真実の番は執愛の枷を破却する

オリーゼ

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この地獄の片隅で3

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「おい、何やってるんだよ!」
 授業の時に俯いていたあの少年を貴族出身のオメガ達が囲って抓ったり小突いたりしている。
 メルクリウスはとっさに彼らの間に割って入った。
「関係ないだろ! 引っ込んでろよ」
「チンピラに絡まれてたら助けるのが人間だろ? ああ、お前らは繁殖用の家畜だったな。悪ぃ。人間様はこういう時に庇い合うんだ」
「下賎なベータ胎の分際で!」
「どっちが下賎だ、チンコ頭! やんなら相手になんぞ!」
 下町の育ちだ。
 オメガと判明するまでは、幼馴染と路上で取っ組み合いだってやっていた。
 兄には勝てなかったが、まあまあ強かった。
 こいつらならいけるとメルクリウスは喧嘩をふっかけた。
「顔だってもさいくせに!」
「数合わせのみそっかすに分からせてやれ!」
 場が下世話な盛り上がりを見せて、引っ掻き合いから殴り合いに発展した。
 怯える子兎のような少年をメルクリウスは庇って立ち回ったが、多勢に無勢だ。
 一人にはがいじめにされ、別の一人に腹を殴られる。
「ぐっ……おい、にげ、ろ」
 煽ったのは自分だ。自分が暴力を受けるのは仕方がない。
 だが、自分を好きなだけ痛ぶった後は名前も知らないこの庶民出身の少年にさらに乱暴を働くかもしれない。
 せめて逃がしてやらないと、とメルクリウスは覚悟を決めて少年に向かって叫んだ。
 だが、少年は怯えて動けないようだった。
「はは、威勢ばかりでたいしたことないな」
「たいしてアルファを惹けなくても胎は胎だ。使えないようにしておこうぜ」
「余計なゴミは選別しなきゃな」
 蹴られて丸まったメルクリウスは無意識に腹を庇った。
 そこに鋭い声が響いて、人を殴る蹴るしていたオメガ達の動きが止まる。
「何をやっている! 王宮内で騒ぎを起こすとは何事だ!」
 そこにはスラリとした迫力のある美少年がいた。歳の頃は自分より少し上だろうか。柔らかなミドルボイスはすでに大人の声をしていた。
 首にはオメガの首輪を巻いている。
「あっ、その! これは……こいつが僕たちの事を繁殖用の家畜と!!」
「本当のことだし、お前らがこの子をいじめていたからだろ!  それに俺のことも、ベータ胎って呼ばわったんだ! おあいこだ!!」
「……散れ」
 ちらりと少年が貴族のオメガ達の方に視線を向けて一言口にすると、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「あっ! 終わってねえぞ!」
「やめないか。手当をしよう。私の部屋に来なさい。そちらの君も」
 少年の手を借りて、痛む体を引きずって黒髪の少年の部屋に入ってメルクリウスは思わず口笛を吹いた。
「わぉ。豪華……」
 広さも家具も違う。自分の部屋も市井で暮らしていた頃から比べたら信じられないほど豪華だが、彼の部屋は広さも調度の質の良さも規格外だった。
家具は全て品のいい艶やかなマホガニー製の丁寧な細工のものだし、ソファーの座面はきめの細かなビロードで、床に転がった埃と傷まみれの自分が座るのはためらわれた。
 だが、青年に強く勧められてメルクリウスは遠慮がちに浅くそこに腰掛けた。
 ポニーテールを揺らし青年は薬棚からポーションを取り出して一口分づつメルクリウス達二人に差し出して来た。
 渡されたポーションを一口飲むと身体の痛みが消えて、腹についた拳の跡がすうっと消えていく。
 こんなに効き目のいいポーションを使ったのは、はじめてだ。
「セレスとメルクリウスだったか。どちらがどちらだ?」
すでに自分達の事を把握していたらしい青年に問われて少年がはいと手を上げ、可愛らしい声で答えた。
「僕がセレスです」
 髪の色こそ自分と同じストロベリーブロンドだが、可愛いのが色味だけの自分とずいぶん違って仕草も顔立ちも何もかもが愛らしい。
「おい、警戒心が足りないぞ。さっきあんな目にあったところだろ?」
「この方は王族じゃないか。もしかしてどなたか分かってない?」
 こそりとセレスに呟かれて、メルクリウスははっとなった。
「そうか、黒髪……」
「リーベルだ。この離宮の管理を王太子である兄から任されているが、君達と同じだよ」
 艶やかな黒髪は王の血を引く高魔力の者に出る徴だ。
「番う相手が決まらず兄の庇護のもと不遇を囲うオメガにすぎない。メルクリウス、今回は不問に処すが言葉に気をつけなさい。事実が含まれている事でも耐えがたい侮辱はあるし、その刃はいつか自分をも傷つける。まだ発情は来ていないのだろう」
「はい……」
 意味深に問われて悲しげな眼差しで見つめられたが、メルクリウスがその言葉を心から理解することになったのは離宮で時を過ごし、二人と交流を深めた後だった。
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