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あむちとネコロンブス
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「あむち、ほんとごめん!」
「えーぜんぜん気にしてないよぉ! むしろ私の方がごちそうさまでしたー」
ラーメンを食べて店から出た後、両手を合わせて深く謝る私とは対称的に、あむちはあっけらかんとして笑っていた。
ごちそうさま、というのはわたしが吐き出したラーメンの吐瀉物を彼女が飲み込んだということ。
絶対気持ち悪いのに、普段と同じように接してくれるあむちには頭が上がらない。
「……なんであのとき、キスしたの?」
頬に火照りを感じながらも、わたしはあむちにまっすぐ問う。
大好きなあむち。
いつかキスなんてできたら夢のようだろうなぁと思っていた。
しかし、まさか彼女の方からしてきてくれるなんて。
それに私が吐いちゃったときも嫌な顔一つせず受け入れてくれた。
あむち、わたしのこと好きなのかな……。
もしかして、これいける?
あむちと恋人になれちゃう⁉
そんな淡い期待を抱いたものの、口を開いたあむちの言葉にすぐさま打ち砕かれた。
「えーだってひよりん吐いちゃいそうだったじゃん? せっかく栄養あるのにトイレに流しちゃうのもったいないなぁって思って。じゃあ私がおいしくいただいちゃった方がいいかなーって」
「へ?」
栄養があるから。ただそれだけ。
あむちに、わたしに対する特別な感情のようなものは全く感じられなかった。
それがどうしようもなく悲しくて、無念で、心に穴が開いたかのようだった。
あむちの食欲は本当に底知れない。
それがたとえゲロであっても、彼女には栄養に見えているようだった。
異常。
思っても口に出せないような言葉を、わたしは飲み込んだ。
「わあ、ネコロンブスだ!」
ふと、大声を上げたあむちにハッとさせられる。
あむちの視線の先、目線の高さのブロック塀の上に、一匹の三毛猫がトコトコと歩いていた。子猫かな。
「ネコロンブス? その子、あむちの家の子?」
「普通に野良だよ~。でもよく通学路にいるから勝手に名付けちゃった。よく寝転がってるからネコロンブスなんだけど……おかしいかな?」
てれてれと恥ずかしそうに笑うあむち。
あむちに撫でられる子猫も、気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
ずいぶん慣れてるみたいだ。
「かわいいじゃんっ、ネコロンブス! わたしも触ってみていいかな」
「でしょぉ! どーぞどーぞ!」
あむちはひょいっとネコロンブスを抱え上げると、抱っこしたままわたしの近くに寄せてくれた。
あむちの胸元できょとんとした顔をするネコロンブスのおなかを、わたしは軽く手のひらで撫でてみた。
「わーふわふわだね! すごい毛並みいいじゃん!」
「そだよぉ~、食べちゃいたいくらいだよねぇ~ネコロンブスぅ」
すりすりと頬ずりをするあむちに、ネコロンブスはどこか不審げな目を向けている。
まあ、わたしもそんな目になっちゃってる気がするけど。
あむちが食べちゃいたいなんて言うと、本当にそのままパクっといってしまいそうでちょと怖い。
「あ、やば! 塾の時間もうすぐだ!」
あむちはスマホの待ち受けを見て声を上げた。
現在17時を回ったあたりだが、あむちの塾は自宅から少し離れた位置にある。
この時間でもギリギリといったところだろう。
「あ、おっけー。間に合いそう?」
「ちょっと急がないとまずいかも。ごめん、先帰っててもいい?」
「いーよいーよ。気を付けてね」
「うん、ありがと! ネコロンブスもまたね!」
あむちはネコロンブスをゆっくりと地面に下ろすと、駆け足で夕暮れに消えていった。
さっきラーメン食べたばっかりなのに、よくそんな走れるよね……。
「じゃあ、わたしも行くから。またね、ネコロンブス」
ペロペロと顔を洗う子猫に手を振って、わたしも自宅に向かった。
さっきラーメン食べちゃったし、今夜はジョギング頑張らないとだよね。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ふ~よきかなよきかな」
一度自宅に帰って軽くシャワーを浴びたわたしは、頭をタオルでパタパタ乾かしながら深く息を漏らす。
このあとまた走りに出かけるんだよね。
ちょっとめんどくさいかも……。
「おっとダメダメ。さっきのラーメンを思い出して、ひより。ほとんど出しちゃったとはいえ消化された分だけでも相当なカロリーになっちゃってるはず」
さぼっちゃだめだよわたし、と頬をぱちっと両手で叩いて自分に気合を入れる。
改めて自分のおなかを見下ろしてみると、下着の上にむにっと乗っかった脂肪が目立っている。なんて忌々しい。
指で潰したら消えるかなと摘まんでみたが、痛かったのですぐやめた。
仕方なく高校で使っているジャージに着替えると、使い古したランニングシューズを履いて表に出た。
