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赤頭巾亭
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城塞都市であるこの街は王城が街の北側に建ち、そこから南に向かって貴族や富裕層の住む上町。街の中心やや下を東西に流れる川によって上下に分断されて川から南が下町と呼ばれている。
メルクリウスは無我夢中で上町の舗装された道を通り抜け、下町に入ってすぐの川沿いにある赤頭巾亭に向かった。
そこに行けば兄に会える、兄に会えれば助けてもらえるという気持ちだけがメルクリウスを突き動かした。
歩くのに向かない華奢な絹タフタの靴は踵を擦ってじわじわとした痛みを与えるが構っていられない。あの狂乱の宴が終われば、自分が消えたことに気が付かれるだろう。
1時間近く足を進めてたどり着いた赤頭巾亭の扉を開けて飛び込んで、メルクリウスは凍りついた。
兄の話を聞いた時は食堂だと思いこんでいたが、赤頭巾亭は酒場だった。
じっとりとした視線がメルクリウスに絡みつき、キャットコールが響く。
「ここは貴族のお坊ちゃんが来るようなとこじゃないよ」
見かねた女将がカウンターから出てきてやんわり入店を断られたが、ここで尻尾を巻いて逃げ帰るわけにはいかない。兄に会わなければ、あの地獄に逆戻りだ。
「あ! あの! うちの兄ちゃんいませんか?! 中央騎士団のヒューゴです!」
「え? ヒューゴの弟ってまさかあんた……」
兄からなにか聞いていたらしい。
ぎょっとした顔をした女将はカウンターの隅に席を用意してくれ、温かいミルクを出してくれた。
一口飲んだそれは蜂蜜が入ってほんのりと甘く、メルクリウスは息をつく。
「今日ヒューゴが来るかは分からないけど、中央騎士団の子達は警邏の後に一杯ひっかけに来るから連絡を取ってもらえばいい。それまでここでいい子にしてな」
「ありがとう……ございます」
「お腹は空いてないかい? うちの自慢のパイを出してあげるよ」
「大丈夫です」
メルクリウスは首を振った。支払う金を持っていない。
だがその瞬間、あるまじき大きさで腹が鳴ってしまって、頬に血が昇った。
「ヒューゴにつけとくから大丈夫。遠慮しないで」
俯いた状態で、さらに深く頭を下げると、目の前に手のひらサイズのパイが出される。
それを下敷きの紙で挟んで口に運んだ。
貴族の家に養子に行ってからはナイフとフォークで一口づつ食べるようにしつけられたが、それまではこうして気楽に食べる物だった。
その牛の屑肉と臓物パイは王宮の食事を知った今の舌にはパイ生地は硬かったし肉は筋張っているし味も濃かったが、それでも子供の頃から食べなじんだ味がした。
「おいしい……」
涙があふれてこぼれ落ちる。
離宮には少ないが友達もいるし、傅かれて他人が羨む贅沢な生活をしている。そう無理に納得しようとしていた。
だが、懐かしい庶民の味を口にしてしまえば、自らの心に蓋が出来なくなった。
王宮では魔力を継ぐ子供を産むための道具として扱われて辛かった。
生活が不便でも、読書や勉強を望むままに出来なくても、庶民としての生活のほうがずっと楽しかった。
メルクリウスがべそべそと泣きながら、今まで厳しく言われていた上品さをかなぐり捨ててパイを貪っていると、擦りガラスのはまった酒場のドアが開いてどやどやと中央騎士団の制服を着崩した青年達が入ってきた。
メルクリウスは無我夢中で上町の舗装された道を通り抜け、下町に入ってすぐの川沿いにある赤頭巾亭に向かった。
そこに行けば兄に会える、兄に会えれば助けてもらえるという気持ちだけがメルクリウスを突き動かした。
歩くのに向かない華奢な絹タフタの靴は踵を擦ってじわじわとした痛みを与えるが構っていられない。あの狂乱の宴が終われば、自分が消えたことに気が付かれるだろう。
1時間近く足を進めてたどり着いた赤頭巾亭の扉を開けて飛び込んで、メルクリウスは凍りついた。
兄の話を聞いた時は食堂だと思いこんでいたが、赤頭巾亭は酒場だった。
じっとりとした視線がメルクリウスに絡みつき、キャットコールが響く。
「ここは貴族のお坊ちゃんが来るようなとこじゃないよ」
見かねた女将がカウンターから出てきてやんわり入店を断られたが、ここで尻尾を巻いて逃げ帰るわけにはいかない。兄に会わなければ、あの地獄に逆戻りだ。
「あ! あの! うちの兄ちゃんいませんか?! 中央騎士団のヒューゴです!」
「え? ヒューゴの弟ってまさかあんた……」
兄からなにか聞いていたらしい。
ぎょっとした顔をした女将はカウンターの隅に席を用意してくれ、温かいミルクを出してくれた。
一口飲んだそれは蜂蜜が入ってほんのりと甘く、メルクリウスは息をつく。
「今日ヒューゴが来るかは分からないけど、中央騎士団の子達は警邏の後に一杯ひっかけに来るから連絡を取ってもらえばいい。それまでここでいい子にしてな」
「ありがとう……ございます」
「お腹は空いてないかい? うちの自慢のパイを出してあげるよ」
「大丈夫です」
メルクリウスは首を振った。支払う金を持っていない。
だがその瞬間、あるまじき大きさで腹が鳴ってしまって、頬に血が昇った。
「ヒューゴにつけとくから大丈夫。遠慮しないで」
俯いた状態で、さらに深く頭を下げると、目の前に手のひらサイズのパイが出される。
それを下敷きの紙で挟んで口に運んだ。
貴族の家に養子に行ってからはナイフとフォークで一口づつ食べるようにしつけられたが、それまではこうして気楽に食べる物だった。
その牛の屑肉と臓物パイは王宮の食事を知った今の舌にはパイ生地は硬かったし肉は筋張っているし味も濃かったが、それでも子供の頃から食べなじんだ味がした。
「おいしい……」
涙があふれてこぼれ落ちる。
離宮には少ないが友達もいるし、傅かれて他人が羨む贅沢な生活をしている。そう無理に納得しようとしていた。
だが、懐かしい庶民の味を口にしてしまえば、自らの心に蓋が出来なくなった。
王宮では魔力を継ぐ子供を産むための道具として扱われて辛かった。
生活が不便でも、読書や勉強を望むままに出来なくても、庶民としての生活のほうがずっと楽しかった。
メルクリウスがべそべそと泣きながら、今まで厳しく言われていた上品さをかなぐり捨ててパイを貪っていると、擦りガラスのはまった酒場のドアが開いてどやどやと中央騎士団の制服を着崩した青年達が入ってきた。
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