万能強奪(スキルテイク)で餌付け無双 ~Fランクの俺、封印されていた神話級美少女を助けたら「最強の番(つがい)」として溺愛されました。

式条 玲

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第二章 悪魔の聖女と闇オークション

第9話:適正価格

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 大通りの喧騒を抜け、俺たちは一本奥まった通りにある「貴金属街」へと足を踏み入れた。
 ここは表通りとは違い、静まり返っている。だが、その静けさは品格によるものではなく、誰もが互いの腹を探り合っているような、張り詰めた緊張感によるものだった。

 俺が目をつけたのは、【ヴァルディグ雑貨舗】という看板を掲げた、一際立派な石造りの店だ。
 ショーウィンドウには煌びやかな宝石が並び、入り口には屈強な警備員が立っている。

「ここにするか」

「趣味の悪い外装ですわね。金メッキの匂いがしますわ」

 シルヴィアの辛辣な評価を聞き流し、俺たちは重厚な扉を開けた。

 カラン、と涼やかなベルの音が鳴る。

「いらっしゃいませ~! おやおや、冒険者様ですか?」

 カウンターの奥から、腹の出た中年の男が現れた。
 仕立ての良いシルクの服を着込み、指にはいくつもの指輪を嵌めている。
 店主と思しきその男は、値踏みするような視線を俺たちに向けた。

 ところどころがボロボロになった俺のスーツ。
 首から下げたFランクのプレート。
 そして、フードで顔を隠した連れシルヴィア

 男の目から、一瞬で「興味」が消え失せた。

「……当店は一見いちげんさんの、特に『低ランク』の方の買取はお断りしているんですがねぇ。まあ、ゴブリンの魔石程度なら、そこのカゴに入れておいてください。銅貨数枚にはなるでしょう」

 男はあくび交じりにそう言うと、手元の帳簿に視線を戻そうとした。
 典型的な「客を選ぶ」タイプだ。
 Fランクの冒険者が、まともな品など持っているはずがないと決めつけている。

 いい反応だ。

 俺は内心でニヤリと笑った。
 こういう手合いは、「本物」を見せた時の反応が一番面白い。

「ゴブリンの魔石だって? ……これを見てから言ってくれ」

 俺はカウンターに近づき、懐から取り出した布包みを、ゴトッと重々しく置いた。そして、ゆっくりと布を解く。

 瞬間。

 薄暗い店内に、毒々しいほどの紫色の閃光が走った。

「な……ッ!?」

 店主の目が飛び出さんばかりに見開かれた。
 カウンターに鎮座するのは、大人の拳ほどもある【紫水晶アメジスト】の原石。
 だが、ただの宝石ではない。
 その内部では、封印されていた神代の魔力が液状化して渦巻いており、見る者を吸い込むような魔性の輝きを放っていた。

「こ、これは……! 高純度のアメジスト……いや、それだけじゃない。この内包魔力量はなんだ!?」

 店主は震える手でルーペを取り出し、食い入るように鑑定を始めた。
 額から脂汗が流れ落ち、呼吸が荒くなる。

 数分後、店主が顔を上げた。
 その目からは、先ほどの侮蔑は消え失せ、代わりにドロドロとした「強欲」が張り付いていた。

「……お客さん。こいつは、どこで手に入れたんですか?」

 声が震えている。
 一生に一度拝めるかどうかの国宝級アイテムを前に、理性が消し飛んでいるようだ。

「未踏破ダンジョンの奥深くで拾った。出所でどころは聞かないのが、ルールだろ?」

「え、ええ。その通りですとも」

 店主は舌なめずりをし、へこへこと頭を下げながら、わざとらしい営業スマイルを作った。

「素晴らしい品です。ですが……惜しいことに、魔力の波長が強すぎて、加工が難しい。それに、出所不明となると、裏ルートでの処理費用もかさみます」

 男は電卓のような魔道具を叩き、これみよがしにため息をついた。

「今の相場だと……そうですね、金貨10枚。リスク料込みで、それで手を打ちましょう」

 金貨10枚。

 元の世界でのことを思い出す。人に騙し、たかる顔だ。
 こいつは、俺が相場を知らない田舎者だと思って、徹底的に買い叩くつもりだ。

「……へぇ。加工が難しい、ねぇ」

 俺は冷めた目で男を見下ろした。
 Aランク冒険者のバクスですら目の色を変えて、俺を殺そうとしてまで欲しがったものだ。こいつは、俺が無知だと思って適当な専門用語を並べ立てているだけだ。

