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チャプタ―174

チャプタ―174

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「平兵衛、ひとつ頼みがある」
 目でこちらを見た平兵衛が、道明に聞かれたくない話だ、と察してくれ前を向いたまま、
「なんなりと」
 と簡潔に応えた。
「道明を死なせるな、守ってほしい。そして、できうるならば島津のための武働きを――」
「ついに、おのれで“決め”ましたな、殿」
「……」
 平兵衛の言葉に、市右衛門は言葉を失って思わず渠を見やる。初めて、「殿」と呼ばれた……。
 そんなこちらを、老家臣は壮年の顔貌に満面の笑みを浮かべて見返した。
「殿が独り立ちなされるまで、そう思いさだめて幾星霜――長(なご)う、ござった」
 笑顔に苦味が混じる。
「……待たせて、すまぬ」
 市右衛門は、思わず声を震わせた。
「なんの、まさか老いた身で御方様の尊顔まで拝見できるとは思わなんだ――お任せあれ」
「どうかしたのか?」
 言葉を交わすふたりの様子からなにか感じとったのか、後ろから道明が尋ねる。
「なんでもありませぬ」
 とっさに応じかねる市右衛門に代わって、平兵衛がそれにこたえた。
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