湖の守護竜は彼の地を追われ。

たびびと

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第三章 ノーザニス地方篇

#15 山道と地竜

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 そうして三人は、北東のランゴード村へ向けて山道を進んでいた。
 しかし山道とは言っても両脇を岩壁に挟まれたU字谷ゆえ、起伏も少なく然程辛い道のりでもない。そのせいか時折ミィナが、道脇に積もる雪を両手で掬い取っては、手の中で丸めたり投げたりして遊んでいた。

 と、そんな楽しそうな彼女とは裏腹に、ラトはというと、レーン港からの道中ずっと不機嫌そうに口を尖らせている。見兼ねたリーシャがその訳を問うたが、最早訊くまでも無かった。

「あんた、いつまでふてくされてんのよ」
「だってよー……この服すんげぇ動きにくいんだもんよー」

 そうは言うものの、普段の服装の上にジャンパーを着ているだけなので、下半身はいつものハーフパンツで、履物に至ってはサンダルのまま。
 リーシャとしては、自分たちの格好よりも断然軽やかだし別に大して変わっていないと思うのだが、きっと本人には大きな問題なのだろう。
 そんな二人の会話に耳を傾けていたミィナが、うふふと楽しげに顔を綻ばせた。

「でも……やっぱりラトさんって、そういうところは真面目ですよね。私がラトさんだったら、門番さんが見えなくなったらさっさと脱いじゃうと思いますよ」

 ミィナは何気なく口にした一言だったのだが、どうやらラトにとってはかなりの衝撃だったらしい。不意に立ち止まったかと思うと、あんぐり口を開けて驚愕に目を見開いた。
 もう何度目か分からないこの反応。
 もはや呆れて額を手で押さえるのすら、面倒に感じるリーシャであった。

「今気付いたのね……」
「ミィナお前頭いいな!」

 瞳を輝かせるや否やラトがそそくさとジャンパーを脱ぎ始め、それをぐちゃぐちゃに丸めると、巨大なリュックに無理やり詰め込んだ。
 急に元気になったラトが、ずだだー! とリーシャを抜かして少し先まで走って行って、ぴょんすかぴょんすか飛び跳ねた。

「や~~!! 体が軽くなったなぁ!」
「今まで着てたものを荷物の中に入れただけだから、重さは変わってないけどね」
「ハッ!?」
「だから気付くの遅いて」

 などと、緊張感の無いやり取りをしているが、一応ここはドラゴンが出没する可能性がある危険地帯で、実はこんな事をしている場合ではない。
 予めラトには、微かでもドラゴンの気配を感じたらすぐに伝えるよう言ってあるのだが、あの様子を見ると、その事をちゃんと覚えているのかどうか怪しいところだ。
 リーシャはふとそれが心配になって、自ら問い掛けた。

「そう言えばラト、ドラゴンは?」
「ん? おう、臭いもしねぇし少なくとも近くにはいねぇな。……つーかそれよりよ、そろそろ飯食わねぇか? 俺もう腹減っちまった……」

 先ほどの元気はどこへやら。近くの大岩に腰を下ろしたラトが自分の腹をさすると、彼のお腹が情けなくいた。確かに、昼食を取るには丁度良い時間かもしれない。近くにドラゴンの気配が無いのなら、この辺りで一度休憩を挿むのも構わないだろう。

 リーシャとミィナの二人もラトの隣へ腰かけて、それぞれの荷物を下ろした。
 外したミトンをポケットの中に突っ込んで、荷物の中からレーン港で買ってきた弁当包みを取り出して、膝の上に乗せる。縛っていた紐を解いてふたを開けると、同時にその中身を目にしたミィナが、わぁ……と感嘆の吐息を零した。

「すごいお肉……」

 器一杯に重なる焼肉には、タレがふんだんにかけられ、食欲をそそる香りを放ちながら艶めいている。恐らく肉の下にあるだろう白飯は、全く見えなかった。

「なんか、こっちの地域の特産品らしいわよ。ヤクーの肉を惜しげも無く使った丼で、ヤクー丼って言うんだって。そのまんまね」
「ん? 何か言ったか?」

 と顔を上げたラトは、もう既に弁当を頬張っており、予想はしていたがリーシャの解説などまるで聞いていなかった。

「別に何も言ってないわよ。それじゃ、私もいただきまーす」
「いただきます」

 ミィナと一緒に、胸の前で合掌した。
 箸で肉を二・三枚掴むと、豪快に口の中へ放り込む。噛み締める度に香ばしい肉汁が染み出し、あっと言う間に口内を満たした。少々しつこいぐらいの脂気が、また丁度良い。

「美味し~~い!!」
「ん、でも……ちょっと癖が強いですね。私はあんまり好みじゃないかもです……」
 ミィナが肉とご飯を交互に口に運びながら、遠慮がちにそう呟いた。と、その感想にラトが耳聡く反応する。
「残したら俺が食ってやるぞ!」

