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チャプタ―119

チャプタ―119

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   五

 なぜ、敵だったはずの透波が市右衛門側に寝返ったのか、『清次郎が、祓われた』とはどういう意味なのか、そういった話は、後日、兵庫頭に報告することになり市右衛門たち一同は夜道を住処に向かって進んだ――もっとも、大友家の遣わした透波が本気で渠に従っているのかなどを監視するために山潜りが姿を隠して常に張り付いているのが肌に感じられる視線から感じられる。
 ……だが、そんなことなど今の市右衛門にはどうでもよかった。
 足を挫いた、と道明がいったので渠を背負ったのだが――不自然に身を離して負ぶわれようとするので「もそっと身を寄せてくれ。背負いにくい」と告げた。
 逡巡の気配を見せたあと、渠はそっと身体を密着させた――とたん、市右衛門の全身に銃丸を甲冑越しに受けたときのような衝撃が走る。
 こ、この感触は……?
「ふふふ、どうだ、胸乳(むなぢ)の感触は?」
 すぐ耳もとで道明のいたずらっぽい声が聞こえた。
 その荒っぽい言動のせいで、すっかりと男と思い込んでいた――なにしろ、女が独りで巡り歩くには戦国乱世は物騒だ。
 だが、今はその“中性的”だと思っていた声が、先入観の幕を取り払われたせいできちんと“女人のもの”として聞こえている。
「お、お、おぬし、女性(にょしょう)だったのか!?」
 市右衛門は思わず声を張り上げた――清次郎との無念の別れで感じていた悲しみがすっかり吹き飛ぶ。
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