忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 客観的に見れば、小平次たちが責められる謂われはない。被害は最小限に抑えた。小平次を中心に命をかけて奮戦もした。それに勝手に動くのが悪い。が、理屈だけで物を考えられないのが人間だ。死んだ者の妻女などを中心に島民の一部が不満を訴えにやって来ている。
 声が止んでしばし、口入れ屋の名代として遺族である妻女の対応に当たっていた豊がもどってきた。
「下知があれば人の命を羽毛のごとく軽んじるなんて、忍びはなんて非道なのでしょう」
 後ろ手襖を閉めるや、豊が柳眉をひそめて独語する。
 だが、自分に向けられている視線に気づいてハッと表情を変えた。その当の“忍び”が目の前にあつまっていることを思い出したのだ。
 しかも折り悪く、こういうときに対処してくれる吟が厠に立って席をはずしている。
 気まずい沈黙が下りた。豊は伏目になって部屋の一隅に端座する。各々と距離をとったせいで自然と小平次たちが彼女を取り囲むような形になった。
 忍びは非道か――確かにいわれてみればその通りだ。藩主の命とあれば忍びは汚い仕事にも手を染める。それが是とされる存在であり、忍びの大きな存在意義のひとつだ。
 ますます分からなくなりました――小平次はそんな思いを抱く。忍びの存在意義になど以前は疑問を持たなかった。それが正しいとされているのだから正しいのだと無邪気に信じていられたのだ。
 だが、自分は家中と枠から放り出されてしまった。ために、これまで培ってきた価値観の上で生きることはできない。
 あるいは、今こそ真に自分は市井に生き“始めた”のかもしれない――そんな考えがふいに浮かんだ。これまで体験したことのない事態をくぐり抜けたことで従来の物の見方を改めることを求められている。
 しかし、そんな簡単に受け入れられるのなら人間の争いの多くはこの世から消えるだろう。
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