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チャプタ―170

チャプタ―170

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 視線をあげると、己の頭の側に膝をつく平兵衛の姿があった。その手が、己のつむりに伸びているのを発見する。
「すみませぬ、若。ふと、なつかしゅうなりましてな」
 平兵衛が照れくさそうに笑った。
 ……市右衛門は胸が詰まるのを感じながらも、
「おことは、いつまで手前を“若”と呼ぶのだ」
 と笑い返す。

   四

 九月十五日、卯の刻が終わりを迎えようとしている刻限――。
 ほぼ四方を山に囲まれた関ヶ原の地に、日の本の大名、将兵の錚々たる面々が集っていた――西軍は、北から順に、島左近、蒲生郷舎(がもうさといえ)、島津維新、島津豊久、小西行長、宇喜多秀家、戸田重政・平塚為広、大谷吉継、木下頼継、大谷吉治という形で布陣していた。島左近と蒲生郷舎の間、後方には治部少輔の指揮する軍兵の姿もある。
 前記の者たちの軍勢と直角で交わるような形で南に、西から東にむかって赤座直保、小川祐忠、朽木元綱、脇坂安治、少し離れた後方に小早川秀秋が陣取っている。
 さらに、内府の背後にあたる南宮山には、毛利勢が陣を敷いている。これらの軍勢が、東軍の脇と背後から攻撃をかけたとしたら、東軍の勝ち目は限りなく薄い。西軍の布陣に死角はない。
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