忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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「大事はないか、小平次」
 その声で、小平次は目を覚ます。
 目の前には父――ではなく、祖父の顔がこちらを見下ろす姿があった。
 惚けのさなかにあるそれではなく、明晰な知性を感じさせる表情を浮かべまなざしには気づかわしげな色が宿っている。
「祖父上様」
「ここはこらえどころぞ、小平次」
 祖父は呆然とみずからを見上げる孫の涙を指の腹で拭ってみせた。
「形は違えど、戦うことを決めたのだろう」
「はい」
「されば、こらえるのだ」祖父はやさしい笑みを浮かべて言葉を継いだ。「ところで、飯はまだかのう?」
「すでに食べたではありませんか」
 小平次は思わず脱力する。小平次より先に祖父は食事を済ませていた。
 また、いつもの祖父にもどってしまたか、と残念に思う。だが、一方で勇気づけられたのも事実だった。
「ありがとうございます、祖父上」「どういたしまして」
 なんのことかわかっておらずに返事をしている、それが見え見えの無邪気な顔で祖父はこたえる。
 その後、小平次は余の者と交代して瀬兵衛の屋敷をあとにする。
 太蔵と組になって島の外縁を歩いた。
 闇の中に潮騒が途切れることなくひびく。音だけでなく、水気もまた常に張り付いてくる。
 黙っているが息苦しく感じて小平次は先ほど吟に聞いた話を太蔵に語った。
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