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四
豊後森久留島家家中、家老赤橋惣内は所用を終えて下屋敷のある白銀さる丁へと帰っているところだった。石高一万二千五百、文化八年において徒士百十名程度という小名の家老の移動のため、なんとか体裁を整えてもどこか勢いのなさが感じられる。そんな体たらくを嘲笑うように、どこからか夜鷹の鳴き声が聞こえてきた。
既に町は木戸が閉まる刻限を過ぎ、人影はほぼ絶えている。ましてや白銀は百姓地が多い土地柄で他は大名屋敷が多いという特徴もあるために余計に拍車がかかった。聞こえるのは、家老の乗った駕籠を担ぐ駕籠かき、それに数名の藩士と中間小者の足音ばかりだ。
そんななかでも一際さびしい場所を通りがかった瞬間、複数の人影が陰から躍り出た。
覆面で面体を隠した装はあきらかに曲者(くせもの)だ、手には既に抜き放たれた白刃をたずさえている。
「おのれ、豊後森久留島家御家老の一行と知っての狼藉か」
腰が引けるあるいは呆然自失となる大半の者をよそに、ひとりの藩士が声を張り上げた。
家中で盛んな流儀のひとつ、直心影流の目録の業前を持つ御徒士与平だ。四角い顎に金壺眼という迫力のある顔つきの壮年の男だった。
「その久留島家にうぬらの存在を快く思わぬ御仁がおられるのだ」
「なに」と与平が顔をしかめる。
この段になって、やっと余の者たちが我に返った。
「さような仁が」「御家騒動」などという声が彼らのあいだから漏れる。
「今は穿鑿しせおる場合ではないわ」
それを与平が一喝し黙らせた。
「御家老への手出しはそれがしが許さぬ。手出しいたすなら、黄泉路を歩かせて進ぜるわ」
「椛(もみじ)ぃ、今の時分に?」
つづいて発せられた与平の恫喝だったが、覆面のひとりが珍妙な言葉を返す。一瞬、双方が黙り込み沈黙が下りた。
豊後森久留島家家中、家老赤橋惣内は所用を終えて下屋敷のある白銀さる丁へと帰っているところだった。石高一万二千五百、文化八年において徒士百十名程度という小名の家老の移動のため、なんとか体裁を整えてもどこか勢いのなさが感じられる。そんな体たらくを嘲笑うように、どこからか夜鷹の鳴き声が聞こえてきた。
既に町は木戸が閉まる刻限を過ぎ、人影はほぼ絶えている。ましてや白銀は百姓地が多い土地柄で他は大名屋敷が多いという特徴もあるために余計に拍車がかかった。聞こえるのは、家老の乗った駕籠を担ぐ駕籠かき、それに数名の藩士と中間小者の足音ばかりだ。
そんななかでも一際さびしい場所を通りがかった瞬間、複数の人影が陰から躍り出た。
覆面で面体を隠した装はあきらかに曲者(くせもの)だ、手には既に抜き放たれた白刃をたずさえている。
「おのれ、豊後森久留島家御家老の一行と知っての狼藉か」
腰が引けるあるいは呆然自失となる大半の者をよそに、ひとりの藩士が声を張り上げた。
家中で盛んな流儀のひとつ、直心影流の目録の業前を持つ御徒士与平だ。四角い顎に金壺眼という迫力のある顔つきの壮年の男だった。
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「なに」と与平が顔をしかめる。
この段になって、やっと余の者たちが我に返った。
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「今は穿鑿しせおる場合ではないわ」
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「御家老への手出しはそれがしが許さぬ。手出しいたすなら、黄泉路を歩かせて進ぜるわ」
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