はらぺこあむち

いかゆう

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あむちとラーメン

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「へいへい大将ぉ! 大ラーメン野菜マシマシアブラマシマシカラカラでぇ!」



 元気に手をぶんぶんと振って、あむちは頭に手ぬぐいを巻いたおじさんを呼ぶ。

 店内は豚骨のキツイ匂いで充満しており、私にはちょっと重たく感じた。

 

「おいおい嬢ちゃん、ほんとにそんな食べきれんのかぁ? うちのラーメン結構空の苦労するぞ?」



「余裕余裕っ! もうおなか空いちゃって空いちゃって、ほら!」



「あむち、人前でおなか出すのはやめようね。はい、しまって」



 グルルルルと獣のような音を鳴らすあむちのおなかに服をかけなおすと、私は店主にミニラーメンを注文する。



「ねえあむち、さっきあむちが頼んだラーメン、総重量一キロって書いてあるよ? ほんとに食べられるの?」



「んもう、ひよりんも疑っちゃってぇ。私がどれだけ大食いか知ってるくせにー」



「だってお昼も唐揚げいっぱい食べてたでしょ。まだ四時間ちょっとしかたってないのによく入るなあって」



 私は改めてあむちの小柄なその体躯を見つめる。

 150センチもいかないようなその体のどこがそんなに食べ物を欲しているのか、私にはまったく理解できない。ほとんど消化もされてないだろうに。

 

「へい、大ラーメン野菜マシマシアブラマシマシカラカラお待ちぃ!」



「おぉぉぉぉぉ!」



 あむちの目の前に置かれたその山岳に、私は開いた口がふさがらなかった。



 どんぶりの淵一杯に注がれたこってりとしたスープ。

 山盛りのもやしやキャベツに埋もれた麺は全くその姿が見えない。

 さらに頂上にこれでもかとかけられたブロック状の脂は、見てるだけで吐き気を催してしまいそうだ。



 一方、それに相対するあむちはというと、舌なめずりをしてこれからの戦争に意気込んでるといった様子だ。

 とはいえ、目をらんらんと輝かせる様子からは、全くと言っていいほどおののいてる気配が感じられない。

 

「いただきますっ……!」



 刹那、彼女の箸がものすごいスピードで宙を走る。

 持ち上げられた麺が、瞬きの間にあむちの口の中へと消えていく。



「み、見えない……このスピード……ッ!」



 風船のようにみるみる膨らんでいくあむちのおなかを見てると、それだけでこちらもおなか一杯になってきてしまう。

  

 でも、わたしのはミニラーメンだからそんなに量もないよね……?



 そんなことを思っていると……

 

「へい、もう一方の嬢ちゃんもおまち! ミニラーメンね!」



「はぇ?」



 間抜けな声が出てしまうくらい、目の前に提供されたそれはあまりに理解しがたかった。



 ミ、ミニラーメンって、ぜんっぜんミニじゃないじゃん⁉



 出されたラーメンを前に固まってしまったわたし。それに気づいたあむちがニヤニヤしながら箸を縦に振って言う。



「ひよりん~、ミニラーメンだよ、ミ・ニ・ラーメン。負けず嫌いのひよりんはこの目の前に出されたミニミニラーメンから尻尾巻いて逃げちゃうのかな~?」



「うっさい! これくらい余裕だし!」



 メスガキのように煽り立ててくるあむちに発破をかけられたわたしは、勢いよく割り箸を割ると、そのままもやしの山に突き立てた。



 大食いの動画はよくYouTubeで見てきた。こういったものはスピードが命。腹が満腹だと音を上げる前に……始末してやるッ!

 

「おぉ……やるね、ひよりん。でももやしから食べちゃうと……」



「ぐっ⁉」



 軽快に食べ進めていたわたしの箸が、ぴたりと止まった。

 発汗、動悸、めまい。急な血糖の上昇によって、体の至るところの感覚がなくなった。

 

 なんだ⁉ なにをされた⁉



 すると専門家のような、いかにも物知り顔のあむちが得意顔に解説を入れる。



「ほらぁ、麺の方が重いんだから、あとからきつくなっちゃうんだよ。ほら、ダメそうだったらわたしに任せてもいいよ? ひよりんだったら間接キスだって気にしないし」



「く、プランクトンごときが……」



 なんとか箸を進めようと丼ぶりに向かうが、震える右手がそれを拒絶する。

 我儘な右手を、まだ意識のある左手で支えて麺を掴んだ。



 このわたしが、出されたものを半ばで残すことなど、あってはならないのだ。

 特に食べることが大好きなあむちの前である手前、そんな情けない醜態を晒しては嫌われてしまうかもしれない。

  

 それだけは、なんとしても避けなくてはならなかった。



「うおおおおおおおおお」



「ひ、ひよりーーーーーーーん!」



 光の先、目に入ったのは空の丼ぶりだった。



 食べきった。なんとか。完食だ。

 あむち、見ててくれた……?



 ちらりと横を見ると、とっくに完食していたあむちが涙を流して拍手していた。



「すごいよ、ひよりん! わたし感動しちゃった!」



「へへ、よゆ……ごふっ。よゆうだよぉ」



 視界がぐらぐらと揺れている中、あむちに精一杯の強がりを見せる。

 だが、



 は、吐きそう……。



 喉元まで迫った内容物をなんとか押し込もうと、ごっくんを繰り返してはいるが今にも決壊しそうだった。



「あむち、ごめんちょっとトイレ」

 

 今にもはち切れそうなおなかを抱え、ふらふらと席を立つ。

 吐くわけではない。少し人のいないところで休みたかった。



「ふらふらじゃん! 肩貸すよー」



「あ、ありがと……」



 わたしの二倍以上の量のラーメンを食べたのに、あむちはいつも通りハツラツな様子で、いつものようにわたしに手を貸してくれる。優しい。



 妊婦のように膨れた腹をした少女二人が付き添って歩いてるのは、なんというか気恥ずかしかったので、わたしたちは早歩きで女子トイレの個室に入った。

 

「どう? 気分大丈夫?」



「ダメかも……」



 数歩歩いた時点ですでにグロッキーになったわたしは、吐き出せる場所を前にして喉の奥が開きかけていた。



 そんなわたしを見たあむちは、わたしを閉じたままの便座の上に座らせると、急に顔を間近に近づけてきた。



 まどろみの様な、とろんとした目つきにわたしは思わずドキッとしたが、このままだとあむちの顔に向かって吐いてしまうそうで、咄嗟に顔を背ける。



 しかし、あむちはそんなわたしの顔を両手でむぎゅっと掴んで離そうとしない。



「あ、あむち……離さないとあむちの顔に吐いちゃうよ……?」



「顔はちょっとやだなぁ……じゃあこうしよ」



「んむぅっ⁉」



 満身創痍で動きの鈍いわたしの唇に、あむちは自分の唇を重ねてきた。



 えっ、キ、キス⁉



 さっき吐きそうって言ったばかりなのに、あむちってば何考えてるの⁉



「んむーっ! むむぅーーー!!」

 

 離してと言おうにも、あむちの唇がぴったりとくっついているため言葉とならないうめき声しか出せなかった。



 腕は指先まで血糖で満たされており、力を加えてもピクピクとしか動かせない。

 どうしても、あむちを引き剥がすことができなかった。



 このままじゃ、あむちの口の中にでちゃうっ。



「うっ」



 大好きな人を汚したくなくて。

 でも迫る吐き気を抑えることもできなくて。



 わたしは、あむちの口の中に出してしまった。





 初めてのキスは、ゲロの味。



 



 

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