万能強奪(スキルテイク)で餌付け無双 ~Fランクの俺、封印されていた神話級美少女を助けたら「最強の番(つがい)」として溺愛されました。

式条 玲

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第二章 悪魔の聖女と闇オークション

第11話:黒い奇跡

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「……なんだ、この騒ぎは?」

 路地裏へ向かおうとした俺たちの足を止めたのは、大通りから響いてくる地鳴りのような歓声だった。

「おおぉぉぉぉぉッ!!!」

「イリアル様ぁぁぁッ!!」

「聖女様! どうか、どうか慈悲をぉぉッ!!」

 人々が雪崩なだれを打って駆け出していく。
 商店の主人は店を放り出し、松葉杖をついた老人は転びながらもい進み、母親は赤子を抱えて祈るように叫んでいる。
 その光景は、祭りの賑わいというよりは――集団ヒステリーに近い、異様な熱気を帯びていた。

「すごい人の数ですわね。……どいつもこいつも、目が狂っていますわ」

 シルヴィアが不気味そうに呟く。
 彼女の言う通りだ。群衆の目は血走り、焦点が合っていない者も多い。まるで何かの薬物中毒者のように、一つの方向を凝視し、救いを求めてよだれを垂らしている。

「少し様子を見るか」

 俺たちは人混みの後ろ、建物の陰から通りを覗き込んだ。

 白い花びらが舞う中、豪奢ごうしゃ無蓋むがい馬車がゆっくりと進んでくる。
 その中心に座っているのは、一人の少女だった。

 太陽の光を浴びて輝く、美しい金髪。
 陶器のように滑らかな白い肌と、宝石のような碧眼へきがん
 この距離からでも僅かに香るほどの甘ったるい香水の匂い。
 純白のドレスまとい、沿道の人々に手を振るその姿は、この世のけがれなど知らぬ天使そのものだ。

「ああっ! 聖女イリアル様! お願いします、私の足を見てください!」

 沿道から、一人の男が飛び出した。
 衛兵が止めようとするが、聖女イリアルはそれを優しく手で制し、馬車を止めさせた。
 男の足はみ、ドス黒く変色している。壊死えししかけた酷い怪我だ。

「……可哀想に。痛むのでしょう?」

 イリアルは馬車から降り、躊躇ためらいもなく汚れた男の前にひざまずいた。
 その慈愛に満ちた行動に、群衆から感嘆のため息が漏れる。

「聖女様、汚いですよ! こんな薄汚い男に触れては……!」

「いいえ。神の御前おんまえでは、全ての命は平等です」

 イリアルは美しい微笑みを浮かべ、膿んだ足に白魚のような手をかざした。

「――えなさい。神の愛によって」

 カッ、と彼女の手が光る。

 すると、信じられないことが起きた。
 男の足からドス黒い変色がスゥーッと引いていき、膿が消え、新しい皮膚が再生していったのだ。

 数秒後には、そこには傷一つない健康な足があった。

「お、おお……! 治った……! 俺の足が、動くぞぉぉッ!!」

「奇跡だ! 神の奇跡だぁぁッ!!」

「聖女様万歳! イリアル様万歳!!」

 爆発的な歓声。男は涙を流して地面に額を擦り付け、周囲の人々は拝むように手を合わせる。

 完璧な奇跡。

 教科書に載るような聖女の偉業だ。

 ――だが。

「……カナメ様」

 隣で見ていたシルヴィアが、扇子で鼻と口をおおい、顔をしかめた。

くさいですわ」

「ああ。……ひどいもんだな」

 俺もまた、吐き気をこらえていた。
 周囲の人間には「聖なる光」に見えただろう。
 だが、俺の【魔力感知】には、全く別の「おぞましい作業」が見えていた。

 俺の視界には、魔力の流れが赤いラインとなって映し出されている。

 イリアルが男に触れた瞬間。
 男の足に溜まっていた「病魔(ドス黒いヘドロのような魔力)」は、浄化されて消えたわけではない。
 彼女の手を通じて吸い上げられ――彼女の背後にある、馬車の「荷台」へと高速で移動したのだ。

 馬車の後部には、窓のない厳重な鉄の箱が連結されている。
 華やかなパレードには不釣り合いな、無骨で黒い箱。

 男の足から消えた「壊死」の概念は、あの箱の中へ「移動」させられただけだ。

「あれは治癒魔法じゃない。『転送』だ」

 俺は冷静に分析する。
 病気や怪我を治しているんじゃない。別の場所にある「ゴミ箱」へ押し付けているだけだ。

 そして、あの箱からは――微かに、何かが押し殺したような、苦悶くもんの唸り声が聞こえた気がした。

「……自分の手は汚さず、ゴミは裏へ隠す。随分と効率的な『掃除』だな」

 俺が冷ややかに見つめる中、聖女イリアルは立ち上がった。
 民衆に向けられた笑顔は完璧だ。
 だが、俺は見逃さなかった。

 彼女が馬車に戻り、民衆から見えない角度になった瞬間。
 彼女が、先ほど男に触れた手を、ドレスの陰で執拗しつようぬぐったのを。

(……汚らわしい)

 口には出していない。だが、その表情には明確な侮蔑ぶべつと嫌悪が浮かんでいた。
 まるで、這い回るゴキブリに触れてしまったかのような目。

「さあ、皆さんに神の祝福を」

 次の瞬間には、彼女はまた慈愛の聖女の仮面を被り、手を振っていた。

「……ふん。人間にしては、中々いい性根しょうねをしていますわね」

 シルヴィアが、面白くもなさそうに鼻を鳴らす。

「見た目は綺麗な果実ですが、中身は腐りきっていますわ。あの方、先ほどの『病気』を誰かに押し付けながら、その手数料として男から『生命力』をかすめ取っていますよ」

「……気づいたか」

「ええ。あの方から伸びている黒い糸……何人もの人間から命を吸い上げていますわ。あの肌艶はだつや、恐らく本来の年齢のものではありません」

 やはりか。

 治療代はタダではない。寿命いのちで払わせているわけだ。
 そして押し付けられた病気や怪我を引き受けている「ゴミ箱」が、あの馬車の箱の中にいる。

 完璧なマッチポンプ。

 民衆を救っているように見せかけて、その実、民衆を「養分」にし、裏では「ゴミ箱」を使い潰す悪魔の所業。

「関わりたくないな。あんなのを食ったら、こっちまで腐りそうだ」

「同感ですわ。ジャンクフードどころか、ただの毒物ですもの」

 俺たちは興味を失い、熱狂する大通りに背を向けた。
 聖女イリアル。
 俺たちとは違う意味での「捕食者」。
 だが、そのやり口はあまりにも美学がない。

「行くぞ。あんな詐欺師のショーより、俺たちの買い物が先だ」

「ええ。早く参りましょう。ここの空気は悪すぎますわ」

 俺たちは逃げるように路地裏へと入っていった。
 だが、その先で待っていたのは――。

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