 という残飯処理宣言は、普段のラトを考えれば別におかしくもなかったはずだ。だというのに、対するミィナの反応は少しばかり大げさだった。

「へ!? あ……その……」

 ミィナが可愛らしい声を上げてぴくんっと肩を震わせた。もにょもにょと口元を動かしながら俯むいてしまった彼女の頬は、寒さの所為か、ほんのり赤くなっている。
 その様子を見たラトが、不思議そうに首を傾げた。

「ん? ダメなのか?」
「あ、いえ! ダメって訳じゃないんですけど、その……間接――……あの、いえ、やっぱり何でもないです……」
「んー、よく分かんねぇ奴だなー……。うん、ミィナもリーシャもよく分からん!」

 何を納得したのか、ラトが一度自分の膝を叩いてから大きく頷く。
 取り敢えず、かなり失礼にまとめられた事だけは理解できたので、リーシャは即座に訂正を入れた。

「あのね、一番よく分からんのってあんただから。ちゃんと自覚しといてよね、そこんところ」

 しかし残念ながら、もう既にラトの耳には入っていないようだった。リーシャの話などどこ吹く風で、一心不乱に弁当を口の中へ掻き込んでいる。
(このっ……!)
 彼に対抗するように、リーシャは一層強く箸を握ると、顔の前まで持ち上げた弁当箱を手前に傾けた。
 と、その時――

 視界が、大きく縦にブレた。

 その拍子に、弁当箱が手を離れ宙を舞う。突然の事に固まるリーシャの目の前で、それは無残にも地面にぶちまけられてしまった。
 しかし悲鳴を上げる間もなく、今度はお尻の下の大岩がぐぐっと持ち上がり、足を投げ出して座っていたリーシャは為す術無くずり落ちてしまう。地面に降り立って、一体何が起きたのか確認するために振り返った。
 が、それよりも先に、ラトが素早くリーシャの腰に腕を回す。

「行くぞ!」

 更に隣で尻餅を搗いていたミィナも同様に脇に抱えると、動き出した大岩に背を向けて即座に距離を取った。
 二・三〇メトルほど離れた位置でようやくラトが停止し、二人を地面に下ろす。
 そこで初めて、彼らは自分たちが腰かけていたものの正体を目にしたのだった。

「ドラゴン!?」

 基本姿勢が四つん這いである点は、他の竜種と変わらない。だが先に見た水竜の流線形に近いシルエットとは、まるで対照的な外形をしていた。
 背面全体がゴツゴツとした岩石に覆われた鈍重な体躯。先端まで堅牢な甲殻に包まれた尻尾から感じられるのは攻撃性のみで、しなやかな美しさなどまさしく皆無だ。

 地竜ディガイアス。

 額から前方へ突き出た極太の一角が、《砕岩竜》の別名を有する所以である。頭部と同化したそれは余りの太さゆえ、もはや角と云うより奇形の頭蓋骨のようにも見える。それと共に、他種より際立って発達した強靭な前脚も、より地中移動に適する体へと進化を遂げた結果であった。

 その事を認識した途端、リーシャはああしまった……と心の中で頭を抱えた。このドラゴンの主な生息地がノーザニス地方である事を、たった今思い出したのだ。

「そっか……ずっと地面の下にいるから臭いがしなかったんだ……」
 と、呆然と呟くリーシャの隣で、ラトが口元に手を添えて声を張り上げる。
「おーい! 俺たちに戦う気はねぇからよ! そこ通してくんねぇか!」

 するとその声に反応して、地竜が一瞬だけ動きを止める。
 が、低い唸り声を漏らして小さく首を振ったかと思うと、何を思ったかおもむろに巨角を地面に突き刺した。
 そして三人が見守る中、前脚を激しく動かしその体をみるみる内に地面へと埋めていく。大量の雪と土砂を跳ね飛ばしたのち、地竜はその姿を地中へ消した。

 訪れる沈黙。
 それを破ったのは、ハッとラトが息を呑んだ音だった。

「お前らどけ!」

 叫ぶや否や、ラトが突然リーシャとミィナの胸倉を引っ掴み、脇の雪が積もっている方へ思い切り投げ飛ばす。
 ふかふかの雪の上に着地したリーシャは、いきなり乱暴を働いた仲間に散々文句を言ってやろうと息巻いて、すぐに身を起こした。
 だが、開きかけた口から罵声が発せられるその寸前――

 バガアアアンッ!! と世界を揺らした轟音に、リーシャの声は呆気なく掻き消された。

 地中から天高く飛び出した、岩をも砕く突進。必殺の威力を孕んだ凶悪な大角がラトを捉え、次の瞬間――……彼の体を宙へと突き上げていた。
 まるで風に吹かれた木の葉の如く、軽々と。
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