
『ギャアアアア……ッ!』
耳障りな鳴き声とともに、岩陰から何かが飛び出してきた。
ゼリー状の半透明な身体。ファンタジーRPGでお馴染みの雑魚モンスター、【スライム】だ。
「うわっ……!?」
俺は咄嗟に身構える。
その瞬間、奇妙な現象が起きた
目の前のスライムの上に、まるでゲームのウィンドウのような半透明の文字が浮かび上がったのだ。
【対象:アシッドスライム】
【強奪可能スキル:酸攻撃、物理耐性】
「なんだ、この文字……強奪可能、だって?」
呆然とする俺に、スライムが飛びかかってくる。
避ける――無理だ。今のボロボロの身体じゃ反応できない。
ジュッ!
「ぐああっ!?」
腕に激痛が走る。スライムの身体が触れた部分の皮膚が、白煙を上げて焼けていた。
文字通り「アシッドスライム」かよ。こいつ、全身が強力な酸でできているのか。 過労死したと思ったら、次はスライムに溶かされて死ぬ?
ふざけるな。俺の人生は、どこまで搾取されれば気が済むんだ。
「……死んで、たまるかよ」
恐怖よりも先に、怒りが湧いた。
視界の端には、依然としてあの文字が浮かんでいる。
【強奪可能】。
もしこの文字が本当なら――俺はこいつから「奪える」のか?
俺は無意識に、襲いかかってくるスライムの核めがけて手を伸ばしていた。武器はない。あるのはこの手だけ。
触れれば溶ける。腕一本くらいくれてやる。
だから――その|能力、よこせ!
俺の手が、スライムのドロドロとした身体に触れた、その瞬間。
『――対象への接触を確認。ユニークスキル【万能強奪】を発動します』
頭の中に、無機質な機械音声が響いた。
直後、ズリュッ、と腕から何かが流れ込んでくる感触があった。
「うっ……すっぱ……」
口の中に、劣化したレモンと電池を一緒に噛み砕いたような、強烈な酸味と鉄の味が広がった。
吐き気を催すような不快感。だが、その不味さと引き換えに、俺の手のひらがカッと熱くなる。
『スキル【酸攻撃】および【物理耐性】の強奪に成功。対象の構成維持が不可能です』
「な……!?」
目の前の現象に、俺は口の中の不味さも忘れて息を飲んだ。
俺の手に触れている部分から、スライムの身体が急速に崩壊し始めたのだ。
いや、崩壊じゃない。「変質」している。
あれほど強力だった酸の粘液が、ただの「水」に変わって地面に零れ落ちていく。
酸という概念そのものを、俺が奪い取ったからか?
アナウンスが終わると同時に、スライムだったものは完全にただの水たまりになり、スライムの中に核として存在していた光石だけが、カランと音を立てて転がった。
「俺が……やったのか?」
俺は自分の手を見つめる。
溶けかかっていた腕の傷が、嘘のように引いていた。いや、それだけじゃない。身体の奥底から、奇妙な力が湧いてくるのを感じる。
さっきまで脅威だった「酸」の使い方も、まるで最初から知っていたかのように理解できていた。
視界には、自分のステータスウィンドウらしきものが浮かんでいる。
【保持スキル:酸攻撃、物理耐性】
「強奪……。奪い取って、自分のものにする能力か」
俺は足元の水たまりを見下ろし、口の端を歪めた。
前世では奪われるばかりだった。時間も、健康も、成果も。だが、この世界では違うらしい。
ここには、俺が奪えるものが溢れている。味は最悪だったが、腹の足しにはなる。
「いいぜ。これからは俺が奪う番だ」
俺、カナメの異世界生活は、最悪の洞窟から幕を開けた。
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はじめまして。
本作は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載している作者本人による投稿です。
こちらでも連載を開始しました!
別サイトの投稿話に追いつくまでは、複数話投稿を予定しております。
話が追い付いたら、以降は毎日投稿になります。
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