まだ五月に差し掛かったころではあるものの、今夜は少し肌寒かった。
「うぅ~さむ! 早く走って体あっためちゃお……」
震える肩を抱いて、早歩きで道路に出る。
チカチカと点滅する街灯が照らすのは一人寂しく走るわたしだけだ。
いつも人通りが多いというわけではないが、今日はなんだか余計にそう感じる。
真っ暗な空の中、はっきりと煌めく月明かりが道を照らす。
ランウェイを彩るスポットライトは、まるで自分がモデルにでもなったかのように感じさせた。
「はぁっはあっしんどっ……!!」
肩の震えはなくなったが、今度は滴る汗がものすごい不愉快だ。
長い髪がペタペタと額に張り付き視界を遮ってくる。
とりあえず学校までをゴールにしよ。
我が家から学校までは大体歩いて二、三十分のところだ。
走れば十分くらいだろう。
息も絶え絶えになってきたころ、ようやっと遠目に目的地が見えてきた。
「はいっ到着~っと! さすがわたし、中学で陸上部なだけありますなぁ~」
高校では続かなかったことは聞かないでほしいが、当時はすごかったのだ。スタメンにも選ばれるくらいのエリートなのだ。……補欠だけど。
夜の学校は職員室のみ明かりがついており、生徒諸君はすでに下校済みだろう。
先生方は毎度、お疲れさまだ。
日中とは違って活気のない学校に少しさびしさを感じたが、明日はまたいつもの学校に戻っていることだろう。
「さて、帰りますか~」
息も整ってきたし、長居して先生に見つかったら意味のない雑談に巻き込まれるかもしれない。ここらでおいとまだ。
もちゅもちゅ。
「……ん?」
ふと、聞き慣れない音がした。
くちゅぷちゅ。
咀嚼音のような。動物か何かが食べている音がする。
野良犬だろうか。こんなとこにいたっけ。
好奇心が勝り、音のする方に向かってみることにした。
どうやら学校の敷地内、屋外にある第二体育館の裏から音がしているようだ。
学校の中に野良犬がいるなんて危ないよね……明日までにいなくなってたらいいんだけど。
ぷちっ。ごくん。
不快な咀嚼音は、いまだに鳴りやみそうになかった。
恐る恐る建物の陰から、体育館裏を覗いてみる。
「ワンちゃん~? 何食べてるのぉ……?」
蚊のようにか細い声でそう尋ねたわたし。べつに返事なんて期待してなかった。
でも、そこにいた者は、はっきりと答えた。
すすり泣くような声で、溢れ出す後悔の波に胸を痛めながら。
「……ネコロンブス」
え。
聞き慣れた名前に耳を疑った。
月明かりにかすかに照らされる横顔。
振り向いた獣は……。
あむちだった。
「えーぜんぜん気にしてないよぉ! むしろ私の方がごちそうさまでしたー」
ラーメンを食べて店から出た後、両手を合わせて深く謝る私とは対称的に、あむちはあっけらかんとして笑っていた。
ごちそうさま、というのはわたしが吐き出したラーメンの吐瀉物を彼女が飲み込んだということ。
絶対気持ち悪いのに、普段と同じように接してくれるあむちには頭が上がらない。
「……なんであのとき、キスしたの?」
頬に火照りを感じながらも、わたしはあむちにまっすぐ問う。
大好きなあむち。
いつかキスなんてできたら夢のようだろうなぁと思っていた。
しかし、まさか彼女の方からしてきてくれるなんて。
それに私が吐いちゃったときも嫌な顔一つせず受け入れてくれた。
あむち、わたしのこと好きなのかな……。
もしかして、これいける?
あむちと恋人になれちゃう⁉
そんな淡い期待を抱いたものの、口を開いたあむちの言葉にすぐさま打ち砕かれた。
「えーだってひよりん吐いちゃいそうだったじゃん? せっかく栄養あるのにトイレに流しちゃうのもったいないなぁって思って。じゃあ私がおいしくいただいちゃった方がいいかなーって」
「へ?」
栄養があるから。ただそれだけ。
あむちに、わたしに対する特別な感情のようなものは全く感じられなかった。
それがどうしようもなく悲しくて、無念で、心に穴が開いたかのようだった。
あむちの食欲は本当に底知れない。
それがたとえゲロであっても、彼女には栄養に見えているようだった。
異常。
思っても口に出せないような言葉を、わたしは飲み込んだ。
「わあ、ネコロンブスだ!」
ふと、大声を上げたあむちにハッとさせられる。
あむちの視線の先、目線の高さのブロック塀の上に、一匹の三毛猫がトコトコと歩いていた。子猫かな。
「ネコロンブス? その子、あむちの家の子?」
「普通に野良だよ~。でもよく通学路にいるから勝手に名付けちゃった。よく寝転がってるからネコロンブスなんだけど……おかしいかな?」
てれてれと恥ずかしそうに笑うあむち。
あむちに撫でられる子猫も、気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
ずいぶん慣れてるみたいだ。
「かわいいじゃんっ、ネコロンブス! わたしも触ってみていいかな」
「でしょぉ! どーぞどーぞ!」
あむちはひょいっとネコロンブスを抱え上げると、抱っこしたままわたしの近くに寄せてくれた。
