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チャプタ―185

チャプタ―185

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 自身が剣士から手ほどきを受けているだけあって、その一撃は鋭かった。
 が、惜しむらくは――四郎右衛門にとっては幸運なことに、感情の昂ぶりに任せた一撃は脇へと逸れる。
「うわッ!?」
 小姓が持っていた旗指物の竿が切断された。
 ……それで、内府の頭に多少なりとも冷静さがもどる。
「も、申し訳ありませぬ、殿!」
 四郎右衛門は顔を蒼白にして、転倒するようにして馬から降りて平伏した。
 その姿に、内府の脳裏に閃くものがあった。
 最初からそうしておればよかったのだ――渠は胸のうちでつぶやく。
 なにかを決めかねている人間、そういう優柔不断は輩は“きっかけ”というものを往々にして必要とするものだ。
 ましてや、こたびのことは己の命だけでなく、一族の繁栄、家臣たちの未来までもかかっている――そうそう決断できるはずもない。内応を求めている相手、小早川秀明は西軍が勝利しそちらについていれば関白になれる立場にいるのもそういった“躊躇(ためら)い”の一因だ。
 だったら、その“きっかけ”を与えてやればよいのよ――。
 それが、内府が思いついたことだった。
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