はらぺこあむち

いかゆう

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あむちとネコロンブスだったもの

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「あ、あむ……ち……?」



 振り返った横顔、見慣れた顔、数時間前に別れたばかりのわたしの親友、あむち。



 彼女の口元は真っ赤な鮮血でべっとりと濡れており、その中から覗かせる真っ白な八重歯があまりにも綺麗で、異質だった。



「なに……してるの」



 振り絞って出た言葉はあまりに抽象的で、目の前で彼女が行っていることは一目でわかるのに、どうしてもほかの言葉が思いつかなかった。



 彼女の手にはつい先ほどまで愛でていた子猫が、無惨にも腹部が三日月型にえぐり取られて死んでいる。

 愛くるしかった瞳が見開かれ、撫で心地の良かった三色の毛色が真っ赤に汚れていた。



「それ……ネコロンブス、だよね? あむちが殺したの……?」



 わかりきっていることだった。



 彼女が、あむちが、その食欲の求めるまま子猫を手にかけたこと。

 

 でも、聞かずにはいられなかった。



 すると、あむちはゆっくりと口を開いた。



「ネコロンブスがね、歩いてたんだ、塾の帰りに。それでね、私ね、心配だったから追いかけたの」



 あむちの言葉に覇気はない。ゆっくりと、ただ事情を説明するかのように、淡々としていた。



「校庭に入っちゃってね、先生に見つかっちゃったら捕まっちゃうと思って。体育館の裏に連れてきたんだ。それでしばらく隠れてたの」



「……うん」



 彼女の瞳はわたしを捉えていない。

 空虚な瞳は、どこか遠くを見つめているようだった。



「いつもみたいにぎゅーってして。いつもみたいにすりすりして。そしたら思っちゃったの……」



 ――――おいしそうだなって。



 彼女の声は、震えていた。

 今にも泣きだしそうで、恐ろしいことが起きているというのに、思わず抱きしめてあげたくなってしまった。



「……そっか」



 わたしは、なんて言ってあげればいいんだろう。

 どんな顔をすればいいのだろう。



 かけてあげたい言葉はいくつもある。

 だが、どうしても薄っぺらく思われてしまいそうで、喉の奥に引っかかった小骨のようにつっかえている。



「ひよりん、この子ね、最後まで私に懐いてたんだ。おなかに顔を近づけた時も、いつもみたいに喉を鳴らして気持ちよさそうにしてたの。私は食べようとして近づいただけなのに……」



 あむちの目から大粒の涙が零れ落ちる。

 それはとてもあったかく、先ほどまでの獣のような獰猛さからはあまりにかけ離れた、弱弱しい少女の涙だった。



 わたしは思わず彼女を抱きしめた。



「つらかったよね、あむち。話してくれてありがとう」



 思いがけない抱擁に、あむちの心が決壊した。



「ひよりん、私もうダメだぁあああああーーー」



 後悔が、自己嫌悪が、あむちの全身から発露する。



「私ね、ずっとおなかが空いちゃってるの。我慢しよう我慢しようと思っても、気付いたら手に食べ物があって……」



「よしよし」



 わたしはあむちを胸に抱き寄せ、その頭を優しく撫でる。



「ネコロンブスだってね、ほんとは食べたくなかったの。でもどうしても我慢できなくて……大事なものも、知らない間に傷つけちゃうんだよ。こんな私、生きてる価値ないよね」



 この世のすべてに、いや、こんな世界に適合できなかった自分自身を責め立てるあむち。

 泣き腫らした…ち……?」



 振り返った横顔、見慣れた顔、数時間前に別れたばかりのわたしの親友、あむち。



 彼女の口元は真っ赤な鮮血でべっとりと濡れており、その中から覗かせる真っ白な八重歯があまりにも綺麗で、異質だった。



「なに……してるの」



 振り絞って出た言葉はあまりに抽象的で、目の前で彼女が行っていることは一目でわかるのに、どうしてもほかの言葉が思いつかなかった。



 彼女の手にはつい先ほどまで愛でていた子猫が、無惨にも腹部が三日月型にえぐり取られて死んでいる。

 愛くるしかった瞳が見開かれ、撫で心地の良かった三色の毛色が真っ赤に汚れていた。



「それ……ネコロンブス、だよね? あむちが殺したの……?」



 わかりきっていることだった。



 彼女が、あむちが、その食欲の求めるまま子猫を手にかけたこと。

 

 でも、聞かずにはいられなかった。



 すると、あむちはゆっくりと口を開いた。



「ネコロンブスがね、歩いてたんだ、塾の帰りに。それでね、私ね、心配だったから追いかけたの」



 あむちの言葉に覇気はない。ゆっくりと、ただ事情を説明するかのように、淡々としていた。



「校庭に入っちゃってね、先生に見つかっちゃったら捕まっちゃうと思って。体育館の裏に連れてきたんだ。それでしばらく隠れてたの」



「……うん」



 彼女の瞳はわたしを捉えていない。

 空虚な瞳は、どこか遠くを見つめているようだった。



「いつもみたいにぎゅーってして。いつもみたいにすりすりして。そしたら思っちゃったの……」



 ――――おいしそうだなって。



 彼女の声は、震えていた。

 今にも泣きだしそうで、恐ろしいことが起きているというのに、思わず抱きしめてあげたくなってしまった。



「……そっか」



 わたしは、なんて言ってあげればいいんだろう。

 どんな顔をすればいいのだろう。



 かけてあげたい言葉はいくつもある。

 だが、どうしても薄っぺらく思われてしまいそうで、喉の奥に引っかかった小骨のようにつっかえている。



「ひよりん、この子ね、最後まで私に懐いてたんだ。おなかに顔を近づけた時も、いつもみたいに喉を鳴らして気持ちよさそうにしてたの。私は食べようとして近づいただけなのに……」