「帰ろうか、シルヴィア。この店主は目が腐ってるみたいだ」

「ええ。節穴ふしあなどころか、眼球がついていないのではありませんこと? この輝きが分からないなんて、哀れな方ですわ」

 俺が水晶に手を伸ばすと、店主が慌ててその上から手を被せてきた。

「ま、待ってください! ちょっとした冗談じゃないですか! ……なら、金貨20枚! これが限界だ! これ以上出す店なんてありませんよ!」

「触るな」

 俺は店主の手首を掴み、ギリリと締め上げた。

「いっ、ぐ……ッ!?」

「Fランクだからって、足元を見られると思うなよ? 俺たちは『適正価格』を知ってるんだ」

 俺は店主の目を覗き込み、静かに告げた。
 この反応だ。50枚、60枚でもくだらないのだろう。

「金貨150枚。それ以下なら、向かいの店に持っていく」

 俺が具体的な数字を出すと、店主の顔が引きつった。
 図星だったのだろう。
 金貨150枚で買い取っても、倍以上の値で売れる確信があるはずだ。

「そ、そんな馬鹿な! Fランク風情が調子に乗るなよ!?」

 店主の態度が一変した。
 彼は顔を真っ赤にして、唾を飛ばしながら怒鳴り散らした。

「ここで私が衛兵を呼べば、『盗品を持ち込んだ不審者』としてお前らなんぞ即座に逮捕だ! 牢屋に入りたくなければ、金貨20枚で置いていけ!」

 開き直りやがった。
 店主の手が、カウンターの下にある警報用の魔道具へと伸びる。

 力づくで奪う気か。

 その時だ。

「――おイタが過ぎますわよ、下等生物ブタ

 ぞわり。

 店内の温度が、氷点下まで下がったような錯覚。

「ひっ……!?」

 店主が動きを止めた。
 俺の背後で、シルヴィアがフードを少しだけ持ち上げていた。
 その隙間から覗く、妖しく光る紫色の瞳。

 そこから放たれていたのは、人間相手に向けるような生易しい威圧ではない。食物連鎖の頂点に立つ捕食者が、皿の上の餌に向ける、純粋な「食欲」だった。

「その汚い手が動いたら……指先から順に、美味しくいただいてしまいますわよ?」

 ズリュリュ……。

 店内の影が意思を持ったように蠢き、店主の足元から這い上がり、蛇のように絡みついた。
 物理的な拘束ではない。だが、生物としての本能が警鐘を鳴らしている。「動けば食われる」と。

「あ、あ、あ……」

 店主はガタガタと震え、瞳孔が開いた目でシルヴィアを見つめることしかできない。
 股間から、じわりと染みが広がる。
 店内に、アンモニア臭が漂った。

「失礼しました。少し脅かしすぎたようですわ」

 シルヴィアがふわりと微笑むと、影は霧のように消え去った。
 だが、店主の恐怖は消えない。
 彼は腰を抜かし、へたり込んだまま、何度も頷いた。

「さあ、商談に戻ろうか」

 俺はニッコリと笑いかけた。

「金貨150枚。それに、俺たちの精神的苦痛への慰謝料としてプラス10枚。計160枚だ。……払えるよな?」

「は、はいぃぃッ!! 直ちに!!」

 店主は這うようにして金庫へと向かい、震える手で金貨の詰まった革袋を持ってきた。
 もはや、彼にとって俺たちはカモではない。
 店に入り込んだ、触れてはいけない厄災そのものだった。


   ◇


 数分後。
 俺たちはズッシリと重い革袋を提げて、店を出た。

「ふふっ。あの方、最後は白目を剥いていましたわね。少しおしおきが濃すぎたかしら」

「いや、丁度いいスパイスだったよ。おかげで当面の資金には困らない」

 俺は懐の革袋の重みを確かめる。
 金貨160枚。
 これで宿代と食事代、そして何より――情報を買う金ができた。

「さて、次は装備だ。表の店じゃ手に入らないような、『掘り出し物』を探しに行くぞ」

「掘り出し物、ですの?」

「ああ。……この街の闇に眠る、『呪い』たっぷりの極上の食材をな」

 俺たちは、さらなる獲物を求めて、夕暮れの街へと消えていった。
 その背後で、ようやく呼吸を取り戻した街の喧騒が、再び渦を巻き始めていた。

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