34 / 141
34
しおりを挟む
客観的に見れば、小平次たちが責められる謂われはない。被害は最小限に抑えた。小平次を中心に命をかけて奮戦もした。それに勝手に動くのが悪い。が、理屈だけで物を考えられないのが人間だ。死んだ者の妻女などを中心に島民の一部が不満を訴えにやって来ている。
声が止んでしばし、口入れ屋の名代として遺族である妻女の対応に当たっていた豊がもどってきた。
「下知があれば人の命を羽毛のごとく軽んじるなんて、忍びはなんて非道なのでしょう」
後ろ手襖を閉めるや、豊が柳眉をひそめて独語する。
だが、自分に向けられている視線に気づいてハッと表情を変えた。その当の“忍び”が目の前にあつまっていることを思い出したのだ。
しかも折り悪く、こういうときに対処してくれる吟が厠に立って席をはずしている。
気まずい沈黙が下りた。豊は伏目になって部屋の一隅に端座する。各々と距離をとったせいで自然と小平次たちが彼女を取り囲むような形になった。
忍びは非道か――確かにいわれてみればその通りだ。藩主の命とあれば忍びは汚い仕事にも手を染める。それが是とされる存在であり、忍びの大きな存在意義のひとつだ。
ますます分からなくなりました――小平次はそんな思いを抱く。忍びの存在意義になど以前は疑問を持たなかった。それが正しいとされているのだから正しいのだと無邪気に信じていられたのだ。
だが、自分は家中と枠から放り出されてしまった。ために、これまで培ってきた価値観の上で生きることはできない。
あるいは、今こそ真に自分は市井に生き“始めた”のかもしれない――そんな考えがふいに浮かんだ。これまで体験したことのない事態をくぐり抜けたことで従来の物の見方を改めることを求められている。
しかし、そんな簡単に受け入れられるのなら人間の争いの多くはこの世から消えるだろう。
声が止んでしばし、口入れ屋の名代として遺族である妻女の対応に当たっていた豊がもどってきた。
「下知があれば人の命を羽毛のごとく軽んじるなんて、忍びはなんて非道なのでしょう」
後ろ手襖を閉めるや、豊が柳眉をひそめて独語する。
だが、自分に向けられている視線に気づいてハッと表情を変えた。その当の“忍び”が目の前にあつまっていることを思い出したのだ。
しかも折り悪く、こういうときに対処してくれる吟が厠に立って席をはずしている。
気まずい沈黙が下りた。豊は伏目になって部屋の一隅に端座する。各々と距離をとったせいで自然と小平次たちが彼女を取り囲むような形になった。
忍びは非道か――確かにいわれてみればその通りだ。藩主の命とあれば忍びは汚い仕事にも手を染める。それが是とされる存在であり、忍びの大きな存在意義のひとつだ。
ますます分からなくなりました――小平次はそんな思いを抱く。忍びの存在意義になど以前は疑問を持たなかった。それが正しいとされているのだから正しいのだと無邪気に信じていられたのだ。
だが、自分は家中と枠から放り出されてしまった。ために、これまで培ってきた価値観の上で生きることはできない。
あるいは、今こそ真に自分は市井に生き“始めた”のかもしれない――そんな考えがふいに浮かんだ。これまで体験したことのない事態をくぐり抜けたことで従来の物の見方を改めることを求められている。
しかし、そんな簡単に受け入れられるのなら人間の争いの多くはこの世から消えるだろう。
0
あなたにおすすめの小説
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
日露戦争の真実
蔵屋
歴史・時代
私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この物語の始まりです。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。
作家 蔵屋日唱
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる