真田の傀儡子(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 人の妻女を殺しておいてよくもッ、と思うことで殺意をかき立てようとするが、水のしずくが手のひらからこぼれるように、苛烈な感情はどこかへと消えてしまう。
「あんなものは世を忍ぶ仮の姿だ。きっと、裏でなにか悪事に手を染めているに違いない」
 それでもなんとか相手に殺意を抱くに足る理由をひねりだした。
 その後、尚勝は「遠い場所に暮らす縁戚の者が彼女の暮し向きを気にしており、息子である自分は旅のついでそれを確かめに来た」という理由をでっち上げて、商家の周辺や取引相手などにくだんの女の評判を確かめた。
 ……だが、返ってきたのは「気立てのいい、働き者の妻女だ」「良きご新造であり、良き母」などという答えで、けっして彼が期待したものではない。
 町中の人間に聞き込む勢いで話を聞いてまわったが、結果は変わらなかった。
 さらに数日、“なにか”ないかと女の動向を見張ったが、善良な素顔が証明されるだけで不首尾に終わる。
 しかも、不用意に尚勝が彼女について情報を収集したためか、女はどこか警戒した視線を時折周囲に向けるようになった――。

       ● ● ●

「なんの由縁があって、私たち家族を見張る?」
 人気(ひとけ)の絶えた丑三つ時の神社の境内に姿を現すなり、例の女はこちらを睨みつける。
「おまえに妻女の命を奪われたからだ」
「……」
 獣の唸り声を思わせる低い声での言葉に虚勢はすぐに剥がれ、「やはりか」という痛恨の表情を彼女は浮かべた。
「覚悟はできておるだろう? まさか、家人を殺(あや)めておいて、己に罪がないとでも思うのか?」
「――頭(かしら)に命じられたということが言い訳にならないことはわかっています。けれど、せめてッ、せめて良人(おっと)と子供にだけは手をお出しになりませぬようお願いいたしまする!」
 女はその場で土下座をして必死に懇願する。
 己も、同じ立場に置かれたのなら、こんなふうな行動に出ただろう――だからこそ、相手のせりふに嘘がないことをどうしようもなく理解できた。
 命乞いをしてくれれば、あるいはみずからの暮らしを守るためにとこちらに刃向かえば、殺意を抱く余地があったのだ。しかし、こんな言動に出られれば、もう尚勝に相手を害する気持ちを抱くことができない。
 っ、彼は顔を大きく歪めて救いを求めるように空を見上げた。
 だが、その日の空は雲が一面をおおっていて、月や星の光はわずかばかりも見受けられない――。
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