古本屋の天狗

米好き

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行方不明

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 夕希奈のお母さんから連絡がきたのは夜の9時近くのことだった。
 午前中に出かけた夕希奈がまだ帰ってこないという。出掛けても大体夕飯前には帰ってくるのに9時過ぎになっても連絡一つよこさないことに焦って近所を探しつつ、思い当たる夕希奈の知り合いに連絡をとっているそうだ。
 私は嫌な予感がした。最近の夕希奈はどことなくずっとぼんやりしている。学校にいる間はほとんど寝ているし、放課後にメッセージを送っても「ごめん寝てた」という返信が翌朝に来ることがほとんどだ。
「春子ちゃん、夕希奈が居そうな場所に心当たりない?」
 電話口の夕希奈のお母さんの声に不安と焦りがにじんでいるのがわかる。
 心当たり…。
 その時、頭に一カ所すぐに思い浮かんだ。
「古本屋…」
 そうだ、古本屋。小学生の時から夕希奈が通っている、イケメンの外国人が経営しているという古本屋。
「古本屋です!小学生のころから通っている!きっとそこで寝てしまったか何かしているんじゃないかな」
 誘拐や事故で身動きがとれないという可能性があるのに、なぜかあの子は古本屋に絶対にいるという確信があった。理由なんてない。直感でそう思った。あるいはそうであってほしいと無意識のうちに思っていたのかもしれない。
「古本屋?」
「古本屋です。夕希奈さんから聞いたことないですか?外国人が経営している…」
「…さぁ。昔そんなことを聞いた気もするけれど…」
 そう言えば、親に何度いっても信じてもらえなかったと昔言っていた。きっと最近は古本屋の話をしていなかったのだろう。
「その古本屋がどこにあるか知ってますか?」
「はい!…………あれ?」
 おかしい。
 小学生の頃から古本屋の話を聞いていた。それこそ耳にタコができるほど。私がねだってよく話してもらった。髪も肌も白いイケメン外国人が経営していて、周りには何もなくて静かで落ち着く場所で。私もいつか行きたいと思っていて、どこにあるのかを聞いた。それなのに…。
 おかしい。思い出せない。古本屋がどこにあるのかというところだけがぽっかりと穴が開いたように抜け落ちていて思い出せない。  
 その奇妙な感覚に背中を冷や汗が伝う。
 まずい。このままではまずい。このままではあの子は二度と戻ってこない。
 なぜ古本屋の場所が思い出せないだけでここまで嫌な予感がするのか、それはわからない。でもなぜか確信さえあった。
 そう思うと同時に私は家を飛び出した。
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