平安山岳冒険譚――平将門の死闘(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 使い犬(伝書犬)がもどってきたというので右大臣藤原定方はしとね(座布団)から立ち上がり庇の外、簀子へと歩み出た。庭に雑人がたたずみ、その脇に息も絶え絶えといった風情の犬が後ろ足を折って座っている。
 定方が表に出たとたん、犬が口から泡を噴いて倒れた。人に忠義を尽くした末の死だ。
「いかがいたします」
 定方を呼びに来た雑人が犬の処置についてたずねる。
「邸が穢れた。外に捨てておけ」
 定方は顔をしかめながら、犬の脇の雑人が犬の首から文を解いて持ってくるのをなんの感情もなく見つめた。
 指先でつまんで文を彼は受け取った。そのままの形で顔の前に掲げて文面に目を通す。
「敵が思いのほか手強く難渋している、だと」
 文は要約すれば、この内容に集約された。
 こんな仕様のない文のせいで邸が汚されただと――定方は奥歯を強く噛む。思いのままにならないのは摂政だけで充分だというのに。
 が、今日は物忌みすることは許されない。その事由は、
 摂政め、何用で麿を呼ぶ――。
 そう、藤原忠平に定方は呼びつけられていた。あくまで宴の席、という名目ではあるが今まで自分を招いていなかったというのに何もない訳がなかった。されど、致し方なし――この機に「物忌みがしたい」などとつたえれば自分の招きを袖にしたと受け取られるのは目に見えていた。
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