 あむちの目から大粒の涙が零れ落ちる。

 それはとてもあったかく、先ほどまでの獣のような獰猛さからはあまりにかけ離れた、弱弱しい少女の涙だった。



 わたしは思わず彼女を抱きしめた。



「つらかったよね、あむち。話してくれてありがとう」



 思いがけない抱擁に、あむちの心が決壊した。



「ひよりん、私もうダメだぁあああああーーー」



 後悔が、自己嫌悪が、あむちの全身から発露する。



「私ね、ずっとおなかが空いちゃってるの。我慢しよう我慢しようと思っても、気付いたら手に食べ物があって……」



「よしよし」



 わたしはあむちを胸に抱き寄せ、その頭を優しく撫でる。



「ネコロンブスだってね、ほんとは食べたくなかったの。でもどうしても我慢できなくて……大事なものも、知らない間に傷つけちゃうんだよ。こんな私、生きてる価値ないよね」



 この世のすべてに、いや、こんな世界に適合できなかった自分自身を責め立てるあむち。

 でもわたしは、泣き腫らした彼女を正面から見据える。

 これ以上、わたしの大好きなあむちが壊れてしまわないように。



「そんなことない! あむちがいてくれるから、わたしは毎日学校に行けるんだよ。あむちがいてくれるから、こんなカスみたいな世の中でも生きていけるんだよ!」



「べつに……私なんにもしてないよ。学校だって、私がいなくてもひよりんならすぐ友達作れるでしょ。私なんかといなくても、ひよりんなら生きていける」



 強情なあむち。

 ここまで自分のことを責める彼女を、わたしは見たことがなかった。

 何を言ってもひよりんはすごい、ひよりんは立派だって、なんにも聞く耳を持っていない。



 だから、



「わたし、昔いじめられてたんだよね」



「……え?」



 だから、自分のことを話すことにした。



「同じクラスの岡田、わかる?」



「うん、岡田……メルちゃんだっけ」



「そう、中学の時、あの子に酷いことされてた。思い出したくもないんだけど、そのせいで二年生の時ほとんど学校行ってなかったんだ」



「そう……なんだ。今は大丈夫なの……?」



「うん、もう全く話してないから。それから、わたしがあむちに初めて会った時のこと、覚えてる?」



「それはもちろんだよ。ひよりん、クラスで浮いてた私に初めて話しかけてくれたよね。ほら、私高校入った時から常に何か食べてて変な子扱いされてたから……」



「そう、あむちは確かに変な子だったよ」



「もう……! そんなこと言わないでよぉ」



 軽口をたたく私に、あむちは泣き目ながらも憤慨した。



「ただね、そんなあむちに、わたしすごーく元気づけられたんだ」



「え?」



 目をぱちくりさせるあむち。



「高校に入学したとき、あいつ、岡田がいるって知ったときすごい吐いちゃったんだ、わたし。ご飯も全然食べられなくて、かなり痩せちゃってた」



 でも、とわたしは続ける。



「初めてあむちを見た時、周りのことを全く気にしないで好きなだけ食べ続けるあむちの姿が、すごいかっこいいなって思った」



「私が、かっこいい……?」



「大切なネコロンブスを食べちゃったのは確かにダメなことだよ。でも、あむちの存在を全部否定するのは間違ってる。その異常な食欲も含めて、あむちのいいところだよ」



 あむちは戸惑っているようだった。

 自らの犯した罪をダメだと窘める親友。

 それでも受け入れてくれるという親友。



 あむちは理解不能とばかりに目をぐるぐるさせた。



 これで伝わらないのなら、これを言うしかあるまい。



「わたしは、あむちが好き」



「……!」



 あむちの頬が、かすかに赤らむ。

 急速に早まった心臓の音が、こちらにまで聞こえてきそうだった。



 わたしは、あむちの目をまっすぐ見つめて続ける。



「あむちがわたしを過大評価してるように、わたしもあむちのこと過大評価してた。あむちの食欲が、そんなに大変だって事にも気づけなかった。わたしはあむちが好き。今までも、これからも。だから、だから……」



 早まる鼓動を抑えるように、ジャージにシワができるほど胸の辺りを強く握りしめる。

 思いをぶつける度、私の目にも涙が浮かんできた。

 

 でも、やめない。




――――わたしを、信じて。




 告げた言葉に、あむちはうまく声が出せないでいる。

 喉の渇きを訴えるような、必死に酸素を吸うかのように、あむちは口をパクパクさせている。



 言った。言ってしまった。

 

 同性を好きだなんて言ったら、距離を置かれてしまうかもしれない。

 いままで彼女と一緒にいたのが、自分の欲を満たすためだけだったかのように思えて。気を抜いたら、この場から逃げ出してしまいたくなってしまう。



 わたしの頬にも、何か水が垂れるような感覚を感じた。

 あぁ、きっとひどい顔をしてるんだろうな、わたし。



 だけど、すごくすっきりしてる。



「ひよりん」



 わたしを呼ぶあむち。

  

 うん、もう大丈夫。





「ありがとう」




 

 




 


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