忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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   三

 二日後、小平次たちは旅の空のもとにいる。
 歩くのは東海道だ。陽もだいぶ傾き、平塚の宿場を過ぎたあたりだった。急ぐ旅のために今日は小田原まで進むつもりでいる。海路をとらなかったのは、信頼できかつ都合がいい船を見つけられなかったためだ。
「いやぁ、久しぶりに長いこと歩いたら汗をかいちまったね」
 関を通るの面倒だから男の装をしてくれといっても聞き届けてくれなかった吟が、手拭いで汗をふきながら独語した。近くの樹の枝の上で五十雀(ごじゅうがら)が軽やかな鳴き声をあげた。
「こんなときは温泉でも浸かりたくなるねえ。そうだ、この旅が終わったら、湯治にでも行こうじゃないか、ねえお頭」
 吟が隣を歩く小平次に流し目をくれる。
「男(おのこ)の裸なんて見たくありません」
「それをお言いじゃないっていってるだろうが」
 思わずもれた本音に、吟が男にもどって怒鳴り声をもらした。そんな彼女に、小平次は視線で同行人の存在を知らせる。
「っと、驚かせちまってすまないねえ」
 吟は肩越しにふりむいて、自分たちに同行している孫作の娘に愛想笑いを向けた。直接の雇主ではないとはいえ、向後を占う仕事の仲介人の娘だ、逃げ出されては元も子もないと思ったのだろう。
 孫作の娘、豊は「ええ」とも「まあ」ともつかぬ言葉で曖昧に応じた。
 楚々とした雰囲気のある娘だ。小平次が今まで接したことのない類の女性(にょしょう)だった。
「その」と言いにくそうに豊は遠慮がちにたずねる。
「お吟さんは女子(おなご)なのですか」
「男です」「むろん、女子さ」
 小平次と旅に同行する男性陣――――と吟当人できれいに答えが分かれた。
 が、「なんだって」と低い声で吟に凄まれて男たちは思わず目をそらし「いや」と曖昧な言葉を継いだ。
 そんな彼らのやり取りに、はぁ、と豊は戸惑いを露わにしている。真面目な性質(たち)らしく、万事がこの調子で小平次たちのやり取りに翻弄されていた。なにしろ、変わり者のあつまりだから常人の感覚だとついていけないところがあるだろう。
「あ、犬だ」と野良犬につられて走り出す馬二、「茶代は手前が出そう」と休憩のために寄った茶店に居合わせた他人の妻女を口説き始めた重左エ門、それに性別が体と心で食い違う吟など枚挙にいとまがない。
 真面目といえば、と豊の存在からふいに亀太郎のことを連想する。慌ただしく弔いを済ませた。正直なところ、申し訳ない思いが胸中にあった。
 だが、胸を重くする要素はそれだけではない。小平次は豊を盗み見た。
 依頼主との折衝のこともあるため誰か人が遣わされるやもとは思ったが、まさか町人の小娘に指図されることになるとは思っていなかった。乱世に始まる我ら忍び衆が――町人の娘の差配にしがうのか、と後悔とまではいかないが呑み込みがたい感情が胸にやどっている。
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