あむちの胸元できょとんとした顔をするネコロンブスのおなかを、わたしは軽く手のひらで撫でてみた。
「わーふわふわだね! すごい毛並みいいじゃん!」
「そだよぉ~、食べちゃいたいくらいだよねぇ~ネコロンブスぅ」
すりすりと頬ずりをするあむちに、ネコロンブスはどこか不審げな目を向けている。
まあ、わたしもそんな目になっちゃってる気がするけど。
あむちが食べちゃいたいなんて言うと、本当にそのままパクっといってしまいそうでちょと怖い。
「あ、やば! 塾の時間もうすぐだ!」
あむちはスマホの待ち受けを見て声を上げた。
現在17時を回ったあたりだが、あむちの塾は自宅から少し離れた位置にある。
この時間でもギリギリといったところだろう。
「あ、おっけー。間に合いそう?」
「ちょっと急がないとまずいかも。ごめん、先帰っててもいい?」
「いーよいーよ。気を付けてね」
「うん、ありがと! ネコロンブスもまたね!」
あむちはネコロンブスをゆっくりと地面に下ろすと、駆け足で夕暮れに消えていった。
さっきラーメン食べたばっかりなのに、よくそんな走れるよね……。
「じゃあ、わたしも行くから。またね、ネコロンブス」
ペロペロと顔を洗う子猫に手を振って、わたしも自宅に向かった。
さっきラーメン食べちゃったし、今夜はジョギング頑張らないとだよね。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ふ~よきかなよきかな」
一度自宅に帰って軽くシャワーを浴びたわたしは、頭をタオルでパタパタ乾かしながら深く息を漏らす。
このあとまた走りに出かけるんだよね。
ちょっとめんどくさいかも……。
「おっとダメダメ。さっきのラーメンを思い出して、ひより。ほとんど出しちゃったとはいえ消化された分だけでも相当なカロリーになっちゃってるはず」
さぼっちゃだめだよわたし、と頬をぱちっと両手で叩いて自分に気合を入れる。
改めて自分のおなかを見下ろしてみると、下着の上にむにっと乗っかった脂肪が目立っている。なんて忌々しい。
指で潰したら消えるかなと摘まんでみたが、痛かったのですぐやめた。
仕方なく高校で使っているジャージに着替えると、使い古したランニングシューズを履いて表に出た。
まだ五月に差し掛かったころではあるものの、今夜は少し肌寒かった。
「うぅ~さむ! 早く走って体あっためちゃお……」
震える肩を抱いて、早歩きで道路に出る。
チカチカと点滅する街灯が照らすのは一人寂しく走るわたしだけだ。
いつも人通りが多いというわけではないが、今日はなんだか余計にそう感じる。
真っ暗な空の中、はっきりと煌めく月明かりが道を照らす。
ランウェイを彩るスポットライトは、まるで自分がモデルにでもなったかのように感じさせた。
「はぁっはあっしんどっ……!!」
肩の震えはなくなったが、今度は滴る汗がものすごい不愉快だ。
長い髪がペタペタと額に張り付き視界を遮ってくる。
とりあえず学校までをゴールにしよ。
我が家から学校までは大体歩いて二、三十分のところだ。
走れば十分くらいだろう。
息も絶え絶えになってきたころ、ようやっと遠目に目的地が見えてきた。
「はいっ到着~っと! さすがわたし、中学で陸上部なだけありますなぁ~」
高校では続かなかったことは聞かないでほしいが、当時はすごかったのだ。スタメンにも選ばれるくらいのエリートなのだ。……補欠だけど。
夜の学校は職員室のみ明かりがついており、生徒諸君はすでに下校済みだろう。
先生方は毎度、お疲れさまだ。
日中とは違って活気のない学校に少しさびしさを感じたが、明日はまたいつもの学校に戻っていることだろう。
「さて、帰りますか~」
息も整ってきたし、長居して先生に見つかったら意味のない雑談に巻き込まれるかもしれない。ここらでおいとまだ。
もちゅもちゅ。
「……ん?」
ふと、聞き慣れない音がした。
くちゅぷちゅ。
咀嚼音のような。動物か何かが食べている音がする。
野良犬だろうか。こんなとこにいたっけ。
好奇心が勝り、音のする方に向かってみることにした。
どうやら学校の敷地内、屋外にある第二体育館の裏から音がしているようだ。
学校の中に野良犬がいるなんて危ないよね……明日までにいなくなってたらいいんだけど。
ぷちっ。ごくん。
不快な咀嚼音は、いまだに鳴りやみそうになかった。
恐る恐る建物の陰から、体育館裏を覗いてみる。
「ワンちゃん~? 何食べてるのぉ……?」
蚊のようにか細い声でそう尋ねたわたし。べつに返事なんて期待してなかった。
でも、そこにいた者は、はっきりと答えた。
すすり泣くような声で、溢れ出す後悔の波に胸を痛めながら。
「……ネコロンブス」
え。
聞き慣れた名前に耳を疑った。
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振り向いた獣は……。
あむちだった。
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