忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

文字の大きさ
61 / 141

61

しおりを挟む
   四

 豊後森久留島家家中、家老赤橋惣内は所用を終えて下屋敷のある白銀さる丁へと帰っているところだった。石高一万二千五百、文化八年において徒士百十名程度という小名の家老の移動のため、なんとか体裁を整えてもどこか勢いのなさが感じられる。そんな体たらくを嘲笑うように、どこからか夜鷹の鳴き声が聞こえてきた。
 既に町は木戸が閉まる刻限を過ぎ、人影はほぼ絶えている。ましてや白銀は百姓地が多い土地柄で他は大名屋敷が多いという特徴もあるために余計に拍車がかかった。聞こえるのは、家老の乗った駕籠を担ぐ駕籠かき、それに数名の藩士と中間小者の足音ばかりだ。
 そんななかでも一際さびしい場所を通りがかった瞬間、複数の人影が陰から躍り出た。
 覆面で面体を隠した装はあきらかに曲者(くせもの)だ、手には既に抜き放たれた白刃をたずさえている。
「おのれ、豊後森久留島家御家老の一行と知っての狼藉か」
 腰が引けるあるいは呆然自失となる大半の者をよそに、ひとりの藩士が声を張り上げた。
 家中で盛んな流儀のひとつ、直心影流の目録の業前を持つ御徒士与平だ。四角い顎に金壺眼という迫力のある顔つきの壮年の男だった。
「その久留島家にうぬらの存在を快く思わぬ御仁がおられるのだ」
「なに」と与平が顔をしかめる。
 この段になって、やっと余の者たちが我に返った。
「さような仁が」「御家騒動」などという声が彼らのあいだから漏れる。
「今は穿鑿しせおる場合ではないわ」
 それを与平が一喝し黙らせた。
「御家老への手出しはそれがしが許さぬ。手出しいたすなら、黄泉路を歩かせて進ぜるわ」
「椛(もみじ)ぃ、今の時分に?」
 つづいて発せられた与平の恫喝だったが、覆面のひとりが珍妙な言葉を返す。一瞬、双方が黙り込み沈黙が下りた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

『五感の調べ〜女按摩師異聞帖〜』

月影 朔
歴史・時代
江戸。盲目の女按摩師・市には、音、匂い、感触、全てが真実を語りかける。 失われた視覚と引き換えに得た、驚異の五感。 その力が、江戸の闇に起きた難事件の扉をこじ開ける。 裏社会に潜む謎の敵、視覚を欺く巧妙な罠。 市は「聴く」「嗅ぐ」「触れる」独自の捜査で、事件の核心に迫る。 癒やしの薬膳、そして人情の機微も鮮やかに、『この五感が、江戸を変える』 ――新感覚時代ミステリー開幕!

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

処理中です...