真実の番は執愛の枷を破却する

オリーゼ

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この地獄の片隅で5

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「メルクリウス、具合はどうだ?」
 見舞いに来てくれたリーベルに合わす顔もなく、メルクリウスは毛布を被って体を小さく丸めた。
「まだ起き上がれないか? 食事も取れていないようだが」
「……セレスは?」
「本宮へ移ったよ。彼は王太子妃だ。後継をなすまでは君とも会えない。手紙や伝言があるなら伝えておくが」
 毛布の上から小さく頭を撫でられる。
「しあわせにって」
 毛布の隙間から顔を出してメルクリウスはリーベルに伝えた。何を言うか悩んだ末に出てきたのはささやかな祝いの言葉だけだ。
「萎れた君を見るのは寂しいよ」
 合わせたリーベルの視線には深い共感と哀しみがある。
「なあ……発情期のたびにあんなふうになるのか? これからずっと?」
「ああ。そうだな」
「あんなの耐えられない……」
 メルクリウスの薔薇色の瞳が波打って涙がこぼれ落ち、二の腕に爪が食い込んだ。
「皆同じだ。私などもっと浅ましい」
「慰めはよしてくれ」
 彼が発情で我を失っているところなど見たこともないし、想像もつかない。
「オメガの本性はそういうものだ、そう割り切るしかない。習ったろう?」
「無理だよ……」
「こればかりはままならないものだ。飲み込みなさい。でないともっと辛くなるよ。ここの主人である兄は運命を見つけた」
「どういうこと?」
「これだけの人数のオメガが集められたのはなんでだと思う?」
「そういうものなんじゃないの?」
  メルクリウスの素朴な答えにリーベルは首を振る。
「彼が発情するのは運命の番だけだった。決まってしまえば他のオメガは貴族に下げ渡されるしかない。彼は複数の妻を持てないから」
「元の家に返されるんじゃないのか?」
 リーベルは小さく首を振った。
「兄も貴族達もそんな面倒なことはしないよ。今の君はその地獄に耐えられない」
 奥歯に物の詰まった言い方でそう告げた後に、リーベルは錠剤の入った薬の瓶をくれた。
「完全に防げるかは分からないが、発情抑制剤だ。侍女達に見つからないように満月の三日前から飲んでおきなさい。一回だけ猶予をあげるから、その次までに覚悟を決めるんだよ。いいね」
 言われた通り、薬を飲んで迎えた満月の夜。
 いつもより華やかな衣装を着せられ、他のオメガ達と共に連れて行かれたのは吹き抜けの大広間だ。
 そこに入れられてメルクリウスはぎょっとした。
 そこには何人ものアルファが同じように集わされていたからだ。
 メルクリウスは慌ててリーベルを探す。だが彼は大広間にはおらず、しばらくして彼は侍女に付き添われて二階に設られたロイヤルボックスから顔を出した。
「リーベル??」
 リーベルの様子はひどくおかしかった。
 普段はきっちりと身体を隠した服装をし、黒髪をポニーテールにまとめているが、今日は透け感のあるシャツを一枚羽織るだけでトラウザーも身につけず、髪も下ろしている。
 心ここに在らずといった様子で言葉もなく彼が階下を睥睨した瞬間、集められた自分以外のオメガが次々に崩れて発情しはじめ、それに当てられたアルファがラットを起こし始めた。
 抑制剤をくれた時のリーベルの言葉が甦る。
 メルクリウスは震えながら大広間のカーテンの影に身を隠した。
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