真実の番は執愛の枷を破却する

オリーゼ

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この地獄の片隅で

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 ここは地獄だ。
 王宮の敷地にある、オメガだけを集めた離宮。
 そこでメルクリウスという名で呼ばれている青年は震えながらカーテンの後ろに身を隠し、我を忘れて交じり合う獣じみたアルファとオメガの喘ぎ声を聞きながら、服の袖で自分の鼻と口を抑えた。
 隠し持っておいた抑制剤を飲んでいるから発情はしないはずだが、何人ものオメガが発情するフェロモン臭にあてられて自分もこの群れの中に入ってしまいそうなのが、心の底から恐ろしい。
 メルクリウスの両親はベータの男女で、恋愛結婚をした仲の良い夫婦だった。
 子供は兄と自分の二人。
 幼い頃は両親のように好きな人とつきあって結婚すると思っていた。
 だが割合は少ないが、ベータの両親の元にアルファやオメガの子供が生まれることがある。
 教会で十二才の時に鑑定を受け、アルファであれば本人の能力に見合った学校に入れられて、その力を活かす術を学ぶ。
 メルクリウスの兄はアルファで、全寮制の騎士養成校に入り首都近郊を護る騎士になった。
 上の子供が魔力持ちアルファやオメガだと兄弟もその確率が跳ね上がる。
 期待の中鑑定をうけたメルクリウスは兄と違いオメガだった。
 アルファはベータに混じって市井で生活していることもあるが、オメガは貴族に養子として迎えられて鑑定以降その姿をみることはない。
 例外として貴族の妻として美しく着飾り、伴侶であるアルファと共に視察に来ているオメガを見かける程度だった。
 だからオメガという性別はどういったものなのかもほとんど知らなかったし、漠然と貴族の館で大切に保護されている男でも子供を産むことができる性別というイメージでいた。
 他の皆もそうだろう。両親も自分と別れるのは悲しんでくれたが、貴族に引き取られるのならばここでつましい生活をするよりも幸せだろうと言っていた。
「なあ——。お前、オメガだったって本当か? アルファじゃなくて」
 鑑定を受けて両親が慌ただしく準備を整える中、兄が騎士団の寮から帰宅した。
「うん、引き取られるお家は魔法の灯で夜中でも昼みたいに明るくできて、大きな図書室もあって、好きなだけ本が読めるんだって!」
「そうか、お前、司祭様の手伝いをして、かわりに本を読ませてもらうほどの本好きだったもんな……」
 貴族社会でオメガがどういう扱いになっているか伝え聞く機会があったのだろう。
 今思えばひどく複雑な表情で兄は笑った。
「俺ら騎士団の行きつけは赤頭巾亭だ。困ったことがあったらそこのおかみさんでも、来ている騎士にでも伝言してくれ」
 ぽんと頭を撫でられて、それでも街にいるよりも安全だからと続けた兄は自分の幸せを祈って送り出してくれた。
 そして確かに引き取られてからの生活は、質素で不自由な庶民ベータのそれとは違って、便利で快適で恵まれていた。
 井戸を使わなくても蛇口をひねれば出てくる水を使え、風呂も公衆浴場を使う必要もなくたっぷりとした湯を毎日使うことができる。
 料理も何品も温かいものが供される。
 焦げたり生焼けだったりはしない。
 温度調節がされた炉や窯を使えるからだと教えてもらった。
 本当に昼のように明るい灯で深夜まで起きて本を読むことも出来たし、魔道具を使って楽団の音楽を保存して後から聴くことも出来た。
 最初に引き取られた貴族の家でアルファとオメガの違いと礼法を身につけたら、家政や領地運営の本を与えられ、教師をつけてもらえた。
 ここまでは貴族に引き取られてラッキーだと思っていた。
 許されるのをいいことに貪欲に知識を追い求めていたら、自分はどうにも出来が良かったらしい。
 メルクリウスと名乗るように言いつけられて誉れだからと、なにも事情を説明されないまま連れてこられたのは王子の番候補のオメガが集められた建物だった。
「これをつけなさい。メルクリウス。相手が決まるようならば外します。それまではこの建物から出られません」
選択の自由などなく侍女長に命じられるままに首輪をつけた時に、ペットか家畜になったような気がした。
そしてそれは見当違いではなかったと、メルクリウスは離宮の生活で思い知ることになる。
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